一年生六月:お出かけ④
水族館のフロアを上がって二人はヤドクガエルが並ぶ水槽の前に立った。
毒々しく鮮やかなカエル達が小さな水槽に収まっている。
「何度観ても小さいですね」
前屈みになりながらゆかりが水槽を覗き込む。
ヨスガも同じ水槽を覗き込む。
二人は頭が当たりそうになりながら色とりどりのカエル達を観察する。
「小学生の時に初めてここで実物を見たけどとんでもなく原色バリバリでびっくりしたなぁ」
ヨスガはヤドクガエルとの初邂逅の記憶を思い出す。
「ヨスガくんはどの色の子がお気に入りですか?」
「黄色のラインに黒地のカエルかなぁ」
ヨスガは説明板に目を向けてキオビヤドクガエルと言う名前のカエルである事を確認する。
「良いですね、ヨスガくんの好きなプロサッカーチームの色ですよね」
「うん、そうだね。陽太が入ってるチームでもある」
ゆかりさんはどのカエルいいの?とヨスガが聞き返すと、ゆかりがキョロキョロと水槽の中を見回してお目当てのカエルを見つける。
「わたしはこの子ですね。名前が綺麗で気に入っているんです」
ゆかりが指を差したのは足下が青、頭部に向けて黄色のラインが引かれた大きめなカエルだった。
「アイゾメヤドクガエルか。確かに綺麗な名前だね」
「そういえばヤドクガエルのぬいぐるみくじがあるそうですよ。後で引いてみましょう」
二人はミュージアムショップに移動し、お土産を物色する。
その中で二人はヤドクガエルのアンブレラマーカーを見つける。
二人はお互いに自分のお気に入りのヤドクガエルのアンブレラマーカー手に取る。
「これで今度は傘を失くしませんね」
ゆかりはヨスガに笑いかける。
「これで盗まれたらショックだよ」
ヨスガも苦笑いしながら返事をする。
ゆえへの土産に青色のヤドクガエルのアンブレラマーカーも買い物カゴに入れて会計を済ませた。
ヤドクガエルのぬいぐるみくじはミュージアムショップから離れたスペースにあった。
水族館にいた色とりどりのヤドクガエル達が小、中、大、特大の四サイズで置かれていた。
「これ特大引いたら帰るの大変だな……」
「まぁまぁ、小さい子の方が当たりますって」
気楽にゆかりが捉えながらくじの店員にお金を支払う。
「二人同時に開けても良いですよ」と店員が気を利かせてくれたので、二人はそれぞれくじを一つ引いた。
「せーの」二人でくじを開いて中身を確認する。
「え」と声が重なる。
くじの結果は二人とも「特大」だった。
ヨスガもゆかりも目を見合わせる。
「大きな傘、買って帰らないといけませんね」
ゆかりは笑いを堪えながらヨスガに語りかける。
特大のぬいぐるみからキオビヤドクガエルとアイゾメヤドクガエルをそれぞれ選んで二人は水族館を後にした。
その後、ヨスガはゆかりと同じサイズの大きな傘を買い、特大のぬいぐるみを腕に抱えながら二人で帰った。
大きな傘にカエルの特大ぬいぐるみを抱えた男女。ヨスガは心なしか二人を見る大人達の視線が柔らかいような気がした。
雨の休日、寮のエントランスは閑散としていた。
帰ってきたヨスガ達は悪目立ちせずに帰れそうで少しホッとした。
「うわきものめ」ダメだった。
ゆえがたまたまエントランスに居て、ヨスガ達を見つけたのだ。
「勝手に修羅場にするな。ほら、お土産」
ヨスガが反論しつつお土産のアンブレラマーカーを手渡す。
ゆえはヨスガの顔をジッと見上げてから、顔を近づけるように手招きをした。
ゆえの両手がヨスガの両頬に触れて、ムニムニと両頬をこね回す。
ヨスガはされるがままだ。
「うん、表情が明るくなった。良かった」
ゆえは満足してヨスガから両手を離すと柔らかく笑いながらそう言った。
ヨスガはバツが悪そうに顔をしかめてから「心配かけたな」とゆえに返した。
「ううん、どうせヨスガは私には弱みを見せたがらないから」
ゆえがゆかりの方を向く。
「ゆかりが居てくれて良かった」
「ゆえさんにはヨスガくんの事がお見通しなんですね」
「五年の付き合いですから」
ゆえが自慢げに語る。
「今度は三人で遊ぼうね」
ゆえはそれだけ告げると自室へ続くエレベーターへ向かって行った。
ヨスガ達二人も同じエレベーターに乗り、今日は解散となった。
その夜、ゆかりは自室のベッドにくじで当てたアイゾメヤドクガエルのぬいぐるみを置く。
まだ入学から三ヶ月弱なのもあるが、ゆかりの部屋はよく整理整頓されている。
図書館から借りている本は学習机の本棚に、ゆかり自身の蔵書は壁際の本棚に並んでいる。
ゆかりはその本棚からお気に入りの青春小説を手に取る。
ゆかりの本棚には、普段図書館で借りるような本は無く、学校に置かれる機会の少ないライトノベルが大半を占めている。手に取った小説もその一つだ。
ゆかりは今日の出来事を反芻する。
きっかけはヨスガのためだったが、物語のような一日を過ごす事ができてゆかりは満たされていた。
青春の一ページとしてゆかりは今日という日を心に書き記した。
ゆかりはヨスガの事も、彼のことならなんでも知っているゆえの事ももっと好きになった。
一番大切な人を心配させたくないから隠し通そうとするヨスガ。
一番大切な人の気遣いに気づいているから待つ事ができるゆえ。
一朝一夕じゃ得る事のできない絆に今日もまたゆかりは強い憧れを抱いた。
それでも今日、ヨスガを前向きにしたのはゆかりだった。
そんなささやかな優越感を舌で味わいながら飲み込み隠す。
手に持っていた小説を机上に置き、ベッドに置かれたカエルのぬいぐるみを抱きしめる。
「んふふ」
思わず笑みがこぼれる。
入学して間もない頃に勇気を出してヨスガに声をかけて良かった、とゆかりは思う。
あの日、一生徒に過ぎないゆかりがわざわざヨスガに声をかける必要は無かった。それでも、机上にある好きな作品が背中を押してくれた。
いつか二人が結ばれる時まで、できるだけ長くあの二人と一緒にいたいとゆかりは思った。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。うわきもの。黄色が好き。ゆえに弱みを見せたがらない。
結川ゆかり:夢のような日だった。
古淵ゆえ:ヨスガの事はお見通し。




