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魔術師未満  作者: 大日小月
第一章 魔術師になれなかった男

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第九話 事情聴取

 街へ戻った俺たちを出迎えたのは、応援要請のために先に帰っていたクリルを含む『純白の水牛』の面々だった。


「俺のせいで、ほんとにすみませんっ……!」

「俺もタンジも無事だから泣くなって」


 クリルが涙で顔をくしゃくしゃにして謝る姿を見て、俺は特に責めることなく謝罪を受け入れた。

 今回の件は俺にも非があるから強く言えないというのもあるが……。


「今はみんなの無事を喜ぼう」


 俵担ぎから解放されていたタンジが疲れを見せずに笑顔で締める。どんなに気を付けても命の危険がある仕事、無事なだけでも儲けものだ。


「もちろん、救助にきてくれた人にはお礼をしないとね」

「はいっ……!」


 今回応援にきてくれた『黄金の女豹』は、シルバーランクのカッパーランクの混成パーティ。『純白の水牛』と対して強さは変わらない。命懸けで応援に来てくれたのだから深く感謝しないと。


「ケント、奢りの件わかってるよねー?」

「お、おう。わかってるとも」

「期待してるからね!」


 セタールがニヤニヤと八重歯を覗かせて念押ししてくる。応援にきてくれただけでなく、帰り道を背負ってくれたからそのお礼は高くつきそうだ。まあ、無事に帰ってこれたことに比べたら安いものだ。

 こうして明日からまたいつもの日常に戻るのだった。



 と、いうわけにはいかない。ギルドに応援要請するほどの騒動を起こしたということは、その後始末が待っている。

 あれから三日後、冒険者ギルドの奥にある応接間のような部屋に俺はいた。厚い木壁に囲まれた狭い部屋で、窓は小さく差し込む光は弱い。最低限の調度品しか置かれていないシンプルな部屋だ。

 外の喧騒が嘘のように部屋の中は静まり返っている。

 ローテーブルを挟んで向かい側に二人の人物が座っている。


「知っているとは思うが、私が冒険者ギルド新都支部長だ」


 禿頭の中年男性が眉をしかめる。初めましてだが、知ってた振りをしよう。


「魔術協会所属、一級魔術師のネイリーです。本日はよろしくお願いします」


 もう一人はネイリー、三日前の事故で応援にきてくれた魔術師で、俺が魔術師試験を受けた時の試験監でもある。

 応援に駆けつけてくれた時は必死な表情をしていたが、今日は試験の時と同じく氷のような冷たさを醸しだしている。この顔が仕事モードなのだろう。


「前置きはいらないだろう、事情聴取を始めるぞ」


 支部長の低く苛立たしげな声が静かな部屋に響く。この三日間で『純白の水牛』のメンバーに事情聴取をし、大トリが俺。向こうも通常業務以外の仕事に疲れているのだろう。

 できるだけ波風を立てないように答えよう。自然と背筋が伸びる。


「まずは事前情報だ。貴殿はクリル氏と会ったのは事故当日が初めてで、性格や力量は把握していなかった、そうだな?」

「はい、そうです」

「では次に、任務に向かう前に、本人や他のメンバーにいつもと変わったことはなかったか?」

「特になかったです。体調不調者もなく、装備の点検も済ませていつも通りでした」

「ふむ」


 支部長は手元の資料に目線を落としながら粛々と聴取を行う。これまでの聴取とのすり合わせをしているのだろう。

 ネイリーは横で静かに聞いているが、時折こちらを観察するように視線を向けてくる。


「任務前に魔杖の点検はどのようにして行う?」

「任務直前なら外観でヒビや濁りを確認するのと、軽く魔力を流して導通確認ですね」

「魔杖の分解はしないということだな?」

「分解となると時間がかかりますので、前日までにやっておく必要がありますね」


 支部長はこちらを一瞥もせずに質問を畳みかける。俺という個に興味がないのか、それとも頭を働かせるのに精一杯なのか。

 ローテーブルに置いた手やだらしなく開いた足、少し猫背の首など体のどこかを必ず動かしている。随分と落ち着きのない人だ。


「今回、クリル氏の魔杖を分解して確認したところ、内部に多量の魔力による汚れを発見した。任務前にこれを発見するのは困難ということか」

「そうですね。そこばかりは中を確認しないとわからないです」


 どうやらクリルはろくにメンテナンスをしていない魔杖を使っていたそうだ。そりゃ瘴気が出るわけだ。

 魔力は空気の流れが悪いと淀んで瘴気になりやすい。魔杖には多少の瘴気の抜け口はあるが、基本は魔力が漏れないように密閉されている。定期的に分解清掃する必要があるわけだ。


