一年生十一月:図書館の天使②
「青井さんにも悪かったなぁ」
ヨスガは気を利かせてくれた青井の事を思い出す。
「というか、初対面の人にもバレるくらい落ち込んでた?」
ヨスガの胸に新たな罪悪感が渦巻くところを、ゆかりは慌ててかき消した。
「そんな事無いですよ。その、白状しますと、ヨスガくんの名前を出さないで色々と話してしまいまして……。ごめんなさい」
尻すぼみになりながらも最後の謝罪ははっきりと声に出してゆかりは白状した。
「あのぉ、ヨスガくんのパーソナルな事は話していなくて、嬉しかった出来事とかを話したくらいなんです。後は、友達の少ないわたしに、落ち込んでいる友達にどう接すれば良かったのか、とかをレクチャーして貰う時に少々……ごめんなさい」
ヨスガは先ほどまでの、眩しくて温かくて大切な友達がしおらしくしている様子に笑ってしまった。
「それでゆかりさんが青井さん達と親しくなれたなら良かったよ」
「そう言ってくれるとありがたいです……。あ、あおいちゃんから返事来ました」
しばらくして青井が図書館の事務室に戻ってきた。
ゆかりはヨスガの向かいの席に戻っていた。
「なるほど。良かったね、ゆいちゃん」
青井は二人の様子を見て一人納得した。
「一応お節介で話すんだけど」
青井は二人に身体を向けて口を開く。
「名前が付けられないモノは思ったよりずっと脆いから、自覚があるのならちゃんと名前を付けた方が良いなって思う。それがほんの少しでも独り占めしたいと思うモノならなおさら。
私はゆいちゃんが名前を付けられない理由はなんとなく知っているし、縁堂君の方もまぁ想像はできる。今日見ただけでもとっても仲が良いなって思ったから長く続いて欲しいなって、ゆいちゃんの友達としてのお節介でした」
青井のお節介はヨスガの痛い所を突いていた。
それでも、今日も露呈した自分の未熟さを盾にしてお節介を包み込んだ。
名前を付けて選ぶという行為が、未熟なヨスガには心底恐ろしく感じていた。
「しっかり胸にしまっておきます。さっきは気を遣ってくれてありがとう」
ヨスガは青井に感謝を述べた。
「あおいちゃんはそういう経験があるんですか?」
「人付き合い初心者のゆいちゃんよりは」
「あてにならない基準じゃないですか」
ゆかりは笑いながら青井をつつく。
そんな様子を穏やかな気持ちでヨスガは眺めていた。
「あ、縁堂さん。まだいてくれて良かった」
一度食事を挟んで事務室に入り浸っていたヨスガ達の下に、本来の主である司書の先生がやってきた。
後ろにはなぜかゆえもいた。
「何か手伝う事でもありますか?」
ゆえの事は置いておいて司書の先生に用件を訊ねる。
「ヨスガはゆかりのために一肌脱げる?」
ヨスガの無視をお構いなしにゆえがヨスガに訊ねる。
「そんなの当たり前だろ」
ヨスガの即答にゆかりの胸は高鳴った。
それ以外の女性陣は温かい目をしていた。
「じゃ、こっちきて」
ゆえがスタスタと事務室を出ようとする。
怪訝になりながらヨスガも後を追い、ゆかりと青井もついてくる。
夜になって図書館はほんの少しだけ人が減っていた。
騒がしい生徒は少なくとも姿を消していた。
一行が辿り着いたのは談話室だった。
全員が談話室に入ると、司書の先生が口を開いた。
「結川さん、改めてだけれど今回は私の不注意で大変な事に巻き込んでしまってごめんなさい」
頭を下げる司書の先生にゆかりは慌てて顔を上げさせる。
「さっきも言いましたけど、わたしは全然気にしてないですし、非日常感があってこれはこれで楽しんでいますよ。先生の気合いの入った衣装を着れたのも楽しかったですし」
「ありがとう。それで、今回の騒動を収束させるためのアイデアを古淵さんと考えました」
司書の先生が気を取り直す。
ヨスガは、強烈な学生時代のエピソードを持つ目の前の教師と、ゆえが考えたアイデアに嫌な予感が過ぎっていた。
「縁堂さんにメイド服を着てもらいます。そしてこれが縁堂さん用に作ったメイド服です」
ゆえがどこからか布を持ってきていた。
ヨスガの脳は理解を拒み、ゆえの手にある布が、作中のメイド服と同じ色やデザインをしている事からも目を逸らした。
「ヨスガが服を着て、私が撮影して、私のアカウントでメイキングの手伝いをしてもらった写真としてメイドのヨスガをアップする。私を知る人なら納得するし、私を知らない人も萎えて終わるはず」
現実逃避中のヨスガを無視してゆえが概要を説明する。
「なるほど、噂の上書きってやつですね。信憑性もずっと高いですし、良い隠れ蓑になりますね」
青井が感心する。
初対面のゆえは視線も険しくして青井を睨みつける。
