一年生十一月:文化祭二日目③
「ごちそうさまでした」
食事を終え、二人が手を合わせる。
「さて、どこから行こうか?」
容器やトウモロコシの芯をひとまとめにしてから、文化祭のプログラムを開く。
「わたし、二十分後の吹奏楽部の発表が観たいです。準備で仲良くなったクラスメイトが出演するんですよ」
「いいね、じゃあそこから行こう」
ヨスガはプログラムを畳み、ゴミを持って立ち上がる。
ゆかりも立ち上がってスカートを整える。
ヨスガはその仕草にドキッとした。
吹奏楽部の発表がある体育館へ二人は向かう。
「部活で練習してると、吹奏楽部の演奏とかウォームアップ、で良いのかな。慣らし運転?が聞こえてくるからなんとなく親近感あるんだよね。
いつやるのかとかは全く知らなかったけど、結構楽しみだな」
ヨスガは隣を歩くゆかりに語る。
「そうなんですね。図書館にいると演奏の音は全然届かないんですよね。どんな曲が演奏されるのか楽しみなので、ネタバレしちゃダメですよ?」
ゆかりがヨスガにいたずらっぽく釘を刺した。
「わかってるって。俺も曲名まではわからないし」
「鼻歌も禁止ですよ」
ゆかりの念押しにヨスガは思わず笑う。
「もちろんやらないって。それはそうと、ゆかりさんは部活に入ろうとは思わなかったの?
部活なんて青春の代名詞だと思うけれど」
ヨスガがゆかりに話を振ると、ゆかりが恨めしそうにヨスガを睨んだ。
「決めかねてる間に図書館でヨスガくんと出会って、後は昨日話した通りですよ」
ヨスガはゆかりの視線から目を逸らす。
「それも俺のせいになったりしますか?」
おそるおそるヨスガが訊ねる。
「しても良いならヨスガくんのせいにしますよ?」
ゆかりが薄く微笑みながら返事をし、ヨスガは「勘弁してください」と呻いた。
「冗談はさておき、ヨスガくんと出会っていなくても結局部活には入らなかった気もします。青春への憧れとは裏腹に、人見知りではあったので、春先に入部してたら対人関係で疲れて五月病になっていたかもしれません」
「今なら仲良くなったクラスメイトと同じ部活に入ろうとか思わない?」
ヨスガがゆかりに訊ねると、困った顔でゆかりが応える。
「仲良くなったクラスメイトが、一人は今向かっている吹奏楽部で、もう一人が女子サッカー部なんですよ。どちらも今さら入るのはなかなかハードル高いです」
ゆかりの返答にヨスガは納得する。
「あぁ、確かにそれは厳しそうだ。サッカーなら未経験者もそれなりにいるから、入学時なら良かったかもしれないけれど」
ゆかりはヨスガが練習を見ていると話していた松井の事を思い出す。ゆかりと同じくらいの長身である事と共にヨスガに向けた好意の矢印も併せて思い出して頭を振った。
気を取り直して、女子サッカー部のクラスメイトから聞いた話をヨスガにする。
「女子サッカー部で思い出しましたけれど、ヨスガくんって結構有名人なんですね」
ゆかりのその言葉にヨスガはうっすら心当たりがあり、顔を顰める。
「まぁ、練習を見てる時期もあったからね」
当たり障りのない返答をゆかりが許す訳も無く追撃する。
「どうやら、練習とは関係ない時に重い荷物を運んでくれたりしたって目撃情報がたくさんあるみたいですけれど」
「それは、一度に持ちすぎて危なっかしいのがいたから半分持ったり、初心者組が練習後にヘロヘロだったから受け持ったりしただけで、なんでもかんでも手伝ってる訳じゃないよ。
普段いない人間が準備を手伝いすぎるのが良くないのもわかってるし」
ヨスガが思い当たる内容を並べて弁明する。ヨスガはなぜか被告人になった気分だった。
「そんなに早口で説明しなくてもヨスガくんがそういう人なのはわかっていますよ。大事なのは、そういう些細なエピソードが積み重なって、部外者のわたしにもヨスガくんの良いイメージが伝わっているという事です。一応言っておくと、わたしがヨスガくんと友達な事は女子サッカー部のクラスメイトは知りませんからね?」
ゆかりは必死なヨスガにうっすらとした嗜虐心が芽生えるのを自覚しながら会話を楽しむ。
「Cチームに落ちたくない理由が増えてしまったなぁ」
頭を掻きながらヨスガが呻いた。
