一年生十二月:年末年始①
図書館の天使事件の余波でヨスガが疲弊している内に十一月は過ぎ去り、年末の定期試験も終えて冬休みが近づいてくる。
流れに流れた体育祭と文化祭のお疲れ様会がクリスマスに吸収される形でようやく開催した。
当初の予定だったしゃぶしゃぶは影も形も無く、ヨスガの部屋にあるローテーブルにはフライドチキンを始めとしたクリスマスらしい食事が並んでいた。
「お二人は年末年始はどのように過ごすんですか?」
ケーキを食べる前の食休みにゆかりが訊ねる。
「いつもは大晦日にヨスガの家で年越しして、昼に帰る」
「そういえば今年はどうするか聞かれてたな。どうする?」
ヨスガが携帯電話を操作しながら両親からの連絡を確認する。
「今年も行くつもり。お雑煮大好き」
「オッケー、伝えとく」
慣れた様子のやり取りをゆかりは微笑ましく思いながら眺めていた。それと同時にいつもより強く羨望の感情が湧き出ているのも自覚していた。
青井のお節介が否が応でもこれまで避けていた感情を意識させてくる。
ヨスガもゆえもどちらも大切にしたい。だからその感情に名前を付けるわけにはいかなかった。
「ゆかりも来ない?」
ぐるぐると巡る悪循環に捕らわれそうになるゆかりに、ゆえが声をかける。
「わたしですか?」
「うん。お母さんと会ったんでしょ?泊まってけば良い」
ゆえはゆかりの都合そっちのけで誘う。
その強引さがゆかりは好きだった。
「そうですね、何も無ければ寮でずっと過ごすつもりだったので、お二人が良ければご一緒したいです」
控えめにゆかりが同意を示すとヨスガもゆえもそれぞれの実家にゆかりの参加を打診した。
すぐに返事は帰ってきて、ゆかりもゆえと同じ日程で年末年始を楽しむ事となった。
大晦日の昼前、ヨスガはゆえと共に地元の最寄り駅でゆかりを待っていた。
二人は大晦日より前に帰省しており、ゆかりとは当日の合流となった。
「お待たせしました」
駅の改札から小さめのキャリーバッグを引いてゆかりがやってきた。
「お疲れ様。荷物が多めにあるなら学校から一緒に行けば良かったね」
ヨスガがゆかりを労う。
柏陽台高校からヨスガ達の地元は電車で一本の近さで、帰省してもすぐに戻るのは容易だった。
「いえいえ、そんな大した距離じゃ無いですし、そこまでしてもらうのは悪いですよ」
地下道を通って南北に分かれた通路を南側に歩いて駅の外に出る。
駅前には小さなコンビニエンスストアとそれなりに広いロータリーがあった。
ロータリーの向こう側には小さな本屋があり、ゆかりは興味を惹かれた。
「ここが二人のふるさとなんですね」
しみじみとゆかりが言う。
「何も無いけどね」
「電車が十分に一回来る駅がある場所を何も無いって言ったらしばかれるぞ」
「誰に?」
「本物の何も無いところに住んでる人に」
「今ここにはいないじゃん」
「それもそうか」
ヨスガとゆえの言い合いにゆかりの顔が綻ぶ。
「わたしにはそういう場所が無いので、そうやって言い合えるのもちょっと羨ましいです。って、なんで気まずそうな顔で見合わせているんですか」
「ゆかり、ここをあなたのふるさとにしてもいいからね」
芝居がかってわざとらしくゆかりの手を握りながらゆえがふざける。
「もう、二人ともわたしの両親が転勤族だったのは知っているじゃないですか」
握ってきたゆえの手を握り返してむにむにと弄びながらゆかりが言う。
「ごめんごめん。まぁとりあえず行こうか」
ヨスガが前を歩いて一行はヨスガの実家へと向かう。
道中、ゆえがスーパーや公園を見かけてはヨスガが起こした失態を暴露していた。
中にはヨスガがゆえと仲良くなる前のエピソードもあり、ヨスガは訝しんだ。
「なんでお前がその話知ってるんだ?」
ゆえの口から出たのは、補助輪無しで自転車が乗れないからと、自転車に乗る友達を走って追いかけていた、というものだった。
「ヨスガのお母さんから聞いた」
「あーなるほど。お前、他にも何か暴露されてないか?」
情報源に納得し、余罪が無いか念押しをする。
「……えへ」
余罪はあった。
「まぁ仕方ないか」
ヨスガは長いため息をつく。
もうしばらく歩き、ヨスガの家の前にある公園まで辿り着いた。
「ここで花火やったね」
「俺の家が近いからってバケツやら後片付け押しつけられたやつな」
「春は桜もすごい綺麗。今年も来年も見れないだろうけど」
ヨスガとゆえの思い出話が溢れてくる。
ゆかりはこの公園が二人にとっての大切な場所なのだと思った。
帰る場所にある大切。ゆかりにはまだ無いものだった。
ヨスガとの大切な場所も、卒業してしまえば立ち寄ることもできなくなる。
その事を自覚して少しだけ切ない気持ちになった。
「ゆかり、きて」
そんなゆかりを知ってか知らずか、ゆえがゆかりの手を引く。
連れて行ったのは滑り台やジャングルジムにブランコなどが連結したような遊具だった。
ヨスガの記憶ではいつでも小学生以下の子供で占領されていたが、大晦日の今日は昼間でも誰もいなかった。
「ブランコ、乗ろ。ヨスガは荷物持ち」
荷物持ちを言い渡されたヨスガは「しょうがないな」と言いながらも快くゆかりの荷物を受け取った。
小さな子供向けのブランコは、小柄なゆえにとっても小さかった。
それを二人並んでこぎ始める。
子供に合わせた高さで吊されたブランコは高校生が漕ぐには地面との距離が近すぎた。
それでも二人は容易にブランコを大きく揺らした。
「キャー!!すごいです!こわい、止まれないです」
ゆかりが怖いと言いながらも楽しそうに悲鳴を上げる。
ヨスガはそんなゆかりを初めて見た。
「少しずつ足で地面を擦って減速したら大丈夫だよ」
ヨスガがゆかりに助け船を出す。
ゆえは誘ったゆかりの事をお構いなしにドンドン高度を上げていく。
ゆかりがブランコを止めた頃には、ブランコを吊るす棒の高さまで近づいていた。
「おーい、もうやめとけよ」
ヨスガがゆえに制止を呼びかけると、ゆえは大人しく従ってブランコを止めた。
「いつもはチビがいっぱいいるから真似しないように抑えてたけど、久しぶりにブランコ欲を発散して満足」
ゆえは頬を上気させながら満足げに呟いた。
「そして今日はゆかりと大晦日にブランコに乗った記念日。やったーおめでとういぇーい」
「い、いぇーい?」
突然の記念日設立にゆかりは困惑しながら復唱する。
「わたしとヨスガの思い出の場所に、高校生最初の年末にゆかりとの思い出が出来た。
これはもう忘れない思い出だね」
ゆえは胸を張って宣言した。
ヨスガも笑顔で拍手して祝う。
「ゆえさんには敵いませんね。素敵な記念日をありがとうございます」
照れくさそうにゆかりも笑う。
ゆかりはゆえの事がもっと好きになった。




