第四十五話 前衛腕振りおじさん
最早お馴染みのギルドの訓練場。
踏みしめるたびに細かい砂が靴の裏でざりっと音を立てる。
正面には木刀を構えたシクロ。そして何故か俺も木刀を携えている。
「前衛の動きを覚えるとは言ったけど、近接訓練をするとは思ってなかったんだが」
「実戦をするのが覚えるのに効果的ですわよ。さあ、構えてくださいまし」
シクロはいつも通りの優雅な笑みを浮かべているが、構えは隙がない。
木刀を持っているだけで、剣士としての気迫が滲み出ている。
そして、この一騎打ちを見届ける見物人が二人。
「せ、せんせい、頑張って、ください」
「中々さまになってるじゃないか!」
ロピと『黄金の女豹』のリーダーであるリカ。
リカさんは腕を組み、どこか楽しそうにこちらを見ている。
訓練の言い出しっぺであるイミドは仕事で来られないらしく、その代役としてリカさんが訓練の監督をしてくれることになったのだ。
……言い出しっぺがいないのはどうなんだ。
「さあ、行きますわよ!」
シクロは振りかぶらずに最短距離で踏み込んでくる。
「あっぶね」
直線状にきた攻撃をバックステップでかろうじてかわす。木刀が空を切る音が耳元をかすめ、背筋が冷たくなる。
「よくかわしましたわね。それなら、これはどうかしら!」
すり足から電光石火の如く突きが連続でくる。
「ちょっ、無理」
一突き一突きは避けられない程の速さじゃないが、態勢を立て直す前に二の矢三の矢と続く。
徐々に追い詰められ、足元の砂がざりざりと後ろへ流れていく。
「この程度は防げないとお話になりませんわ!」
「剣で戦うつもりは、ないんだが、な!」
何とか避けきったが、壁際まで後退してしまった。
「さあ、もう下がれませんわよ」
にじり寄ってくるシクロは既に間合いに入っていて、いつでも攻撃できる状態だ。
その瞳は真剣そのもので、遊びの気配は一切ない。
絶体絶命のピンチ。しかし、シクロの動きはある程度覚えた。
後は動き出す瞬間を探って反撃したいところだが、それは魔力の流れを見ればある程度わかる。魔術を使わなくても魔力自体は流れている、体が動けば魔力の流れも変わるから、そこを注視する。
「はあっ!」
「――そこっ!」
鋭い突きを木刀の側面で受け、その力を利用してはじき返す。
木刀同士がぶつかり、乾いた音が響く。
「なっ――!」
「よし!」
これでシクロの胴体は無防備、後はそこに打ち込むだけ――。
「甘いですわ!」
「ぐえっ」
二撃目を打とうとした瞬間、肩に衝撃が走る。
視界が揺れ、思わず膝が折れそうになる。
「あれ、何で俺が攻撃されてるんだ」
「はじき返すのはよかったですが、攻撃に移行するのが遅かったですわ」
「くそう」
狙いはいいと思ったんだが、腕がついてこなかった。
頭では「ここだ」と判断しても体が追いつかない。
突きを見ていればわかっていたことだが、シクロの切り替えが速すぎた。
「うーむ……」
一連の攻防を見ていたリカさんは、感想を述べることもなく唸っている。
やがて閃いたのか、ぽんと手を打った。
「次はアタイとだ」
「え、リカさんもですか」
「何か不満か?」
「いや、さっきので俺の実力はわかったと思うんですが」
「いいからいいから」
軽い調子で言うが、目は笑っていない。
訓練用の槍を構えたリカさんは、俺より一回りも大きい体躯も相まって威圧感がすごい。
槍の穂先がこちらを向いた瞬間、空気が一段階重くなった気がした。
リカさんが地を蹴り、砂の上に影が落ちる。
「せいっ」
「うおっ!」
シクロ以上に突きが早い。視界に映った時には、既に槍先が目前に迫っていた。
……体が大きいなら動きは鈍重ってのが相場じゃないのか。
「どうしたそんな情けない声出して。ケントらしくないぞ」
「お、重すぎです、よっと!」
シクロ相手には避け続けてからのカウンターだったから、今度は攻撃を受けてみた。が、一撃がかなり重たい。
「手加減してるから大丈夫だ」
「これで手加減とか、おかしいですって!」
重く速い突きを必死の思いで防御する。木刀越しでも腕が痺れる。
それでも幾度か受けているうちに、リカさんが攻撃する瞬間の魔力がどう流れるかがわかってきた。
……そろそろか。
「避けてばっかりじゃつまんねーぞ」
「そうです、ねっ」
