第四十四話 魔術使いだらけのパーティ
パーティを組んだのだから早く登録したいと、主にイミダートの強い要望で早速パーティ登録をすることにした。
「『空色の猫』ですか……」
「はい、それでよろしくお願いします」
ギルドの受付嬢ミルダさんが曖昧な表情を浮かべる。
ここが第一関門といったところだ。
あまりに酷い名前は彼女の判断でやんわりと弾かれるらしい。
「リーダーがケントさんで、メンバーはロピさんにシクロさん……」
そこまで口にしてからミルダさんがイミダートを見て動きが止まる。
その視線は、扱いを間違えると面倒な客だと慎重に測っているようでもあり、どうしてこんな人が冒険者に、という純粋な疑問も混じっているように思えた。
思えばネリが加入したての時も目立っていた。
シクロの方は、幾度かの追放を経て良くも悪くもこのギルドに馴染んでいる。
明らかに貴族ないしは裕福な生まれだとわかるイミダート、受付嬢として場数を踏んだ彼女なら貴族の匂いにはすぐ気づいただろう。
他の冒険者もチラ見している。
「イミドだ」
「イミドさん、ですね。かしこまりました」
結局、イミダートはネリやシクロと同じく冒険者用の名前で登録することになった。
貴族がそのままの名前で冒険者をやるのは何かと不都合があるから仕方ない。
ちなみに、貴族以外が別の名前で登録しようとしても普通に断られる。もしくはバレて処罰を受けるとか。
「イミド、早速任務に行くか」
「……! そうだな」
そして、イミドの時は対等に接することになった。これもまたネリと同じだ。
パーティ内で様付けなんて傍から見ていておかしすぎるからな。
街道を歩く俺たちの足音は、まだどこかバラバラだった。初めて組んだパーティ特有の距離感の探り合いが空気に漂っている。
イミドはやたらと前を歩きたがり、シクロは横から話しかけ、ロピは俺の後ろに隠れるように歩く。まとまりがあるのかないのか判断に困る隊列だ。
本日の依頼はボールバグ――人より大きなダンゴムシの魔物だ。
ダンゴムシは瘴気がたまりやすい湿気の多いところを好むため、瘴気と合わさって魔物化してボールバグになりやすい。
ボールバグは元のダンゴムシと同じでほとんど攻撃性はなく、初心者でも一人で倒せるくらい弱い魔物。
だが、食料である落ち葉がなくなると餌を求めて活動範囲を広げ、植物なら大抵のものは食べる。そのため、辺り一帯を食い散らかす前に駆除が必要なのだ。
「この高揚感、初めて狩りをした時を思い出すな」
軽快な足取りのイミドの首には、アイアンクラスの認識票が揺れている。
「狩りって魔術は使うのか?」
「たかが獣相手には使わない。そういう決まりだ」
「そういうもんか」
狩りの経験があるなら最初からそれなりに動けそうだ。
さて、パーティ内の役割分担というのは非常に重要である。
近距離か遠距離や武器を使うのか魔術を使うのかといった基本的なことから、慎重か大胆のような内面のバランスも大事だ。
『真紅の鴉』は棍棒のセタール、魔術と短剣を半々使うルキッド、魔術と極まれに魔杖もどきによる打撃攻撃の俺と三人にしてはバランスが取れていた。そこにネリという強力な魔術師が加わって遠距離気味にはなったが、使う魔術の属性がばらけているので、いい塩梅だ。
性格もイケイケなセタールに一歩引いたルキッド、冷静なネリとこれまたいい感じに散らばっている。ちなみに俺はビビり担当をしている。
では『空色の猫』はどうかというと。
「【風よ、そよぎを集め、我が手へ届け――舞風!】」
呑気に食事をしていたボールバグへとロピが【舞風】を放つ。
巨大な岩のようなボールバグの体は、舞い上がった風の前には無力だった。ドスンと土埃をあげてひっくり返る。
起き上がろうと必死にもがいているが、すかさずシクロが詠唱する。
「【空よ、その身を抱き、内から砕け――圧衝!】」
空気が一点に集中し、敵の内側から爆ぜた。
硬い殻に覆われたボールバグも、柔らかい腹側は無力ですぐに倒れた。
「やりましたわ!」
「いい連携だ」
一見すると単に魔術を一人ずつ発動しただけに見えるが、敵の動きに合わせつつ味方と呼吸を合わせて詠唱するのは難しい。
「次はイミドだな」
「任せておけ」
初陣だというのにイミドは落ち着き払っている。貴族としての経験値が為せる業か。
「すー、はー」
それに対して、ロピは深呼吸で息を整えている。
