一年生六月:お出かけ①
陽太に発破をかけられたからと言って、今すぐ百%のパフォーマンスができるほどヨスガは万能じゃなかった。
六月も半ばが過ぎて雨続きの日の練習試合。
雨に濡れたボールがヨスガの指先を滑った。
雨で重くなった身体を起き上がらせて顔を上げる。
無表情に見下ろす味方選手にヨスガは目を合わせられない。
ゴールに入ったボールを取り出してセンターサークルへ返す。
入学して二ヶ月ちょっと、一年生内でのゴールキーパーの序列も固まりつつある。
ヨスガは一番下だ。
理由はハッキリしている。コミュニケーション不足だ。
部活というコミュニティは学校生活と切り離せない。
クラブチームと学校生活が完全に分かれていた中学時代との相違点にヨスガは慣れないまま今に至る。
部活での出来事が学校に持ち出され、学校の出来事が部活に持ち込まれる。
ヨスガにはそれがストレスだった。
練習試合はまだ二十分も残っている。
早く終わらないかなぁ、と思ってしまったヨスガは自分自身の思考にうなだれる。
自分はサッカーが好きじゃないかもしれない、そう思ってしまうのは鬱陶しい雨のせいではなかった。
練習試合が終わり、念入りに汗と雨で濡れた身体を拭いて、着替えを終えたヨスガは逃げるように部室を出た。
それ自体は今に始まった事ではない。ゆえと食堂にいた事を練習後に冷やかされるようになってから、積極的に話す気が失せてしまったのだ。
つまり入学してしばらく経ってからずっとこの状況だ。
さすがにゴールキーパーや近いポジションの選手とは打ち解けてはいるが、だからといって部室で雑談に花を咲かせる事は無い。
一番仲が良いのはクラスメイトでもある氷室だ。
試合の時と変わらずしとしとと降る雨にため息をつきながらヨスガは傘を開く。
数メートル先のアスファルトに目を向けながら、今日の試合を振り返る。
失点シーン。うまくいかなかったこと。サッカーが好きかどうかについて。
そこまで思考してヨスガは首を振る。
陽太や櫻コーチの顔が思い浮かんだ。
ヨスガの恩師である櫻コーチの顔に泥を塗るわけにはいかない。だからやめるわけにはいかない、とヨスガは思った。
けれど、うだつの上がらない今の自分自身こそが泥を塗っているのでは?ともヨスガは思う。
後ろ向きな堂々巡りの思考に心が重くなる。
いつもは部活後に図書館に寄るのがヨスガの日課だが、今日は寄る気が起きなかった。
しかし、暗い感情に夢中になっていたヨスガは無意識に図書館の前に辿り着いていた。
そんな自分を自嘲気味に鼻で笑う。
せっかくだから寄ろうかと思ったが、今の自分の表情を自覚しているヨスガは、ゆかりに心配をかけたくないからと扉の方へ進む足を止めた。
それでも、ゆかりの顔が頭に浮かんだヨスガは、ゆかりを一目見たくなり、不審者よろしく外から覗くことにした。
普段、ゆかりとヨスガが時間を共にするテーブルにゆかりはいつも通り座っていた。
本をちょうど読み終わり、小さく伸びをしているところだった。
ヨスガはその姿を見て少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
目を瞑りながら伸びをしていたゆかりが目を開き、雨の様子を見に窓に目を向けると不審者と目が合ってギョッとする。
不審者ことヨスガは軽くなった気持ちが驚かせてしまった罪悪感に沈むのを感じながら、ゆかりに背を向けるようにその場から立ち去った。
ヨスガが寮に帰るために校門の方へ歩いていると、後ろからピシャピシャと足音が響く。
「ヨスガくん」ゆかりだった。
ゆかりは大きな黒い傘を差していた。豪雨の中ヨスガと帰った時に使っていた傘よりも一回り大きい。
「ゆかりさん、さっきは声もかけずにごめん」
ヨスガがすまなそうに謝る。
「いえ、良いんです。ちょっとお話しませんか?」
ゆかりが校門から校舎を繋ぐメインストリートから外れた、屋根付きのベンチへとヨスガを誘う。
「ちょっとこういう雰囲気に憧れていたんです」
ベンチを覆う屋根は、雨からベンチをしっかりと守っていた。
風は吹いておらず。重力に従って落ちる雨が屋根を鳴らす。
ヨスガはぼんやりとその音色に耳を傾けている。
ベンチは小さく、ヨスガとゆかりは肩を触れ合わせながら雨音に包まれていた。
少しだけ自分より高い体温を隣に感じながらヨスガはじんわりと温かい気持ちになる。
「なにか、ありましたか?」
ゆかりの体温に安心しきっていたヨスガはスッと現実に戻される。
心配されると思って逃げた事をすっかり忘れていた。
「外からわたしを見ていたのも変でしたし、目が合ったのにそのまま立ち去っちゃうのもおかしいなぁと思いまして。つらいことでもありましたか?」
隣同士、顔は同じ方を向いたままゆかりはもう一度訊ねる。
ヨスガは考える。ゆかりに対して誤魔化せるとは思っていなかった。だからといって白状して心配をかけてしまうのも嫌だった。
そして何より、ゆかりを介してゆえに伝わるのが嫌だった。
「大切だからこそゆえさんに言えない事もあると思います。わたしじゃ心もとないかもしれないですけれど、聞くことくらいはできますよ」
ヨスガの心を読んだかのように、ゆかりは追撃をする。
「俺、サッカー好きじゃないかもしれない」ポロッと言葉がこぼれ落ちる。
世界から切り取られたような雨とベンチ。隣に座るゆかりの体温。そしてゆかりの気遣い。
ヨスガは自分が気づいてしまった本音を言葉として発してしまった。
自分の口から出た言葉にヨスガは動揺し、唇を噛む。
ジワジワと自分の言葉に傷つけられているようにヨスガは感じた。
ヨスガはそのまま俯いて自分の膝の上に置かれた手を睨みつける。
すると不意にゆかりと触れ合う肩が揺れた。
ゆかりの手がヨスガの両手を包む。
「ヨスガくん、次のお休みはいつですか?」
ヨスガがゆかりの行動に驚いていると、ゆかりはヨスガのオフを訊く。
「明日の日曜日だけど」
ヨスガが素直に答えると、ゆかりはヨスガの視界に入り込むようにベンチから離れ、しゃがみ込む。
「明日、二人でお出かけしませんか?」
上目づかいでヨスガを見つめるゆかりはデートの誘いをした。




