一年生五月:むかしばなし②
一方、ゆかりとゆえは図書館から寮への帰り道を歩いていた。
夕暮れ時、沈む夕陽が街を染めるのを校門から見下ろした。
「ゆかりはどう思った?」
不機嫌から回復したゆえがゆかりに訊ねる。
「ヨスガくんにゆえさんがいて良かった。っていうのが一番ですね」
ゆかりは率直な感想を伝えたが、ゆえは「そっか」と浮かない表情で返した。
「私はそう思わない」
ゆえはそう言い放つと口を閉ざした。
ゆかりとも目を合わせずに下を向きながら歩く。それでもゆかりと足並みは揃えて歩く様子に、ゆかりはゆえが口を開くまで何も言わずに待とうと思った。
ゆかりが待った甲斐もあり、ゆえがポツポツと語り始める。
「ヨスガがいじめられていると気づいた時、私はカッとなって乗り込んだ。ちょうど練習日だった。でもそれは私が品定めされて不快だったからじゃない。あんな奴らに興味は無い」
一度口が開けば滑らかだった。先ほどの説明にゆえ自身の感情を捕捉してゆかりに語りかける。
「私は、ヨスガが傷ついたのが許せなかった。小五の時からずっと一緒で、中学に入ってサッカーで忙しくなっても構ってくれた。
ヨスガが折れそうになった時、理由を聞いた。そしたらヨスガは『自分のせいでゆえが良くない目で見られる事も勝手な想像をされる事も耐えられない』って言った。それで、私は頭にキて乗り込んだ」
淡々とゆえは語る。陽太に対する悪態も、ヨスガに向けた不機嫌さも今は無い。
その事にゆかりは心配な気持ちになった。
「それが間違いだった」
ゆえは一度言葉を切り、黙りこくる。
ゆかりも根気強く待つ。
その間に二人は寮の前に到着してしまった。寮が夕陽を遮り二人を影に飲み込む。
ゆかりは道ばたにあるベンチにゆえを導き、二人で座った。ベンチの横の街路灯が二人を照らす。
「ヨスガが私から距離を置こうとした時、ヨスガは『自分が大切にしている人は傷つけられてしまう』って思うようになってしまった。だから大切じゃないってアピールをしようとした。ヤツらは同じ中学校にはいなかったからいくらでも嘘がつけるのにね」ばかだよね、とゆえが続ける。
ゆえの声が少しだけ揺れたようにゆかりは感じた。ゆかりもこのヨスガの行動には問題があると思った。
「この時の私はヨスガのためじゃなくて、自分のためにヤツらの元へ乗り込んだ。私の大切を傷つけたから」
少しだけ語気が強くなる。
「でも、それが間違いだった。ヨスガは私が暴れるのを見て、自分が大切にしている人は自分のせいで危ない目に遭ってしまうと思ってしまった。
ヨスガは、大切だと思うことを怖がるようになった」
ベンチに座るゆえは、数メートル先の歩道を焦点の合わない目で見つめる。
「私が乗り込んだせいでヨスガをさらに傷つけてしまった。
もっと良い方法があったと思う。陽太は嫌いだけれど、アイツならどこかでちゃんとヨスガを救ってくれたと思う。それで、私は学校でヨスガに大丈夫だよ頑張れって声をかけるの。
それか、クラブチームなんて逃げてしまえば良かった。大切が傷つかないように逃げたって良いんだよって言えば良かった。
私は、両方奪ってしまった。チームにそのまま残って逆風に立ち向かいながら仲間と頑張る道も、逃げる事を選ぶ道も。
大切な存在が傷つかないように、ヨスガ自身が選んで、決断する機会を奪ってしまった。
一時の感情の高ぶりで私は」
ゆえは言葉を途切れさせ俯く。両手を脚の上で固く組んでギュッと目を瞑る。
その両手をゆかりが優しく包む。
「ゆえさん。わたしはやっぱりヨスガくんにゆえさんがいて良かったって思います。
わたしは大切な人のために身体が動いてしまうゆえさんの事、かっこいいし素敵だって思います」
ゆかりがゆえの小さな手をギュッと握る。こんなに小さな手で大切を守ろうとした少女が無性に愛おしく感じていた。
「ゆえさんがどんなに自分を否定しても、そこだけは絶対に譲れません」
ゆえが閉じていた目を開き、ゆかりを見つめる。
ゆかりはゆえと目を合わせる。普段の傍若無人さが嘘のように弱々しい瞳をしている事に気づく。
「ヨスガくんの事が好きなんですね」
ゆえの視界がぼやける。涙が溢れてきた。
「うん」ゆえが蹲る。ゆかりが包んだ手を解いて優しく背中をさする。
ゆえはしばらくの間嗚咽を漏らしながら泣いた。
人物紹介
古淵ゆえ:ヨスガの幼馴染み。ヨスガが大切。




