第四十六話 森の中の祭り
色々あった夏も終わり、季節はすっかり秋。
暑さを耐えて労働した成果が収穫物として表れるこの時期は、各地で収穫を祝う祭りが開かれる。
厳しい冬が来る前、束の間の休息期間だ。
それは森都でも同様で、大通りには露店や屋台が並んで大きな声で客引きをしている。
特徴的なのはその商品だ。
斧や鋸は勿論、楔やロープに運搬用のソリ、名前も用途もわからないものから、各種手入れ用品と実にたくさんの林業用具が売っている。
風に乗って木の香りが漂うこの場は、祭りというよりは展示会といった方が正しいのかもしれない。
「食べ物の屋台はあるの?」
そんな一部の人には垂涎の光景だが、セタールは食が気になるようだ。
「それなら広場の方にあるよ。枝切りとか彫刻の競技があるから、飲食系は観戦者狙いでそっちに構えているのさ」
「そうなんだ! 楽しみだなー!」
円形の帽子を被ったボーダさんが丁寧に答える。
今日はボーダさんの護衛として森都にやってきたのだった。『真紅の鴉』を指名してくれる程度には関係が深まっている。
「僕は用事を済ますとするよ。何かあったら宿の方に伝言しておいてね」
「わかりました。それじゃあ」
慣れた足取りで去っていくボーダさんを見送る。
「とりあえず適当に見ていくとしますか」
「さんせー!」
いつもなら教会に寄るか翌日に備えて英気を養うかの二択だが、今日は祭り。四人で見て回ることにした。
「……材木か」
ルキッドが立ち止まったのは綺麗に切り揃えられた材木の売り場。
ぱっと見でわかるほど質がよく、種類も豊富だ。
「それを持って帰るのはキツいんじゃないか。木材よりはマシとはいえ」
「口惜しいが、その通りか」
名残惜しそうに露店を後にするルキッド。
ユリアの件以来、こういう感情表現をするようになってきた気がする。
今までは隠していたのだろうか。
「これ見て! キラキラしてて綺麗!」
今度はセタールが何か見つけたようだ。
「これは紙のやすりだよ。ガラスの破片が接着されているだろ? これで削るのさ」
店主が紙やすりを手に取ると、光を反射したガラス片が輝いている。
「……興味深い」
ルキッドは購入を検討しているのか、真剣に唸っている。唸り過ぎてどんどん首が傾いていく。
それもそのはず、価格が今日一日の働きと同じくらいだ。紙も接着剤も高いから仕方ない。
「……ここは我慢だ」
「いいのか? 新都じゃ売ってないかもしれないぞ」
「ユリアの顔がよぎった、買ったら後で言われそうだ」
「それは買わないで正解だな」
苦渋の決断といった様子のルキッド。
いずれ気兼ねなく買える日がくればいいと切に思う。
「こういうところに来ると、購買意欲が刺激されるわね」
「ほどほどにしとけよー。ネリはストレスを散財で発散させそうだから」
「そんなことしないわよ、……おそらく」
ネリもルキッドほどではないが露店の商品に関心を示している。
以前、俺の魔杖もどきに食いついてたことがあったから、道具への興味は人一倍なのは証明済みだ。
琴線に触れるものがあればすぐに買うだろう。
「セタールは何か興味ないのか? あそこにかっちょいいとか棍棒売ってるぞ」
セタールはキョロキョロ見てはいるが、二人と違って特定のものには執着していない様子だ。
「そういえば、セタールが武器に興味を示しているところを見たことないわね」
ネリも同意する。
「魔杖と違って直接叩くじゃん? 思い入れが強いと躊躇しちゃいそうだから、適当なのでいいんだよ」
「意外と考えてるんだ」
「何か失礼なこと言った?」
「いんや」
道具への向き合い方は人それぞれだが、セタールの口から聞くと意外性というか新鮮味がある。
普段は見せないようしているのか。
そろそろ俺の関心を引くものがないかと期待していると、通りも半分をすぎたところであるものを見つける。
「これはクロスボウか?」
弓を横向きにしたような武器が置いている。こういうものも売っているのか。
「気になるの?」
「遠距離攻撃できるのは魅力的じゃん。弓はとっくに諦めたけどこれなら俺でも使えるかもしれん」
魔術使いになった理由が、近接せずに安全圏でいられるからだったしな。
「それはロープを飛ばすためのやつだよ」
俺たちの問答を見ていた店主が答える。
「対岸や高い木にわざわざロープを渡すのは大変だろ? だからこいつで弓みたいに飛ばしてしまおうって寸法さ」
「なるほど、考えましたね」
もしかしたら前世で俺が生きていた時代には広く普及している代物なのかもしれないが、この世界では今が最新。歴史が変わるところを目撃しているのかもしれない。
「ってこれを売っていた商人が言っていた。使っているところが結構あるらしい」
「受け売りですか、てっきりおじさんが開発したのかと」
既に歴史は変わっていたようだ。
大通りの店をある程度見たが、これといったものは買わなかった。
