一年生十一月:文化祭一日目③
「というか、夜中にゆかりさんと話した翌日に早速ゆえが頼ってきたのは本当にビックリしたなぁ」
ヨスガはゆえのお見舞いに行った翌朝の事を思い出した。
「私も当日に連絡が入ってビックリして慌てて身支度しましたよ。ヨスガくんがはたらきかけたのかと思っていましたけど、違うんですね」
ゆかりも自分の視点であの日を思い出す。
「いや、ゆかりさんとあの夜話した事は何も言ってなかったから完全に不意打ちだった」
「そうだったんですね。勘が良いのか運が良いのか、この一ヶ月間でもっとゆえさんと仲良くなれて嬉しかったです」
楽しそうにゆかりが話す。
「あ、お見舞いの時の話もたくさん聞きましたよ?ごちそうさまでした」
ゆかりは心底幸せそうに笑みを浮かべる。
「まぁそうなるだろうなと思ってたよ」
ヨスガはため息まじりに返事をする。
「どんな話をしたか気になりますか?」
「口を滑らせてゆえが言ってない事まで言いそうだから聞かないでおこうかな」
一刻も早くこの話題を切り上げるためにヨスガは遠慮をする。
「わたしとしては新情報が聞けたら嬉しいんですけどね。仕方ありません」
ゆかりは唇を尖らせながら話を切り上げる。
「そんな話よりもこの一ヶ月間で青春できたかどうかの話をしない?」
ヨスガは話題を変えるためにゆかりに関する話題を持ち出す。
ゆかりは腹を割った夜の事を思い出し、ヨスガの誠実さや優しさを改めて認識した事も思い出した。
ほんの少しの動揺を見透かされないようにゆかりはヨスガの質問に答える。
「えぇ、とっても。ゆえさんとはたくさんお話しながら楽しい時間を過ごせました。クラスの出し物でも小道具なんかを作ったんですよ。小道具担当のクラスメイトは大人しめな人が多くて少し仲良くなれました」
友達が少ないと自虐していたゆかりがクラスメイトと親しくなれたと喜んでいる様子をヨスガは自分のことのように嬉しく感じる。
「そっか、それは良かった。クラスメイトとも仲良くなれたのもとても良いね」
「はい。とはいえもう十一月ですしね。今さらではあるかもしれないですけれど。小中の癖で暇さえあればずっと図書館に居たので、授業中以外でこんなに話したのは文化祭準備のお陰ですね。
小中と違って、三年間ずっと居られるのが確定しているのに図書館に住み着きすぎましたね」
自嘲気味にゆかりは笑いながらおどける。
「確かに、住人になり過ぎたかもね。今だって図書館のメイドになってるし」
ヨスガはからかいながら笑った。
「もう、図書館に住み着いた理由の四分の一くらいはヨスガくんにあるんですからね?」
頬を膨らませてゆかりがヨスガを見る。
ゆかりが時折見せる子供らしさも今のゆかりがすると印象がまったく違った。
「俺がいなくてもゆかりさんは図書館に住んでたと思うけれどなぁ」
ヨスガはゆかりの愛らしい怒りの表現に心を揺らされながら反論する。
「わたし、別に図書館で本を読む事に執着している訳じゃ無いんですよ。もちろん図書館の空気の中で読むのも好きですけれどね。
日によっては図書館が騒々しくて、自室で読んだ方が集中できる日だってありますし」
ゆかりは唇を尖らせながら少しの間考え込む。
ヨスガはそれを口を挟まずに待つ。
「ヨスガくん、いつも練習を終えたら図書館に寄るじゃないですか。だから、会えないかなぁって。その、クラスも違いますし」
ゆかりは視線を明後日の方向に向けて頬に手を当てる。
ヨスガはゆかりが話した理由に心臓が跳ねた。
「大体、初めて知り合った時に部活の無い日に図書館に来るって言ったのに、その翌日に普通に顔出したじゃないですか。あれがすべての元凶ですよ」
目を逸らしたまま、八つ当たり気味にゆかりが続ける。
「それは、あの日は雨で練習が短かったし、ゆかりさんのオススメも早く読みたかったから」
ヨスガはなんとか反論を絞り出す。
「う、それを言われると弱いですけれど……。わたし、嬉しくて舞い上がってたんですよ?初めてのお友達で、大雨にも関わらず勧めた本を借りに来てくれて。あと、挨拶もしてくれて。