「ゆかりさんのクラスメイトの青井さんだよ。睨むな睨むな」
現実逃避から帰ってきたヨスガにゆえは窘められる。
お互いに軽く自己紹介をして話は戻る。
「アオハルの言う通り噂の上書きをするつもり。しばらく、下手したら残りの学校生活を女装させられた可哀想な人になるけど、良い?」
ゆえは青井のアオハル呼びが気に入ったのか、早速使っていた。
「すでにゆえに振り回されてる人で通ってるからそこの躊躇は無いよ」
「本当は女装がしたかったとか?」
「お前はやらせたいのかやらせたくないのかどっちなんだよ」
ヨスガの文句にゆえは「ウソウソ」と手を振りながら誤魔化した。
「じゃ、ゆかりが着せてあげて。私達は外にいるから」
「え!?」
唐突に名指しされてゆかりは思わず声が出る。
「着方は大体同じだから教えてあげてほしい。ゆかりの時みたく調整してるわけじゃないから、ゆったり着やすい作りだし大丈夫」
ゆえがそう説明しながら青井と司書の先生を連れ立って談話室から立ち去った。
ゆかりは頭が真っ白になってフリーズする。
「ゆかりさん、着るのは簡単っぽいから出て行っても大丈夫だよ?」
気を遣うヨスガにゆかりは慌てて「いえ、手伝います!」と掛かり気味に宣言してしまった。
ヨスガは裸になるわけにもいかないので、半袖にハーフパンツの姿になってメイド服を手に取る。
着る順番をゆかりに教えてもらいつつ触り心地の良い生地に身を包んでいく。
窮屈なところも無く、だからと言ってだらしなく余る部分も無い仕上がりにヨスガは司書の先生に呆れながら感心していた。
胸の詰め物を入れる時、ゆかりは少し仏頂面になって手伝っていた。
それほど時間もかからずにヨスガの女装は完成した。
カラコンは入れなかったが、ウィッグは被っており、後ろ姿だけなら男性には見えなかった。
「ボディラインがあまり見えない上にスカートも長いから、全然ヨスガくんだってわからないですね」
「肩幅って誤魔化せるんだなぁって驚いてるよ。本当になんなんだあの先生……」
思い思いに鏡に写るヨスガの姿に感想を言い合う。
顔だけはメイクも何もしていないヨスガそのものであるため、そこだけは不気味に感じていた。
「お面付けるかぁ。ってなんでひょっとこしかないんだよ」
ヨスガはメイド服に忍ばせられていたお面を手に取る。
世間一般が想像するひょっとこそのもののお面だった。
「ふふ、だいぶ変ですよヨスガくん」
ゆかりが口元を隠しながら笑う。かなりツボに入っているらしい。
ヨスガはゆかりをそのままにして、ゆえ達に連絡した。
「おぉ、さすが司書先生」
談話室に入って早々ゆえが感動する。
「よかった、シルエットも良い感じに誤魔化せてるね」
司書の先生も衣装の出来に満足している。
青井はメイド服にひょっとこの面を付けた奇怪な姿に困惑し、ゆかりの方にSOSの視線を向けていた。
「さっさとやろう」
ヨスガがお面越しにゆえを催促する。
ゆえもそれに応じ、絵でも実際に使用した椅子にヨスガを座らせて撮影会を始める。
真剣な表情でカメラを構える少女と、ひょっとこメイドの被写体と言う構図のシュールな時間は十分ほどで終わった。
「着替えて良いよ」
ゆえがそう告げるとヨスガは早速ひょっとこを外してウィッグを取り外した。
「出て行かなくて良いの?」
「結局下にシャツとハーパン履いて着たから皆に任せる」
そう言うと誰も退出する事は無く、最低限ヨスガから目を逸らして雑談に花を咲かせていた。
「じゃ、帰ったら適当なタイミングでヨスガのあられもない姿を拡散するね」
「言い方が悪すぎるだろうが。わかったよ」
図書館からの帰り道を四人で歩く。
ヨスガとゆえのやり取りを見て、ゆかりは青井に「良いですよねぇ」と呟いた。
青井は少しだけ顔を顰めて「ゆいちゃんが良いなら良いけど」と応える。
ゆかりは何も言わずに頷いた。
夜中、ヨスガが就寝した後にゆえが爆弾を投下した事で「図書館の天使事件」は終息した。
翌朝、ヨスガの携帯電話には信じられないほどの通知が届いていた。
また、特殊な趣味持っていると自覚している生徒に、ヨスガはしばらくの間遠巻きに観察されていた。
余談だが、たった一日図書館で勉強する生徒が増えただけでは年末の定期試験の平均点が上がる事は無かった。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。女装に造詣の深い人々に遠巻きに見られるようになる。
結川ゆかり:ヨスガの女装を気に入っている。
古淵ゆえ:ヨスガを女装させたのは半分趣味。
青井春:ゆかりの在り方に思うところが無いわけではない。




