一年生十一月:後夜祭③
食事を確保して、昇降口でヨスガとゆかりはゆえを待っていた。
昇降口からは眠そうにしながら寮へ帰る者もいれば、校庭に向かう者、逆に体育館に向かう者もいて賑わっていた。
「あ、いました」
ゆかりがゆえを見つけ指差す。
ヨスガもすぐにゆえの姿を見つけた。
両手には大量の菓子が入った手提げ袋が提げられている。
「おつかれ、ゆえ。楽しかったか?」
ヨスガがゆえの元に出向いて、手提げ袋の片方を受け取る。
「うん、まずまず」
ゆえは靴を履き替えてヨスガと共にゆかりの元まで歩いて行った。
「ゆえさん、お疲れ様です。疲れていませんか?」
「大丈夫。お菓子いっぱいもらった」
ゆえが満足そうに戦利品の菓子を掲げる。
「食事貰っておいたけど必要無かったかもな。眠くなけりゃ少しだけご飯にしないか?」
「いいよ。ヨスガの部屋ね」
「オッケー、じゃあ行くか」
ゆえのからかい半分の要求を、ヨスガは意に介さず受け入れる。
「張り合いが無い」
ゆえが文句を垂れる。
「どうせお疲れ様会でも使うから、ちゃんと掃除しておいたんだよ」
ヨスガとゆえのやり取りを摂取できてゆかりは微笑む。
「そういえば、一人で出てきましたけれど、クラスメイトの人とは一緒じゃなかったんですか?」
ゆかりはヨスガから聞いた状況を思い出して訊ねる。
「眠いからって言って逃げた。閉会までは付き合ったからおっけ」
ゆえらしい返答にゆかりは笑みを浮かべる。
ゆえの手土産の菓子の中身を確認しながら、三人はヨスガの部屋へと入った。
「お、おじゃまします」
「いらっしゃい」
ゆかりが緊張しながら挨拶をしているのを横目に、ゆえはさっさと靴を脱いで部屋のベッドに飛び込んだ。
「おいゆえやめろそれ」
ヨスガが文句を言う。
「眠くなってきたかも。シャワー浴びていい?」
ゆえのわがまま放題にヨスガは頭を抱える。
「あのなぁ、だったら一回帰って浴びてきな」
「やーだー。あ、でもゆかりと二人きりの時間を延長したいなら、長風呂してきても良いよ」
ヨスガはゆえにゲンコツを落とす。
ゆえが大袈裟に痛がる姿をゆかりは微笑ましく思いながら見ていた。
「お二人ってわたしが思っているよりずっと距離感が近いんですね」
ゆえが断りも無くベッドに飛び込んだ上、風呂場を借りようとした様子を見たゆかりが感想を口にする。
「ゆかりには絵を描いてる時に色々話したから知ってたと思うけど」
ゆえがゆかりに返事をすると、ヨスガが「おい、何話したんだよ」とゆえを睨みつけた。
ゆえは「ないしょ」と涼しい顔で受け流す。
「話は聞いていましたけれど、なんの遠慮も無くベッドに潜り込むのはさすがに驚きますよ」
ゆかりの反応に、ヨスガが「もっと言ってやれ」と加勢する。
「でもヨスガは結局許してくれるよね」
「諦めてるだけだよ。こら、ゆかりさんは目を輝かせないでください?」
ため息混じりにヨスガは二人に言う。
ついさっきまで穏やかで温かな時間を共に過ごしていたとは思えないほどゆかりの様子はいつも通りに戻っていた。
誤魔化すように微笑んでいたゆかりはヨスガのベッドに見覚えのあるぬいぐるみを見つける。
「あ、ヤドクガエル」
ベッドの枕元にはゆかりと共に水族館で行った時にお迎えしたキオビヤドクガエルのぬいぐるみが鎮座していた。
「うん、寝る時に横にいるとなんか収まりが良くてね。
たまにお腹の上に乗せるとちょうど良い重さで気持ちいいんだよね」
ヨスガがベッド横のぬいぐるみを手に取って、胸の高さで抱きかかえる。
「なるほど、今度マネしてみます」
ヨスガがぬいぐるみを置いて廊下に出る。
ゆかりはおもむろにヤドクガエルのぬいぐるみの下に近づき、ぬいぐるみを手に取る。
ゆかりはヤドクガエルと目を合わせながら頭を優しく撫でる。
その瞬間、カシャリとシャッター音が鳴る。
ゆえが携帯電話のカメラ機能でゆかりの事を撮影していた。
「ちょ、ゆえさん!?」
慌てた様子でゆかりがゆえの方を見る。
「良い写真撮れた」
満足そうにゆかりに写真を見せる。
そこには愛おしそうにキオビヤドクガエルのぬいぐるみを撫でるゆかりが写っていた。
写真に写るゆかりの表情は、本人が想像した以上に柔らかく、ゆかりは気恥ずかしくなってぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
「おーい、飲み物何が良い?」
ヨスガが廊下から声をかける。
「ココア」「わたしもココアでお願いします」
「オッケー」
ヨスガはマグカップを用意してココアの支度をする。
ゆえはゆかりに近づいてこっそりと耳打ちする。
「においはどう?」
「もう!」
ゆかりがゆえに向かってぬいぐるみを押しつける。
「きゃー」
ゆえは棒読みで楽しそうに押し倒される。
