第十一話 魔杖もどき
ルロイド王国では冒険者の武器は登録制で、無許可での武器の所持・使用を禁止している。
カッパーランクでは武器は二つまでしか許可されておらず、俺はいつもの魔杖を一本とあまり使わない普通の棍棒を一本持っている。
ギルドとしては紛失した際に探しやすい、遺品が残りやすいなどと説明しているが、俺的には武器を持っているだけで戦力になるから内乱の火種にならないようにコントロールしているのだろうと推測している。
ここでいう武器というのは線引きが曖昧で、剣や槍、魔杖は勿論武器だが、解体用や料理用のナイフは武器ではない。一方で投げナイフは武器である。棍棒は武器であるが、獲物や荷物を吊るすための天秤棒は武器ではない。
あまりに厳格にすると任務が滞ってしまうからだろう。まあ、この線引きのせいで「これは武器か? 道具か?」と受付が揉めるのは日常茶飯事だから、ギルドの業務には多少支障をきたしている気がするが。
さて、ここで問題です。このセタールに買ってもらった魔杖みたいな棒は武器でしょうか。
「まあ、武器だろうな」
ルキッドがじっくりと棒を観察してから言った。
ちなみに、セタールはルキッド用にブローチも買っていたが、その行方は今のところわからないし聞く勇気もない。
「だよなぁ。シャレオツなアクセサリーとして通ったらと思ったんだけど」
「もう少し小さかったらな」
「でも小さいと威力が弱くなるし。今でさえそこまで攻撃力なさそうな棒だぜ? これ」
魔杖もどきを武器にできないものか、ルキッドに相談していたのだった。見た目のロマンが溢れたイミテーション、武器として使えたら儲けものくらいだが。
「これを棍棒と使えるように強化できないか? 見た目はそのままで」
「……なるほど」
魔杖もどきを受け取ったルキッドは、一見すると気難しそうな顔をしていたが、その目はどこか嬉しそうに光っていた。ルキッドは無口で職人気質だが、こういう工作が好きだから割と前向きなようだ。
ルキッドは重さやバランスを確かめるように魔杖もどきを振る。
「素材は悪くない。芯がしっかりしてる。ただ、このままだと衝撃に弱い。強化するなら外部にコーティングをして内部に補強材を入れる必要があるな」
「見た目は変えずに?」
「変えずに」
ルキッドはニヤリと笑った。工作関連のこととなると普段より饒舌になるオタクのような面がある男だ。
「……面白い仕事になりそうだ」
その表情は、まるで子供が新しい玩具を手に入れた時のようだった。
「ただし、ケント」
「ん?」
「これを武器として登録するなら、棍棒扱いになる。魔杖としては登録できないぞ」
「わかってる。魔術は使えないしな」
「それと……」
ルキッドは棒を軽く叩きながら続けた。
「他の人には魔杖だと誤解される可能性がある。その辺は大丈夫なのか」
「大丈夫だろう。俺が魔術を使えないなら問題だけど」
「そうか、それならいい」
魔杖もどきをブラフとしても使う、それはそれで面白そうだな。魔物相手には通用しないだろうけど。
「案は浮かぶが、俺だけでは難しいかも知れないからスミサさんに相談してみる。預かってもいいか?」
「頼むわ。急ぎじゃないから片手間にやってくれ」
(……完全に楽しんでるな)
数日後、ルキッドの工場を訪れると、ルキッドは作業台の前で腕を組んでいた。魔杖もどきは分解され、内部の木材が露わになっている。
ちゃんと分解できる構造になっているとは、細部までこだわったイミテーションだな。
「お、来たか」
「どうだ? いけそうか?」
「いける……はずだ」
ルキッドは淡々と言いながら、動物の骨を見せてくる。
「それを使うのか?」
「ああ、最近フラッピースネークの素材が入荷できたみたいでな。その端材をスミサさんが使っていいと言ってくれた」
「アイツの骨かよ」
こんな形で巡り合うとは、変な巡りあわせだ。
「こいつの骨は靭性があるから補強材として優秀だ」
「なるほどなぁ」
フラッピースネークと戦うのに必死で、倒した後の素材の行方は気にしていなかった。しっかり市場に出ていたんだな。
「それからこいつを外部に塗る」
「これは、樹脂か」
「ああ」
ルキッドの脇には琥珀色のべっこう飴のような塊が鎮座している。樹脂といってもプラスチックではなく文字通り樹からとれる油、天然樹脂というやつだ。
針葉樹のようなスーッと鼻にくる匂いを放っている。
「こいつを加熱して溶けた液体を塗り込むと、割れや腐食に強くなる」
「コーティング剤ってことか」
こういうものづくりの現場を見るのは技術や工夫の積み重なりが伺えて面白い。
しかし、なんだかしっかり武器の補強をしているな。
「この方向性でいくが、いいか?」
「頼むわ」
ルキッドは渋く響く声で確認したが、目の奥がらんらんとしていた。
更に数日後、再びルキッドのいる工場へと向かった俺を出迎えたのは、ピカピカの魔杖もどきだった。
「もう完成したのか」
「ああ、作業自体は単純だったからな」
見た目は完全に魔杖。握ってみると、重心がしっかりしていて棍棒としてのバランスが良い。
まだコーティングしたてだからか、森のような匂いがしている。
「振ってみろ」
言われるままに軽く素振りをする。
