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一年生十一月:文化祭一日目②

 ヨスガとゆえは賑やかな廊下を歩いて行く。

「なんやかんや二人でゆっくりするのも一ヶ月ぶりくらいか?」

 横を歩くゆえにヨスガが語りかける。

「うん。いっぱい頑張った」

 ゆえが誇らしげに返事をする。

 ゆえはこの一ヶ月間、展示用の絵画に没頭していた。

 クラス用のイラストにも全力で手早く取り組み、自分の作品のために時間を費やしていた。

「ゆかりさんまで巻き込んで何してたのかは気になるけど、ゆえの本気を久々に観れるのが楽しみだよ」

「ヨスガがお見舞いしてくれたお陰だよ。充電できた」

「……そりゃどうも」

 ぶっきらぼうにヨスガが返す。

 その返事にゆえは上機嫌になってヨスガの先を歩く。

 くるりと振り向いてヨスガを見る。

「楽しみにしてて」

 ゆえはニコリとヨスガに笑いかけた。


 昇降口からヨスガとゆえは外に出た。

 外にも屋台やステージが並んでおり、校内に負けないくらい浮かれた空気が充満している。

 立ち並ぶ食べ物の屋台には目もくれず、二人は図書館へと向かった。

 図書館に入るとゆえがヨスガの前を歩いて道案内をする。

 図書館をゆえに案内される事が少しおかしく感じ、ヨスガは心の中で苦笑した。

 ゆえの案内で到着したのは談話室だった。

 ヨスガは体育祭の時にゆかりと共にした時間を思い出す。

「こら、女の子といる時に別の女の子の事考えるな」

 ゆえが口を尖らせながらぶーたれる演技をする。

「嫉妬深い女に憧れてるのか?」

「そうかもしれない。はいろ」

 ゆえはじゃれつくのをやめて談話室の扉を開ける。

「ヨスガは下向きながら歩いて」

 ゆえがヨスガの手を取りながら先導する。

 壁際に辿り着くとゆえが立ち止まる。

 ほんの少しだけ静寂が訪れる。

「ゆえ?」

 ヨスガが声をかける。

「ちょっときんちょう」

 ゆえが深呼吸をしながら返事をする。

「よし。ヨスガ、いいよ」

 ゆえが合図をする。

 ヨスガはそれに従い顔を上げる。

 ヨスガは目の前の絵画に目を奪われる。

 キャンバスには椅子に座り本を読むメイド服の女性が描かれていた。

 窓際に佇む女性は、本棚を背に日の光に照らされながら本のページをめくっていた。

「すげぇな」

 ヨスガはひどい感想だなと思いながらゆえに感動を伝える。

「見ればわかるよ。ヨスガはわかりやすいからね」

 ゆえはヨスガが目を見開いて観賞している様子を満足げに見つめている。

「何も言わなくても良いから、しっかり焼き付けて」

 ゆえが続ける。

 ヨスガはお言葉に甘えて黙々とゆえの作品を見つめていた。


「秋葉原に行った時に寄った喫茶店みたいだな」

 一通り観賞し終えて、ヨスガは談話室の椅子に座りながらゆえに感想を伝える。

「うん、雰囲気が好きだったから描くことにした」

 ゆえはこの一ヶ月間定期的に秋葉原の喫茶店に通い、店員にメイド服の情報や内装について取材していた。

 その間に貯まったポイントカードをヨスガに掲げて自慢もしている。

「図書館に飾るのもテーマに合ってて良いよなぁ。よく申請通したな。普通は希望者が描いて、決まったところに並べるって聞いたけど」

「それは司書先生に言ったら許可してくれた」

 ヨスガは司書の先生が一枚噛んでいるなら無理も通せるだろうなと納得した。

 現役時代に図書のリクエストでギリギリを攻めた人間ならば興味で動く事もあるだろう。

「モデルの人、気になる?」

