一年生五月:むかしばなし③
「ごめん」
落ち着いたゆえがゆかりに謝る。
ゆかりとゆえは手を繋ぎながらベンチに座ったままでいる。
「謝ることなんて一つも無いですよ」
ゆかりがゆえに笑いかける。
「むぅ、反則」
ゆえはすっかり調子を戻し、ゆかりの笑顔に頬を膨らませる。
「ゆかりに訂正がある」
ゆかりは首をかしげながらゆえの方を見る。
「私はヨスガの事が大切だけど好きじゃない」
それはいくらなんでも無理があるのではないか、とゆかりは思ったが心にしまった。
「む、誤魔化してると思ってない?」
「心を読まないでください」
ゆかりが苦笑する。
「やっぱり思ってた。ちゃんと誤解を解いておかないとゆかりも気まずいからここは強く主張しておく」
「五年以上一緒にいたからこその距離感って事ですね」
ゆかりはゆえの態度を微笑ましく感じる。
ゆえはその態度に納得がいっていないのかブスッとしている。
「ヨスガはね、中一の時から積極的に人と仲良くなろうとしなくなった。
ゆかりと仲良くなったのを見て嬉しかった。少しだけじぇらしー」
「誤魔化すならちゃんと誤魔化してください」
ゆかりがまた微笑む。
「親友としてだもん。ヨスガがまた大切を掴もうと思っているのが嬉しいのはほんと。だから、ゆかりが健やかでいてほしい」
「それはもちろん、そのつもりです。けれど」
ゆかりがゆえの手をギュッと握る。ゆえがゆかりの方に目を向ける。
「ゆえさんも健やかでいてくださいね。わたしにとって、ゆえさんだって大切な人です」
ゆえが目を丸くする。その後プイと顔を背けた。
「やっぱりゆかりはずるい。こら、撫でるな」
ゆかりはゆえに対する愛しさが溢れ出してゆえの頭を撫で回した。市民ホールでゆえが寵愛を受けていた理由がわかった気がした。
「あれ、ゆかりさんもゆえもまだ帰ってなかったの」
陽太と別れたヨスガがゆかりたちを見つけて近づいてくる。
「ヨスガこそ、なんでそんな遅かったの?」
ゆえが目の腫れを隠すように視線を逸らしながら訊ねる。辺りはすっかり暗くなっているのでヨスガが気づくことはなかった。
「友達に勧めるショートショートを探してた。寄り道に寄り道を重ねてすっかり忘れてた」
ヨスガの片手には借りてきた小説がある。
「あぁ、お供しそびれてしまいましたね」
ゆかりが観劇の前に交わした約束を思い出す。
「いやいや、またそういう場でよろしくお願いします」
ヨスガがゆかりと会話している間にゆえは身支度を整えてベンチから立ち上がる。
「じゃ、私は先に帰るからもう少しごゆっくり」
せかせかとゆえが立ち去っていく。寮の明かりの下なら、ヨスガはゆえの目の腫れに気づく確信があったからだ。
ゆかりもそれを察してゆえを見送る。
「どうしたんだアイツ」
ヨスガは怪訝な顔でゆえを見送る。
「まぁまぁ、せっかくなのでお隣どうですか?」
ゆかりがヨスガを引き止めるためにベンチを勧める。
ヨスガはそれに応じる。
「ずっと外で話してたみたいだけれど、まだ夕方は冷えない?」
「寒くはないですね。今日は夜風も気持ちいいです」
「それなら良かった。何を話し込んでたの?」
ヨスガはゆえが余計なことを言っていないか探りを入れる。
「それはヨスガくんにも秘密です」
ゆかりはそれをひらりと躱す。
「それは残念。でもまぁ、ゆえが心を開いて話す相手が増えて俺も嬉しい」
似たもの同士だとゆかりは思った。
「わたしも二人の輪の中に入れて貰えてとても嬉しいです」
ヨスガは頬を掻きながら正面を見る。
「ゆえはなんていうか、社交性はあるけど気難しいところがあるから、同性でなんでも話せる相手ができて良かった」
ヨスガは照れ隠しにゆえの話を始める。
「せっかくだからゆえの話もしようか。大雑把な話しかしてなかったし」
「後で怒られませんか?」
ゆかりが形式的に訊ねる。
「それはまぁ、二人の秘密と言うことで」
