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魔術師未満  作者: 大日小月
第四章 祭りに集うもの

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第四十九話 折れた心

 魔杖が砕けた瞬間、世界が一拍遅れて揺れたように感じた。

 耳鳴りがする。

 破片が地面に散らばり、光を反射してきらりと光った。


 終わった。

 魔術師としての自分を支えていた柱が、音を立てて崩れた気がした。


 そう思ったのは一瞬だけだった。

 体が勝手に動いた。リカさんとの訓練で叩き込まれた回避行動が、思考より先に体を走らせる。


 地面を蹴り、横へ跳ぶ。

 キトラの異様に長い腕が、さっきまで俺がいた場所を薙いだ。


「せ、先生の魔杖が!」


 ロピの悲鳴が聞こえる。


「これがあるから」


 無意識に懐へ手を伸ばしていた手が、それを掴んでいた。


「そ、それって……!」


 俺のもう一つの相棒。

 セタールに買ってもらい、ルキッドに改造してもらった魔杖もどきだ。

 見かけ倒しではあるが、今はこれが命綱だ。


「存外、動けるものだな」


 キトラが追撃しようと踏み込んできた。

 それに合わせて魔杖もどきを構える。


 衝撃に備えて踏ん張ろうと気を張っていたが、急にキトラの動きが止まった。


「それは……【ヴルドゥルイェルド】!」


 キトラの表情は驚愕に満ちていた。

 足が地面を抉ったまま、ぴたりと硬直している。


「まさか、まだあのクソ野郎の魔杖が現存していたとは」

「【ヴルドゥルイェルド】って言えば、あのオレフの……?」


 マルトーも困惑している様子だ。

 伝説の魔術師オレフはすでに歴史上の人物だが、こいつらは実際に会ったことがあるような言い方をしている。

 魔族というのはそこまで寿命が長いのか。


 だが、今は好都合だ。

 魔族にとって災厄と呼ばれた魔術師オレフ。

 彼の名は勿論のこと、彼が使っていた魔杖【ヴルドゥルイェルド】も魔族にも知られているらしい。


 キトラは追撃をやめ、間合いを空けた。

 腕をゆっくりと下ろし、俺を警戒するように睨む。


「人間……その杖をどこで手に入れた」

「答える義理はないだろ」


 キトラの体が怒りを滲ませるようにぎしりと軋む。


「オレフの魔杖は我ら魔族にとって災厄の象徴だ。それを持つ者は……」


 そこで言葉を切り、俺を睨みつけた。


「――殺すべき敵だ」


 恐怖心を無理やり押し殺しているのか、キトラの纏う雰囲気が変わった。


「ケント、お逃げになって!」


 シクロの悲痛な声が聞こえる。


「ケント、魔杖もどきで戦えるのか?」

「……わからん。でも、やるしかない」


 魔杖もどきを握る手に力を込める。


 キトラは距離を取ったまま、俺を観察している。

 その視線は、まるで獣が未知の獲物を見極めるようだった。


「ふん……」


 その時、マルトーが鼻で笑った。


「偽物だよ、それ」


 バレたのか、カマかけか。


「魔力の流れが通るようになっていない。構造が違うんだ。それは、似せて作っただけの代物だ」


 図星だった。


 マルトーは指先で空気をなぞるようにして、こちらを指差す。


「それはね、ただの形だけ。後の世代が作ったかわいそうな玩具だよ」


 その言葉は、刃物より鋭く胸に刺さった。

 だが、動揺を見せないように無表情を貫く。


「偽物だと……。よくも俺をコケにしやがったな!」


 しかし、俺の表情などお構いなしにキトラがわめきちらす。


「最後の手札、空振りだったねぇ」


 マルトーの馬鹿にした口調が復活している。


 魔杖は砕けた。

 魔杖もどきは見抜かれた。


 心の奥で、何かがぽきりと折れたような気がした。

 魔術師としての自信も、仲間を守れるという誇りも、すべてが崩れ落ちていく。


 キトラとマルトーの視線が、冷たく俺を値踏みする。


「どうした? もう終わりか、人間」


 森の空気が重く沈む。


 今まで散々ピンチを切り抜けてきた。何か手はないか、必死に探す。

 だが今回はどうしようもない。もう駄目か。

 魔杖もどきを握りしめたまま、ただ立ち尽くすしかないのか。


 そう思った瞬間――。


 ――バチィッ!!


