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魔術師未満  作者: 大日小月
第一章 魔術師になれなかった男

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第六話 工場勤務

 冒険者の仕事は華やかに見える。

 街では見ない強大な魔物を討伐し、討伐で大金を手にして好きなだけ食べて飲んで遊ぶ。実際にそんな生活をしている冒険者もいるにはいるだろうが、現実はもっと醜く残酷である。

 

 強大な魔物を倒す? ――ほとんどの冒険者がフィルスラットやホーンラビットのような下級魔物を相手にするのがやっとだ。そいつらの討伐だけでは足りない分を偵察や清掃、護衛と色んな任務で補わなければならない。ただ、それらの任務の報酬は討伐に比べると少ない。一部の強いやつだけが稼げる生業なのだ。


 じゃあ偵察とか清掃なんてせずに、弱い魔物の討伐任務をやった方がいいじゃん、といいところだが、討伐の任務は常に受けられるわけではない。魔物の活動が落ち込む冬は当然討伐の依頼が少ないし、それ以外の季節も魔物だからといって狩りすぎれば生態系が崩れるということで、存在するだけで甚大な被害を及ぼすとか、繁殖力が異常な特定の魔物以外は絶滅させないように個体数を管理している。

 

 魔物は害悪であると同時に、この世界の循環の一部でもある。完全に駆逐すれば、その魔物を餌としていた別の魔物の行動が変わり、生態系がどうなるからわからずにかえって危険だ。かつてはある下級魔物を狩りつくしたら、それを食料としていた中級魔物が食べ物を探して街道付近に溢れてパニックになったこともあったとか。


 つまり、討伐任務は安定してないってことだ。あったとしても冒険者ランクと釣り合ってない任務だったり、人数が必要な任務だったりして断念せざるを得ないこともあるしな。

 

 冒険者一本で食っていくには、どうしても波がある。それを「これぞ冒険者の生き方だ!」と誇りに思う者もいるが、俺はその不安定さがどうにも好きになれない。

 だから俺は、週に何度か工場で働いている。


 ギルドの支部や魔術協会がある地区とはまた違う、工業が盛んな地域にやってきていた。その一角にある魔道具工場が俺の職場だ。

 工場といっても前世で見たような巨大な機械が並ぶ場所ではなく、職人が一つ一つ手作業で製品を作る小さな工場。いわゆる家内制手工業というやつだろうか。……こういう時に日本の教科書を読み返したくなる。

 魔道具というのは魔杖のような魔術を発動できる高度なものではなく、【火】の魔力を流すと温まるフライパン、【風】の魔力で空気を循環させる換気箱、【水】の魔力で水を蒸気に変えて噴霧する壺といった単純な効果が発動するものだ。


 工場に入ると木材の削りカスや金属の端材が散乱していて、油が混じった独特の匂いがお出迎えする。

 作業台の上では既に作業をしている人がいて、手作業で魔道具を作り上げている。


「おう、ケント。今日も頼むぞ」


 工場長のジョイナーさんが、作業を止めて声をかけてくる。頭にタオルを巻き、筋骨隆々な腕には木屑がこびりついている。見た目だけならそこいらの冒険者より遥かに強そうだ。


「はい。今日は何からです?」

「まずは魔力導通の確認だ」


 物が散乱している制作室を出て、隣の検査室に移動する。検査台に並べられたのは、十数個のフライパン。木製の柄の部分から魔力を流すと、フライパンの底が温まる仕組みだ。

 このフライパンは魔力が流れることで発生する熱を利用しているので、【水】や【空】の魔力でも使えて万人向けだ。一般的なのは【火】の魔力を通さないと使えないものが多い。その代わり火力はそこまで出ないが、家庭料理では不便しない。コンロいらずで料理ができるため、携帯にも便利なフライパンだ。


 見た目は前世で見たフライパンと変わりないが、内部に魔力が通るように加工がされている。そしてそれは手作業で加工されてるため、最初から完璧なものは作れない。

 魔力の通りが悪かったり、あるいは魔力が漏れたり、温まりすぎたりと細かい不具合はどうしても出る。

 だから、検査が必要になり、俺はその工程を任されている。


 良品なら滞りなく魔力が流れて調理面が均等に温まるが、丸い形状をしているため魔力の通り道が真っ直ぐではなく、どうしても流れが悪くなりやすい。検査でそうした不良品を見つけて、修正に出すのが俺の役割だ。

 

 検査の方法としては、温まるまでの時間を測ったり、温まったフライパンに油や水を落として何度くらいまで上がっているかや温度ムラがないかを調べたりと、地道で時間のかかる仕事だ。

 時間短縮のために慣れた人は唾を飛ばして蒸発の仕方を見たり実際に手で触ったりするみたいだが……。前者はそんな製品使いたくないし後者は危険すぎる。

 

 当然、俺はそんなことはしない。俺には魔力の流れを見る能力があるからだ。

 フライパンを一つ手に取り魔力を流し込む。ピリピリとした乾いた音が僅かに走る。


(ムラがあるな)


 魔力を流してすぐ、このフライパンは左側の流れが悪くて温まり方にムラができてしまっていることがわかった。これは要修正だな。

 魔力の流れが悪いところに印をつけて修正品用の箱に入れる。その調子で次々とフライパンを手に取り検査をする。

 あまりに早く終わらせると流石に怪しませるので、しかめっ面であちこち探るように見分している振りをすること数十分、全てのフライパンの検査が終わった。通常の検査方法で行うより遥かに早い。

 

