一年生九月:ゆえのお見舞い④
ヨスガとゆかり、二人で外に出て街灯に沿って歩いていく。
ヨスガはゆえがしっかりご飯を食べて眠った事をゆかりに話した。
ゆかりはそんな簡素な説明に納得する訳も無く詳細を催促する。
「ゆえに話して良いか聞いてないからダメです」
ヨスガは詳細を話す事を拒否した。
ゆえとしては話す気満々な様子だった事をヨスガは伏せた。
「それじゃあ無理強いはできないですね」
ゆかりは口を尖らせながら引き下がる。
ヨスガはゆかりが時折見せる子供っぽい仕草が好きだった。
「そこはまぁ親愛度報酬ってやつなんじゃないかな、ゆえ的には。その内ポロリと言うだろうね」
次にゆえと会った時点で話しそうだとヨスガは思っていた。
「ゆえさんへの道はまだまだ遠いですね」
「そんな事無いと思うけどね。ゆえもゆかりさんの手を取れなかったって少し自己嫌悪してたし、もうすぐもっと打ち解けられるよ。
腹を割って話す機会なんかがあれば一気に距離が縮まるかもね」
ゆかりがヨスガ達を頼ってくれない事を考えながら、ヨスガはそれとなく探りを入れる。
「腹を割って話す、ですか」
うーん、とゆかりが地面を見つめながら考え込む。
しばらくしてから顔を上げて、前を向きながら歩みを続ける。
「わたしに友達が全然いなかった事は話したかと思うんですけど」
ゆかりの語りにヨスガが首肯して続きを促す。
「わたし、そもそも引っ越しが多い家庭だったんです。それで、最初の方は張り切って自分の好きな本について一方的に語って距離を置かれて、というのを繰り返していたんですね。
それが良くないと理解して控えるようになっても、しばらくしたら引っ越しで関係がリセットされてしまう事に気づいて、それからは交友関係を作るのを頑張らなくなってしまいました。
けれど、ここなら三年間確実に居る事ができるから、今度こそ頑張ろうと思ったんです」
ヨスガはゆかりが初めて話してくれている事を聞き漏らさないように、しっかりと顔を見て聞いている。
街灯に照らされた横顔がヨスガの方に向く。
「それで、最初に声をかけたのがヨスガくんなんです」
少し照れくさそうに頬を掻きながら、ゆかりはヨスガを見つめて立ち止まる。
ヨスガも合わせて立ち止まる。
自販機のあるベンチを見つけ、ホットココアを買ってベンチに横並びに座る。
「あの時わざわざわたしがヨスガくんを起こさなくても司書の先生が起こしてくれたと思います。けれど、机に置いてあった本がわたしの好きな本だったから、勇気を出したんです。
そしたら毎日こんなに楽しくて、幸福で、友達って良いなって思いました。
きっとあの日が無くても、わたし達は図書館で何度もすれ違う内に友達になれたかもしれないです。でも、自分で決心して声をかけたのがヨスガくんで良かったって何度でも思いながら毎日を過ごしています」
ヨスガはゆかりの真っ直ぐな言葉に照れてしまい、ゆかりの方を向けなくなっている。
「わたし、青春モノの小説の登場人物に憧れてるんです。
人間関係を頑張らなかったから、現実を知る人からしたらファンタジーにしか見えない描写もあるかもしれないですけれど、そんな日常に憧れているんです。
端的に言うと、青春ごっこがしたいんです。同年代の人と深く話す事が無かったから、友情も、初恋も本でしか知らないんですけれどね」
照れくさそうにゆかりが言葉を続ける。
「ヨスガくんとゆえさんとたくさん青春ってやつを出来てるなって思っています。
その、なのでわたしがヨスガくんを励まそうと二人でお出かけしに行ったのも自分のためです」
恥ずかしさを隠すように、最後はわざとらしく悪ぶってゆかりが言った。
「話し過ぎちゃいましたね。これがわたしの腹割りです」
ヨスガは照れくささを隠すようにココアを口に含む。
秋風の涼しさに甘さが染み渡った。
「俺だってゆかりさんと出会えて楽しい日々を過ごしてるよ。それに、ゆかりさんがどう思っていても、俺は池袋で過ごした時間に元気を貰ったんだ。いくらゆかりさんが悪ぶってもそれは変わらない」
顔を合わせないまま、ヨスガは素直に語る。
「本当にヨスガくんはずるいです」
ゆかりもヨスガと同じく顔を背けながらむくれる。
「俺も腹割っただけだよ」
苦笑しながらヨスガがおどける。
「青春ごっこ、良いと思う。俺もゆえもそれに巻き込んでくれて嬉しいって思ってる。
だから、ゆかりさんが悩んだ時だって俺達は力になりたい」
ヨスガは言葉を続ける。
ゆかりは目を見開き、手に持ったココアの缶をギュッと握る。
「あの、ヨスガくん」
「うん」
「ありがとうございます」
ゆかりはヨスガと接近した時の胸の高鳴りとも違う、こみ上げ満ち足りる感情に溺れそうになる。
自分の頬が紅潮している事をゆかりは自覚する。
二人を照らす明かりが街灯だけで良かったとゆかりは思った。
ヨスガと過ごした時間の中で、楽しかった事、ドキドキした事、穏やかな時間、たくさんの素敵な時間を過ごしてきた。
今この時間はそんな思い出と比べたらささやかな時間だった。
それでも今が一番幸福な時間だと思った。
胸に手を当てながら、ヨスガの言葉を噛みしめて黙りこくる。
「もっと早く伝えたら良かったかもね」
ゆかりの反応を見て、もっと早く腹を割って話しても良かったねとヨスガは言う。
「いえ、今だから良いんです。わたし、嬉しいです」
ゆかりは熱くなった顔を夜風で冷やしながら返事をする。
ちゃんと返事ができているかわからなくなるくらいには思考が回らずに呆けていた。
「よし、じゃあ帰ろうか。今日話せて良かった」
ヨスガはベンチから立ち上がり、残りのココアを飲み干す。
ゆかりもそれに倣い、ココアを空にしてゴミ箱へ捨てる。
帰り道、ゆかりは何を話したかよく覚えていなかった。
気づけば寮のエントランスに到着していて、エレベーターでヨスガと別れるところだった。
「青春、楽しもう。って口に出すとこっぱずかしいな。おやすみなさい」
ヨスガが挨拶をする時も無意識下で挨拶を返しただけで、自室で歯を磨いている時にようやく正気に戻った。
そんなゆかりの様子をヨスガは眠くなってしまったのだろうと好意的に解釈していた。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。
結川ゆかり:青春に憧れている。