 支部長は俺の発言に特に反応することなく、目線は資料に向けたまま口を開く。


「次は、事故当日の状況だ。当日、パーティの作戦は共有できていたか?」

「はい。タンジさんの合図で拘束魔術を使い、その後に前衛が攻撃する流れでした。先に私が手本を見せてからクリルに実践させていました」

「当事者に無理をさせていなかったか?」

「初陣だったので、小規模な群れを狙わせていました」

「ふむ」


 支部長は質問しながら何かを書き込んでいる。筆記しながら喋るのに慣れている感じだ。

 隣のネイリーは特に話すことがないのか、時折書き込みはしているものの、ほとんど部屋の飾りになっている。たまにこちらに視線を向けてはくるが、それだけだ。


「退避判断は?」

「瘴気発生直後にタンジさんが撤退を指示しました」

「応援要請は誰がどのタイミングで判断した?」

「タンジさんです。瘴気が出た直後に後衛をまとめて街へ戻らせました」

「他の選択肢は?」

「ありませんでした。フラッピースネークが現れた時点で、戦力差が大きすぎました」


 支部長は既に自分の中でストーリーが出来上がっているのか、こちらが答えやすい質問を端的に続ける。


「よし、事情聴取は以上。今回は注意だけで済ませる。以後、気を付けるように」

「ありがとうございます」


 消化試合のように聴取を切り上げた。予想していたものよりかなりあっさりとしたもので、思わず伸ばしてた背筋が緩む。


「しかし、魔術師とあろうものが魔術使いに助けられるとはな」


 支部長は資料を片付けながら、やや険のある声色でネイリーに言い放つ。

 ネイリーは眉一つ動かさず、洗練された所作で謝罪をする。


「この度は魔術協会所属の魔術師による事故で冒険者ギルドに多大なるご迷惑をおかけいたしました。魔術師の教育を徹底してまいりますので、何卒ご容赦ください」

「ふん、本当だろうな。大体、魔術師というだけで冒険者ランクがシルバーになれる制度がおかしいんだよ」


 なんだろう、魔術協会と冒険者ギルドはかなり仲が悪いのだろうか。俺的にはどちらにもお世話になるつもりだったが、蝙蝠野郎になってしまわないか心配だ。


「ネイリーと言ったか。貴殿は一級魔術師だから冒険者ランクは実績がなくてもゴールドだ。実際に任務を受けたことはあるのかね」

「基礎講習を受けた以外では、今回のような応援の時だけです」

「ほら見たことか、そんな現場を知らない人がゴールドランクなんておかしな話だ」


 支部長は勝ち誇った顔でふんぞり返る。言っていること自体は間違いではないが、言い方が悪すぎる。正論パンチは見ていて気持ちよくない。


「あの、事情聴取は終わりでいいんですよね?」

「ん? ああ、こんなことをしている場合ではなかったな。私は忙しいんだ」


 支部長はようやく俺の方を見たかと思えば、すぐに立ち上がる。

 黙って正論パンチを受け止めていたネイリーはというと、資料を広げたままで支部長に声をかける。


「支部長。少しだけケントさんと二人で話したいことがあります。この部屋を使わせてもらってもよろしいでしょうか」


 ネイリーの声は静かだが、有無を言わせない強さがあった。


「……わかった。任せる」


 支部長はネイリーからの思いがけない圧力に少し驚き、ぶっきらぼうに退室した。部屋に残ったのは、俺とネイリーだけ。空気が少しだけ重くなる。

 先ほどの事情聴取は冒険者ギルドとしてで、魔術師協会は別でやるのだろうか。お役所仕事ならありそうな展開だ。

 ネイリーはすぐに言葉を発することなく、まっすぐに俺を見つめていた。切れ長の赤い目と広がりのある睫毛は吸い込まれそうな魔力がある。


「……改めて、個人的な質問をしてもよろしいでしょうか」

「個人的、ですか」

「はい。魔術協会としてではなく、私個人の興味です。答えたくなければそれで構いません」


 ネイリーが口にしたのは予想外の言葉だった。その言い方は柔らかいが、視線は鋭い。