突きが繰り出される瞬間、一歩斜めにずれて踏み出す。
「おっと」
よし、かわすことができた。続けてかわした勢いのまま素早く攻撃を――。
「痛っ!」
脇腹に衝撃がきた。革の鎧をしているとはいえ痛いものは痛い。
というか何で避けたのに攻撃をくらってるんだ。
「なるほどな」
攻撃した張本人のリカさんを見ると、得心したように頷いていた。
「さっきアタイの突きをかわすことまでは考えていたが、その後は予想していなかったな?」
「はい、完全に避けたと思ってました」
「裏拳の要領で軌道修正したんだよ。こう、手首を返してな」
リカさんが槍で軌道を実演する。
槍が滑らかに動いてまるで生き物のように軌道を変える。
そんな技、知らなかったぞ。
「ケントは動きをパターン化して、先を読んで行動する癖がついているんだと思う」
「まあ、そうなんですかね」
意識していなかったが、傍から見ればそうなのだろうか。
後方で戦うことに慣れすぎて、自分では気づかない。
「確かに、ケントは戦術を考えるのが得意ですわね。ネリもそう仰ってましたし」
「せ、先生らしくて、いいと思います……」
リカさんの見解にシクロも同調する。
ロピのフォローも加わり、くすぐったい気分になる。こんな形で他人からの評価を聞くことになるとは。
二人の言葉にリカさんもコクコクと首を振る。
「確かに前もって考えるのも重要なんだが、一瞬の攻防ではその強みがかえって弱点になってしまってる」
「はあ」
「咄嗟の場合は考えるより先に動くのが理想だ」
そう言うと、リカさんの顔には不敵な笑みが浮かぶ。
あ、これ、セタールでよく見るやつだ。
「こういうのは習うより慣れるしかない。基礎訓練だ!」
「……はい?」
嫌な予感しかしなかった。
そこから、リカさんによる徹底的な反復訓練が行われた。
「上段で受けた時は遠心力を利用して相手の横っ面を狙え!」
「はいっ!」
「攻撃を受け流した時は一歩踏み込め!」
「はいっ!」
「体の正面で受けた時は、相手の鳩尾に真っ直ぐ返せ!」
「はいっ! ってそれ難しくないですか!?」
「文句言う暇があったら動け!」
「理不尽だ……」
砂埃が舞い、木刀がぶつかる音が絶え間なく響く。
汗が額から滴り、木刀を握る手が震える。それでもリカさんは容赦なく次の指示を飛ばす。
「はい次! 今の三倍速で!」
「む、無理ですって!」
「できるできる! ほら、シクロ嬢もロピも動け!」
「は、はいっ!」
「が、頑張ります……!」
シクロは優雅さの欠片もなく、髪を振り乱して必死に木刀を振っている。
ロピは早々に息が上がって、木刀に振り回されている。
それでも二人とも、俺と同じように歯を食いしばって動き続けていた。
腕は鉛のように重く、足は棒のように固まって呼吸は荒くなる一方。
握力も弱くなり、木刀を落としそうになる。
「ケント! 今の受けは悪くない! だが踏み込みが甘い!」
「お、おっす……」
「ロピ! 腰が引けてる! もっと前!」
「は、はい……」
「シクロ嬢! あの華麗な足運びはどこ行った!?」
「い、今は余裕がありませんのよっ!」
訓練場に響くのはリカさんの怒号と、俺たち三人の悲鳴のような返事だけだった。
どれくらい時間が経ったのか、感覚が曖昧だ。
太陽の位置が少し傾いているのを見て、ようやくまだ昼前かと絶望した。
「よし、今日はここまで!」
その一言が、天からの救いの声に聞こえた。
終わる頃にはへとへとになっていた。
木刀を地面に突き立てて体を支えないと、立っていられないほどだ。
砂の上に落ちた汗が、じわりと黒く染みを作っていく。
一緒に訓練をしたシクロとロピも疲れ切っている。
シクロは肩で息をし、ロピはその場にへたり込んでいた。
普段は整っている二人だから、その姿が妙に新鮮だった。
「これって連携にも生かせるんでしょうか?」
息も絶え絶えに尋ねると、リカさんはケラケラ笑った。
「連携? それはまた別の方法でトレーニングしないと」
「えっ」
「まあ、魔族相手に立ち回れるようにはなっただろ」
あっはっはと大きく笑うリカさんを見て、より疲れが増した気がした。
……この人、絶対楽しんでるだろ。
この疲労は全員で共有しないと。
ここにいないイミドにも訓練させようとこっそり決意した。




