一年生十一月:後夜祭④
時刻は零時を回り、三人とも眠気を感じていた。
「そろそろお開きにしようか」
ヨスガが片付けを始める。
「泊まっていい?」
ゆえが爆弾を落とす。
「ダメ。ちゃんと自分の部屋で寝な」
「でも外出禁止の時間過ぎちゃった。今外に出たら怒られちゃう」
「文化祭の日くらいは大丈夫だろ。未だに後夜祭の続きをしてる人だっているだろうし」
ゆえの根拠をヨスガが否定しにかかる。
「それはそうかもしれないけど、夜中に男子の部屋から女子が出てきて、先生じゃなくても他の男子に見られたらどう思う?」
「それは……」
「私は今さら噂が増えようがのーだめーじだけど、ゆかりはそうじゃない」
名指しにされたゆかりの身体が揺れる。
考え得る“誤解”についての妄想が勝手に走り出していた。
そんなゆかりの内心に気づかないヨスガは真剣にゆかりの心配をし、考え込んだ末に「わかった。二人共今日は泊まっていいよ」と許可をした。
「やった。ありがとう。じゃ、シャワー行ってくる」
ゆえは自分の荷物から着替えと歯ブラシを取り出す。
「お前、最初からその気だっただろ」
ヨスガは呆れながらゆえを責める。
「準備は大事。ゆかりの分の歯ブラシもあるから使って」
ゆえがゆかりに新品の歯ブラシを渡して洗面所へと向かう。
「覗かないでね?」
「いいから行け」手をヒラヒラとさせてゆえを洗面所へと促した。
部屋に残されたゆかりにヨスガは声をかける。
「ごめん、ちゃんと時間を気にしておくべきだった。というか学校で過ごしても良かったね」
ヨスガが申し訳なさげに声をかけると、自分の世界に入っていたゆかりが正気に戻った。
「いえ、非日常がまだ続くのが楽しいなって思っています」
「そう思ってくれるならありがたいよ。一応布団も用意してるから、出すのを手伝ってもらってもいいかな?」
ヨスガがクローゼットの方に進みシンプルな敷き布団を取り出す。
「わざわざ持ち込んでいたんですか?」
ゆかりは寮の備品ではない布団に疑問を抱く。
「絶対こういう日が避けられないと思ってたからね。対策だよ」
ヨスガの言い方にゆかりは納得しながらも苦笑する。
「別にベッドくらい譲るのに、俺が雑魚寝するのを許さないからちゃんと布団を用意しないといけないんだよ。申し訳ないけどゆえと一緒に使ってもらっていい?」
「わたしは構いませんよ。ちょっと楽しそうですし」
食べ物を広げていたローテーブルを片付け、布団を広げる。
二人で敷き布団と掛け布団のシーツをかけ、あっという間に用意が終わった。
ヨスガは布団の方に足が着いたりしないように、自分のベッドの上に座り込む。
ゆかりはふとんの上に座りながら、ベッドの側面によりかかる形でヨスガと向き合う。
重力に引かれてヨスガのベッドにゆかりのふわりとした髪がかかる。
ヨスガにはそれが妙に色っぽく見えた。
一人で勝手に気まずくなったヨスガはベッドにうつぶせで横になる。
必然、ゆかりと接近する。ヨスガは墓穴を掘ったと後悔した。
ゆかりは眼前にやってきたヨスガの頭部をおもむろに撫でた。
ヨスガはその動作にビクリとする。
「ゆかりさん?」
うつぶせのままくぐもった声でヨスガがゆかりに声をかける。
「ちょうど良い頭があったので、つい」
普段の柔らかな声と違った、眠たげな声でゆかりが応える。
「眠いなら歯磨きだけでもしておいたら?」
ヨスガの提案を無視しながらゆかりはヨスガを撫で続ける。
「眠くないですよ。普段もこの時間くらいまで本を読んでたりもしますし」
「夜更かしさんだね。俺は本に没頭してもあんまり起きてられないよ」
ヨスガは部活もあって、普段は日付が変わる前に眠ってしまう。
祭の高揚感が、ヨスガをこの時間まで起こしていた。
「ヨスガくんの方が寝た方が良いんじゃないですか?」
ゆかりがさらに優しくヨスガを撫でる。
ヨスガは心地よさと気恥ずかしさの天秤が気恥ずかしさに傾いて顔を上げた。
顔を上げたヨスガは至近距離でゆかりと目が合う。
