一年生十二月:年末年始④
帰ってきたヨスガの父親とゆかりが軽く挨拶を交わして、少し早めの夕食ですき焼きが振る舞われた。
遠慮気味に肉をつついていたゆかりだったが、遠慮無くバクバク食べるゆえを見ていつもの健啖ぶりを見せた。
目をキラキラさせて食べるゆかりをヨスガは微笑ましく見ていた。
食後はデザートを食べながらヨスガの学校生活をゆえが暴露し続けていた。
ゆかりもそれに乗ってヨスガを褒めちぎっていた。
ヨスガは耐えられずに食卓から逃げ出してソファに陣取った。
「五人でお風呂するのも大変だから、銭湯行っちゃって」
ヨスガの辱めも終わりしばらくくつろいでいると、笑美が声をかけた。
「行ってる間に年越しそばも作ってるから、適当に寄り道して腹ごなししてきても良いからね」
「寒いから上がったらさっさと帰るよ。ゆえ、ゆかりさんの分も支度を手伝ってくれたら助かる」
ヨスガが仕切って準備を促す。
「うん。じゃ、五分後集合で」
各々防寒をしてから玄関に集まってから出発する。
三人はよく晴れた寒空の下、十分ほど歩いて日帰りの温泉施設に到着した。
「適当に時間潰してるから、二人共ゆっくり入って大丈夫だからね」
ヨスガが二人と分かれて男風呂に入る。
早々に風呂からあがり、瓶牛乳とクリームあんみつを食べながらテレビの特番をぼんやり眺める。
さらにしばらくして、ゆかりとゆえも戻ってきた。
「おかえり」
ヨスガが二人に声をかける。
火照った身体を冷ますためにコートを手に持って薄着の姿の二人が、ヨスガは妙に色っぽく見えた。
「いやらしい目してる」
ゆえが目ざとくヨスガの視線を指摘する。
「してない」
ヨスガは否定する。
「せっかく丁寧に身なり整えてきたんだから見ろ」
「なんなんだよ」
ゆえの反論にヨスガが困惑する。
「ゆかりの風呂上がりをえっちな目で見られるワケにはいかないもんね。ちゃんと綺麗にしてから色っぽいポイントもつけてみました」
ゆえの説明の後ろで恥ずかしそうにゆかりが自身の髪を弄る。
ヨスガはゆかりと目が合ってお互いに恥ずかしそうに目を逸らす。
「ほら見た」
ゆえはさらにヨスガをつつく。
「勘弁してくれ」
ヨスガは明後日の方向を向いたまま頬をかく。
「いえ、その、嬉しくはあります」
ゆかりの言葉にヨスガは顔が熱くなる。
「熱くなったみたいだし帰ろっか」
ゆえは愉快そうにしながらコートに袖を通して帰り支度を始めた。
ヨスガ達が家に帰ると、そばのつゆの香りがふわりと漂っていた。
「お帰り。ちょうど茹でてるところだから、出来たら部屋まで持ってって食べて良いよ」
「別にリビングで食べて良いのに」
「お父さんが気を遣って風呂上がりの女の子達と顔合わせないようにしてるの。気にしすぎな気はするけどお言葉に甘えて」
ヨスガはそれに了承し、ゆかりとゆえを先にヨスガの部屋に行かせた。
年越しそばを持って部屋に戻ると、ゆえがゆかりの膝の上に乗っていた。
「どうしてそんな事になってる?」
ヨスガが訝しげにゆえに訊ねる。
「ゆかりがねむねむあまあまとろとろにゃんこになった」
「なんだよその呼称。眠くなっちゃったのか」
ゆかりはゆえの事を抱きしめながら、ゆえの頭の上に顎を乗せていた。
「まだ元気です。おそばも食べます」
「食べるならゆえの事解放してね」
渋々ゆえを解放し、ゆかりは年越しそばの前に座った。
三人で手を合わせて食事を始めると、ゆかりがみるみる内に目を覚まし美味しそうにそばを啜った。
年越しの三十分前にそばを食べ終え、三人は来年に思いを馳せる。
「二年生のクラス替え、一緒のクラスになれるかな」
ゆえがぽつりと呟いた。
「三人とも理系科目の選択も同じですし、確率は高いんじゃないですかね」
期待も込みでゆかりが言う。
