一年生九月:ゆえのお見舞い①
中止で幕を閉じてしまった体育祭から一週間経った金曜日。
ヨスガ達はお疲れ様会の話をしながら食後のデザートを楽しんでいた。
「鍋物で良い?お疲れ様会だしさすがに喋りながら食事したいし」
ヨスガがゆかりとゆえに訊ねると二人も同意の首肯をした。
三人とも黙食の鬼なのでそこに関して意見の相違は全くなかった。
「良かった。じゃあどの鍋にしようかな」
「しゃぶしゃぶならタレで味も変えられますし、喋る時間もできそうですね」
ゆかりが構造的な方法で会話の時間を増やそうと提案してくる。
合理的ではあるのだが、そのシステマチックさにヨスガは苦笑する。
「そうだね、そうしようか。ゆえもそれで良い?」
ヨスガがゆえに話を振ると、ゆえがこくりと頷いた。
「うん、それでいい」
ゆえは答えるとイスから立ち上がる。
ヨスガとゆかりが視線を向けると。
「もうねむい。ごめん、おさき」
と言いながら去って行った。
ゆかりが不思議そうな顔をしてゆえを見送る。
「体調悪そうだな」
ヨスガがぼそっと呟いた。
「最近ずっと文化祭のためにクラスの出し物用のイラストを描いてましたもんね」
ゆえは体育祭を終えてから毎日の様にお化け屋敷のイラストに向き合っていた。
文化祭当日の自由を約束されたゆえの代償である。
「まだ自分の作品に着手出来てないっぽいけど大丈夫かなぁ」
ヨスガが心配そう顔をする。
「料理ぐらい作りに行こうかな。人前であそこまで体調悪そうにする事滅多に無いし」
ヨスガが携帯を取り出し、ゆえにお見舞いの有無の確認と食べたいものを訊く。
「それならわたしが行きましょうか?ヨスガくん明日部活ありますよね」
ゆかりが申し出る。
「そうだね、十五時過ぎに行ければ良いかなぁって思ってる。午前中は無理かな」
ヨスガは応えつつ、弱ったゆえがゆかりを部屋に入れるかどうか考えた。
二人は十分仲良くなっているとヨスガは思うが、それでもまだゆえが受け入れるかどうかはわからなかった。
と言うより、ゆえが弱っている時にヨスガ以外に同年代の人間を頼るようになるのは嬉しくも寂しいとヨスガは思っていた。
「一応、わたしからも訊いてみますね。午前中だけでも看ておければと思います」
翌日はゆえへのお見舞いで話が決まった。
翌日、ヨスガが目を覚ますとゆえとゆかりからメッセージが届いていた。
ゆかりからはお見舞いを遠慮されたと伝えられた。
ゆえからは『鳥の照り焼き。マーマレード使ったやつ』と献立の希望と『ありがと』とメッセージが届いていた。
ヨスガはゆかりに自分がゆえの様子を見てくると伝え、ゆえには十五時に行くと伝えて部活へと向かった。
部活を終えてシャワーを浴びてコンタクトレンズから眼鏡に替えてヨスガは買い物に出る。
買い物を済ませ、ヨスガはゆえにメッセージを送った。
『これから向かうけど、起きてるか?返事したら向かうよ』
生徒が異性の部屋に入る事自体は禁止されていない。
しかし、禁止されていないからと言ってそこに住まう女子生徒が女子寮の階を訪れる男子生徒に警戒心を抱くのは変わらない。
ヨスガはできる限りスムーズにゆえの部屋に入室したかった。
ゆえからの返事はすぐに返ってきた。
ヨスガは食材を持って女子寮がある上階へと向かった。
幸いにも他の生徒と鉢合わせること無くヨスガはゆえの部屋の扉の前に辿り着いた。
呼び鈴を鳴らすとすぐにゆえが出迎えてくれた。
ゆえはまぶたが半開きの状態で眠たげにしていた。
いつも高い位置でまとめているポニーテールは無く、下ろした髪は少しボサボサとしていてまとまりがない。
厚手でオーバーサイズのスウェットに身を包み、生足を晒している。下半身の衣類はヨスガの目線からは確認できなかった。
ゆえが着ているスウェットにヨスガは見覚えがあった。
というか、かつてヨスガの私物だったスウェットだった。
中学時代にゆえが家族ぐるみで泊まりに来た時に寝間着にして勝手に持ち帰った物だった。
ヨスガは文句が口から出そうになるのをグッとこらえ、「温かくしなくて大丈夫なのか?」と無防備すぎる服装を心配のオブラートに包みながら指摘した。
「お布団にくるまってたから大丈夫。それと下はちゃんと履いてるよ?」
そう言うとゆえがペロンとスウェットをたくし上げて下半身を露わにした。
ゆえはドルフィンパンツに身を包んでいた。
ヨスガもそれは理解していたので「ハイハイ、温かくしてたなら良かった。ちゃんと眠れたか?」と返事をした。
ゆえはほんの少し不満げだった。
「うん」
「よし、じゃあご飯作るからもう少しのんびり待っててくれ」
炊飯器も借りるぞ、と付け加えてヨスガが料理の準備を始める。
ゆえはのろのろとリビングに戻り、掛け布団にくるまった。
ヨスガはそれを見届けるとキッチンに向かう。
ゆえの部屋にある調理器具はヨスガの物とおおよそ同じなのでいつも通り料理を進めていく。
マーマレードを使った鶏肉料理も縁堂家のお袋の味だ。
手際よく主菜を仕上げ、スーパーで買ってきた惣菜と共に皿に盛り付け、炊きたてのご飯を茶碗によそう。
完成した料理をリビングに運ぶ前にゆえに声をかける。
「ゆえ、できたぞ。部屋に見られたくない物は片付いてるか?」
「うん、大丈夫」
リビングの方からゆえの返事が聞こえる。
「……洗濯物とかちゃんと見えないようにしているよな?」
念入りにヨスガが訊ねる。
「ちゃんと片付けてる」
ゆえの返事を聞いてヨスガはリビングへ入る。
ゆえはまだ布団にくるまったままだった。
リビングは紙で散らかっていた。
文化祭でのクラスの出し物用の絵の下書きが散乱している。
それらを学習机の方にまとめて、室内にあるローテーブルを水拭きしてから料理を並べる。
「いいにおい」
もぞもぞとゆえが顔を出す。
ゆえはお気に入りのクッションを座布団にして食卓の前に座る。
ゆえの対面にヨスガが座る。
「いただきます」
ゆえが手を合わせる。
「どうぞ。無理に食べなくてもいいからな。ゆっくり食べな」
「大丈夫。おなかぺこぺこ」
ゆえは箸を手に取り黙々と食事を始めた。
ヨスガはその様子を柔らかく微笑みながら眺め、自分も手を合わせて食事を始めた。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。気づくと上下セットのスウェットの上が無くなる。
古淵ゆえ:ヨスガのスウェットが部屋にたくさんある。