ゆかりは愛でるようにヨスガの事を見下ろしていた。
「おはようございます」
眠たげな様子のまま愛おしげにヨスガの髪に触れる。
ヨスガは鼓動が早くなるのを感じる。
「やっぱり可愛いな」
ゆかりに見惚れたヨスガが口を滑らせる。
いつもなら照れるゆかりが今は満面の笑みを浮かべている。
「やっぱり眠そうじゃん」
ヨスガも仕返しとばかりベッドに乗ったゆかりの髪に触れる。
普段のヨスガならしない行動だ。
「眠くないですよ」
「それはさっき聞いたよ」
「ヨスガくんだって眠たそうじゃないですか。普段なら紳士的なのに女の子の髪に遠慮無く触れてますし」
とろんとした目でゆかりがヨスガを見つめる。
「そりゃあ、ちょうどいいところにふわふわな髪の毛があったから」
「眠くないわたしと一緒の理由ですね。じゃあヨスガくんも眠くないですね」
ゆかりのめちゃくちゃな理論にヨスガも「そうだよ」と頷いた。
「でも、それだとヨスガくんは普段デリカシー無く女の子の髪に触れちゃう紳士的な人になっちゃいます」
「それって両立するんだ」
頭の回らないまま二人の会話は続く。
「よくよく考えたら普段からヨスガくんはデリカシーの無い紳士的な人でしたね。あ、髪の毛くるくる弄ばないでください。そういうところですよ」
にこにこと笑いながらゆかりが言う。
「いつもは意識していい人であろうとしてる」
「わかってますよ。そういうところが素敵でかっこいいと思っています」
お互いに何を言っているのかわかっていない。
「俺もゆかりさんの穏やかな雰囲気と、時々見せる茶目っ気とか、不機嫌になるところも好きだ」
「ほら、不機嫌は余計ですよもう。わざとでしょ」
ゆかりは心底幸せそうに笑みを浮かべる。
「あれ、ヨスガくん?」
返事の無いヨスガに声をかけるもまぶたが張り付いて離れない事に気づく。
「やっぱり眠かったんじゃないですか。虫歯になっても知りませんよ」
ゆかりは愛おしげにヨスガの頬に触れながら見つめる。
ヨスガとの意地の張り合いに勝って満足したゆかりは伸びをして身体を起こし、ゆえからもらった歯ブラシを持って台所で歯を磨いた。
しばらくしてゆえが風呂から上がってきた。
いつものヨスガから借りっぱなしのスウェットに袖を通している。
手にはドライヤーを持っている。
「お先。ゆかりは入る?」
台所で鉢合わせたゆかりにゆえが訊ねる。
「もうすっかり眠くなってしまったので、軽く身体を流すくらいで済ませようかなと思います」
「わかった。私のシャンプーとかは風呂場に置いてるから使っていいよ。
下着は無理だけどシャツとかはヨスガのやつを借りればいい」
ゆえの案内にゆかりは「ありがとうございます」と礼を言った。
からかい半分の言葉をゆかりがそのまま受け入れた事にゆえは疑問を持ったが、ゆかりの眠気がそうさせている事に気づいた。
「適当に服を用意しておくから入ってきていいよ」
ゆえはこれ幸いにとヨスガの服からゆかりに似合いそうなものを掘り出そうと思った。
ゆかりが風呂場に移動したのを確認して、ゆえは部屋に戻る。
眠っているヨスガを一瞥して、ゆえはクローゼットを物色してTシャツを拝借する。
ゆえよりも背丈のあるゆかりでは、いくらヨスガのTシャツでも足下は隠してくれないので、下はスカートを履いたままで眠って貰うことにした。
着替えと新品のバスタオルをゆかりの下に届けた後、ゆえは部屋で髪を乾かす。
ドライヤーの音でもヨスガは目を覚まさない。
ゆえは眠っているヨスガを観察しながらドライヤーを続ける。
ドライヤーを終えたゆえは片付けをしてからヨスガの頭を優しく撫でる。
「おやすみ、ヨスガ」
ヨスガのベッドに潜り込む事も無く、ゆえは布団に座りながらゆかりを待った。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。デリカシーが無くて紳士的。
結川ゆかり:眠くない。




