一年生十一月:文化祭二日目①
文化祭二日目。
ヨスガは昨日と同じく朝から射的の番をしていた。
一年二組の教室は昨日にも増して休憩所としての評判が良く、生徒の弟や妹で賑わっている。
ヨスガが時計を見てシフトが終わる時間を確認していると、「ヨスガ君」と声をかけられた。
「あ、ゆえのお母さん。こんにちは」
声の主はゆえの母親だった。
「こんにちは。賑わってるねぇ。ゆえのクラスに寄ったついでにたまたま見かけたから声かけちゃった」
ゆえの母親は和やかにヨスガに話しかける。
ヨスガも射的に列が並んでいないのを確認して雑談に応じる。
「お化け屋敷の中のイラスト、全部ゆえが描いてたから楽しみにすると良いですよ。絵画の方は観ました?」
「お化け屋敷はさっき入ったところよ。事前にゆえの母親だって名乗ったら控えめにおどかしてくれて、イラストに集中できて良かった。絵画も見に行ったんだけど見当たらなくて、それもヨスガ君に聞きたかったのよ」
ゆえが母親に正確に連絡していなかった事に頭を抱えつつ、ヨスガはゆえの作品が図書館にある事を伝える。
「またあの子は気ままにやって……。ヨスガ君以外に迷惑かけてない?」
ゆえの母親も頭に手を当てて呻いた。
「俺は頭数には入らないんですか……。まぁ今回に関しては図書館の管理をしてる司書の先生も悪ノリをする人で意気投合しちゃった感じですね。
巻き込まれた人も一人いるにはいますけど、協力的だったし、迷惑はかけてないですよ」
ゆかりの事を思い浮かべながらヨスガはゆえについて話す。
「うーん、まぁゆえを受け止められる先生がいるのは良かった、のかな?
そういえば縁堂家は来てるの?」
ゆえの母親はヨスガの両親の事を訊ねる。
「はい、さっきうちに来て、一瞬でスタジアム行きました」
ヨスガが両親の行動を話すと、ゆえの母親は苦笑いをした。
「相変わらずだねぇ。ヨスガ君が寮暮らしになったから悪化したまであるか」
「今日はホームだったから寄りやすかったんでしょうね。アウェイだったらさすがに文化祭を優先するって言ってました」
ヨスガも呆れて苦笑いはするが悪感情は無い。
小学校の頃はアウェイゲームに連れ回され、その度に観光を楽しんでいた。
中学生になってクラブチームに入ると保護者の負担も増え、アウェイゲームに行く回数も大きく減った。
高校生に上がった今、伸び伸びと日本中を飛び回っている両親に、ヨスガはむしろ喜んでいた。
「まぁ、ヨスガ君がいいならいいのか。ところで、さっきからヨスガ君を廊下から観察している子はお友達?」
ゆえの母親が廊下を指差す。
ヨスガが目を向けると、そこにいたのはゆかりだった。
昨日の宣言通りに黄色のクラスTシャツに膝が見える丈の制服のスカートに身を包んでいる。
ゆかりは二人の視線に気づき、一年二組の教室に入る。
ゆえの母親とヨスガの会話に聞き耳を立てていたクラスメイト達が、新たな登場人物に好奇の視線を向ける。
ヨスガは少しだけ居心地が悪かったが、昨日、建前とは言え冷やかされて不機嫌になるのをやめると宣言していたので、なんでも無いかのように振る舞おうとする。
「ヨ、縁堂くん、こんにちは」
ゆかりはヨスガを名前で呼ぼうとしたところを名字に切り替えた結果、気安い挨拶のようにヨスガに挨拶をする。
「結川さん、こんにちは」
ヨスガもゆかりに合わせて名字で接する。
ゆえの母親はそれを見守っている。
「ゆえのお母さん、こちらは結川さん。ゆえに振り回された人」
ヨスガが聞き耳を立てているクラスメイトに聞こえないように、声を落としてゆえの母親にゆかりを紹介する。
「あ、ゆえさんのお母様でしたか。結川ゆかりと言います」
ゆかりが目の前の女性の正体を知り、ペコリと頭を下げる。
ゆえの母親はゆかりの礼儀正しさに目を丸くする。
「ご丁寧にどうも。ゆえの母親です。ゆえは迷惑かけていないですか?」
ゆえの母親も挨拶を返し、娘について訊ねた。
「いえいえ、わたしだけじゃ経験できなかったような事をたくさん経験させてもらってます」
ゆかりはニコリと笑いながら応える。
「それなら良かった。話し込んじゃったね。じゃあゆえの様子でも見に行こうかな。
ゆかりちゃん、何かあったらヨスガ君経由でも良いから連絡してね」
ゆえの母親は早速ゆかりを名前で呼びながら念押しをした。
ゆかりは中学までの間にゆえがどれだけ母親を困らせていたのか想像して苦笑いする。
「はい、その時はヨスガくんに連絡してもらいます」
ゆえの母親は、ゆかりの返答にニヤリと笑い、声を落として返事をする。
「今度会う機会があったらヨスガ君の事を普段通り呼んでも良いからね」
ゆかりはハッとしてゆえの母親を見る。
ゆえの母親がヨスガを名前で呼んでいた事につられて、ゆかりも普段通り名前で
呼んでしまっていた事に気づいた。
幸い、ゆかりは挨拶の後は声を控えめにして話していたので、ヨスガのクラスメイトが聞き取れる事は無かったとゆかりは確信しているが、自身の迂闊さに身体が熱くなるのを感じる。
そうこうしている内に、ゆえの母親は手を振りながら立ち去っていった。
「結川さん?」
ヨスガがゆかりに声をかけ、ゆかりは金縛りから解放された。
「なんていうか、ゆえさんのお母さんだなぁって思いました」
ゆかりはゆえの母親の感想を口にする。
「そうだね。射的、やってく?」
ヨスガは相づちを打ちながら営業する。
「そうですね、呼ばれたから入っただけでしたが、折角なのでやらせてください」
ゆかりはヨスガと落ち合うつもりで一年二組を遠目から覗いていたが、ゆえの母親によって注目を集めすぎてしまったので、偶然を装いながら一時退散する事にした。
射的は三発撃ってすべて外した。
参加賞のラムネを貰ってゆかりは一年二組を後にした。
取り残されたヨスガは、同じシフトのクラスメイトに嫉妬や羨望の視線を当てられていた。




