一年生九月:体育祭②
種目の準備の合間、ヨスガが応援席でぼんやりしていると背後から声をかけられた。
「縁堂くん、ちょっといい?」
声の主は女子サッカー部でゴールキーパーをしている松井だった。
松井は高校からサッカーを始めた選手で、絶賛成長中だ。
女子サッカー部自体、三分の一程度の部員が初心者なのもあり専門性の高いゴールキーパーのトレーニングに関しては定期的に男子部員が練習相手として参加する事がある。
もちろん、主力の部員が参加する事は無く、ヨスガのような公式戦のメンバーに入れない部員が主に担当をしている。
松井は八組の生徒で、ヨスガと同じ白組だった。
「松井か。どうした?」
ヨスガが後ろを振り向き応える。
松井は少し固い表情でヨスガを見ていた。
部活でよく顔を合わせる方なので呼び捨てで呼んでいる。
「次の借り人競争の時なんだけれど、応援席の前の方に居て欲しくて」
松井のお願いをヨスガは意外に感じた。
彼女は引っ込み思案で押しに弱い性格をしている。
松井が高校からサッカーを始めたのはクラスメイトに誘われたからで、高身長という理由だけでゴールキーパーに抜擢されてしまった。
ヨスガはそんな松井を気の毒に思いながらも、同じく身長を理由にゴールキーパーを押しつけられた親近感から親身に指導をしていた。
引っ込み思案の松井から声をかけられる時は、連絡や質問くらいで、今回の様にお願いをされる事は初めてだった。
「あぁ、松井も出るんだっけ。いいよ、前の方で応援してるよ」
ヨスガは怪訝に思いながらも関わりのある人なら選びやすいからか、と納得した。
松井はヨスガの返答に表情を明るくする。感謝を告げて借り人競争の待機列に向かっていった。
その道中で松井と同じクラスの女子サッカー部員が松井の背中を叩いていた。
「お前も罪な男だな」
松井が去った後に氷室がヨスガの下にやってくる。
「松井が借り人で借りやすい相手に選ばれただけだろ」
どうしてこの男はなんでもかんでも色恋に絡めるのかと心底うんざりしながらヨスガが抗議する。
「あれ、お前借り人競走の伝統知らないのか」
「なんだそれ」
話の流れからして想像はつくが、突かれるのも面倒だったので何も知らない事にしてヨスガは聞き返した。
「まぁ、それならそれで良いか。とりあえず前に陣取っとけば良いよ」
ヨスガは氷室の言葉に従い、応援席の前へと進んだ。
氷室のニヤニヤとした顔に嫌な予感しかしなかった。
借り人競走は順調に進んでいき、松井の出番になった。
同じレースにはゆえも参加していた。
ピストルが鳴り、レースが始まる。
ゆえが飛び出して真っ先にお題の書かれたカード引く。
ゆえの目が見開かれたかのようにヨスガは感じた。
ゆえが顔を上げ応援席の方を見回す。
一通り見る前にヨスガと目が合った。
ヨスガがそれに気づいた瞬間、ゆえが猛然とヨスガの方へ走ってきた。
「来て」
言葉少なにゆえがヨスガの腕を掴む。
「え」ヨスガが驚く間も無くゆえが駆け出す。
ヨスガもそれにつられてそのまま駆ける。
ゆえは何も言わずに一心不乱に駆ける。
捕まれていたヨスガの腕は走っている内に外れ、手を繋いでいた。
ヨスガはゆえの後ろ姿を見つめながら速度を合わせて走る。
しかし、ヨスガとゆえの身長差は大きく、お互いに走りづらそうにしている。
それでもゆえは全力疾走を続けていたのでゴール手前でバランスを崩しそうになる。
ヨスガはそうなるだろうなと思っていたのですぐに動けた。
繋いだ手を肩を痛めない程度に後ろ側に引き上げて、浮いたゆえの身体と地面の間に自身の身体を滑り込ませてゆえを抱き留めようとする。
「ぐぇ」
そんなスタントじみた事がヨスガに出来る訳もなく、ヨスガはゆえの下敷きになった状態で滑りながらゴールした。
ヨスガは、ゆえの怪我を防いだという点においては目標を達成したので良しとした。
「大丈夫かゆえ?」
地面にこすりつけた背中と思い切り下敷きになった腹の痛みに耐えながらヨスガがゆえに無事を訊ねる。
「大丈夫。ごめん」
ゆえが少し俯いて応える。
その姿にヨスガは笑いながら頭を撫でる。
「時々そそっかしくなるもんな。無事で良かった」
ヨスガがそう言うと周囲が色めき立った。
ゆえの事で夢中になっていたヨスガは、ここが校庭のど真ん中で、大衆に晒されていた事を思い出す。
好奇の目に晒されて、ヨスガはどんどん気分が悪くなってくる。
「悪い、無事かどうかで頭がいっぱいになってた」
ヨスガはゆえに詫びる。
今後の学校生活にも支障がありそうだと気が重くなっている。
「謝らないで。王子様みたいでかっこよかった」
ヨスガにしか聞こえないようにゆえが呟く。
ヨスガはむず痒そうにゆえを見る。
「どちらにしろ悪目立ちする運命だから、謝るのはむしろ私」
ゆえがそう言うと、借り人のカードを運営の生徒に手渡した。
「え?」
ヨスガが不審に思い、カードの内容を覗き込む。
「『好きな異性』。ヨスガしか思いつかなかった」
ゆえが淡々と告げる様をヨスガ以外の生徒は黄色い悲鳴で囃し立てる。
ヨスガはしばらくフリーズしたが、なんとか解凍して「まぁ、しょうがないか」と呟いた。
「本当にする?」ゆえがヨスガにおどけて訊くと、それを聞いた周囲がまた色めき立つ。
ヨスガはゆえの頭に手刀を入れて「アホ」とツッコんだ。
騒ぎも一段落して、ゆえの横で周囲を見渡すと松井が同じクラスの女子サッカー部員と居るのを見つけた。
暗い顔をしていて、クラスメイトが慰めている。
ヨスガは、松井が連れているのがクラスメイトであるあたり、ゆえに連れ去られなくても自分にはお呼びはかからなかっただろうと思った。
しかし、大人しめな松井が根回しまでして臨んだレースで利敵行為をしてしまったのは事実で、ヨスガは少し居心地が悪かった。
後ほど松井には一言声をかけようと思った。
ヨスガは落ち込んでいる所を見続けるのも悪いと思い目を逸らすと、その瞬間に松井のクラスメイトがゆえの事を睨みつけた。
ヨスガは気づかなかったがゆえはそれを見逃さなかった。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。かっこよくゆえを抱き留めるのに失敗する。
古淵ゆえ:『好きな異性』はヨスガ。
松井:努力家のゴールキーパー。ヨスガを慕っている。




