一年生十一月:文化祭二日目④
体育館に入ると、席の中心部はすでに多くの人で埋まっていた。
ゆかりは入り口で受け取ったパンフレットを見て、クラスメイトの立ち位置を探す。
「左端でした。席が空いているところで良かったです」
ゆかりがヨスガを先導しながら、ゆかりのクラスメイトが座るであろう席の真正面に二人は陣取った。
席に座ったゆかりはパンフレットに記載されたプログラムに目を通す。
「あれ?」
ゆかりが首を傾げて呟いた。
ヨスガがゆかりの方に目を向ける。
「今日演奏する曲の注釈にドラマやアニメの主題歌とか、劇中で演奏されたとか書いてあるんです。
その中にわたしが原作を読んだ事のある作品の曲もあったのですけれど、見た事の無い曲名だなぁと思いまして」
ゆかりが違和感を説明する。
ゆかりが読んだのは吹奏楽部の小説で、その小説内で目にした事の無い曲が、その作品の曲として演奏されると言うものだった。
「俺はまだその作品を読んでも観てもいないから確かな事は言えないけれど、映像化するにあたって権利関係とかで曲が変わったとかなのかなぁ。がっつり吹奏楽部モノの作品で曲まで変えるのかなとも思うけれど」
ヨスガがわからないなりに考察する。
「わたしも映像の方は観ていないので、タイトルだけだとどのシーンの曲なのかわからないので真実は闇の中ですね」
ポケットには文明の利器がありますけれど、もう始まりますね。とゆかりは言葉を続けながら携帯電話を取り出して電源を切った。
ヨスガもそれに倣って携帯電話の電源を落とす。
体育館上のステージに吹奏楽部員が続々と並んでいき、演奏が始まった。
「楽しかったな……」
吹奏楽部の発表を観た二人は、休憩スペースとして開放されている校舎の食堂で休憩をしていた。
お供には食堂製のチョコバナナを手に持っていた。
ヨスガはいつも練習の時に風に乗って聞こえてくる曲の全容を知れた事への感動や、観客を巻き込んで楽しもうとする演奏に満足していた。
「楽しかったですね」
ゆかりは内心ヨスガも満足げにしていて良かったと胸をなで下ろしている。
ヨスガなら不満に思わないと確信してはいたが、自分の希望を伝えるのは少し緊張した。
池袋にヨスガを誘った時は半ば衝動的だったのもあって緊張はしていなかった。
「ゆかりさんのクラスメイト、なんというか弾けてたね」
ヨスガは二人の正面にいたゆかりのクラスメイトの話をする。
「パーカッションって言うんだっけ?色々な楽器を忙しなく演奏していてかっこいいなぁとか思ってたら、いきなりギターを担いでど真ん中で演奏し始めてビックリしたよ」
ヨスガは穏やかな曲の演奏で癒やされていたところに弦をかき鳴らす音が響き渡った瞬間を思い出した。
昼過ぎなのもあって眠たそうにしていた観客達が一斉に飛び上がり、ゆかりのクラスメイトの独壇場が始まった。
「わたしも何も知らされていなかったのでビックリしましたよ。穏やかな人だなぁと文化祭準備中は思っていました」
ゆかりもヨスガと同じ様に衝撃を受けていた。
「というか、上級生が居る中で一人で一曲分の時間をかっさらっていったのが驚愕と言うかなんと言うか。外野から見たら何もかも衝撃的だったよ」
「文化祭が終わったらきっとクラスでもみくちゃにされるでしょうねぇ。もし、普段の学校生活ではいつもの彼女の様子だったら気疲れしてしまいそうで少し心配です」
思い思いの感想を投げっぱなしにしながらも、ゆかりはこの後の学校生活を気にかける。
「その時はゆかりさんが図書館に連れて行けば良いんじゃないかな」
「図書館は逃げ場じゃないですよ、と言いたいところですけれど、悪くないですね。
でも、良いんですか?ヨスガくんとお話する機会が減っちゃいますよ?」
ヨスガは当然のようにゆかりとの時間を楽しみにしているものだと思って訊ねているのを、浮かれたゆかりは自覚していない。
「ここ一ヶ月の積もる話もあるからなぁ。確かに少し嫌かもしれない。でも、ゆかりさんが友達ともっと仲良くなるなら少しは我慢できるよ。どうせ夕食は一緒だろうし」
端から見れば自意識過剰なゆかりの質問に、ヨスガはバカ正直に答える。
からかい半分に訊ねた質問に真正面から返されて、ゆかりは身体が熱くなるのを感じる。
しばらく話せなかった事もあって二人の時間が減るのが嫌だと言う主張と、それでもゆかりの青春のためなら我慢できると言う宣言と、夕食は一緒だと言う余裕の態度。
ヨスガの言葉に激しく揺さぶられているのを自覚する。
「束縛をしまいと振る舞おうとする人みたいですね」
茹で上がった頭が出力した言葉に、ヨスガは若干引き気味になった。
「何がゆかりさんの琴線に触れたのかはわからないけれど、現実の人間に言わない方が良いよ」
至極真っ当に叱られて、ゆかりはようやく正気に戻る。
「本当にごめんなさい」
「怒ってないよ。なんだかいつもと逆みたいだ」
ヨスガが普段の自分を省みて自虐する。
「お互い気をつけないといけませんね」
反省の気持ちと羞恥心で顔が熱いままのゆかりが言う。
昨日といい今日といい、妙にギクシャクするなとヨスガは思ったが、文化祭のせいにした。
「そういえばゆえさんを見ませんね」
「今日は一日中作品の前に居座ってるんじゃないかな。なんのために文化祭当日の自由を勝ち取ったんだか」
ヨスガはゆえが中学生の時も同じ様に自身の作品の前で過ごしていた事を思い出す。
「まぁまぁそう言わず。後夜祭の時に合流するんですよね?」
文化祭の二日目が終わった夜、後夜祭が行われる。ある程度夜遅くでも実施できるのは全寮制ならではだな、とヨスガは思った。
「そのつもりではいるけれど、ゆえの事だから引っ張りだこにされてそうだよなぁ。後夜祭の時に今回描かれた絵も会場に運び込まれるから、絶対ゆえが注目されるだろうし。合流は厳しそうかな。ゆえが開放された時にお腹を空かせないように食事だけ確保してのんびりしていようかな」
ヨスガは後夜祭時のスケジュールを頭の中で組み立てる。
「それもそうですね。夜中にはなりますが、ゆえさんが自由になったらささやかなパーティーでもしましょう」
ゆかりもヨスガに同意した。
二人ともゆえの作品が多くの人の目に入ったならば、誰も放っておかないだろうと身内びいきに確信していた。
ヨスガはそれに重ねて、ゆかりがモデルなのだから当然だろうと思っていたが、口を滑らせる事は無かった。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。
結川ゆかり:とっても浮かれている。




