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魔術師未満  作者: 大日小月
第一章 魔術師になれなかった男

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第十話 鴉の休日

 事情聴取の翌日。昨日の緊張がまだ体のどこかに残っているから、というわけではないが、今日は冒険者の仕事も工場勤務もない完全な休みだ。

 とはいえ、やるべきことはある。クリルが起こした瘴気事故は魔杖のメンテナンス不足による側面が大きかったらしいが、他人事ではない。今日のうちに俺もメンテナンスをしておこう。


 魔杖は使っていると内部に魔力が煤のように汚れが溜まる。簡単な掃除くらいなら自分でやるが、分解して清掃するオーバーホールは素人には無理だ。

 だから、街の外れにある魔杖工場へ向かった。木材の香りと金属を叩く音が混ざり合う、職人の巣窟。俺が働いている魔道具工場とは雰囲気が異なり、少しひりついた緊張感がある空気だ。

 扉を開けると、いつもの豪快な声が飛んできた。


「おや、誰かと思えばケントかい」


 応対したのはグレーヘアの高齢女性、この魔杖工場の親方たるスミサさんだった。使い込まれた皮のエプロンが職人歴を伺わせる。


「どうもスミサさん。今日ってメンテいけます?」

「メンテかい、それくらいなら問題ないよ」


 要件を告げると、スミサさんはさっと背を向けて工場の奥へと歩く。着いてこいということだ。

 工具や材料が整然と並ぶ中を歩く。俺が働いている工場よりかなり整頓されている。


「ルキッド、お客さんだよ」

「はい。……ケントか」


 辿り着いた先には、一際大きな作業台の上で魔杖を組み立てているルキッドがいた。

 ルキッドは俺と同じく工場勤務もしている兼業冒険者だ。

 頭にタオルを巻き、がっしりとした体には皮の防具ではなくエプロンを着用して工場勤務仕様だ。


「前回のメンテから日があまり空いてないんじゃないか」

「瘴気事故があってな。俺じゃないけど念のためにと思って」

「そういうことか」


 魔杖のオーバーホール業務は色々なところで取り扱っているが、俺は信用と付き合いでルキッドの勤める工場に任せている。……料金が安いというのもあるが。


「ほれ、魔杖を出してみなさい」


 スミサさんがモノクルを掛けて作業台を軽くこつきながら催促をしてくる。


「はい。いつもと同じですけど」

「ふむ……、普段より汚れが溜まってそうだね」


 スミサさんは魔杖を受け取ると、手のひらで軽く撫でるように触れてすぐに眉を寄せた。その指先は、まるで魔力そのものを触っているかのように迷いがない。


「え、そんなことわかるんですか」

「ああ、わかるとも。何年この仕事をしてると思ってるんだ」


 魔力を見ることなら俺はできるが、魔杖内の汚れなんて見えはしない。この人も特殊な能力をもっているのか、あるいは、経験によるものなのか。


「ルキッド、あんたはわかるかい」

「……正直わかりません」


 スミサさんの問いにルキッドは悔しそうに答える。


「それじゃあルキッド、バラシてみな」

「はい」


 作業台に魔杖が置かれる。ルキッドは慣れた手つきで金具を外し、木製の外殻を丁寧に開いていく。外殻が外されると、中から細い管のようなものが現れた。

 魔力導管、魔力を通すための道で木材の中に埋め込まれている。導管はただ真っ直ぐな管ではなく、内部は螺旋状になっていて効率よく魔力を圧縮できるようになっているらしい。形も均一ではなく、魔力を供給するところは細いが、先端に向かうにつれて太くなっていく。先端には魔力が逆流しないように逆止弁もついていたり、導管の周囲には瘴気が籠らないように僅かな溝が彫られていたりと、魔杖は見た目に反して複雑な構造をしている。

 

