一年生九月:ゆえのお見舞い⑤
翌朝、ヨスガは朝五時にゆえの部屋に向かっていた。
今日は練習も無いので眼鏡をかけている。
日曜日かつ部活が始まるには早すぎる時間帯を狙ってヨスガは女子生徒との鉢合わせを回避した。
ゆえの部屋の前で静かに鍵を差し込み回して室内に入る。
リビングの照明が常夜灯のままで、ゆえがまだ眠っているのを確認し、ヨスガはホッとする。
朝食はオムレツとボイルしたウインナーを作るつもりだった。
まだ朝も早かったので、ヨスガはゆえが起きてから準備する事にした。
卵とウインナーを冷蔵庫に入れてリビングに入る。
ゆえはヨスガのジャケットをくしゃくしゃにしながら眠っていた。
ヨスガはその様子に苦笑する。後で洗濯しないといけない。
ベッドサイドにヨスガは近づき、ゆえの頭を撫でる。
眠っているゆえはその手を取り、掛け布団の中に引き込んだ。
ヨスガはバランスを崩し、そのままベッドに突っ伏した。
なんとかゆえに激突する事は避けた。
ゆえはヨスガの腕をギュッと掴んで離さない。
ヨスガは引き剥がそうと試みるが、ゆえの目元に涙の跡を見つけ、思い直す。
眠っていてもヨスガいない事に気づいたのだろうとヨスガは思った。
ヨスガは掴まれた腕をそのままに、眼鏡をテーブルに転がしてから掛け布団の中へ入った。
「ごめんな。もう大丈夫だからな」
ゆえの耳元でヨスガが囁く。
眠るゆえからの反撃は無い。
ヨスガは自由な方の手で抱き寄せるようにしてゆえの背中を撫でる。
ゆえがもぞもぞと動き出し掛け布団の中に頭を潜り込ませる。
ヨスガの胸元に頭を当てて、ヨスガを抱き枕にした。
ヨスガは空いた枕に頭を乗せて、ゆえの抱き枕になった。
早起きだったヨスガは、全身をヨスガに密着させているゆえの体温で微睡み、五分もしない内に意識を手放した。
八時過ぎ、ヨスガが二度目の起床をする。
眠っている間にゆえから解放されたようで、仰向けになって眠っていた。
ヨスガは首より下に重さと温もりを感じた。
ゆえがヨスガの上で眠っていた。
ヨスガの胸板を枕にして寝息を立てている。
ゆえの長い髪はヨスガの頭の方に流れていて、ヨスガの周囲はゆえのシャンプーの香りに包囲されている。
ヨスガは散らばった髪の毛を引っ張らないように腕を動かす。
頭がはたらかないまま、ヨスガは眼下に映るゆえの頭を撫でた。
ゆえはヨスガの手にグリグリと頭を擦りつけ、ヨスガの頭の方へ進んでゆく。
ヨスガの身体に全体重をかけて密着していたゆえの身体もそれに合わせてヨスガの上を這っていく。
ヨスガの首元まで進んだところでゆえが止まる。
寝息は聞こえないが身動きはしない。
ヨスガは追い打ちに、撫でていた手をゆえの耳元に近づけ優しく撫でる。
「ひゃ」と可愛らしい声がする。
「おはよ」
ヨスガが顔を伏せたままのゆえに声をかける。
ゆえは不服そうに顔を上げながらヨスガを見下ろす。
「おはよう、うそつきのへんたい」
「……ごめん」
ヨスガは素直に謝る。
「ふうん、ヨスガは嘘をついたんだね」
「え?あぁ……カマかけたのかよ。そうだよ、夜に自分の部屋に戻って寝てた。
早朝に戻った時にゆえの目元が涙で濡れてたから、熟睡してても気づいちゃったのかなって思って後悔した。
夜中離れてごめんなさい」
ゆえに乗られて見下ろされたまま、ヨスガは改めて謝る。
「別に私はエスパーじゃない。ヨスガがいないからって泣いたわけじゃないもん」
ゆえは唇を尖らせる。
「悲しい夢でも見た?」
ヨスガがゆえの目元に触れる。
ゆえはさらにムスッとする。
「熟睡したもん。うそつきのへんたいなヨスガのお陰ですっかり元気」
ありがと、と不服そうに言いながらゆえは身体を起こした。