もっと仲良くなりたいな。ここなら会えるなって。そう思わせたヨスガくんが悪いです」
ゆかりはプイとそっぽを向く。
「それは、申し訳ありませんでした」
ヨスガは自分の顔が赤くなっているように感じていた。
気恥ずかしさが抑えられないまま敬語でゆかりに詫びる。
「ふふ、怒ってないですよ」
ゆかりはヨスガに向き直り、笑顔を向ける。
「もしこの学校にヨスガくんがいなくても、図書館の滞在時間が減った分、自室に引きこもる時間が増えるだけなので、結局文化祭準備までクラスメイトと打ち解ける事は無かったと思います。しかも、ヨスガくんやゆえさんとと過ごした楽しい時間も無くなってしまう。ヨスガくんに出会えて良かったと、こうやって思い返している内に改めて思いました」
ゆかりはさらに笑顔を振りまく。
それは普段、ヨスガやゆえに向ける優しげな微笑みとも違う、満開の笑みだった。
ヨスガはその笑顔に見とれる。
「あの、ヨスガくん?さすがに返事が無いまま見つめられると恥ずかしいです」
ゆかりは照れくさそうにヨスガから顔を背ける。
名前を呼ばれてヨスガも正気に戻った。
「あ、ごめん。とても楽しそうに話してる姿に見とれてた」
うっかり本心を浮いた言葉で吐露したヨスガにゆかりは「え?」と反応する。
「あ、いや見とれてたってのは言葉のあやというか……」
そのゆかりの反応に、失言したと思ったヨスガが慌てて誤魔化そうとした。
「言葉のあや、なんですか?」
ゆかりが自覚的に小悪魔ぶってヨスガに訊ねる。
「言葉のあや、じゃないです」
ヨスガはあっさりと白旗をあげた。
「ゆかりさんって罪な女って呼ばれてない?」
体育祭での意趣返しも込めてヨスガがぼやく。
「今日初めて言われました。友達が少ないもので」
ゆかりは即座に言い返す。
「そういえばそうだった」
ヨスガは笑いながら納得する。
「自虐を納得しないでくださいよ」
ゆかりが靴を脱いだ足でヨスガを小突く。
じゃれ合いのような身体的接触がヨスガには心地良かった。
「足癖が悪いですよ、メイドさん」
足蹴にされてまんざらでもないヨスガが注意をする。
「今は休憩して楽しくおしゃべりしているところなので良いんです」
メイド業務をしている訳では無いですけれどね、とゆかりは続けた。
「業務で思い出したけど、ゆかりさんはいつからスタンバってたの?」
ふと、ヨスガが思い出す。
ヨスガがゆえと合流したのが昼前で、それより前には化粧やカラコンのセットをしている必要があるとヨスガは思った。
「十時くらいですかね。司書の先生にメイクとか全部してもらいました。実は今日はクラスの仕事無いんですよ。
明日の一般開放日の方がステージ系の発表が充実してるから、演者じゃない人達は今日の内にシフトに入りたがってたので、譲ったんです。明日は午前中に受付です」
「そんな朝早くから本当にお疲れ様でした。というか全然文化祭楽しめていないんじゃない?」
ヨスガはゆかりに訊ねる。
「屋台や出し物を巡れてはいないですけど今存分に楽しんでますよ?それに一般開放日だと図書館でも催しがあるので、ヨスガくんを驚かすには今日が都合が良かったんです。さすがに見ず知らずの人に見られるのは恥ずかしいので」
ヨスガは自身へのサプライズに満足しているなら良いかと思いつつ、それだけじゃ足りないとも思った。
「ゆかりさんが良ければだけど、明日の午後、一緒に文化祭を回らない?」
ヨスガの提案にゆかりの目が輝いたようにヨスガは見えた。
「良いんですか?」
ゆかりがおそるおそる訊ねる。
「もちろん。俺も明日は午前中でおしまいだから、お昼も一緒にどうかな?」
ヨスガは快諾する。
先ほどまでの調子の良さはどこへやら、それでもゆかりは煮え切らない態度でいる。
「わたし、背が高いですし、クラスメイトと会う頻度が高い文化祭の校舎内で二人で歩いて迷惑じゃないですか?」
ゆかりが気にしていたのはヨスガの事だった。
