一年生五月:むかしばなし①
図書館への帰り道、四人は授業のカリキュラムの違いや陽太が所属しているユースのトップチームの話などをして過ごした。
それぞれが気を利かせてヨスガとゆえと陽太の関係についての話題を避けていた。
「じゃあ、何から話そうかな」
図書館に到着し、館内の隅にある机に陣取る。
すると陽太が手を上げた。
「まずは俺がゆえと知り合いな理由から話そうか。結川さんもヨスガ中心の関係はわかるだろうけれど、ここの関係はよくわからないよね?」
陽太がゆかりに確認すると、ゆかりはコクリと頷いた。
「端的に言うとゆえが俺とヨスガが入っていたチームに乗り込んで同学年のチームメイトをボコボコにした」
「はい?」
ゆかりが目を点にする。その横でゆえがつまらなそうに鼻を鳴らす。
「意味分からないと思うけれど一度飲み込んでほしい。で、ゆえが乗り込んで来た原因って言うのがヨスガ以外のチームメイトにあった」
そこで陽太が言葉を切ってゆえとヨスガを見る。
ヨスガは頷き、ゆえは「勝手にしろ」と返した。
「俺たちはヨスガをいじめていた」
陽太がそう言い切るとヨスガが反論する。
「何度も言うけど、あの件を俺はいじめだとは思っていないし、からかった奴らとも和解してる。ゆえにも言ってるからな。ゆえが許せない部分があるのは理解している。ゆえも巻き込んじゃったから。俺もゆえの事に関しては許している訳じゃ無い。けれど、いじめではないって事はわかってほしい」
ゆえの方を見て釘を刺す。
ゆえは不機嫌を隠さずに黙ってヨスガを見つめる。
「ヨスガ、俺もゆえもあの時のヨスガは傷ついていたと思ってる。俺はゆえが乗り込んでくるまで気づかなかったけれどな」
陽太は顔を歪めて言葉を返す。陽太としても苦い思い出だった。
「ゆかりさん、ごめん。話が逸れたね。ひとまず事実だけ話す」
ヨスガはゆかりに断りを入れると説明を始める。
ヨスガがサッカーを本格的に始めたのが中学生になってからだったこと。
同期のチームメイトよりも当然実力が足りず、必死に食らいついていたこと。
そして、実力が足りなかった頃にチームメイトに携帯の中の写真を覗かれ、ゆえの写真を観られて、関係性をからかわれたり、ゆえの容姿を品定めされた事を話した。
「それは……」
ゆかりが小さく顔をしかめる。
「中一の時からないすばでぃだった」
ゆえが感情の無い表情のまま悪ふざけをする。
「ゆえ、無理してふざけなくて良いよ。ゆえが気分が悪い話だって事は皆わかってる」
ヨスガは暗い顔でゆえに声をかける。
「そうやって自分を棚上げにする」
ゆえは文句を言いながらも黙って先を促す。
「チームメイトの一部は事あるごとにゆえの事でからかうようになった。そこのサッカーバカは気づかなかったけどな」
ヨスガは隣の陽太を指差す。
「お前もふざけるのかよ」
ため息まじりに陽太が漏らす。
「私が引き継ぐ。ヨスガはきっと隠すから」
ゆえが主導権を奪う。
「ヨスガがヤツらにいじめられるようになってから、ヨスガが私の前で笑わなくなった。しばらくしてからあろう事か私を避けるようになった」
ゆえがジロリとヨスガを睨む。
ヨスガはその視線を受け止めながら先を促す。ここではいじめの訂正はしなかった。
「ヨスガを問い詰めたら、私の事でいじめられてるってわかった。ヨスガはそれを抱え込んで、折れそうになってた。それに気づいたから私は乗り込んだ」
「それで話は最初に戻るわけ。乗り込んで来たゆえはヨスガに絡んでいたチームメイトも、絡んでいないチームメイトも関係なしにサッカーでボコボコにした」
陽太が神妙そうな顔を保とうとしつつも笑いを堪えている。陽太としては苦くもあり面白い出来事でもあった。
「サッカーで、ですか?」
ゆかりはもう一度目を点にする。
「ゆえはサッカーが上手いんだよ。色々な種目で勝負したけれど、当時の俺たちは誰も勝てなかった。今はさすがに俺の方が強いけど」
「ユース生が何張り合ってるんだよ。ちなみに未だに俺とゆえだとゆえの方が上手い」
「天才だから」
三者三様の返答にゆかりは「そうですか」とだけなんとか返した。
「まぁまとめると下手くそな俺が幼馴染みの女の子に助けられた、って情けない話だよ」
自嘲気味にヨスガがまとめる。
「で、ゆえはその後何かと俺たちのチームの活動に顔を出しては威嚇したり練習相手になったり応援したりしてた。出会う度に蹴り飛ばされるのもいじめに気づかなかった俺への挨拶みたいなもの」
