一年生四月:大雨①
翌日は予報通りの大雨で、練習も室内になった。
柏陽台高校には人工芝のサッカーコートもあるため、雨の日も外で練習するものだとヨスガは思っていたが、今日の雨はコートの水はけを上回る豪雨でサッカーどころじゃなかった。
室内練習があっという間に終わったので、ヨスガは着替えを済ませて図書館へ向かう。
校舎を出て傘をさすと、春風に傘が持って行かれそうになる。
敷地内の桜並木はすっかり裸にされていて、落ちた花びらは水たまりにまとまっている。
この天候の中、本を借りて持ち出す気にはなれないが、ビニール袋でくるんで持って帰るつもりではいた。
風に傘を持ち去られそうになりながらもヨスガはなんとか図書館に辿り着いた。
辿り着いたは良いが靴はぐしゃぐしゃで制服のズボンもびしょ濡れだ。
とてもじゃないが図書館に入っていい姿じゃない。
図書館の中に入って、風除室で傘を袋に詰める所まで済ませてヨスガが途方に暮れていると、室内に見慣れた女子が目に入った。
もちろん結川だった。
結川は本に没頭していてヨスガには気づいていない。
図書館の司書は途方に暮れている男子生徒を不審に思い、ヨスガの元に近づいてきてくれた。
司書はタオルを持ってきてくれた。
「風除室で立ち止まってくれるだけでありがたいです。部活帰りに寄る人の中には汚れている自覚が無かったりするので」
ヨスガは礼をしつつ身体の水気を拭き取っていく。
使用したタオルはクリーニングにそのまま出せる仕組みがあるようで、ありがたく濡れたタオルを返却した。
手がふやけていたわけではないので、本をその場でゆっくり読むことも許可された(許可する権限が司書にあるわけではないが)。
目星をつけた本を手に取り、貸出をしてもらう。
借りた本を持ってヨスガは結川の元へ向かう。
結川の読書の手を止めるのが申し訳ない気持ちもあるが、昨日の今日で声をかけないのもムズムズしてしまうので、声だけかけてすぐに移動するつもりだ。
結川の近くの席に座ると、その気配に気づき結川が顔を上げる。
ヨスガは声をかける前に気づいて貰えてホッとした。その長身ゆえに声をかける時に存在を気づかれるとギョッとされる事が多い。悪気は無くても少しは傷つく。
「結川さん、こんにちは」
手をあげてヨスガが声をかける。
「こんにちは縁堂くん」
結川も同じく挨拶を返し、ペコリとおじぎをする。
「姿を見かけたから挨拶だけでもと思ってね、お邪魔しました」そう言いながら席を立つと、結川が引き止める。
「移動しなくても大丈夫ですよ。あ、さっそく借りているんですね」
結川がヨスガの抱える本に気づく。控えめながら声が弾んで聞こえた。
「うん、大雨だけど我慢できなくて借りに来たんだ」結川の厚意に甘え、浮かせた腰を戻しながらヨスガが返事をする。
「わかりますわかります。では、ごゆっくり」満足げに頷いて結川は自分の世界に入っていった。
ヨスガもそれに倣い今さっき持ち出した本を広げる。
雨は止まず、図書館の屋根を打つ。
雨なのもあって混雑もしておらず、不規則な雨音が心地よいBGMになった。
読書をするには申し分ないその環境でヨスガはソワソワしていた。
昨日初対面だった女子が横にいる状態に緊張しているのだ。しかもその女子がヨスガに抱く第一印象が少なくとも悪くない事も緊張に拍車をかけた。
結川の厚意をやんわり断って予定通り移動するべきだったとヨスガは後悔するが、開いた本を読み進めるにつれて小説の世界に引きずり込まれ、緊張も隣の女子も消え去った。
ヨスガの興味への集中力は凄まじかった。
一時間ほど経ってヨスガが空腹感によって現実に戻される。
集中力が切れた頭に雨音のBGMが染み渡る。心地よい脳の疲労感を感じながら、固まった身体を伸ばしていると、「きゅぅぅう」と可愛らしい音が鳴った。
図書館中に鳴り響いた訳では無いが、ヨスガにはハッキリと聞こえてしまった。
「す、すいません」
音の主である結川は自分のお腹に手を当てながら、消え入りそうな声でヨスガに謝る。
聞こえなかったフリをするには無理がある状況にヨスガは心の中で頭を抱える。
そして一秒にも満たない時間で返答を絞り出す。
「夕飯食べながら昨日の続きでもしませんか?」
言葉にしてから不安が襲う。知り合って二日目の男に給食でも無いのに食事をしているところを見られたいか?そもそもお腹の音を聞かれて恥ずかしがっている相手だぞ?と反省会が即座に始まる。
「あ、食べてからでも良いですし、どうでしょうか」
なんとか取り繕おうと言葉を続ける。取り繕えているのだろうかと思いながら。
「いえ、お夕飯ご一緒しましょう」
ヨスガの脳内反省会に負けないくらい恥ずかしさでいっぱいいっぱいな結川が承諾する。
「よ、よし。じゃあ支度しよう」
ヨスガはホッとして良いのかもわからぬまま身支度を始めた。
図書館の外へ出る。
雨はヨスガが入館した時と変わらずザーザーと降っており、借りた本を守るようにしながら傘を差した。
結川も同じ様に傘を差すが、風が強いせいでスカートにも気を向けなければいけないようで苦戦している。ヨスガも目のやりどころに苦戦している。
二人は一度館内に引っ込んで体勢を立て直す。
「結川さんの荷物も俺が持とうか?」
ヨスガはスカートの乱れを直している結川から目を背けながら提案する。
同時に大きなビニール袋を自分のリュックから取り出す。
「これにいれて持ち歩けば濡れる心配も無いし、その、スカートを気にかける事もできるし」
「そうですね、迷っていても濡れてしまいますし、お言葉に甘えます」
ヨスガの指摘に少しスカートを握りながら結川は提案に乗った。
寮までの帰り道で荷物はまったく濡れなかったが、制服はお互いにびしょ濡れになったので、着替えてから食堂で落ち合う事になった。