「うわ……」

「結構汚れてるな」

「言ったろう?」


 導管を外してみると、黒く煤のような汚れが割とついていた。これはメンテナンスに出しておいてよかった。

 いつも通りの感覚でメンテナンスに出していたら、汚れが魔力の通路を塞いでクリルと同じく瘴気を発生させたかもしれない。


「ルキッド、後は任せたよ」

「はい」


 スミサさんは汚れ具合を確認したかっただけなのか、そそくさと退散する。

 この人との付き合いはそれなりにあるが、未だにどういう人なのか読めない。わざとそう振舞っているのだろうか。


 ルキッドは指示に従い、黙々と細い刷毛で汚れを落としていく。

 フラッピースネークとの戦闘は魔杖に負担を掛けていたか、かなりこびりついているみたいだ。


「これは時間がかかる。三時間は見ておいてくれ」

「了解。その間ぶらついてくるよ」

「ああ」


 ルキッドは作業に戻り、俺は工場を後にした。

 

 


 工場を出ると、昼下がりの街は活気に満ちていた。

 露店からは香ばしい匂いが漂い、子どもたちが走り回っている。


(さて、どう時間を潰すか)


 魔杖が戻ってくるまで三時間。街をゆっくり歩くのも悪くないし、宿に戻って体を休めるのもいい。


「おーい、ケント!」


 そんなことを考えながら歩いていると、聞き慣れた声が背後から飛んできた。

 振り返ると、青髪ぱっつんの女が手を振っていた。


「なんだ、今日は休みか?」

「うん、誰かさんの応援に行った疲れが残ってるからね」

「悪かったって」

「ケントは?」

「俺も休み。さっきルキッドに魔杖のメンテ頼んできたところだ」

「ふーん、じゃあこの後暇ってことだよね?」


 セタールがキラッと目を光らせる。よからぬことを思いついた顔だ。


「昼ごはん、もう食べた?」

「まだだな」

「じゃあ決まり! ケントの奢りね!」

「早速履行か」


 セタールに腕を引っ張られ、俺は新しくできたという屋台へ連れていかれた。

 屋台は市場の中にあった。売られているのはパイ料理でスパイスと肉の香りが食欲をそそる。携帯食としてのハンドパイらしい。

 スパイスは昔はてんで見なかったが、最近はこうして庶民の手が届くところでも見かけるようになった。この調子で料理の質をもっと上げてほしいものだ。


「ほれ、味わって食えよ」

「ありがとー。うん、いい匂いだね!」


 見た目は悪くない。匂いも悪くない。肝心の味はどうだろうか。


(……あっま。なんだこりゃ)


 ヤギっぽい肉に丁度いいくらいのスパイスが混じっているのはいいが、砂糖なのかドライフルーツなのかはっきりとした甘さが同居している。スパイスと甘味が殴り合っているが、仲裁役はいない。

 この世界の料理は、前世の日本と比べると味付けが極端だ。塩か香草か、あるいは甘味か。繊細なバランスというものが存在しない。時代的に仕方ないとはいえこれはひどい。


「美味しい! 甘さとしょっぱさが絶妙にマッチしてるね。ってケント、なんでそんな無表情なの? 美味しくない?」


(……カレーみたいなものだと思えばいけなくはないか?)


「複雑な味にびっくりしただけだ。普段はもっと単純な料理しか食べてないからな」

「確かに! 新しい味だよね。最先端ってやつ?」


 どうやらセタールは納得してくれたらしい。不味い時に美味しい演技をするのはなかなか難しく、こうやって言い訳をひねり出すのが俺の癖になっている。

 俺の前世の味覚のことなど説明できるはずもないので、これくらいがちょうどいい。


「新しいデザートのお店もあるんだけど」

「パイだけじゃ食い足りないのか」

「これは応援の分。デザートは背負ってあげた分ね」

「へいへい」


 乗り切ったかと思えばもう一軒、やはり甘いものは別腹らしい。

 結局デザートは一軒では終わらず、セタールが気になったものを片っ端から試すことになった。

 

 果汁に絞った乳を混ぜて泡立たせた生クリームみたいなやつ。これはシンプルで悪くない。

 