「どうだろう。ゆかりさんはともかく、出身中学が同じ俺とゆえが一緒になる事あるのかなぁ」
ヨスガが現実的な意見を口にすると、女性陣から睨まれた。
「理想の話なんだから一緒だといいねで良いじゃん」
「そうですよ」
責められたヨスガは即時撤退を決め込み頭を下げる。
「修学旅行もあるし、クラス一緒だと楽しいだろうな」
ヨスガも理想に乗っかる。ヨスガだって二人と一緒のクラスの方が良いと思っている。
「沖縄、楽しみ」
ヨスガ達の学年の修学旅行先は沖縄だった。
「よくよく考えたら、ゆえのストッパー役で同じクラスになる可能性もある気がしてきたな」
興味の向くままに沖縄を走り回るゆえの姿がヨスガの頭にもゆかりの頭にも容易に浮かんでいた。
「失礼な想像をするな」
ゆえがヨスガに蹴りを入れる。
「ちゃんと入学してからの自分の行動を振り返ってみろよ」
「高校に入ってからは絵の展示を図書館でするお願いくらい学校に迷惑かけてない。
ヨスガは過去の私に引っ張られすぎ」
「悪かったよ」
ゆえの反論にヨスガは謝る。実際に中学生の頃のゆえに引っ張られていた。
「でも、ヨスガくんが振り回されるところは見たいかもしれないです」
「全力で振り回します」
ゆかりのフォローにゆえも乗る。
本当に仲良くなったなぁ、とヨスガは感慨深くなった。
「改めて、今年は二人に出会えて本当に良かったです」
「それはこっちのセリフ。ヨスガが大変お世話になりました」
ゆえの保護者目線の言葉にゆかりが笑う。
「事実だけどなんでお前が言うんだよ」
ヨスガが文句を垂れる。
この一年、ヨスガはゆかりの存在に何度も励まされた。その感謝をちゃんと伝えたいと思う反面、ゆえの前では言葉にしたくなかった。
「食器片付けて歯磨きしてくる」
ゆえがおもむろに三人分の器を重ねて立ち上がる。
「言いたい事は今年の内にね」
それだけ言い残してゆえは部屋を後にした。
「ほんっとにアイツには何が見えてるんだ」
ヨスガは頭を掻きながらゆえが立ち去った部屋の扉の方を見る。
「とても気遣いをする人ですよね」
「そうなんだよね」
嬉しそうにヨスガが頷く。
ゆかりがゆえのそういった面に気づいている事が嬉しかった。
「ゆえさんの厚意を無駄にしないためにも、言いたい事があれば聞きますよ?」
ゆかりがヨスガの方を向いて耳を傾ける。
いざ傾聴の体勢で身構えられると気恥ずかしかった。
「面と向かうとちょっと恥ずかしいから、横に並んで話しても良い?」
ヨスガが言うとゆかりは上機嫌にヨスガの隣に移動して身体を傾けた。
シャンプーの香りがふわりとして、ヨスガの心臓は跳ねた。
「ブランケットも分け合ってないんだから、もうちょっと離れてもらえるとありがたいかな」
「そ、そうですね」
ゆかりは恥ずかしそうにヨスガからほんの少しだけ離れた。
「今は眠くなさそうだね」
素直なゆかりにヨスガは笑いかける。
「そんな事言わないでください。ほら、お話を聞く準備は出来ていますよ」
ゆかりがヨスガを急かす。
「えぇっと、まずはゆえと仲良くしてくれてありがとう」
「それは感謝されるような事じゃないですし、どうしてヨスガくんが言うんですか」
ゆかりは先ほどのヨスガの文句を思い出しながら笑う。
「それはそうなんだけれど、ゆえが全寮制の柏陽台に進む事にしたのは、さっきも話してた通りちゃんと俺と距離を取ろうって言うゆえなりの決心だったからさ。
それを恩師の勧めとはいえ後出しでゆえの決心を無碍にしてしまった負い目はあるんだ。
きっとゆかりさんがいてくれなければ、なし崩し的に俺とゆえは元通りになってしまったかもしれない。
だから、心から感謝してるんだ」
「元通りになってもそれはそれで良かったとは思いますけどね。ゆえさんもヨスガくんも、お互いに選んでここに来たんですから。それは中学生の頃の二人とは絶対的に違う部分じゃないですか。きっと、わたしがいなくても二人は大丈夫でしたよ」