「ほら、お嬢さん方、用意が出来ましたよ」
ヨスガがココアを持って部屋に戻ってくる。
ローテーブルの上にココアを並べて食堂から持ち帰った食事とゆえが貰った菓子を広げた。
「今さらだけどカレーにココアは合わないな」
ヨスガとゆかりが食堂から持ち帰ったのはカレーライスだった。
冷えていても味は抜群だった。
三人は黙々とカレーライスを食して、菓子を開き始めてからは会話が再開された。
「ゆかりはヨスガとのデートどうだった?」
ゆえの言葉にヨスガもゆかりも咽せる。
ココアを口に含んでいない時に訊ねたのはゆえの最低限の気遣いだった。
「デートではないだろ」
ヨスガが咳き込みながら反論する。
「辞書によっては付き合ってなくてもデートって言うこともあるって書いてあるよ。ヨスガは何を想像したの?」
ゆえが意地悪い笑顔をヨスガに向ける。
「デートかはともかく、楽しい時間を過ごせました」
ゆかりが助け船を出す。
「良かった。ヨスガはどうだった?」
ゆえは引き続きヨスガをターゲットにする。
「楽しかったよ。久しぶりにゆっくり話せたし」
「一緒に居るゆかりは可愛かった?」
ゆえがさらに訊ねる。
ヨスガは苦い顔を見せそうになるが、横にゆかりが居たのですんでのところで平静を装った。
当のゆかりは不安そうにヨスガを見つめていた。
ヨスガは観念してこくりと頷いた。
ゆかりは気恥ずかしげに髪の毛をいじっていたが、ゆえは「ちゃんと言葉で言って」とさらに要求した。
「ゆかりさんは可愛いと思う」
言わされた形に近いにも関わらず、ヨスガは恥ずかしさで身体が熱くなっていた。
ゆかりも俯いている。
「具体的にどこが可愛かった?」
「ちょっと、ゆえさん」
ゆえの執拗な追求にゆかりが待ったをかける。
「ゆかりは気にならない?」
「……ヨスガくん、ごめんなさい」
ゆえの説得ですらない言葉でゆかりも手の平を返し、ヨスガは孤立した。
ヨスガには文化祭の前後でのゆかりの見た目の変化がわからなかった。
ハッキリ言って、元々ゆかりの事は可愛いと思っていたし、文化祭だから特別に良く見えたと言う感覚は無かった。
強いて言えば、スカートが短かった事だが、そんな事は口が裂けても言えなかった。
ゆえは、言葉に詰まるヨスガと、言葉を待つゆかりを交互に見てなるほどと頷いた。
「ヨスガはえっちだからスカートが気に入ったんだね」
ゆえの無慈悲な言葉にゆかりは恥ずかしげにスカートを抑える。
「違う」
ヨスガはとっさに否定する。
「ふぅん、そ。まぁヨスガが気づくのは無理だとは思った」
「どういう事だよ」
実際にゆかりの変化には気づいていなかったが、いざゆえに指摘されるとカチンと来た。
「ゆかりはこの一ヶ月間、私と司書先生によって何度も可愛いと言われ続ける事で自己肯定感を上げに上げたのでした」
「ゆえさん、それは言わないでくださいよ」
ゆかりは顔を手で覆いながらゆえに抗議する。
ヨスガはゆえの暴露に少し納得をしていた。
メイド服姿をヨスガに見せた事に始まり、その姿が似合っているかを訊ねたり、その後の普段より短いスカートについての感想を求めたり、一ヶ月前のゆかりなら起こさなかったであろう行動があった事を思い出した。
「あー、なんとなく納得した」
「ヨスガくんは自己解決しないでください」
ゆかりの矛先がヨスガにも向かう。
ヨスガはその姿も可愛らしいなとぼんやり思った。
「そういえばゆえの作品はこの後どうするんだ?」
不機嫌を装うゆかりを宥め、ヨスガがゆえに訊ねる。
「図書館に飾られる予定。とても評判が良かった」
ピースサインでゆえが誇らしげに言う。
「あ、でもちょっと面倒起きるかも知れない」
思い出したようにゆえが続ける。
「面倒?なんだそれ」
「結構な人数にメイドのモデルがいるのか訊かれた。ゆかりの事は言ってないけど迷惑かけたらごめん」
ゆえがゆかりに頭を下げる。
「大丈夫だと思いますけどね。見た目も背丈も違いますし。図書館に人が殺到する、とかになると少し辛いですけど。
むしろ、ゆえさんと関係が深いヨスガくんの方が何かと訊かれそうじゃないですか?」
ゆかりはヨスガの方を向きながら懸念を伝える。
「ヨスガに迷惑をかけるのは織り込み済み」
「おい、織り込み済みでもせめて謝罪くらいしてくれよ」
呆れながらヨスガが文句を言う。
「ごめん、許して」
「はいはい。いつもの事だし適当にあしらうよ」
ゆかりは二人の気安いやり取りを羨ましそうに眺めていた。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。なんやかんやゆえには甘い。
結川ゆかり:可愛いと言われ続けて気が大きくなった。
古淵ゆえ:ヨスガの部屋は自分の部屋だと思っている。