――スッ。空気を切る音が明らかに鋭い。
「おお……! なんか強そう!」
「強い。殴れば普通に武器だ」
ルキッドは満足げに頷いた。一仕事を終えたものだけができる表情だ。
「あんまり変な仕事もってくるんじゃないよ」
しばらく魔杖もどきの出来を確認していたところに、親方であるスミサさんが顔を出す。
いつも通り適当に束ねただけのグレーヘアと使い込まれたエプロン姿だ。
「すみません、まさかここまでの出来になるなんて思ってなくて」
スミサさんは俺の言葉を気に留めることもせずにさっと魔杖もどきを手にして感触を確かめる。
「芯が甘いね、それに重心が前に寄ってるよ」
「そうですか? 俺にはわかりませんでした」
「これくらいやってれば誰でもわかるようになるさ」
長年の経験が積み重なった職人の技というやつか。この人の技術は、ある意味で俺のチートを超えている。
「ルキッドはまだまだひよっこなんだから、余計なことさせないでほしいね」
それだけ言うと、スミサさんはすぐに退出した。作業に戻ったのだろう、職人としてもまだ現役だからな。
作業台の端にはスミサさんが置いていったと思しき追加の工具が並んでいた。
「……あんな言い方をしたが、素材の選定や強化方法のアドバイスをくれた」
「ツンデレかよ。年増のツンデレはわかりづらいって」
兼業冒険者を雇ってくれる親方だ、悪い人ではないのは確かなのだが、なかなかわかりにくい性格をしているのがスミサさんだ。
ルキッドはルキッドであまり喋らないから誤解を生むことが多々あるが、二人は果たして普段どういうコミュニケーションをとっているのか。
「それじゃあ、コイツを登録してくるわ。ありがとな」
「これくらいなら容易い」
魔杖もどきを抱えて工場を後にする。新しい武器というのはいつだって気分を高揚させる、自然とギルドへ向かう足取りも軽くなった。
「ケントさん、それ……魔杖ですか?」
「いや、魔杖みたいな棍棒です。魔術は使えません」
受付嬢のミルダさんが、俺の持つ魔杖もどきを見て首をかしげる。
「えっと……武器登録ですか?」
「はい。棍棒扱いで登録したいです」
ミルダさんは棒を手に取り、じっくり観察する。コーティングの樹脂の匂いがきつかったのか、観察のために近づけた顔をすぐに離した。
「……見た目は完全に魔杖ですね」
「中身は棍棒です」
「うーん……」
ミルダさんは困ったように眉を寄せた。この後の書類手続きの流れが頭をよぎっているのだろうか。童顔で悩む姿は少し面白い。
「魔杖として登録するには検査が必要ですけど、棍棒として登録したらもう変更はできませんよ?」
「いいですよ。武器として使えればそれでいいんで」
「……では、棍棒として登録しますね。今登録している棍棒を登録解除するので預からせていただきますね」
「どうぞ」
新旧の打撃武器をミルダさんに手渡す。それなりの重さだが、ミルダさんは重そうな素振りも見せずに持って手受付の奥へ引っ込む。
ただの棍棒を登録申請するのにもそれなりのお役所仕事が必要で、これが魔杖だと一日では終わらないからそう易々と魔杖の乗り換えはできない。果たしてこの武器の場合はどうなるのか。
奥から戻って来たミルダさんは書類に記入しながら、ぽつりと呟いた。
「ケントさんって……なんというか……変わってますよね」
「よく言われます」
「褒めてませんよ?」
「知ってます」
ミルダさんは苦笑しながら登録証を渡してくれた。
「はい、これで正式に棍棒として登録されました。……魔杖にしか見えませんけど」
「ありがとうございます」
「前の棍棒の方はどうしますか? こちらで買い取りもできますが」
「買取でお願いします」
ミルダさんは慣れた手つきで書類をまとめながら、ちらりと魔杖もどきを見て小さく笑った。
こうして無事に武器の登録と僅かな銅を手に入れたのだった。
また別の日、ルキッドと共にギルド裏の訓練場へ向かった。訓練用の木造が並んでいる。
「じゃあ、試してみるぞ」
「おう」
魔杖もどきを構え、木造に向かって軽く振り下ろした。
バキッ。ダミーの頭部が、綺麗に割れた。
「……え?」
「……ほう」
俺とルキッドは同時に固まった。
「これ使えるな、普通の棍棒と遜色ないかもしれん」
「……強いな」
ルキッドが舌を巻いている。製作者の予想を超えた強さだったらしい。
「武器の方に傷はないか?」
「どれどれ」
こういう打撃武器は攻撃力が高くても、武器自身もダメージが受けて自壊してしまうことがある。
魔杖もどきをじっくり観察するが、傷や割れは見当たらない。
「内部のフラッピースネークの骨が衝撃を吸収できているな」
「すげぇな蛇の骨って」
改めて魔杖もどきをしげしげと見る。
これなら普通に戦える。殴れる魔杖というロマン溢れる武器が完成してしまった。
俺のメインは魔術だから、サブの武器はこういう気分が上がるものの方がいい。
「よし、これからはこいつが相棒だな」
「……大事に使ってくれ」
手に馴染む重みが、妙に心強かった。これからの戦いが、少しだけ楽しみになる。
これにて第一章は終わりです。
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