ヨスガの語る理由をゆかりは否定する。
「ヨスガくんだって悩んで決めたんでしょう?なら、大丈夫です」
ゆかりが念押しする。
「それでもだよ。ゆかりさんがいてくれて良かった。って感謝の気持ちはちゃんと伝えたい」
「仕方無いですね。受け取ります」
「じゃあ次ね。ゆかりさんにたくさん励まされたり背を押されました。ありがとう」
ヨスガは池袋での時間を思い出していた。
今でもクラゲの水槽に照らされたゆかりの姿を思い出せる。
「またそうやって恥ずかしげも無く言うんですから」
「ずっと思ってる事だからね」
遠慮の無いヨスガにゆかりはタジタジになる。
ゆかりは八つ当たり気味にヨスガの肩に寄りかかった。
ヨスガも突っぱねることも無くゆかりを受け止める。
「別に、わたしの青春のためなんですからね」
頭をグリグリとヨスガの肩にめり込ませる。
揺れる髪からの漂う香りがヨスガを刺激する。
「ハイハイ、わかってるよ。俺もゆかりさんの思い描く青春の手伝いを出来てとても嬉しいし楽しい。来年もよろしくお願いします」
「もう、いつも本当にありがとうございますぅ。来年もよろしくお願いします」
拗ねた振りをしながらゆかりが言う。
ヨスガの部屋のドアが開き、ゆかりはビクリと身体を震わせる。
「わ、ゆかりったら大胆」
ゆえが帰ってきた。
ゆえはそのままゆかりとは反対側に座り、同じ様に寄りかかった。
「ゆえ、重い」
「ヨスガはデリカシーが無い」
「そうですよ」
ヨスガの抗議は両隣に握りつぶされる。
「ヨスガの部屋に布団敷いて良い許可もらった」
「貰うな。なんのために物置化した客間の掃除をしたと思ってるんだよ」
後夜祭後にゆかりとゆえを泊めた時の惨状を思い出しながらヨスガは拒否をする。
「今度はさすがに潜り込まないから。お願い。お話しながら寝よ?」
ゆかりも気が気では無かった。
ゆえが主犯だったとはいえ、自制が効かないままヨスガの腕に抱かれて眠った記憶は、ゆかりにとって忘れられない甘美な思い出だが、それと同時に話題に出したくない程の失態だった。
「客間、掃除はしたけど暖房無いし。良いでしょ?」
客間はリビングと繋がった和室で、リビングから暖気を入れても良かったが、ヨスガの両親は年越し後もしばらく起きていそうだった。
「あーもう仕方無いな。リビングもまだ賑やかだろうし、いいよ。先に歯磨きしてくるから待ってな」
ヨスガはゆかりとゆえを元の姿勢に戻してから立ち上がった。
ゆかりも歯を磨きについていった。
歯を磨いた後、ヨスガが布団を自室まで運び込む。
手際よく布団の用意がされ、ゆえが掛け布団にくるまる。
「冷たいから今のうちに温めておく。ゆかりも一緒に入ろ」
ゆえはゆかりの腕を掴み、掛け布団の中へ取り込む。
「きゃー、食べられちゃいました」
「ぐへへ、上玉」
ゆかりとゆえのじゃれ合いを眺めていると、遠くから鐘の音がした。
日付が変わり、新しい年になった。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
三人揃って挨拶をする。
その後はゆかりがゆえを後ろから抱きしめながら眠たげにしていたので、ヨスガは早々に部屋の電気を消して消灯を宣言した。
寝ながらお話をする事も無くゆかりは眠り、ゆかりの体温で温まったゆえも睡魔に屈し、二人の寝息を聞きながら、ヨスガも眠りに落ちた。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。ゆかりに感謝を伝える。
結川ゆかり:食欲>睡眠欲。
古淵ゆえ:空気が読める。
ヨスガの父親:ヨスガの父親。息子の友達の女子に気を遣っている。