ヨスガの上半身と密着状態から、ヨスガのお腹に座り込むようにして馬乗りの状態になる。
「でも、夜にいなかったのはダメ。罰を与える」
そう言うとゆえは前屈みになり、ヨスガの顔に自身の顔を近づける。
ヨスガの視界は、ゆえの髪に遮られる。
髪のカーテンの途切れている首元に目をやると、Tシャツから胸元が見えそうになり、慌てて目を逸らす。
「ヨスガ、かわいい」
そんな幼馴染みの様子にゆえはご満悦である。
ゆえが顔を近づける。ヨスガはゆえの肩を掴んで止めようとするが、気づかぬ内にヨスガの両腕がゆえの両足に絡め取られていて動かせない事に気づく。
ゆえの柔らかな脚の感触を感じまいと、意識的に触覚を無視しようと努めていた事が裏目に出た。
ゆえの両手がヨスガの両頬に触れる。
ヨスガは両足を上手く使って跳ね起きる事も考えたが、ゆえに危険が及ぶような事はしたくなかった。
もちろん、ゆえもそれがわかっているからヨスガの下半身は自由にさせていた。ヨスガが生理現象に気を取られないようにするための配慮でもある。
「はぁ、もう好きにしろ。俺が悪かった」
ヨスガは身体の力を抜き、目を閉じる。
ゆえはその様子にぞくりと身悶えた。
「かわいいよ、ヨスガ。とってもかわいい」
ゆえがヨスガの顔にさらに近づく。
ヨスガは何も言わない。
ゆえは自身の顔をヨスガの耳元に近づける。
ヨスガはゆえの息づかいに身を固くする。
ゆえはヨスガの反応に満足し、大きく息を吸う。
「ワッ!!!!」
ゆえが叫んだ。
ヨスガは叫ばれた方とは逆方向に逃げるようにのけぞった。
そのままバランスが崩れ、馬乗りのゆえはヨスガがのけぞった方向に転がった。
ヨスガは自由になった手で耳を押さえる。
「私の耳をいじめた罰も一緒。これでちゃら」
「それに関しては昨日仲直りしただろうが」
うらめしそうに見ながらヨスガがゆえに反論する。
「そうだった。じゃあ、ヨスガに朝ご飯を振る舞われる事でちゃら」
「どういう理屈だよそれ……。まぁそのつもりだったけどさ」
ゆえの条件提示に文句を垂れながら、ヨスガは立ち上がる。
眼鏡をかけてキッチンへ向かう。
ゆえはそれについてくる。
「顔洗ったりしてきな」
冷蔵庫にしまった食材を取り出しながら、ヨスガがゆえに促す。
ゆえは大人しく洗面所へ向かった。
ヨスガは手早く支度を進めて料理を用意していた。
ゆえも昨日の残りのご飯を温め直し、食卓に並べる。
「よし、いただきます」
二人揃って手を合わせ食事を始める。
食事を終えてヨスガが食器を洗っていると、チャイムの音が鳴った。
ゆえがドアを開けると、そこにはゆかりが立っていた。
「ヨスガくん!?」
ゆかりがゆえに挨拶する前にキッチンに立つヨスガに驚いて言葉にする。
ヨスガも突然の来訪者に食器をすすぐ手が止まる。
「良いこと思いついたからゆかりを頼ろうと思ったから呼んだ」
ゆえのその言葉にヨスガもゆかりも目を丸くして目を合わせる。
昨夜の散歩で話していたチャンスが想像以上に早くやってきた、とヨスガは思った。
「という事でヨスガはここまでで良いから出てって」
ゆえが洗い物をしていたヨスガを追い出そうとする。
「お、おいまだ途中だし色々弁解が」
ヨスガは抗議するがゆえは聞く耳を持ずグイグイと押していく。
「あ、あのヨスガくん。お話はまた今度で」
ゆかりも助け船を出さずに見送る。
結局ヨスガはゆえに逆らえぬまま部屋を追い出された。
「なんなんだよ」
ヨスガはボソリと悪態をつきながらそそくさと寮の非常階段から自分の部屋の階まで降りていった。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。キスされるかと思った。
古淵ゆえ:されるがままのヨスガにご満悦。