「最近は調子が良いみたいですね。わたしも嬉しいです。代わりに来ている男子部員の人はこなすだけこなしてすぐ帰ってしまうから、余計にヨスガくんの評判が良いらしいですよ」
ゆかりの追加情報にヨスガは少しだけ渋い顔をする。
「そういう印象を今練習を見てるゴールキーパーのやつに抱くんだったら、俺が丁寧に接したのは間違いだったかもなぁ」
ゆかりは、ヨスガの感情が切り替わった事を察知し、姿勢を正して「どうしてですか?」と訊ねる。
「男子サッカー部のゴールキーパーが、初心者の多い女子サッカー部のゴールキーパーの練習を見るのは、究極的にはボランティアなんだよ。その場で求められるトレーニングの手伝いをして、帰る事でそいつの学校生活での印象まで悪くなるのはおかしいし、あってはならないと思う。噂話であってもね。
自分が親切である事でチームメイトの風評被害が起きるのなら、俺も同じ様に接するべきだった」
ゆかりはヨスガの言葉を真剣に聞き取り、反芻する。
沈黙の間にヨスガは自分が熱くなっていた事を自覚して、バツが悪そうにする。
「ごめん。ゆかりさんに愚痴る話じゃなかった」
「いいえ、わたしも聞いた話を考えもせずに伝えてしまって、ヨスガくんにも、そのゴールキーパーの方にも配慮が無かったです。ごめんなさい」
互いに謝る。
居心地の悪い沈黙が流れたまま、体育館が見えてくる。
「んーっと、まぁなんと言うか。別に練習を見てやってるのになんだその態度は、みたいな事を思っている訳じゃなくて、お互い敬意を持ってくれたらいいなって話なんだよね。
ゆかりさんが悪く思われない程度で良いから、それとなくサッカー部のクラスメイトにも伝えて欲しい。全然無理しなくて良いから」
吹奏楽部の発表までに沈黙を打破するべく、ヨスガが口を開く。
「ヨスガくんの想い。理解しました。わたしもこのまま誤解が広がるのは良いとは思いません。ちゃんと話してみます」
「ちゃんとしなくたって良いのに。俺はそれでゆかりさんが悪く思われる方が嫌だよ」
ヨスガの言葉にゆかりはクラッとくるが、真面目な話なのも相まって耐えた。
「いいえ、けじめです。これはちゃんと伝えます」
「頑固だなぁ。お願いしたのはミスだったかも。こういう事あるとやっぱりクラブチームの方が良いなぁって思ってしまうよ。部活での振る舞いが学校生活に影響してくるのはしんどい」
ヨスガはため息をつきながらぼやく。
「あの、こんな話をしてすぐ語るのは呆れるかもしれないですけれど」
ゆかりがヨスガにおずおずと語りかける。
「わたし、ヨスガくんがこうやって怒るところを見る事ができて少し嬉しかったです。
普段、ずっと親切だからってだけではなくて、池袋に行った時は辛そうにしていたのに、チームメイトのために怒るくらい仲間が大事になったんだなぁって思えて嬉しかったし、かっこいいと思います」
ヨスガの頭の中では、怒りの感情を見せた事を喜ばれていい気はしない自分と、褒められて素直に嬉しい自分が争っている。
「ありがとう」
ヨスガの脳内バトルの決着はつかぬまま感謝だけは伝えた。
それを一応の話の終結と言うことにして、ゆかりは話題を切り替える。
「そうだ、ゴールキーパーの序列が上がった話をしていませんでした。きっかけはあるんですか?」
ゆかりのインタビュアー調の話しかけ方が妙におかしくて、ヨスガは小さく笑う。
ゆかりはその笑みを見て本格的に緊張を解く。
二人の間の空気は途端に弛緩した。
「そりゃあ、とても大きいきっかけがあるよ」
ヨスガが笑いながらゆかりを見る。
「ゆかりさんに励まされたからね。そのお陰で精神面ではものすごく背中を押されたよ」
上機嫌に語るヨスガ。
ゆかりは黙りこくる。
「どうしてそんな恥ずかしげも無く言えるんですか」
「そんなの、いつも思っているからに決まってるでしょ」
ヨスガの追撃にゆかりは完全に沈黙する。
「やっぱりヨスガくんは罪な男です」
ゆかりはすっかり気に入ったフレーズをヨスガに投げつけた。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。やっぱり罪な男。
結川ゆかり:吹奏楽部の女の子と仲良くなった。