 花を蒸留した水はまずい、というか匂いが芳香剤みたいで受け付けないしデザート? って感じだ。

 

 リンゴをはちみつで煮たやつ。これは当たりだ。どろりとしたリンゴにはちみつの甘さが混じって食べやすい。

 もしかしたら、料理に比べてデザートは当たり率が高いのかもしれない。


「今日は珍しく美味しそうな顔してるね」


 セタールがひょこっと下から覗き込んでくる。


「そうか? いつものことだろ」

「いつもはもっとしかめ面して食べてるじゃん」


 酒場で食べる料理は味の濃さとか処理しきれていない臭みを我慢しながら食べているからしかめ面になっているのだろうか。セタールはよく見ている、気をつけないと。


 ようやく食事を終えた俺たちは、腹ごなしに街の露店をぶらぶらと見て回った。アクセサリー、薬草、干し肉、怪しい壺……この街の露店は、見ているだけでも飽きない。


「ケント見て! このブローチ可愛くない!?」

「どれどれ」


 セタールが指さす先には、花を模したブローチ。素材は合金のはずだが、それを感じさせない綺麗な仕上がりだ。


「これルキッドに買ってあげよっか。落ちちゃったけど、試験のお疲れ様記念で」

「……ルキッドに? あいつが花柄なんてつけるか?」

「割と可愛い系好きだと思うんだけど。露店見てる時にこういうもの見ると視線が釘付けになってるし」

「マジかよ。知りたくなかった情報だ」


 ムキムキの短髪で寡黙なルキッドが、可愛い系が好きという事実が受け入れられない。……今度会ったら、さりげなく確認してみるか。

 そもそもセタールはよくそんなこと知っているな。俺は全く気がついていなかった。


「じゃあ次はケントの分ね」

「俺はいいよ。変なのもらっても困るし」


 ちゃちゃっとブローチを買ったセタールは、妙に張り切っている。俺たちを言い訳にして買い物を楽しんでいるみたいだ。


「おっ、魔杖売ってるよ!」

「魔杖ー? 露店でそんなの売ってるのか」


 セタールが指さした先には、木製の棒がずらりと並んだ露店があった。おいおい、武器をこんなところで売っていいのか、絶対に許可もらってないだろ。


「……これ、全部イミテーションか」


 よく見ると、有名どころの魔杖ばかり置いてある。おとぎ話に出てくる魔術師が使っていたとされる魔杖や、有名ブランドの魔杖、これが全て本物ならとんでもない額になる。


「えー、でも見た目は本物っぽいよ?」

「見た目だけだ。魔術は撃てない」

「それって意味あるの?」

「コレクションにはなるんだよ。本物を買い集めるわけにはいかないからな」


 言っているうちに、偽魔杖のよさに気がつく。偽物なら飾って伝説の魔術師になった気分でニヤニヤできるじゃないか。


「よし、セタール、俺はこれが欲しい!」

「急に乗り気になるじゃん。まあいいけど。どれがいいの?」

「もちろんこれだ」


 俺が手にしたのは、かつて魔王を単騎で倒したと言い伝えられている魔術師の魔杖。魔術を扱うものなら誰もが知っている有名人の使っていたものだ。


「じゃあ残念賞として、これあげる!」


 セタールが押し付けるようにして魔杖を渡してくる。手に伝わる魔杖の感触が伝わる。意外と重くて重量まで本物に似せているようだ。これはこれで武器として使えるかもしれない。


「ねえケント、次はどこ行く?」

「……魔杖が仕上がるまで、もう少し時間あるな」

「じゃあさ、あっちの市場行こ! 面白いものいっぱいあるよ!」


 セタールに引っ張られながら、俺たちは再び歩き出した。


(……こういう時間も悪くないな)


 魔杖の洗浄が終わるまでの束の間の休息。

 だが、こういう日常があるからこそ、冒険者の仕事も続けられるのかもしれない。

 普段はうんざりとする人混みだが、今日は喧騒の中にいるのに不思議と心が静かだった。

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