 ヨスガが司書の先生について考えていると、ゆえが絵画に描かれたメイド服に身を包んだ女性の話を始める。

 ヨスガはこの一ヶ月間を振り返り、容易に答えに辿り着いた。

「お前、ゆかりさんを一ヶ月モデルに拘束してたのか?」

 ヨスガが呆れながらゆえに訊ねる。

「む、さすがにそんな事しない。写真はいっぱい撮ったけど。見る?」

 ゆえが携帯電話を操作し、写真フォルダを開こうとするのをヨスガは止めた。

「ゆかりは私の制作風景を見たり、別の事をしてたりした。気になる?」

 ゆえがヨスガに問いかける。

 ゆえの制作に関して一ヶ月間放置されていたヨスガは黙って頷いた。

「すなおでよろしい。じゃ、待ってて」

 そう言うとゆえは談話室を出て行った。

 ヨスガは、ゆえがゆかりに何をさせたのかうっすら想像がついたが頭の中でかき消す。

 ヨスガの煩悩はメイド姿のゆかりを脳裏に映し出していた。

 絵画の女性は喫茶店の店員と同じくクラシカルなメイド服に身を包んでいるため露出は少ない。

 とはいえ、異性を前にして着飾るのは、ゆかりにとってはハードルが高いとも思った。

 五分ほどヨスガが待っていると、談話室の扉が開く音がした。

 ヨスガは扉の方に注目する。

 そして目を見開いた。

 扉から現れたのは絵画に映る女性だった。

 ヨスガは壁際の絵画と扉の前に立つ女性を見比べる。

 女性は薄く微笑みながらヨスガと絵画の元へ歩み始める。

 その優雅な歩みにヨスガは目を奪われた。

 女性がヨスガの前に立つ。ヨスガも慌てて椅子から立ち上がる。

 目線が合う事にヨスガは驚いた。

 ヨスガは女性の足下を見るがヒールを履いているようには見えなかった。

 女性はその様を面白そうに眺めていた。

 ヨスガはその反応に気恥ずかしくなり頭を掻く。

 そして、自身と同じくらいの身長の女性の知り合いがいない事に混乱していた。

「えぇっと、ゆえのお知り合いですか?」

 ヨスガはお手上げになり本人に直接聞くことにした。

 女性はニコリと笑って、ヨスガと出会ってから初めて声を出す。

「うふふ、上手くいきましたね」

 声の主はゆかりだった。

 ヨスガの予想自体は当たっていた。

「え、ゆかりさん!?雰囲気、というか身長からして違いすぎる」

 ヨスガは驚愕しながらゆかりの全体像を見る。

「身長はシークレットブーツですよ。パッと見ただけじゃわからないですよね」

 そう言いながらゆかりは靴を脱ぎ、裸足になった。

 ヨスガにとっていつもの視点にゆかりが立つ事で、目の前の女性がゆかりなのだとジワジワと実感していく。

 ヨスガはゆかりの観察を続ける。

 目はカラーコンタクトレンズが入れられていた。

 目の色だけでも印象は大きく変わる。

 ヨスガはメイクをまったく理解していないが、普段と違うということだけはなんとなくわかった。

 メイド服が形作るシルエットは普段のゆかりの服装と大きく異なっていて、そこからも別人であると錯覚したのだとヨスガは思った。

「なるほど、身長もだけど目の色とか、シルエットに騙されてたんだなぁ。すごい」

 ヨスガが感心していると、ゆかりが少し挙動不審になる。

「シ、シルエットですか」

「え?うん。普段の服装と全然違うからわからなかったよ」

「あぁ~、そういう事ですか。そうですねそうですね」

 慌てて誤魔化そうとしているゆかりをヨスガは不審に思う。

「ゆかりは詰め物がバレたと思って焦ってるんだよ」

 いつの間にか戻っていたゆえが口を開く。

「ゆ、ゆえさん!」

 ゆかりが大声を出す。

「ヨスガは気にしないから大丈夫。そもそもモデルになってもらうために身長まで伸ばしてもらったんだから今さら」

