一年生八月:三人でお出かけ②
秋葉原の店を巡っても目当ての画集は見つからなかった。
ライトノベルの画集と言うことでアニメショップにも足を運んだが空振りだった。
しばらくさまよった果てに電気街から外れたところにある書店にてようやく目当ての物が見つかった。
「あった!」
ゆえが場もわきまえずはしゃぎそうになるのをヨスガは制する。
興奮のあまり両手で画集を掲げている。
無事に購入し、会計から戻ってきたゆえは満足げだ。
「あの、帰る前に少しだけ寄っても良いですか?ここからだと少し歩くんですけど、気になる喫茶店がありまして」
ゆかりが提案をする。
秋葉原駅を通り過ぎ、中央通りも越えて、末広町駅の近くまで三人は歩いた。
「ここですかね」
ゆかりが地図を見比べて確認する。
到着したのはビルの一階に店舗を構えた喫茶店だった。
中に入るとクラシカルなメイド服に身を包んだ店員がヨスガ達を案内した。
四人席にゆかりとゆえが隣同士で座り、対面にヨスガが座る。
ヨスガが声を落としてゆかりに訊ねる。
「ここってメイド喫茶なんじゃ……。お金大丈夫なの?」
「メイド喫茶ではありますけれど、世間一般で認識されているメイド喫茶とは違うので大丈夫ですよ」
ゆかりも声を落として話す。
案内してくれたメイドは他のテーブルに紅茶のおかわりを淹れていた。
「時間制で紅茶のおかわり自由なんだって。クッキーが美味しそう」
ゆえがメニューを眺めながら解説をする。
「なるほど、それなら心置きなくクッキーでも頼もうかな」
三人はおかわり自由の紅茶が提供されたタイミングでクッキーを注文した。
クッキーを待つ間にヨスガは辺りを見渡す。
木目調の家具で店内が装飾されている。
アンティーク調のランプが店内を優しく照らしている。
壁際の本棚には秋葉原に関する本やサブカルチャーの書籍、過去にコラボしたゲーム作品に関する書籍などが並んでいた。
「すてきな空間」
ゆえが呟き、おもむろにバッグを開く。
ゴソゴソと探って取り出したのは小さなスケッチブックと鉛筆だった。
「インスピレーションわいてきた」
ゆえがスケッチを始めた。
「邪魔にならないようにな」
ヨスガが声をかけると「ん」とゆえが応えた。
ゆえはキョロキョロと店内や店員を見回しては鉛筆を走らせる。
ヨスガとゆかりはその様子を注文したクッキーを口に含みながら眺めていた。
三十分ほどしてゆえが満足げにスケッチブックを置いてすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干した。
スケッチブックには店内の風景画や、メイド服のスケッチが描かれていた。
この三十分間、ヨスガ達だけでなくメイド達もゆえのスケッチをチラチラと見ては感心していた。
ゆえに紅茶のおかわりを淹れる時にメイド達が集まってスケッチブックを見せてもらって思い思いにゆえを褒め称えていた。
ツヤツヤと擬音が見えるくらいにご機嫌になったゆえが熱々の紅茶を口に運ぶ。
「文化祭のテーマ決めた」
ゆえが口を開く。
「あぁ、高校でも絵を発表するんだな」
「うん、好き勝手描いても怒られないから好き」
ゆえらしい理由にヨスガが苦笑する。
「中学でも文化祭で描いていたんですか?」
ゆかりが訊ねる。
「うん、前にちょっと話したけれど、時間を忘れて描いてたよ」
ゆかりは芸術鑑賞会の時にヨスガから聞いたエピソードを思い出す。
ヨスガが一番心に焼きついていた光景だとゆかりは認識している。
「何話したの?」
ゆえが半目になってヨスガを睨む。
「そんな大したことは話してないよ」