 鋭い音が森に響いた。


 空気を切り裂くように、一本の魔杖が放物線を描いて飛んでくる。


 俺の近くへ、正確に飛び込んできた。

 この白い立派な魔杖は……。


「ネリ!」


 振り返ると、クロスボウを持ったネリが肩で息をしていた。頬には汗が流れ、目は必死に俺を追っている。


「それを使いなさい!」


 ネリの声は力強く、頼もしかった。

 祭りの会場で展示されていたあのクロスボウを使ったのか。機転の利くことだ。


「あなたが折れるわけないでしょう!」


 その言葉が、胸の奥に熱を灯した。


 飛んできた魔杖をしっかりと掴む。

 初めて持つのに手に馴染む感触。……これなら戦える。


「こざかしい真似を、何度やっても同じことだ!」


 キトラが怒りに満ちた声を上げる。

 再び妨害しようと迫りくる。


「【火よ、滾る熱で、刳り穿て――火槍!】」


 そこにイミドの【火槍】が割り込む。


「二度もやらせるか!」


 イミドが素早く俺の前に駆けつけた。


「ケント、任せたぞ!」

「ああ、わかってるさ」


 仲間が俺の魔術を通すために動いている。

 その事実が、折れかけた心を強く支えた。


 魔杖を握り直し、魔力を流し込む。


 今までに見せたことない四属性を同時に流し込む。

 魔力が渦を巻き、杖の先端が光を帯びる。


「邪魔をするな人間!!」


 キトラが叫んでいる。


「どこまでやれるか、見せてもらおうじゃないか」


 マルトーが後退しながら余裕な態度を貫いている。


「【水は沸き、火は爆ぜ、風は押し、空は開き――天へと衝け――蒸炎天衝!】」


 魔杖の先端から、蒸気と炎が混ざり合った奔流が放たれた。風がそれを押し上げ、空の魔力が軌道を開く。


「ぐっ……!」


 キトラが腕を交差させて防御するが、ジリジリと体を焼きながら奔流は突き進む。


「嘘……でしょ……!?」


 蒸炎の奔流はとどまることを知らずに、驚愕の声を上げたマルトーも巻き込んで遥か彼方へと消えていった。


 しばらくしてから蒸炎の奔流が消え、森に静寂が戻った。

 焦げた土の匂いが漂い、白い蒸気がゆっくりと空へ昇っていく。

 ようやく張り詰めていた空気がほどけた。


「……やったのか」


 魔杖を握ったまま、深く息を吐いた。


「ああ、そうだな」


 イミドも力抜けたのか、放心したように遠くを見つめている。


「どうやら、乗り切れたようですわね」

「い、生きてる……」


 シクロとロピがゆっくりとした足取りでこちらに歩いてくる。

 自然と俺を囲むように四人が集まっていた。


「ケント! 大丈夫!?」


 そこに別の声がする。

 声のする方向に顔を向けると、セタールとルキッドが駆け寄ってくるのが見えた。


「何とかな。全く、生きた心地がしなかったぜ」


 本当は今にでも倒れこみそうだったが、仲間の顔を見るとそれだけで元気が出た。

 セタールが大げさに安堵の息を吐き、ルキッドは無言で頷いている。

 そして、窮地を救ってくれたネリも合流する。


「間に合ってよかった……」

「ネリも助かったわ。弓使いとしてもやっていけるんじゃないか」

「……ばか、こっちは本当に心配したのよ」


 その目には涙が浮かんでいた。


「ケントはすぐ無茶するからね」

「……それは問題ね。監視が必要かしら」

「勘弁してくれ」


 小さく笑いが起きる。

 体中が痛むが、妙に心地よかった。


 まだ震えは残っている。それでも、仲間がいればまた立てる。

 戦いは終わったが、物語はまだ続く。


 深く息を吸い、少しだけ空を見上げた。

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