ヨスガがゆえとの関係で冷やかされる事にうんざりしている事を知っているゆかりは、身長の面で目立つ自分が人の多い場所でヨスガと歩いて迷惑にならないかと心配だった。
ヨスガはその意図をもれなく理解し笑い飛ばす。
「迷惑じゃないよ。大丈夫。外の空気に当たればわかるけれど、皆浮かれて他人の事なんか全然見てないよ。それに、一般開放で生徒以外の人もたくさん来るから全然目立たないはず。あと、付け足すなら」
ヨスガは言葉を切って少し考える。
「いつまでも冷やかされて不機嫌でいるのもかっこ悪いなって思ってさ。だから、自分のためにゆかりさんを振り回そうかなって」
頭を掻きながらヨスガは言う。
ゆかりはいつかの悪ぶった自分とヨスガの振る舞いが重なって見えて思わず笑った。
「誰もわたし達の事を気にしないって言っておきながら、冷やかされる前提で行動するんですか?」
ゆかりは愉快そうにちょっとした齟齬をつつく。
「細かい事は気にしないで欲しいなぁ」
「いやいや、気になりますって。でもまぁ目を瞑りましょう。明日はヨスガくんに振り回される事にしますね」
けらけらと笑いながらゆかりがヨスガの誘いに応じる。
ヨスガは心の中でガッツポーズをしながら笑った。
「やっぱり当日の文化祭巡りも青春には欠かせないからね。誘いに乗ってくれて良かった」
ヨスガはゆかりに隠していた理由を明かす。
「もう、本当にそういうところですよ」
ゆかりははにかみながらヨスガを足でまた小突く。
ヨスガはされるがままに自身の足を差し出している。
「というか、誘っておいてなんだけど、別に俺と回らなくてもクラスメイトと回って親交を深めた方が青春っぽいのでは?」
ふとヨスガが思い出す。
今日一日が潰れてしまったからと、ちょっとしたお節介心で動いてしまったが、交流関係を広げたゆかりにはいらぬお世話だったかもしれないとヨスガは思った。
そんなヨスガの気遣いのつもりの余計な一言にゆかりは半目になって睨みつける。
化粧とカラコンの力も相まって、ヨスガは圧力を感じていた。
「前言撤回です。本当にそういうところですよまったくもう」
「同じ事言ってない?」
ニュアンスの違いを理解しつつも、おそるおそるヨスガがゆかりに訊ねる。
「全然違いますよ。わかっているくせに。明日はヨスガくんと一緒に文化祭を回ります。いいですね?」
ゆかりの圧力に気圧されながらヨスガはコクコクと頷いた。
ゆかりはヨスガが頷くと満足げに笑みをこぼし、元の柔らかい雰囲気に戻った。
「そうだ、聞きそびれてました」
ゆかりがシークレットブーツを履きなおし、ヨスガの正面に立ち上がる。
「今日のわたし、どうでしょうか?」
スカートを軽くつまみながらヨスガを見つめる。
少しだけ緊張している事にヨスガは気づかない。
ヨスガは改めてゆかりの表情を見てから全体を見る。
とても似合っていた。
普段のゆかりの落ち着いた雰囲気がより際立っているようにも見えるし、司書の先生渾身のメイクは、ヨスガがゆかりに感じている愛らしさを美に昇華しているように感じる。
ヨスガはいくつもの賞賛の言葉が浮かび上がってくるにも関わらず、それらの言葉が自分らしくない上辺の言葉の様に感じて棄却する。
ほんの少しの沈黙の後「とても素敵だと思う」と絞り出した。
「ごめん、なんか色々な綺麗な言葉が思いついたんだけど、俺らしくないなって思えてしまって、月並みな言葉しか出てこなかった」
小説を通じて出会ったにも関わらずこの体たらくだとヨスガは恥じる。
しかし、ゆかりはそのヨスガの正直な態度、頭の中で浮かんでは消えた褒め言葉に思いを馳せて満たされる。
「いいえ、とても嬉しいです。いつか、綺麗な言葉バージョンも聞かせてくださいね?」
ほんの少しのわがままを付け加えて、ゆかりはヨスガに喜びを伝えた。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。
結川ゆかり:本当は図書館に住み着いた理由の半分以上がヨスガ。