ヨスガはゆかりに話した時の事を悟られないように話す。
ゆえはそんなヨスガを観察し、むくれた顔で「余計な事言うな」と良いながらヨスガの足下を蹴った。
「お見通しですね」
ゆかりはにこやかに笑う。
「ヨスガは嘘が下手」
「悪かったな」ヨスガがムスッとしながらゆえに言う。
「それがヨスガのいいところでもある」ゆえは表情を柔らかくして微笑む。
ヨスガは頬を掻きながらそっぽを向いた。
三人はもう一杯紅茶をおかわりして文化祭の話題に移る。
「クラスの出し物は決まってるの?」
ヨスガが二人に訊ねる。
夏休み前にクラスごとの出し物は決まっており、早いところは夏休み中に準備を始めている。
「わたしのところはお笑いをやるらしいです。目立ちたがりが多いので、立候補でステージに立つらしいです。わたしは当日は受付係しかやることないみたいです」
ヨスガは五組のメンツを思い出す。調子乗りのサッカー部員の顔が頭に浮かんだ。入学当初から変わらずAチームで戦っている。
「私はお化け屋敷。いっぱい絵を描く代わりに当日は免除される予定」
クラス内で寵愛を受けているゆえは、その才能を振るうのと引き替えに当日の自由を勝ち取っていた。
「俺は祭の屋台らしい。すごい簡素にヨーヨー釣りとか射的とか、ゲーム系の屋台」
ヨスガのクラスはあまりやる気が無かった。
ふわふわとした話し合いで内容を詰めないまま夏休みに突入した。
「まぁどうにかなるとは思うけど、当日は店番とかするだろうな」
「遊びにいくね。楽しみ」
「期待するなよ。体育祭までには方向性が決まってれば良いけど」
夏休みが明けて数週間後に体育祭が行われる。
奇数クラスが紅組、偶数クラスが白組に分かれて競い合う。
二年生以降は文理選択があり、理系クラスが学年の後半に固められる関係で、偶奇で紅白が分けられている。
特待生の九組は毎度のごとく不参加だ。
「体育祭はヨスガは敵。ぶったおす」
ゆえが物騒な事を言う。
「一緒に競う競技は無いだろ」
「得点勝負。勝ったらゆかりと私で突撃ヨスガの晩ご飯」
「いつも食べてるだろ」とヨスガが牽制する。
「ううん、ヨスガの部屋に突撃」ゆえが言うと「え」とゆかりが反応する。
「お前なぁ、実家に遊びに行くのとは違うんだぞ」
ヨスガは天を仰ぎながら反論する。
ゆえのスケッチですっかりゆえにメロメロになったメイド達も聞き耳を立てて色めきだっているようにヨスガは感じた。もちろん気のせいである。
「抵抗しても無駄。鍵は持ってるから」
「え!?」
ゆかりが今度は大きな声で反応してしまう。
ゆかりは恥ずかしそうに周りに頭を下げながら縮こまった。
「親友ですから。ヨスガと予備の鍵交換してる」
ピースサインでゆえがゆかりに説明する。
「俺は預かってないよ」
ヨスガがゆかりに慌てて訂正する。
「お二人の距離感にさすがに慣れてきたと思いましたけど、さすがにビックリしちゃいました」
動揺が収まらないまま、ゆかりが感想を絞り出す。
「俺もどうかしてると思うけど、俺の母親から許可まで取ってきたんだ。これを断ったら何されるかわかったもんじゃ無いから、鍵を渡したんだよ」
ヨスガはいかにして屈したかまでの流れをゆかりに解説し、それを聞いたゆかりは苦笑いした。
「ゆかりもいつでも貸すから言ってね」
やめろとヨスガが叱る。
「ほら、もう帰るぞ」
ヨスガが話題を切るために席を立つ。実際に良い時間だった。
「逃げた」
ゆえは目ざとく追求しながら帰り支度をする。
「帰りながらお話しましょう」
ゆかりも荷物をまとめながら席を立つ。
ヨスガ達が支払いをして退店する時、ゆえはメイド達に手厚く見送りされていた。