「ジョイナーさん、終わりました」

「おう、さすがケント。仕事が早いな」


 作業をしているジョイナーさんに声をかけると、すぐに修正品を取りにきた。修正品が入った箱を片手で持ち運び、職人に修正を指示しながら渡した。


「忙しそうですね」

「おかげ様でな。最近はウチの製品は品質が安定してるって評判が良くなってるんだよ」

「そういや、顔なじみの教会でもここの魔道具使ってましたね。炊き出しの時に便利だとか」

「そいつはありがたい。これもケント様様だな。ガッハッハ」

「いやー、それほどでも」


 ジョイナーさんがバシバシと肩を叩いてくる。働き始めた当初は俺の検査の精度を疑問視していたが、数をこなすうちに信用を獲得できた。魔力が見える云々は言っていないから、冒険者としての経験とコツということで検査が早い理由を誤魔化しているのが少し心苦しいところではあるが。


「っと、立ち話をしている場合じゃないな。次はアイロンの方も頼む」


 談笑をすぐに切り上げて、ジョイナーさんはこの工場の主力製品その二であるアイロンを検査台に次々に載せていく。フライパンと似ていて、魔力を通すと温まるだけのシンプルな製品だ。

 どうも最近、この新都では貴族以外でもファッションを楽しむ文化が浸透しつつあり、その影響でアイロンの需要が高まっているんだとか。

 

 まだ電気を自由に使うことができないこの世界、暖炉に突っ込んだ鉄の板で服の皺を伸ばすという危険気極まりない行為が平然と行われている。アイロンの魔道具は比較的安全で温度が安定しているからじわじわと人気が出始めているらしい。俺はまだファッションに費やす余裕がないから使ったことはないが。


(これは魔力が漏れてるな。溶接が甘いか)


 地道に検査を進めていく。単調作業だが嫌いではない。

 冒険者の仕事は刺激的で特有の達成感があるが、常に命の危険がある。工場の仕事は地味だが、安全で安定している。何より、文明的だ。

 こういう地味な仕事があることで心をリラックスして、冒険者の仕事にも励めるのだ。

 工場の中では、金属を叩いたり木材を削ったり色々な音が混じり、独特のリズムを作り出している。


(……こういう日常も悪くないな)


 魔術師試験に落ちたことは悔しい。だが、こうして働ける場所があるのは幸運だと思う。


 昼休み、ジョイナーさんの奥さんが作った昼食を同僚の職人たちと囲んで食べる。工場長というのは従業員の食事の面倒も見ないといけないらしい。

 黒パンと野菜を煮込んだスープ、それとチーズとミルク。工場が最近儲かっているからなのか素材の質がよくて、酒場で食べる料理よりもおいしいし栄養的にも申し分ない。


「こうしてゆっくり昼食を食べられるのもケントのおかげだぜ」

「前は飯をぱっと食べて、すぐ仕事に戻ってたもんな」

「そういえば、最初はもっとピリピリした空気でしたね」


 職人たちの言葉に、ここにきた当初を思い返す。検査にかける時間がとれなくて品質が悪くなり、品質が悪くなると評判が落ち、評判とともに工場の売り上げが落ちこんでいた時期だ。落ちた売り上げを取り戻すために休み返上で働いて余計に効率が悪くなるという悪循環に陥っていた。最初はとんでもないところにきたと思ったもんだ。


「ほんとケントには助かってる。常時雇用したいんだがなぁ」


 ジョイナーさんが黒パンをスープに浸すことなくそのままかみ砕いてから言った。豪快な食べっぷりとは違い、歯切れの悪い言い方だ。


「住所ですよね」

「そうだ。俺としてはそんなこと気にしないんだが、工業ギルドがうるさくてな」


 常時雇用、その名の通り常時雇用されること、日本の正社員と似たようなものだ。

 安全で俺の魔力が見えるという特性を活かせるこの仕事、冒険者との兼業ではなく工場一本にすればよさそうな話だが、そうは問屋が卸さない。

 

 このルロイド王国では、住所がない者は常時雇用できないという法律がある。近隣諸国からの不法移民が増えすぎたことが原因だとか、都市部での治安悪化を防ぐためだとか言われているが、成立過程はわからない。

 じゃあ住所を取得すればいいじゃんという話なのだが、これも問屋が卸さない。住所を取得するためには安定した収入が必要だからだ。

 

 ここに、住所を得るために常時雇用が必要で、常時雇用を得るために住所が必要というジレンマが発生している。……誰か法整備しないのだろうか。


 俺は孤児なので家名も住所もない。冒険者は基本的に同じ宿に連泊しているが、書類上は住所不定扱い。


「住所が先か、雇用が先か。完全に鶏と卵だな」

「まったくです」


 ジョイナーさんの言葉に俺は苦笑するしかなかった。


「魔術師試験に合格できたらよかったんですけど」


 この現状を抜け出す方法は、魔術師になるか冒険者ランクをシルバーランクにするかだ。どちらかになれば家を借りられて住所を獲得できる。

 冒険者ギルドは冒険者の身分は証明してくれるが、信用証明をしてくれるのはシルバーランクになってからなのだ。

 そういう事情もあって俺はシルバーランクを目指している。


「ケント、お前を常時雇用できるようになったら、うちはいつでも歓迎するからな」

「ありがとうございます。こちらこそ是非」


 ジョイナーさんの言葉が胸に染みる。この世界に存在を必要としてくれる人がいるのはとても心強い。


「それじゃ、午後も頑張るとするか」


 ジョイナーさんが食べ終えて、奥さんが食器を片付け始める。昼休み終わりの合図だ。

 俺は最後に残しておいたミルクを一気に呷る。ヤギミルク独特の匂いが一気に鼻を抜ける。


(やりますか)


 食後の微かな眠気とともに、仕事場へ戻るのだった。

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