 個人的にとはどういう意味だ。若い男女が二人きり、個人的に……。喉が少しだけ乾くのを感じる。


「まず一つ。フラッピースネークを倒したのは、あなたですね?」

「……タンジさんの攻撃が決め手でした。もちろん、二人で協力しましたが」


 フラッピースネークは上級魔物、カッパーランクが倒せるのはおかしいから俺がトドメを刺したのは隠していた。支部長は突っ込んでこなかったが、ネイリーは気になるらしい。


「あなたの魔術が入っていなければ、あの状況で倒しきるのは難しかったはずです」


 鈴のような声は、責めるでもなくただ事実を並べているだけなのに、逃げ場がない圧力がある。


「俺はあくまで補助をしただけです」

「……そうですか」


 俺に答える気がないと感じたのか、ネイリーはあっさりと引き下がった。個人的にという前置きは守ってくれるらしい。


「ではもう一つ。あなたは試験で【水】と【識】を使っていましたね」

「……はい」

「ですが、今回の戦闘では【土】と【空】の魔術を使っていました。違いますか?」


 その言葉に心臓が跳ねた。気づかれたか。


「勘違いでは?」

「フラッピースネークの死骸を検分しましたが、【岩杭激】で攻撃された跡がありました。あの場に魔術を使えるのはケントさん、あなただけです」


 静かに、しかし確信を持った声。すぐに返答できずに言葉を失う。一級魔術師って死骸からどんな魔術を使ったのかわかるかよ、俺が隠してたことバレバレじゃねーか。


「もちろん、試験で知りえた情報は部外秘です。あなたが何属性を扱えるかは、ここだけの秘密です」


 ネイリーはそう言いながら、ほんの少しだけ視線を伏せた。


「何故こんなことを聞くのかというと、私は個人で”魔力律動の不規則変位における生体反応とその抑制機序”という研究をしています。わかりやすく言うと、魔力の流れが乱れた時にどう反応するか、どう制御するのか、ということを調べています」

「なるほど……?」


 唐突な学術的用語にフリーズしてしまう。学問、卒業研究、うっ……頭が。

 

「そこで、魔力の流れが通常と違う人や魔力を複数属性を扱える人。あるいは、魔力を感じられる人を協力者として探しています。ケントさん、あなたは正に研究に相応しい人です」


 研究、その言葉は本当なのか建前なのか。彼女の本当の目的はわからないが、試験や今回の事故で俺に何かしらの利用価値を見出したのだろう。


「身に余るお言葉をいただき、光栄の至りですが、私は【水】と【識】を使うただの魔術使いです。お力になれるとは思えません」

「……そうですか。無理に聞くつもりはありません」


 その声は、今までの事務的なものではなく、少しだけ残念そうに聞こえた。


「ただ、あなたの魔術使いとしての在り方は普通とは違います。いずれ話してくれる日が来ると期待しています」


 ネイリーは資料を閉じると、部屋の空気がわずかに変わった。


「今日はありがとうございました。これで終わりです」

 

 ネイリーは立ち上がり、軽く頭を下げた。俺も反射的にお辞儀を返す。体は違えど魂に染み付いた日本人魂がそうさせた。

 扉を開け、彼女は静かに出ていく。艶やかな銀髪が名残惜しそうに揺れた。

 残された俺は、しばらく動けなかった。


(……危なかった)


 魔力が見えること。六属性全ての魔力を扱えること。それを知られれば、俺の身がどうなるかわかったものではない。

 前線に駆り出されるだけなら御の字で、研究素材として扱われるかもしれないし、異端者認定で即刻殺される可能性だってある。ただのカッパーランクでは身を守るには身分が弱すぎる。秘密を明かすなら、もっと地位を高めてからだ。

 しばらくは、チートが露見するような真似は絶対にしない。

 俺は深く息を吐き、静寂が残った部屋をそっと後にした。

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