第四十七話 パトロール
翌日、『真紅の鴉』の四人で顔を突き合わせて朝飯を食べていた。
いつもならすぐに新都への帰路に向かうところだが、今回は祭り期間中ということで滞在日数が多い。そのため、ゆっくりと食事にありつくことができていた。
薪割りの筋肉痛が残るが、優雅な朝の時間の前では霞んでしまう。
「うぅ、腕が上がらない……」
同じく筋肉痛なのか、セタールがスプーンを落としそうになっていた。
「昨日は張り切りすぎたんじゃないか?」
「だって、勝ちたかったんだもん!」
ルキッドは無表情のまま肩を回しているし、ネリは昨日の夜こっそり薪割りの練習をしていた。
しばらくパーティ内で薪割りの余韻が残りそうだ。
そんな和やかな朝の空気を破ったのは、場違いなほど澄んだ声だった。
「やあケント、奇遇だな」
朝日のように眩しい銀髪、イミドだ。まるで後光でも差しているかのようで、他の客が思わず二度見している。
ああ、と返答しかけたところで言葉を飲み込む。
これはイミダートとして扱うべきか、イミドとして接するべきなのか。
「リーダーに話を持ってきたのだが」
「話?」
どうやらイミドモードのようだ。
「『空色の猫』でパトロール任務を受けようと思っているところなんだ」
「またなんで」
「知人から頼まれてな。人手が足りてないみたいだ」
「知人、ねえ」
知人というのはつまり貴族ということではないか。それは断れないじゃないか。
「いいけど、他の二人は来てるのか?」
「ああ、外で待機してもらっている」
「用意周到なこって」
奇遇でも何でもない、端から決まっていたことだった。
「そういうわけでケントを借りる、悪いな」
「いえ、お気をつけて」
半ば連行される形の俺をネリは涼しい顔で見送る。
セタールとルキッドはあまり関わりたくないのか、背景と同化していた。
「ごきげんよう、ケント。今日は絶好のパトロール日和ですわね」
宿の外に出ると、シクロは扇子をひらりと開き、優雅に一礼した。
「あ、おはよう、ございます」
その横にはロピがちょこんと立ち、緊張した面持ちでこちらを見上げている。
「勢ぞろいだな。三人は何で森都に来たんだ?」
旗振り役であろうイミドに視線を向ける。
「俺は付き合いがあるからだ。最低限、顔は見せておかないとな」
「顔繋ぎってことか」
イミドは面白くなさそうな表情だ。
貴族同士の面倒な付き合いがあるのだろう。
「わたくしは森都出身ですので、毎年祭りに参加していますのよ」
「そういやそうだったな」
「ケントも同郷だと聞いておりますわ」
「一応な。そんな感じはしないが」
シクロは前世含めて会ったことのないタイプの人間だ。同郷どころか、最も異世界を感じる人だ。
「ロピはどうなんだ?」
「わ、私はシクロさんに……」
「わたくしが誘いましたの! 折角同じパーティになったのですもの、友好を深めるいい機会ですわ」
ロピが言い淀んだところに、シクロがすかさず入り込む。
一々派手に動きをつけながら話していて、演劇の一幕のようだ。ようやく長続きしそうなパーティに入れて舞い上がっているのかもしれない。
「……あんまり振り回すなよ。『黄金の女豹』との兼ね合いもあるし」
「心得ておりますわ」
俺の小言には恭しい態度をとる。オンオフの切り替えはしっかりとできているから、今のところ大丈夫だろう。
「お互いの事情もわかったことだし、早速任務と行こうじゃないか!」
黙って待っていたイミドが宣言する。待ちきれないと言った様子だ。
シクロとは別の確度で舞い上がっている。……高揚感でトラブルを起こさなければいいが。
森都のギルドで受付を済ますと、腕章を渡された。
森都の紋章が刺繍された布製の腕章で、これをつけて巡回することで抑止効果も期待できるらしい。
「二手に分かれよう」
イミドの案により、俺とイミド、シクロとロピのペアで行動することになった。
さて、パトロールと言っても、特筆すべきことはない。
ひたすら会場をグルグルとルートに沿って歩き続ける。