そうヨスガがおどけて言うと、ゆかりは楽しそうに頷いた。
「ゆえとは小五の時に会ったけど、小学生の内は図書室でしか会ってなかった。
その頃はお互いに同性の友達と遊ぶ事の方が多かった。中休みとか昼休みは校庭に出て遊んで、雨の日は図書室でゆえと本の話をしてた」
ヨスガは小学生の頃から話を始める。
「雨の日だけ出会う関係、なんだか素敵ですね」
「かもね、俺も当時は雨の方が楽しみだった気がする」
ヨスガが懐かしむ様をゆかりはホクホクと幸せそうな顔をして見ている。
「林間学校とか修学旅行はどうでしたか?」
ゆかりが続きを促す。
「ゆえとは一度もクラスが被った事が無いんだよね。中学の時もそうだった」
「あら、そうでしたか。でも、お風呂上がりにドキリとしたとかは無いんですか?」
ゆかりが欲望のままに質問をする。そういう側面もあるのか、とヨスガは苦笑する。
「まだ小学生の頃の話だったし、そういう感想は持たなかったかな」
「なるほど、まだ、ですか」
ゆかりの目がキラリと光る。
「口が滑った。今の無し」
「二人の秘密ですから、話しても良いのでは?」
ゆかりが食い下がる。ヨスガが観念する。
「中学の時は意識してました……。認めるのはちょっと恥ずかしいけれど、アイツは腐れ縁の贔屓目抜きにしても可愛いと思うし、俺にゆえの事を聞いてくる男子もかなりいたから嫌でも意識してしまうというか……」
しどろもどろな弁解をするヨスガを見て、ゆかりは満面の笑みを浮かべる。
「それで、どんなところにドキドキしました?」
「俺を殺す気か」
隣にいるゆかりを肩で軽く小突く。ゆえにするようなスキンシップをしてしまった事にヨスガは気づいていない。
「ふふ、昼間に恥ずかし死させようとした報復です」
ゆかりは愉快そうにコロコロ笑う。
「さぁ、ドキドキした思い出を話すまで帰れませんよ」
ゆかりが小説を語る時と同じ熱量でいる事を察し、ヨスガは天を仰ぐ。
「……絵を描いてる時かな」
ゆえと過ごした日々を思い返し、ヨスガは一つの情景を思い出す。
中学時代の夕暮れ時、美術室でキャンバスに向かうゆえの姿。
下校時刻も忘れて絵に打ち込むゆえをヨスガは美しいと思った。
「夕陽に照らされてるゆえがすごく綺麗だなって思ったんだ」
当時の光景をなぞるようにヨスガはゆかりに語った。
「とても素敵な思い出なんですね」
ゆかりが優しく微笑むと、ヨスガは深く頷いた。
「ゆかりさんが想像していたものとは違うだろうけどね」
ヨスガはその気になればいくらでもゆえの思い出を話せる。ゆかりが例示した湯上がりの姿や浴衣姿。色々と無防備な姿にドギマギした事だって何度もある。
それでもあの夕焼け空が一番に浮かんだ。
「多分、ゆえがゆえ自身のために打ち込んでいる姿を見れたのが嬉しかったのかもしれない」
ヨスガの言葉にゆかりは居住まいを正す。
「自惚れてるって思われても構わないけれど、あの事件があってからゆえはより強く俺に気を遣うようになった。だからこそ、俺はあの光景が光り輝いて見えたんだ」
「自惚れだなんて思いませんよ。むしろ、自覚が無かったらゆえさんが可哀想でしたよ」
ゆかりはヨスガの言葉に心が温かくなるのを感じる。
「ゆえもなにか言ってた?」
「おっとこれはゆえさんとの秘密でした」
「それなら聞くのはやめておこう。バレたら怖い」
ヨスガは気を取り直して空気を軽くする。
「それが良いですね」
ゆかりもそれに乗って笑う。
「さて、そろそろ良いかな。ゆえも落ち着いただろ」
ヨスガはベンチから立ち上がる。
「まぁ、気づいていたんですか?」
ゆかりは驚いて訊ねる。
「腐れ縁だから、って事で」
自分で話しておいて、恥ずかしい事を言っていることに気づいて誤魔化す。
「ドキドキした思い出も含めて、二人の関係性が眩しすぎて胃もたれしちゃいますよ。ごちそうさまでした」
そんなヨスガを見てゆかりは二人の絆により強く憧れた。




