第七話 シルバーランク
俺には四つの顔がある。
一つは『真紅の鴉』でリーダーを務める顔。
一つはソロで魔物を狩る孤独な魔術使いの顔。
一つは工場で働く検査員の顔。
そして、もう一つは。
「聞いたよケント。試験は残念だったね」
「何で知ってるんだよ。誰か言いふらしてるのか」
鮮やかな金色の髪を手で払いながらタンジは言った。『純白の水牛』のパーティリーダーでシルバーランクの男で、サラサラの金髪に垢抜けた雰囲気はギルドマンらしからぬ爽やかさを放っている。笑っているだけで周囲の空気が軽くなるような男だが、その奥には実力に裏付けされた冷静さがあるのを俺は知っている。
「ケントの実力なら次はきっと受かるさ」
「あー、まあ次頑張るわ」
この街にきてギルドマンになった時、初心者講習をタンジから受けた。その縁から今でもたまに助っ人として一緒に任務をすることがある。魔術使いは貴重だから一定の需要があるのだ。
「今日は新しい子を紹介したくてね。クリル、挨拶してあげて」
「二級魔術師のクリルって言います! よろしくっす!」
「はあ、ケントです。魔術使いです。時々一緒に任務させてもらってます」
クリルと名乗った青年は、黒のメッシュが入った金髪が目を引く。目がギラギラしていて、いかにも強さに憧れているって感じだ。嫌いじゃないが、こういうタイプは時々危なっかしい。
「ん? 魔術師?」
「遠距離攻撃できる人を募集していたら、ギルドから紹介されてね」
ギルドは人の紹介もしてくれるらしい。俺もパーティリーダーやってるけど知らなかった。
というか、魔術師が加入したら非常勤で魔術師未満の俺は必要性がなくなるんじゃ?
「心配しなくてもケントには今まで通り仕事を頼むさ。ほら、僕たちのパーティって編成が偏ってるでしょ?」
「確かに、それはそうだ」
俺の心境を見透かしたようにタンジが言った。
確かに、『純白の水牛』の武器編成は偏りが酷い。このパーティはリーダーであるタンジのカリスマ性によって成り立っているところが大きく、メンバーはタンジに憧れて加入した奴ばっかりだ。それは悪いことではないが、憧れが使用武器にまで影響を与えてしまっているのが問題なのだ。
テーブルを囲む他のメンバーを見る。髪色は違うがそれぞれ手入れの行き届いた髪にお洒落にも気を使った装備を着込むメンバーたち。使用武器はタンジのグレートソードに倣って全員がロングソードやクレイモアといった大きな両手剣だ。うーん、この重量編成。
「編成的に厳しい任務の時はケントにも手伝ってもらってるけど、ずっとこのままってわけにはいかないからね」
「そりゃそうだ」
寧ろ今までどうやっていたのか気になる。
タンジはいい奴ではあるんだが、この編成を放置するような甘さが玉に瑕だ。
「タンジさん、ケントって人は強いんですか?」
俺たちの会話を黙って聞いていた新メンバーのクリルが口を挟む。なんか失礼な言い方だな。
「もちろんさ。何度もパーティのピンチを救ってくれたんだよ」
「でも、魔術師じゃなくて魔術使いなんでしょ? 冒険者ランクもカッパーみたいだし」
「肩書だけでは測れないものがあるのさ。それに『純白の水牛』は僕以外カッパーランクだよ」
「実戦したことのない俺でも試験に合格したのに、心配です」
「百聞は一見に如かずだね。実際に見てみようじゃないか」
「お、マジですか! やっと実戦だー!」
途中から俺抜きで話が進んでいた。ただのカッパー魔術使いにはシルバーランクと魔術師の話に口を挟む権利はなかった。心的なものだが。
というか、このクリルって駆け出し冒険者なのかよ、大丈夫だろうか。
「心配しなくても、基礎講習は受講済みだよ」
「ならいいんだけど」
今日のお目当てはフィルスラット――鼠の魔物だ。人の半分ほどの大きさで、黒ずんだ体に異常に発達した前歯が特徴的な醜悪な見た目をしている。
繁殖力が高くて年中どこにでも現れるが戦闘力はそれほどなく、毛皮と肉が安値ながら売れるため、駆け出し冒険者に経験と金を提供してくれる存在だ。俺も昔はお世話になった。
「えー、フィルスラットっすか。もっと強いのを倒したいっす」
新米のクリルはルーキーの象徴であるフィルスラット相手は不満みたいだ。
「それはもっと慣れてからだね。クリルは今日が初めての討伐任務じゃないか」