通りには商人の呼び込みや木工品を加工する音が充満し、祭り特有の様々な臭いがする。
清涼感のある気品ある木の香り、森の中を思わせる土っぽい木の香り、香ばしくスモーキーな木の香り。……全部木の香りだった。
森都らしい祭り会場を、怪しい人はいないかとあちこち目を凝らして見るが、後方に一番気になるものがあった。
「誰か付いて来てるんだけど」
「護衛だ。気にするな」
「いや、気にするだろ」
貴族の跡取り息子には護衛が付くらしい。
護衛するならするで堂々とすればいいのに、何故だか数歩離れて隠れるようにしている。そのせいで、追跡されている気分だ。
一応周りに合わせるためか、冒険者の恰好をしているのが幸いだった。
パトロールと尾行の混ざった、傍から見れば一番怪しいのはお前らだと言われてもおかしくない、奇妙な隊列で警邏する。
目立っているのか、イミドが通るだけで酔っ払いが道を開け、押し売りの商人が声を潜める。
パトロールというより視察のようだ。
しばらく巡回していると、見覚えのある緑色の修道服が目に入った。
「よう、ウィータじゃねーか」
「やあ。祭りにくるなんて珍しいね」
ウィータは教会の子どもたちを引率していた。
「ケントだ!」と駆け寄りかけたが、イミドの姿を見た瞬間、ぴたりと足を止めた。
「ちょっと仕事でな。今はパトロール中」
「そういうこと。……ところで、そちらの方は?」
ウィータの声は遠慮気味だった。
イミドの雰囲気に委縮しているのかもしれない。ただでさえ目立つ銀髪なのに、それに加えて上質な服と伸びた背筋が上級国民だというのをこれでもかと醸し出しているからな。
後ろの子どもたちも静かに待っている。俺一人なら舐めた口をきいてくるというのに。
「冒険者仲間だよ。『真紅の鴉』とは別のな」
「ふーん。ユニークな人脈を築いてるんだね」
ウィータの目線が俺の後方に一瞬向けられる。
変な人思われてはいないだろうか、心配だ。
「何だか、遠い人になっちゃったなぁ」
俺の心配は杞憂だったようで、ウィータは追憶にふけるように目を細めた。
「そんなことないだろ。未だにカッパーランクだぜ?」
「ううん、ケントは凄い人だよ」
ウィータが言うのならそうなのだろうか。
その切なさを含んだ顔に、返す言葉を見つけられなかった。
「パトロール頑張ってね」
ウィータは小さく手を挙げて、子どもたちとともに去っていった。
ウィータの背中が見えなくなると、黙っていたイミドがふと口を開いた。
「そういえば、ケントは教会出身だったな」
「そうだけど、話したっけ?」
「ちょっと調べたことがあってな」
身辺調査でもされたのだろうか。
「……努力してきたんだな」
その言葉は俺ではないどこか別の場所に向けられているようだった。
俺たちが貴族を見て思うところがあるように、イミドたちも庶民に対して考えることがあるのだろう。
しばし、沈黙が訪れる。ただ、歩調を合わせる。
故郷に来ているのだから当然なのだが、今日はやたらとノスタルジックな気分になる日だ。
秋という季節もそれを助長しているのだろう。
太陽が真上に差し掛かり、そろそろ昼時だなと考えていると、後方から駆け足が近づいてきた。
「イミド様!」
駆け込んできたのは、シクロ組に付いていた護衛だった。
さっきまでの緩やかな雰囲気が霧散し、鋭い刃のような緊張が走った。
「巡回中に怪しい二人組を見つけて尾行したのですが、逆に森へ誘い込まれてしまいまして……」
「何?」
イミドの声は低く、短く、冷たい。
「シクロたちは?」
「応戦中かと……!」
「行くぞ、ケント!」
「了解!」
俺たちは森へと駆け出した。
祭りの喧騒が遠ざかり、森の静けさが迫ってくる。
折れた枝、踏み荒らされた草。
戦闘の痕跡がはっきりと残っていた。
開けた場所に飛び込んだ俺たちの目に映ったのは、魔杖を構えるシクロとロピ。
腕を負傷して倒れ込む護衛。
そして――魔族が二体。
森の薄暗がりの中で、赤い瞳がぎらりと光った。




