第八話 瘴気事故
フラッピースネークがこちらを伺うように舌を出しては引っ込めている。フラッピースネークは羽の生えた蛇。字面だけ見たら弱そうだが、対面するとわかる威圧感。羽の生えた蛇というのは龍に近い存在、そこいらの魔物とは格が違う。冒険者ギルドによる格付けでも上級魔物に指定されていて、シルバーランク一人とカッパーランク一人で相手をするのは厳しい相手だ。
「グルゥォォォ……」
こちらの様子を探っているのか、腹の底から響く声を出すだけで、その場を動かずに睨めつけてくる。
フラッピースネークの体表を走る魔力が、俺にははっきりと見えている。通常の魔物なら細い線のように魔力が流れているが、こいつのは太い帯のように脈打っている。魔力の質が完全に上位種のそれだ。
もし、瘴気が発生した場合、すぐに退却が基本だ。瘴気につられて強い魔物や大量の魔物が寄ってくる可能性があるからだ。もし、退却が間に合わなかった場合でも、相手が弱ければ討伐だが、後からもっと魔物がくるかもしれないからできるだけ逃げた方がいい。
逃げきれない場合は、冒険者ギルドに応援要請を出して残ったメンバーで持ちこたえると最初に教わる。
……今回は後者だな。
「攻撃は任せてもいいかい?」
「あいよ」
持ちこたえるとはいっても、防戦一方ではじり貧なので攻撃をして牽制をいれる。タンジはこの状況でも落ち着いてる、頼もしい限りだ。……この状況を作り出した原因の一人ではあるが。
「ほら、こっちだよ」
タンジがグレートソードをカンと籠手で叩いて挑発する。すると様子を伺うだけだったフラッピースネークが勢いよく飛びかかって来た。
「させないよ」
丸呑みされそうな程大きく口を開けた嚙みつき攻撃をタンジがグレートソードではじき返す。ガギィン! と聞いたことのない激しい衝突音がした。衝撃でタンジが大きく後退するが、フラッピースネークも動きを止めた。
「【水は走り、識は狙い、影を捉える。逃れ得ぬ刃よ、敵を切れ――追水刃!】」
その隙に魔術を行使して、水の刃が敵の頭目がけて発射される。相手は避けようと体をひねるが、その甲斐なく頭に直撃する。追跡効果付きなんだぜこの魔術。
「シャーッ!」
だが、多少怯んだようだがあまり効いていないように見える。流石は上級魔物、フィルスラットなら一撃で葬れた魔術を余裕で耐えた。
「これは骨が折れそうだね」
「応援がくるまで魔力が切れないといいけど」
そこからはしばらく、タンジが防御して俺が攻撃する形で時間を稼ぐ。
フラッピースネークの牙が迫るたびに、タンジは半歩だけ下がって刃の角度を変えて受け流す。その動きは洗練されていて無駄がない。シルバーランクだけあって見事なものだ。片手では到底持てない大きなグレートソードを巧みに扱い踊るように戦う姿は、『純白の水牛』の前衛組の人たちが憧れたのも頷ける。
俺が同じ攻撃を受けたら、腕ごと持っていかれているだろう。
「シャーッ!!」
上手く戦えてはいるが、状況は変わっていない。それどころか、フラッピースネークは調子が出てきているような感じがする。
「ぐっ、一撃が重たいね」
防御をするタンジには少し疲労が見える。戦況自体は拮抗していて俺の魔力はまだまだもつから、ギルドの応援がくるまで適当に魔術を放っていいだけなのだが、タンジの体力がもたないかもしれない。
ここは少し、戦法を変えるか。
「タンジ! 攻守交替するぞ!」
「わかった!」
「【水は絡み、識は結び、影を束ねる。穢れなき鎖よ、敵を縛れ――水幻縛!】」
俺が得意な拘束魔術、水幻縛で相手の動きを封じてその隙にタンジが攻撃をする戦法に変更をする。『純白の水牛』での戦法だ。
「シャ、シャーッ!」
「拘束解けるの早すぎるだろ……」
相手の体を縛った水の鎖は、ものの数秒で振りほどかれた。おいおい、そこいらの強い魔物でも数分はもつというのに。これでは攻撃する隙が作れない。
「【水】の魔術はフラッピースネークと相性が悪いって読んだ覚えがあるよ!」
タンジが攻撃を防ぎながら攻略情報を叫ぶ。それもうちょっと早く言ってほしかったやつだ。
そう思いつつ、俺も今さらになってそんなことをギルドで公開している本で見た記憶がある。確か、【土】か【火】が有効だったはず。
ごく普通のカッパー冒険者の俺ことケント君は【水】と【識】の魔術が使えるということに表向きはなっている。
二属性扱えたら取り敢えずパーティにいれておいて損はないし、【識】を扱える人はあまりいないから、いくらか珍しさがある魔術使いとして認識されていると俺は思っている。
【水】の魔術が効かず、【識】は直接攻撃する魔術がないため、今はこの設定がもどかしい。
(【水】なしなら効くか?)