「でも、僕シルバーランクっすよ? フィルスラットはアイアンクラスどころかストーンクラスでも倒せるって話ですよ」
「相手が弱くても油断してはいけないよ。状況次第ではフィルスラットでもゴールドランクを殺せるからね」
不満を口にしながら歩くクリルをタンジがのらりくらりとかわしながら諭す。
冒険者ギルドでは上からゴールド、シルバー、カッパー、アイアン、ストーンと個人をランク付けしている。通常はストーンランクから始まり、任務をこなして徐々にランクを上げるが、例外的に飛び級できる方法がいくつかある。
その一つが試験に合格して魔術師になることだが、魔術師になると一気にシルバーランク認定される。問題なのは、たとえ実践経験が一切なくてもシルバーランクになれてしまうこと。
「巣穴っぽいのありました!」
先頭を歩いていた前衛組から報告があがる。街道から少し逸れた草原の中、地面を見ると穴が開いている。
「まずはお手本といこうか。頼むよケント」
「りょーかい」
先頭の前衛組が穴の前に餌を置く。しばらくするとフィルスラットがポコポコと穴から出てくる。そのまま攻撃してもいい相手だが今回はお手本ということで、より強い魔物を相手にした時と同じ方法をとる。
「【水は絡み、識は結び、影を束ねる。穢れなき鎖よ、敵を縛れ――水幻縛!】」
水の鎖が放たれてフィルスラットをまとめて拘束する。
「攻撃開始!」
タンジの合図で拘束された相手に襲い掛かる前衛組。フィルスラットは五匹いたがものの数分で全て倒し終わる。
俺がいない時はどうしてるか知らないが、俺がいる時は魔術で拘束して他の前衛組が物理で殴るのが『純白の水牛』のやり方だ。
「ざっとこんな感じだね。相手が弱いから一回で仕留められたけど、他の魔物なら倒す前に拘束が解けるから何度かやり直すことになるかな。できそうかい?」
「はい! これなら簡単そうです!」
「きたよ。クリル、準備して」
「了解っす」
「【地は湿り、水は絡み、形なき縄となる。逃れ得ぬ沼よ、退路を奪え――湿土縛!】」
クリルが唱えたのは【地】と【水】の複合魔法。フィルスラットたちの足元がカラッと乾いた土からドロドロの地面に変わる。フィルスラットたちは泥に足がとられてその場で身動きがとれなくなっている。この隙に攻撃! といきたいところだが。
「泥がこっちにもきたぞ!」
効果範囲を見誤った魔術は攻撃態勢をとっていた前衛組の足元にも及んでしまった。俺との連携に慣れきっていて、確実に成功する前提で構えていたこともあり、全員行動不能になっている。
「え、あ、あ」
攻勢から一変、大ピンチに陥り呆然とするクリル。魔杖を持つ手が震えている。
一方で、リーダーのタンジは冷静な顔で俺に目線を寄越す。
「ケント」
「わかってるって」
クリルが魔力を込めてる段階でこうなることは予想していたが、これも経験になるだろうとあえて見逃していた。なので、フォローの準備はできている。
「【地は固まり、水は退き、粒子は結ぶ。濡れた土よ、その恵みを戻せ――乾土還!】」
泥となった地面が乾いて元の土に戻っていき、泥の拘束から解放された前衛組はすぐに後ろに飛びのく。泥から逃れたのはフィルスラットも同様で、こちらに向かってくる。……パーティメンバーの足元だけ元に戻すとかそんな繊細なことは実戦ではなかなかできないから仕方ない。
「このまま迎えうつよ!」
俺と同じく見守っていただけのタンジも前線に加わる。
相手は駆け出し冒険者でも倒せるフィルスラット、シルバーランクの豪快な剣捌きによって群れは瞬時に一掃された。
「いやー、危なかったぜ」
「クリルくん、次は頼むよ!」
討伐証明の尻尾を片手に戻って来た前衛組はクリルに声をかける。味方からの拘束というピンチにあったにも関わらず、気にした素振りは全くない。チャラそうな人ばっかりだが、基本的にいい人ばっかりではあるのだ。
「あ、あのすみません。俺のせいで」
「最初のうちはこんなもんだって。いいってことよ」
「そうそう、ケトン君だって初めは結構ミスしてたんだぜ」
それどころか気遣いする余裕すら見せる。実際、初陣で上手くできる人はそういない。それをわかってたからこそすぐに対処できたのだ。……なんか俺の名前間違えた奴いなかったか?