「そろそろ広場に行こうよ」
「そうだな」
セタールの提案に従い、特設展示やイベントが行われている広場へと向かう。
「薪割り競争やってるよ!」
広場に着くやいなや、セタールが目ざとく発見した。
観客がぎっしりと集まり、屈強な男たちが薪を次々割る姿に歓声が上がっている。
「好記録を出したら……屋台で使える割引券がもらえるって! みんなでやろうよ!」
「俺は頭脳労働専門だからパス」
薪割りはスパスパと簡単そうに割っているように見えるが、かなりの重労働だ。
かつて散々やったから身に染みている。
「私も遠慮しとくわ」
ネリも俺に続くが、それを見たセタールが怪しく笑う。
「ふーん? ネリちゃん、自信がないんだ?」
「……なんですって?」
ネリの細い眉がピクリと動く。
「いいわ、やりましょう。四人で勝負よ」
「そうこなくっちゃ」
安い挑発にまんまと乗ってしまった。
「俺とルキッドはやるなんて言ってないぞ」
「あら、あなたは森都出身なのでしょう? 得意分野だと思うのだけれど」
ネリが浮かべた笑みには意地悪さが混じっている。
……これは見返してやらないとな。
結局全員参加することになった。
「制限時間五分で薪をいくら割れるかを競います!」
進行役の声が広場に通る。注意事項を読み上げ、斧の刃を確認して回る。
切り株をそのまま利用した薪割台が等間隔に並べられ、脇には薪が山積みになっている。
薪は競技用なのだろう、割りやすい細めの針葉樹だ。
「お嬢さん、大丈夫かい?」
ネリが台の前に立つと、周囲の男たちが心配そうに声をかけた。
「ご心配なく」
ネリは涼しい顔で答え、斧を軽く振って感触を確かめる。
腕っぷしに自信のある男たちが揃うなか、ネリが混じっているさまは正に紅一点だ。
「それでは、始めてください!」
号令ともに一斉に斧が振るわれる。
木が割れる音が連続して響き、広場の熱気が一気に高まった。
ネリはというと、スプーンより重いものを持ったことがなさそうな細腕で、一本一本ゆっくりだが確実に割っていく。
その姿に観客も活気づき、気を良くしたのかネリの動きは徐々に滑らかになっていく。
「ネリ選手は十本! 今日が初めての薪割りということですが、そうとは思えない見事なものでした!」
「まあまあかしら」
戻ってきたネリは謙遜しているが、頬がわずかに上気している。
「次は俺が行くか」
大事なのはできるだけ脱力してやることだ。
足を肩幅より少し広めに開いて、斧を振り下ろしたときに腕がちょうど伸び切る距離に薪がくるようにする。ゆっくりと振り上げて、インパクトの瞬間だけ力をこめるイメージだ。この時に膝を軽く曲げて重心を下げると更に効果大だ。
――スパーン!
乾いた音とともに薪が割れる。地味だが確実だ。
「ケント選手の結果は、二十本! 中々の記録です!」
記録は上回ったが、何故か盛り上がりに欠けている。
……華がなくて悪かったな。
「……やるじゃない」
ネリはこちらを見ずに言った。悔しかったのだろうか。
「意外にできるじゃん!」
「そりゃ子どものころからやってたからな」
「よーし、アタシも頑張るよー!」
腕をグルグル回して張り切るセタール。
子どもたちが声を張り上げて応援する。……俺の時にはなかった声だ。
「セタール選手、なんと三十本! 小柄ですがベテランに引けをとらない斧捌きでした!」
「マジかよ」
「へっへーん、どうよ!」
俺より一回りも小さいというのに、相変わらずどこにそんな力を蓄えているのか。
「嬢ちゃん凄いじゃないか!」
他の参加者たちも、負けた悔しさより驚きが勝ったようだ。
「そうでしょそうでしょー!」
すっかり気をよくしたのか、鼻高々なセタール。
だが、そんなセタールを静まり返らせる男がいた。
「ルキッド選手、驚異の五十本! これは優勝候補が現れました!」
「……意外とできるものだな」
一瞬にしてセタールの記録を上回ったが、落ち着き払っていた。
「嘘でしょー!?」
セタールの声が響き渡る。
フォームだけで言えば俺とネリの方が綺麗なはずだが、ルキッドは持ち前のパワーでそれを覆してしまった。
「私も鍛えようかしら」
「後衛は大人しく守られていようぜ」
「優勝は、薪割り名人として知られるバッカ選手、その記録は六十本だー!」
圧倒的なパワーを見せつけたルキッドだったが、流石に本職に勝てなかった。
「割引券はもらえずかー」
「しゃあない、ここは最下位のネリに奢ってもらうということで」
「……ちょっとだけならいいわよ」
「お、言ってみるもんだな」
まだ負けを引きずっているのか、ネリの表情はどこか悔しそうだった。
「……次は負けないわ」
ネリは小さく拳を握った。
どうやら負けず嫌いに火がついたらしい。
薪割り競争の熱気がまだ体に残っている。
森都の秋の空気は澄んでいて、懐かしい匂いがした。
こんな平和な日がいつまでも続けばいいと、改めて感じた。




