一年生六月:お出かけ②
翌日、二人は池袋にいた。
今日も変わらず雨が降っている。
昨日、帰ってからヨスガは軽くパニックになった。
ゆかりに導かれるままお出かけを承諾したは良いものの、着る服が思いつかない。
普段着ている私服は適当に洗濯をしていて皺が少し気になる。
ゆえ相手ならそれでも良いが、ゆかりにはナシだとヨスガは思っていた。
結局、入学時に買い足しておきながら一度もおろしていなかったチノパンとジャケットにTシャツで臨むことにした。靴は朝出るときに緊張していたため、いつもの習慣でサッカーもできるような運動靴で来てしまった。寮の前で合流し、電車に乗った時にそれに気づき、今は平静を装っている。
一方、ゆかりは黒いスニーカーに黒のパンツで足下を固め、白いシャツにグレーのカーディガンを羽織っている。
髪は一つにまとめており、緩くうねった髪の毛が背中に垂れている。
ゆかりの持つ穏やかな印象をより強くヨスガは感じていた。
電車の中では行き先も目的もゆかりから教えてもらえず、本の話に花を咲かせていた。
ゆかりがそういうスタンスだったので、ヨスガも目的を明かされるまでは純粋に楽しもうと頭を切り換えた。
「ここが最初の行き先です」
二人が辿り着いたのは駅から出てしばらく歩いたところにある可愛らしい見た目のカフェだった。
「ここの星座をモチーフにしたパフェが気になっていて、いかがですか?」
「いいね、俺もここを通る度に気になってた」
ヨスガもゆかりの提案に応じる。
実際にヨスガも前々から気になっていた店だった。ファンシーな店構えに一人で行くのには抵抗があった。
「おや、ヨスガさんも知っていたんですね」
「この先の水族館に時々行くんだけど、その度に通るから気になってはいた」
「ゆえさんとは行った事はないんですか?」
「いつも一緒にいる訳じゃないんだけどな……。いや首を傾げないでください?」
ゆかりの反応に対してヨスガは不満げに返す。
「ゆえも気にはなっているんだけど、俺と星座が同じだから一緒に行っても同じものを食べる羽目になるから行きたがらないんだよ。別に違うパフェを頼めば良いのに」
「二人は誕生日も近いんですね。まぁその話は席に付いてからにしましょうか。せっかくの星座パフェですし」
そうゆかりが言うと、ヨスガを連れて店へ入った。
店先で二人は傘を閉じる。
ゆかりの傘は昨日と同じ大きな黒い傘だ。
「そういえば傘新調した?」
ヨスガは昨日気づいた事を思い出して訊ねる。
「はい。大きい方が良いなと思うようになりまして。これならバッグも服も濡れずに済みます。それに」と言いかけてゆかりが口を噤む。
「それに?」
「いいえ、なんでもないです。さぁ、入りましょう」
傘立てに隣合わせで傘を差し込み中に入る。
ヨスガとゆかりは向かい合うようにして席につく。
「さて、お誕生日の話をしましょうか」
ゆかりがメニューをテーブルに広げて話し始める。
「と、ここは十三星座なんですね。わたしの誕生日だと十二星座と違う星座になってしまいます」
「俺も同じだ。十二星座の方がなじみがあるからそっちのパフェにしようかな」
「わたしもそうしましょう。水瓶座にします」
「俺はおひつじ座だ」
店員を呼びそれぞれ自分の星座のパフェを注文する。
「では、誕生日確認タイムです」
ゆかりが身を乗り出す。
本当にすっかり打ち解けたなとヨスガは思った。
「俺は四月四日だよ。ちなみにゆえが四月六日」
ヨスガが早々にカミングアウトするとゆかりは不満げに「当てっこしましょうよ」とむくれた。
時折見せるゆかりの子供っぽい振る舞いにヨスガは好感を持っていた。
「まぁ、ほぼほぼわかっちゃいますもんね。わたしは二月二日です」
「真冬だね。俺もゆえも春休みに誕生日を迎えるからあんまり祝われる事無いんだよね」
「それは少し寂しいですね。ゆえさんとは一緒にお祝いしたりするんですか?」
「去年と一昨年は家族ぐるみで祝ったよ。ゆえがウチのチームに顔を出すようになってから、俺の両親とも仲良くなって、中二からは四月五日に祝うようになった。
今年は寮への引っ越しもあったからやってないけど」
ゆかりはただただ羨ましいと思っていた。
「来年はわたしもご一緒させてくださいね」
「もちろん、ゆえも喜ぶよ」
「約束ですよ」
ゆかりが念押しするのが妙におかしく感じて、ヨスガは笑いながら「まずはゆかりさんの誕生日が先だよ」と返した。
パフェが届いてからは二人でシェアするでもなく、いつも通り黙々と食べて完食後は感想を話して退店した。
「うわマジか」
ヨスガの傘が傘立てから消えていた。
「間違えて持ち去られてしまったんですかね」
ゆかりも困り顔で状況を確認する。
ゆかりの傘は一回り大きく、見間違えられる事も無く傘立てに刺さっていた。
「コンビニまで走って買おうかなぁ」
ビニール傘も安くない。痛い出費で好きでもないデザインの傘を買うのは気が重かった。
「あの、もしよければ次の目的地まで一緒に入りませんか?」
ゆかりの提案にヨスガがビクッとする。
身じろぐヨスガに提案したゆかりも急に恥ずかしくなってくる。
「その、傘も大きいですし、次の目的地もすぐそこなので……。商業施設なのでそこで気に入った傘を買うのも良いかもしれないですし」
しどろもどろになるゆかりにヨスガも心拍数が上がる。
店先で立ち止まる男女に注目が集まらない訳もなく、会計をしてくれた店員も怪訝な表情を向けている。
「よし、行こうゆかりさん」
周囲の視線に気づいたヨスガがゆかりの傘を取り出して開く。ゆかりの方に傘を向けると、ゆかりが目を丸くして驚いた後、俯きがちにヨスガの目の前に滑り込むように入る。
大きな傘とはいえ背丈のある二人が一つの傘に収まるには小さかった。ヨスガもゆかりもそれぞれが思った以上に近い距離感に心臓が跳ねる。
ゆかりの少し高い体温にヨスガがのぼせそうになる。
「で、では行きましょう。その、傘よろしくお願いします」
ヨスガは傘を持ってゆかりの指差す方へと歩き始めた。
ヨスガは昨日のベンチを思い出す。傘が世界とヨスガ達を分断する。
雨の日でも池袋は人で溢れかえっていた。それでもヨスガには傘を叩く雨音とゆかりの発する音だけが聞こえていた。
それはゆかりも同じだった。
ゆかりの導くままに歩を進める。
時々歩幅が合わず、ゆかりの背とヨスガの胸が触れ合う。近づく度に感じるゆかりの温もりにヨスガはドキリとする。
次の目的地への入り口へ到着して二人の世界はあっという間に終わった。
ヨスガが傘を下ろすとゆかりは「あ……」と名残惜しそうに呟いたのをヨスガは気づかないフリをした。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。四月四日生まれ。傘を盗まれる。
結川ゆかり:二月二日生まれ。相合い傘に憧れがある。