秋葉原駅までの道中、ヨスガの部屋を巡る応酬は続き、結局ヨスガは入室の許可をゆえとゆかりにした。
ゆかりは少しそわそわしながら二人のやり取りを見届けていた。
夏休みの平日の夕方の駅のホームは混み合っていた。
「今のうちに羽織っときな」
ヨスガはジャケットをゆえに手渡す。
ゆえは受け取ったジャケットをジッと見つめる。
「嗅ぐなよ?」ヨスガが釘を刺す。
「ヨスガのにおい」
ゆえは当然忠告を無視してジャケットを抱きしめてから羽織った。
その様をゆかりは爛々と見ていた。
冷房の効いた車内は満員電車で暑苦しかった。
背の低いゆえは人に溺れないようにヨスガとゆかりの間に陣取る。
「苦しくないか?」
ヨスガがゆえに声をかける。
「だいじょうぶ」
ゆえがヨスガを見上げて言う。
「長居しすぎましたね」
女子の中では長身なゆかりも窮屈そうにしている。
ヨスガは二人が楽な位置に立てるように辺りを見回すと、やたらと目が合う事に気づいた。
車内の男性がゆえに注目していたためだった。
ヨスガのジャケットを羽織っているとは言え、足下は変わらず太ももを晒しており、好奇の目に晒されている。
ヨスガはゆえに悟られないように、ゆえを隠せる範囲を広げるように足を開いた。
ゆかりもその動きに気づき同じ様にゆえの足下を隠す。ゆかりはワイドパンツを履いていたので、ヨスガよりも広い範囲でゆえを隠す事ができる。
「お姫様みたい」
そんな気遣いをゆえが見逃す訳も無く、ゆえは機嫌良く言った。
「狭くないですか?お姫様」
ゆかりもそれに乗って付き人ごっこに興じる。
その瞬間電車が大きく揺れ、ゆかりが「きゃっ」と小さく悲鳴を上げる。
ヨスガはとっさにつり革を握っていない方の手をゆかりの腰へと回し、間にいるゆえごと抱きかかえる。
「ゆかりさん、大丈夫?ゆえも急にごめんな」
ヨスガがゆかりの腰から手を離して訊ねる。
「ひゃ、ひゃい」
ゆかりは心臓をバクバクとさせながらなんとかヨスガに無事を伝える。
「王子様みたい」
ゆえがヨスガの事を見ながら呟く。
「からかうなよ」
ヨスガがプイと顔を背ける。
その隙にゆえがゆかりの裾をクイッと引っ張る。
ゆかりがゆえの方を見て顔を近づける。
「男の子の力強さだよね」
ゆえがヨスガに聞こえないように囁く。
ゆかりはパッと顔を離してゆえを見る。
少しの間黙ってから、ゆかりはコクリと頷いた。
その後は特にトラブルも無く無事に寮に帰り着いた。
ゆかりはゆえから画集の書き下ろし小説を読ませてもらう約束を取りつけて自室に帰っていった。
自室に戻ったゆかりは、ヨスガに抱き寄せられた時の事を反芻し、触れられた腰をおもむろにさする。
思い出しただけでも顔から火が出そうだった。
カエルのぬいぐるみに顔を擦りつけて恥ずかしさを紛らわす。
たくさん歩いてへとへとだったにも関わらず今夜はまだ眠れなさそうだった。
ヨスガもまた同じ様にゆかりの腰の感触を思い出す。
華奢ではないが細い腰の柔らかな感触にヨスガは罪悪感を覚えていた。
電車の中ではどうにか取り繕ったが、解散してからはずっとゆかりの腰の細さに頭が支配されていた。
夏休み中、しばらくの間二人は顔を合わせてはギクシャクとしていたが三度も食事をすれば元通りになった。
そんな二人をゆえが楽しそうに眺めていた。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。ゆかりの腰にドキドキする。
結川ゆかり:ヨスガの腕力にドキドキする。
古淵ゆえ:幼馴染みの部屋の出入りが自由。




