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魔術師未満  作者: 大日小月
第四章 祭りに集うもの

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第四十八話 練習の成果

「状況は!?」


 駆け込みながら叫ぶと、シクロが振り返った。

 その顔はいつになく強張っている。


「魔術が効きませんの!」


 焦りを隠しきれない声。普段の優雅さは影も形もない。


 視線の先には――二体の魔族。


「おいおい、増援が来ちまったじゃないか、キトラよ」


 一体は黄色い肌に、ねじれた二本の黒い角。

 暗いタイトな衣装には金色の装飾が散りばめられ、悪趣味なほどギラギラしている。

 緊張感漂う森の中で、舞台の主役のように堂々と立っていた。


「ふん。二匹増えたところで変わらんさ」


 もう一体は赤黒い外骨格の鎧を纏ったような魔族。

 髪は白く、硬質なストレートヘアが背中まで伸びている。

 その姿は人型でありながら、どこか昆虫めいた不気味さを漂わせていた。

 こちらも金色の装飾が散りばめられた黒いコートを着ている。


「そういう問題じゃないんだけど? 後処理のことも考えろって話」


 角の女魔族は肩をすくめ、こちらをちらりと見る。

 その余裕な視線には、敵意よりも退屈しのぎといったニュアンスを感じた。


「お前が神経質すぎるだけだ、マルトー」


 キトラと呼ばれた男魔族が吐き捨てるように言う。


 マルトーとキトラか。とりあえず名前は覚えた。

 

 どう切り込もうかと考えていると、傍らのイミドが魔杖を構えていた。


「【火よ、滾る熱で、刳り穿て――火槍!】」


 炎の槍が一直線にマルトーへ飛ぶ。

 だが、相手は避ける素振りすら見せない。直撃した瞬間、炎は霧のように消えた。


「ほう。先ほどの人間もそうだったが、魔力阻害の影響下でも魔術を使えるのか」


 マルトーが値踏みするようにイミドを見る。

 二本の黒い角が、彼女の異様さをさらに際立たせていた。


「魔術が消えた!?」

「わたくしの時と同じですわ!」


 イミドの驚愕にシクロが答える。


 やけに不自然な消え方だった。魔術で相殺したわけではない、何か別の力が働いているような感じだった。

 相手は魔術を発動したようには見えなかった。装備や魔道具でかき消されたのか。


 魔族の衣装に目を凝らす。

 あの黒いコートの金色の装飾はただの飾りじゃないのか。


 考える時間も惜しい、とりあえず試してみるか。


「【水は走り、識は狙い、影を捉える。逃れ得ぬ刃よ、敵を切れ――追水刃!】」


 追跡効果のついた水刃がキトラに命中する。

 今度はしっかりと当たった。


「おっと、油断して避けるのも忘れてた」


 だが、ダメージは浅いのか、全く怯んでいない。

 水刃が触れた瞬間、魔力が吸い込まれるような感覚があった。


「このコートが魔力を吸収していると早くも気づいたのか」


 キトラが口角を上げる。


「ああ、魔術の消え方が不自然だったからな。そういう装備か体質なんだろうと目星がついた」

「下等生物とはいえ最低限の知能は持ち合わせているようだな。その通り、このコートには魔力を吸収する特殊な鉱石を編み込んだ。最も、一つの属性しか吸収できないから、先ほどのように二属性以上の魔術は通してしまうのだが」


 生徒に教える教師のように、幾分か口調が和らいでいる。あくまで自分が優位だと思っているのだろう。


 その態度が気に食わないのか、マルトーが怒鳴りつける。


「おい、わざわざネタバラシするなよ!」

「いずれバレていたことだ。それに、わかっていても対処はできまい」


 キトラは愉快そうに笑う。

 外骨格の鎧が、ぎしりと音を立てた。


 魔力吸収による属性限定、つまり、単属性の魔術は全部吸われるってことだ。

 