陽太がゆえとの関係について補足すると、対面にいるゆえから蹴りが入れられた。「足はやめろよ」とヨスガに注意される。
「説明はおしまい。帰ろ」
ゆえが立ち上がり三人を見下ろす。ゆかりとヨスガもそれに続く。
陽太はまだ立ち上がらずに「もう少しだけヨスガを借りていいか?」とゆえに訊ねた。
ゆえは心底嫌そうな顔で陽太を睨むことで返答とした。
「何かは喋れよ。俺はいいよ」
ゆえの代わりにヨスガ本人が応える。
気を遣ったゆかりがゆえをなだめながら「わざわざ時間をいただきありがとうございました」と退散しようとする。
「いやいや、これからもヨスガの事よろしくな」
陽太がゆかりにそう返すとゆかりは頷いた。
ゆかりがゆえを引きずりながら退館するのを同じ席から見送り、陽太はヨスガに向き直る。
「今さらながら話して良かったのかよ」
陽太が口を開く。
「ゆえもゆかりさんの事を気に入ってるからな。どうせいつかは話す事になるだろうし、その時にゆえと俺だけ説明するのは気が重かったから、陽太がいるタイミングでちょうど良かったと思う」
「うーんまぁそうか。それならいいや。お前“も”結川さんを気に入ってるって口にしてるのが聞けて良かったよ」
まぁ、名前で呼び合ってるくらいの関係だし、言質を取るまでも無かったか。と陽太は言外に続けた。
「揚げ足取りやめろって。で、女性陣がいないところでそういう話がしたかったわけじゃないだろ?」
ヨスガは陽太が引き止めた理由を訊ねる。
「そういう話もしたかったけどな。まぁ本題では無いのは確かだ。単純にお互いの近況を話したかったってだけだよ」
陽太はリラックスしながらヨスガに近況を訊ねる。
「俺は全然だよ。陽太のポジショニングとか統率で簡単なシュートを止めてただけだったんだなって改めて思っているところ」
陽太のポジションはディフェンダーで、その中でもセンターバックと呼ばれる位置の選手だ。
中学時代、ヨスガの目の前には頼もしい壁がせり立っていた
「買いかぶり過ぎだろ。お前は最後の大会の失点を引きずり過ぎなんだよ」
ヨスガ達のチームは、陽太の統率で非常に守備の固いチームだった。
中学生最後の大会での失点は、完璧なポジショニングでシュートコースを絞っていた陽太が足を滑らせたほんの一瞬の間に蹴り込まれた弱々しいシュートをヨスガが見逃してしまって生まれた。
「そんなこと無い。あの時の俺は陽太のお陰で簡単なシュートばかり飛んできていると理解していたはずなのに自惚れてしまった。俺がミスする可能性を陽太は未然に潰してくれたのに、俺は陽太のたった一度のミスをカバーできなかった」
語るヨスガの表情は変わらない。何度も何度もこの失点を思い出している内に得た結論はヨスガの中で強固なものになっていた。
「考え過ぎだっての。まぁ、平行線になるとは思ったけどさ」
「そんな事より陽太はどうなんだよ」
「俺も全然だ。まだまだユースのやり方に慣れないといけないし、信頼関係を構築しないといけない」
陽太はわざとらしくため息をつく。
「でも、外様だからとは言わせない」
ヨスガは陽太の目に炎が宿っているように感じた。
陽太が所属しているユースには、中学生年代のジュニアユースが存在する。ユースの多くの選手はジュニアユースから昇格した選手で構成されている。故に、外部から昇格した陽太は自身を外様だと称している。実際には差別的なニュアンスが強すぎるため、面と向かって言われたことは無い。
「お前ならやれるよ」とヨスガが本心から言うと、「当然」と返された。
「お前も頑張れよ。櫻コーチに胸張れない出来でも、自分が頑張ったって思えるくらいまでは頑張ってみろよ」
陽太もヨスガに発破をかける。櫻コーチは二人のチームの監督で、ヨスガに柏陽台高校を薦めた人である。
「確かになぁ。もう少し頑張ってみるか」
ヨスガは少しだけ前向きにそのエールを受け取る。
「そうしろそうしろ。お前はきっと高校でサッカーをやめるだろうし、柏陽台とウチじゃ公式戦で当たることもきっとない。本当は真剣勝負で当たりたかったなぁとか思ったりもしてたんだ。だからお互いにAチームになって公式戦に出て、その上で公式戦で当たらないことを嘆こうぜ」
陽太は笑ってヨスガの肩を叩く。
「前向きなのか後ろ向きなのかハッキリしろよ。まぁ、そこまで期待はしないでくれ」
ヨスガは苦笑しながら予防線を張った。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。
古淵ゆえ:天才。
照島陽太:サッカーバカ。