「【識よ、影を結び、淡き幻を映せ――幻視!】」
【識】の魔力のみで幻覚を見せる魔術を放つ。
「グルルル……」
「お、効果ありか」
フラッピースネークは幻覚を前に急に大人しくなり、喉を悔しそうに鳴らすだけだ。
天敵である、というかほとんどの魔物の上位存在であるドラゴンの幻覚を使ったが、上級魔物であってもやはり効果は絶大みたいだ。
この分だと応援がくるまで持ちこたえられそうだな。
「シャーッッッ!!!」
と、思ったのがいけなかったのか、フリーズしていたのが一転、フラッピースネークの体がビクリと震えた。
次の瞬間、全身から魔力が噴き出し、羽がバサバサと大きく広がる。その羽ばたきだけで草木が波打ち、砂埃が舞い上がった。
目が真っ赤に染まって瞳孔は細く尖り、威嚇するように体を伸ばしている。もしかして俺、何かやっちゃいました?
「これは怒らせちゃったね。より激しい攻撃がくるよ」
タンジが苦笑いをしながらもアドバイスをくれる。
幻覚魔術を見破ったというより、怒りで上書きしたのだろうか。上級魔物は普通の魔物とは別ものだな。
「ぐあっ!」
怒ったフラッピースネークの攻撃力は段違いで、攻撃を受け止めたタンジの剣が弾かれ、地面に深い溝が刻まれる。
……このままじゃタンジが死ぬかもしれない。だが、ここで【水】と【識】以外の属性を使えば俺の秘密が露見するかもしれない。
魔杖を握り直し、呼吸を整える。
(出し惜しみしてる時間はないか)
「いつもと違う攻撃いくぞ! 気をつけろよ!」
「……! よくわからないけど了解した!」
「【地は立ち、空は集まり、杭を成す。鋭利な点よ、敵を貫け――岩杭激!】」
地面が隆起し、鋭く尖った岩が出現する。岩は隆起した勢いで地面から射出され、轟音とともに敵へと一直線に飛んでいく。【土】属性と【空】属性の複合魔術、これならフラッピースネークにも有効なはずだ。
「キュッ、キュー」
岩は見事に直撃し、攻撃をくらっても平気な顔だった相手がここにきて痛そうな素振りを見せる。効いているようだ。
「効いてるぞ! この調子だ!」
「防御は頼むぞ!」
タンジが攻撃を受けて、その隙に俺が魔術で攻撃をする最初の戦法に戻る。今回は希望が見えている分、こちらの士気が違う。
「シャァァ……」
何度も岩を当て続けて、そろそろこちらの体力がもたないかもと頭にちらついた頃、ついにフラッピースネークはふらつき始めた。
「タンジ! トドメだ!」
「わかってるさ!」
タンジは勢いよく跳躍して、脳天目がけてグレートソードが振り下ろす。相手はその場に倒れこみ、腹を上向きにして伸びた。
「……やったか?」
蛇型の魔物は死んだふりをするから警戒しながら死亡確認をする。
「呼吸はしてないようだね。念のためトドメを刺すよ」
地に伏せた頭部に、タンジはグレートソードを再度叩き込む。警戒しすぎることに越したことはない。
防御一辺倒だったソードも最後の一撃を任されて不満はないだろう。
「ふう、なんとかなったね」
「一時はどうなるかと思ったわ」
緊張から解放されてその場に座り込む。倒したのはいいが、タンジには【水】と【識】以外の魔術を使ったことの言い訳を考えないと。
「ギルドからの応援です! 状況は――終わったようですね」