「厄介だな……」


 イミドが小さく舌打ちした。


 シクロはロピを庇いながら後退し、ロピは震える手で詠唱の準備をしている。


 そして、魔族はまだ本気を出していない。

 状況は最悪だ。


「さて、人間ども。どこまで楽しませてくれる?」


 マルトーが指先をくいっと動かすと、金色の装飾が淡く光った。

 魔力が吸われるような、嫌な圧が空気に満ちる。


 キトラとマルトーは、こちらが魔術を撃つ気配を見せるだけですぐに魔力を乱すような気配を放ってくる。

 空気がざらつき、魔力の流れが歪む。詠唱のリズムが狂わされる。


「ロピ、単属性は吸われますわ! 撃ってはダメですの!」

「は、はいっ……!」


 ロピは魔杖を握りしめたまま震えている。

 単属性しか使えない彼女では、魔族のコートに吸われてしまい逆に隙を晒すだけだ。


「シクロは二属性まで使えたな?」

「二属性までなら可能ですけれど、まだ練度が足りませんの」


 シクロは魔杖を構えながら、歯噛みする。

 魔力障害によるブランクはまだ埋まっていない。


「イミドは?」

「複合魔術はまだ練習中だ。使えるには使えるが、安定しない」


 その言葉には悔しさが滲んでいた。

 イミドの才能は目を見張るものがあるが、まだ完成しきっていない。

 今のようにミスが命取りになる場面では頼りにできないだろう。


「とりあえずギルドに報告が必要か。ここは俺たちが持ちこたえる。アルド、任せたぞ!」

「……はっ!」


 イミドの命令に護衛が一瞬ためらってから従った。


 さて、持ちこたえるとは言うが、複合魔術を使えるのは実質俺一人だ。

 ここはなりふり構わず本当の実力を発揮する場面だが、もう一つ考えが浮かんだ。


「四人で一斉に狙うぞ!」


 俺が叫ぶと、三人が頷いた。


 ロピは【風】シクロは【空】イミドは【火】、そして俺が【水】の魔術とそれぞれ異なる属性の魔術で同時に攻撃すれば、吸収しきれないという考えだ。

 

「【水よ、鋭く走り……」

「甘いね!」


 マルトーが腕を振り上げた。

 それだけで魔力の波動が走り、空気が揺れて衝撃が伝わる。


「くっ……!」


 ダメージ自体は少ないが、詠唱が途切れてしまった。

 今の攻撃は一体何だ。


「詠唱なしに魔術が使えるなんて……!」


 同じことを思ったのか、シクロが魔杖をわなわなと振るわせる。


「詠唱しなきゃ魔術を使えないって本当だったのか。なんと哀れな種族だこと」


 全く感情のこもっていない声で見下している。


「時間差で攻撃するぞ! 俺とイミドが先に発動する!」


 全員同時だと一つの魔術で妨害されてしまう。

 相手の狙いを分散させるべきだ。

 だが——。


「カバーしきれん!」


 キトラの魔力の圧は強烈だ。

 二人の防御だけでは、全員の詠唱を守り切れない。


 ここは最終手段しかないか。


「俺一人で攻撃する! 三人で防御してくれ!」

「一人でいけるのか!?」


 イミドが驚いたように目を見開く。


「任せとけ!」


 相手の防御力を考えると、三属性では足りなさそうだ。ここは四属性複合の魔術攻撃することにする。

 四属性の魔力を練り上げる。人前では初めて見せるがソロ任務では何度もやった魔術、落ち着けば失敗はしないはず。


 「【水は沸き、火は爆ぜ、風は押し……」


 相手は俺の詠唱を警戒しているが、イミドたちが詠唱せずに構えているのを見てどう動くか決めあぐねているようだ。


「【空は開き、天へと衝け、蒸炎……」

「させるかよ、人間!」


 あと少し、あとほんの少しで魔術が完成する、その間際に視界の端にキトラが地を蹴ったのが見えた。

 赤黒い外骨格が光り、一直線に俺へ向かってくる。


「ケントさん!!」


 ロピの悲鳴が聞こえた。

 想定以上の速さできた攻撃に、思わず詠唱を止めて魔杖を前に突き出して迫る腕を受け止めた。


 ――ガキィン!!


 魔杖が悲鳴を上げるような音を立てた。


「っ……!」


 衝撃が腕を貫く。


「あっ……」


 魔杖が砕けた。


 乾いた破砕音が森に響き、魔杖の破片が地面に散らばる。


「ケント!!」


 イミドの叫び声が虚しく響く。


 魔力の支えを失った魔術は、霧のように消えた。


「魔術に魔術で対抗しなきゃいけない決まりなんてないんだよ」


 キトラは愉快そうに笑っている。


「残念だったねぇ。あと少しだったのに」


 マルトーが侮蔑の視線を向けてくる。


 戦力はさらに一人減った。

 魔杖を失った俺は魔術を使えない。


 状況はより悪い方へと傾き始めていた。


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