「気をとりなおして、次にいこうか」
それから何度かフィルスラットの巣穴を見つけては、相手を釣りだして魔術で拘束してから攻撃をするという流れを試した。完璧にできたわけではないが、初陣としては充分な働きをクリルはした。
しかし、当の本人は満足していないみたいだ。
「なんか、思っていた通りに動けないっす」
「魔術は天候とか気温にも左右されるからな。こればっかりは経験を積むしかない」
「それはそうなんですけど……」
俺が吹かせた先輩風はクリルに届くことなく消えた。悲しい。
「次で最後にしようか。初めてで疲れただろうしね」
タンジが白い歯をキラリと光らせる。クリルと違って全く疲れて様子はない。流石シルバーランク、体力が違う。
今日だけでそこそこの数の巣穴を潰したこともあり、いつもより遠い場所まで歩く。ここいらで巣穴がなかったら今日は撤収した方がいいだろうなと思っていると、都合よく巣穴が見つかった。
「クリル、いけるね?」
「は、はい!」
タンジの確認にクリルは大きな声で返事をした。
少なくとも元気は残っているようで安心した。
「【地は、湿り、水は、絡み」
えらくゆっくりと慎重に詠唱をして魔力を圧縮するクリル。魔力もだいぶ込めてるし最後だから気合いいれてるのか、今日の失敗を踏まえて慎重にやっているのか。
「形なき、縄となる」
……流石にヤバくないか?
「逃れ得ぬ、沼よ、退路を、奪え――」
「詠唱を止めろ!」
クリルの詠唱を止めようとしたその瞬間、魔杖から黒く濁った霧状の気体が出る。魔力の滞留や過充填によって発生する瘴気だ。
「クソっ、間に合わなかったか」
「あ、これはちが」
瘴気は魔物の発生源にもなり、魔物をおびき寄せる原因にもなる。すぐに処置しないとまずいことになる。特に今日はいつもより奥深くまで来てしまったから猶更だ。
「【水は澄み、識は解き、影を払う。清らかな流れよ、濁りを流せ――清洗流!】」
急いで魔術で瘴気を払う。少なくともこれで魔物の発生源にはならないはずだ。
「タンジ!」
「状況はわかった! 総員、撤退!」
チャラい雰囲気の前衛組だが、いざという時の判断は早く、一目散に俺たちがいる後方に戻ってくる。瘴気の発生はそれだけ警戒することなのだ。
「フィルスラットは逃げたようだね」
こちらの混乱に乗じて攻撃くるかと思ったが違うらしい。
「よ、よかったっす。瘴気が出た時はどうなるかと」
「いや、安心するのはまだ早いぞ」
魔物が好む瘴気が発生したというのにフィルスラットは逃げた。つまり、何か別の脅威があるということだ。
草原の向こうで空気が震えた気がした。嫌な予感が背筋を撫でた。
次の瞬間、巨大な影が地面を滑るように近づいてくる。羽ばたく音と、蛇特有の湿った匂い。
「あれは、蛇……? フラッピースネークだ!」
「上位ランクの魔物じゃねーか。最悪だ」
瘴気につられてやってきたのは羽の生えた巨大な蛇、上級魔物のフラッピースネークだった。
「僕が殿を務める! 街へ戻ってギルドに応援要請をするんだ!」
タンジが声を張り上げて指示をする。逃げられる相手ではないと判断したようだ。
「ほら、クリルくんも撤収!」
そそくさと逃げる準備を終えた前衛組が呆然としているクリルを回収する。
遠ざかっていく姿を他人事のように見ていると、タンジが爽やか成分控えめな顔で問いかける。
「ケントもいかないのかい?」
「一人で殿はキツいだろう」
「お人よしだね。でも、流石に逃げた方がいいと思うよ」
「タンジがやられたら次は俺たちじゃん。なら最初から戦った方がいいわ」
「そうかい」
魔杖を握る手に自然と力が籠る。
さて、どうしたものか。
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