「ゆかりさんがモデルになったのはわかったけど、シークレットブーツといいよくこんな立派なメイド服用意できたな。サイズもゆかりさんに合わせてるし、どうやったんだ?」

 ヨスガはゆかりが誤魔化した理由に触れないように疑問を投げかける。

 ゆかりはヨスガの助け船に感謝の視線を送る。

「それは、司書先生がやってくれた」

「えぇ……」

 斜め上の協力者にヨスガは肩の力が抜けた。

「本当は黒のロングスカートとかフリルの服とか用意して写真だけ撮らせてもらうつもりだったんだけど、図書館に飾る条件にメイド服をゆかりに着せる事を求められた。ゆかりは採寸とか調整に駆り出されてずっと私と一緒にいたってわけ」

 ゆえがゆかりも連れて過ごしていた理由まで説明してくれる。

 ヨスガは欲望に忠実なこの館の主に呆れるしかなかった。

「ヨスガの事驚かせたかったから、描いてるところを見せるわけにいかなかった。

 ごめんね」

 ゆえは、ゆえが絵に没頭するところをヨスガに見せられなかった事を軽く詫びた。

「わたしが独り占めしてました」

 ゆかりが楽しげに会話に入る。

「いぇい。じゃ、メイドゆかりとごゆっくり」

 ゆえはそう言うと談話室から立ち去ろうとする。

「さっきまでヨスガを独り占めしてたからね。今度はゆかりの番」

 最後にそれだけ言い残してゆえはサッサと立ち去っていった。

「別に居ても良いのになぁ」

 ヨスガはぼそっとこぼす。

 ゆかりはそんなヨスガの態度に少しだけムッとした。

 自分で思っていたよりもヨスガと二人の時間を欲していた事をゆかりは自覚する。

「わたしだけじゃ不満ですか?」

 ムッとした気持ちは表に出さず、本音だけ表に出してヨスガをチクチクと責める。

「そんな事は無いよ。全然ゆっくり話せなかったし二人で話せて嬉しい」

 ヨスガの真っ直ぐな返答にゆかりはニコリと笑う。

 普段と雰囲気の違うゆかりの笑みに、ヨスガはドキリとした。

「わたしもです。ようやくカミングアウトできますよ」

 ゆかりはヘッドドレスに触れながら言う。

「まさかゆえのお見舞いからまったく話す機会無くなるとは思わなかった。あの時にモデルの打診を受けたの?」

 ヨスガは改めてゆかりの全身を眺める。胸元は避けた。

「はい。あの時はまだこんなすごい衣装に身を包む予定も無かったんですけどね。司書の先生がノリノリになってしまって」

 ゆかりが苦笑いをしながら過程を話す。

「ゆえさんの理想のメイドに向けて何度も採寸して大変でした。もうモデルが必要無さそうなくらいまで仕上げていたのに、まだ衣装のディティールを詰めてたんですよ」

 司書の先生には散々振り回されましたとゆかりは続ける。

「それは気の毒というかなんというか、お疲れ様でした」

 ヨスガはこの一ヶ月間、凝り性の二人に散々付き合っていたゆかりを労った。

「いえ、ゆえさんの作品もこのメイド服もものすごい出来で、そこに携われて嬉しいです。それに、図書のリクエスト権も貰っちゃいました」

 チロリと舌を出しながらゆかりが笑う。

 どの仕草も普段のゆかりと違って見えてヨスガは振り回されている。

「独裁政権だなぁ」

 ヨスガも笑いながら返事をする

「これで高い本をねだっちゃいましょう」

 ゆかりはヨスガの正面の椅子に腰かけて携帯電話を取り出し、気になる本のメモを眺め始めた。


人物紹介

縁堂縁:ヨスガ。ゆえの絵が好き。

結川ゆかり:メイド服で別人になる。

古淵ゆえ:ゆかりとの時間を満喫した。

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