倒してから少しして白いローブを着た女性が現れる。魔杖に跨ってふよふよと浮かんでいることから空を飛んできたのだろう。……あれは魔術師試験の試験官か。確か名前はネイリーだっただろうか。
「応援がくるまで持ちこたえるつもりだったんだけど、倒せちゃったね。ケントが――」
「いやー、タンジが倒してくれて助かったわー。やっぱりシルバーランクはものが違うわー。そろそろゴールドランクも見えてきたんじゃないかー」
「何を……。いや、そうだね。相手が僕たちを見下してくれてたおかげで隙をつくことができたよ」
危うくタンジが余計なことを口走りそうだったので、被せるようにタンジに功績を押し付ける。察しがいいのか取り敢えず俺の意図を汲んで話に乗っかってくれた。
「……本当に、お二人で?」
その目は明らかに疑っている。無理もない、上級魔物をシルバーとカッパーの二人で倒すなんて素人でも無茶だとわかることだ。
俺は笑って俺は笑って両肩を上げる。
「いやいや、タンジが全部やってくれましたよ。俺は補助しただけです」
「……詳しくは街へ戻ってから聴きます」
ネイリーは訝し気な顔をしたが、それ以上は言わなかった。
「おーい、生きてるかー!」
しばらくしてからぞろぞろと冒険者たちがやってくる。あれがギルドからの応援の本隊だな。先行してネイリー一人だけ急いできたのだろうか。
冒険者たちの背景の空が完全に茜色に染まっている。かなりの時間戦闘していたようだ。
(あ、一気に疲労が)
応援がきたことへの安堵で、それまで誤魔化して疲労が一気に体中を巡りその場に座り込んでしまう。
すると、背後から聞き慣れた軽い足音が近づいてくる。嫌な予感がして振り返ると、ぱっつん青髪が視界に飛び込んできた。
「ケント、結構無茶しちゃった系?」
ジトっとした目のセタールだった。膝に掌を置いて屈んで覗いている。
「あれ、なんでセタールがここに」
「すぐ応援に行けるパーティが『黄金の女豹』だけだったみたい。運がよかったねー」
「そいつはご苦労さん」
表面上は冷静を取り繕うが、身内にトラブったところを見られて内心はかなり恥ずかしい。なんで数少ない俺と交流のあるパーティがくるのだろうか。
一度座り込んだ足はしばらく歩けそうにもなく、情けない姿を晒している。
「疲れすぎて歩けなくなったわ。おぶってくれ」
なので、素直に言ってみた。
一瞬だけ、セタールの眉がピクリと動いた。
「……えー」
めちゃめちゃ嫌そうな顔しながらセタールは俺を背負ってくれた。時間もあまりないし、俺を待つ時間も惜しいのだろう。
「僕は自分で歩くよ」
「遠慮すんなって。担いでいった方が速い!」
タンジは自分の足で歩こうとしていたが、『黄金の女豹』のリーダーに、肩に担がれて移動していた。リーダーは女であるが怪力の持ち主のため、タンジはすぐ抵抗を諦めたようだ。
背負われながら夕焼けを見ると、前世で聞いた童謡を思い出す。
日没が迫り少し冷たくなった風が火照った体に心地ちよくて、少し郷愁に駆られた。
「奢り一回だからね」
「へいへい」
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