イミドの前では緊張するらしい。尊敬と畏れが混じったような表情で、魔杖を握る手が汗ばんでいるのがわかった。
それでも詠唱に入ると、彼女の声は不思議と安定した。
「【風よ、そよぎを集め、我が手へ届け――舞風!】」
先ほどと同じように【舞風】がボールバグをひっぺ返す。
一瞬、ほっとした表情が見えた。
「【火よ、滾る熱で、刳り穿て――火槍!】」
露になった腹へイミドが迅速に鋭い炎を突き刺した。
「ふむ、少し狙いがずれたか」
「充分だろ。あんまり狙いすぎても失敗するだけだ」
「それもそうか」
イミドの動きは、魔術師というより熟練の猟師に近かった。
獲物の動きを読む目つき、詠唱に入るまでの無駄のない呼吸。魔術を撃つというより仕留めることを意識しているように思えた。
「パーティとしての連携はどうだった?」
「意外といけそうだわ」
二級魔術師一人と魔術使い三人という歪な構成だが、割とスムーズに連携できている。
要員の一つは、イミドとシクロの身のこなしが軽やかなことだろう。二人とも剣士ということで間の取り方が上手く、動きに無駄がないから前にいても邪魔にならないのだ。
「じゃあ前後入れ替えてやりますか」
普通のパーティなら前衛後衛を決めてそれぞれの役割を磨けばいいが、このパーティは対魔族を想定しているから色々試さないといけない。
「いきますわよ!」
シクロが優雅に魔杖を掲げる。
「【空よ、座に逆らい、天地を返せ――反転!】」
「あ、【風よ、うわ、ひぃっ!」
ロピはすぐに反応できずにあたふたしていると、ボールバグは自力で体を元に返した。
やられたからには反撃、ということもなくさっさと相手は逃げて行った。
「ご、ごめんなさい」
「しゃあない。魔術使いが前に出ることなんてないしな」
予想通りといったらなんだが、ロピには前衛の任は重たそうだ。
魔術は後方から放つのが一般的、全員が魔術を使うからこそ起きるシチュエーションだ。
「次はケントの番だな。お手並み拝見といこうか」
「あんまり自信はないんだがな」
前に出た瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
足元の土がやけに柔らかく感じる。踏みしめるたびに、地面が「本当に前に出るのか?」と問いかけてくるようだ。
前方にはのそのそと動くボールバグ。後方には腕を組んで期待の眼差しを向けるイミド。シクロとロピはもっと後ろからこの状況を見ているのだろう。
……どう考えても、ここは俺の場所じゃない。
十年近く冒険者をやってきて、こんな場違い感を味わうとは思わなかった。
前衛に立つだけで視界の端が妙に広く感じる。敵との距離、味方との距離、風の流れ、土の匂い。全てが普段より鮮明で、逆に落ち着かない。普段より数倍意識にのしかかってきている。
乗り気はしないが、仕方なしに後ろ手で準備オッケーとサインを出す。
イミドが息を吸ったのが聞こえた。
「【地よ、静かに息づき……」
半歩、敵の動きを見ようとして詠唱中にも関わらず横に動いてしまった。
「……一脈の力を集え――隆起!】」
地面がうねり、ボールバグの足元が盛り上がる、が、ボールバグは思っていたのとは違う方向にコロンと転がった。
……もしかしなくても、俺のせいだった。
狙いがずれたというより、俺の動きに邪魔された感じだ。
しばし、誰も何も言わなかった。
風で草原が揺れる音だけが心地よく響いていた。
少ししてから、イミドが口を開いた。
「率直に言うと、前衛慣れしてなさすぎるな。シクロはどう感じた?」
イミドは責めることなく評価を下す。その声音は純粋に分析をしている感じだった。
「そうですわね……。そわそわしすぎと言いますか、もう少し泰然と構えた方がよろしいかと」
シクロは口元に手を当て、上品に首を傾げた。
確かに俺はそわそわしていた。敵より味方の視線が気になり、足が地に着いていなかった。
前衛は「動く前に構えで勝負が決まる」と言われるが、俺の構えは完全に素人のそれだった。
ロピはというと、何も言わずに心配そうにこちらを見ている。地味にそれが一番キツい。
イミドは腕を組んで真剣な表情をして頷いた。
そこに、ネリの研究者としての目が重なって見えた。
「訓練をする必要があるだろう」
その言葉は、妙に重く響いた。
「わたくしが鍛えて差し上げますわ!」
シクロは胸を張り、やる気に満ちた笑顔を向けてくる。
「せ、先生ならできます……!」
ロピは両手をぎゅっと握りしめ、必死に励ましてくる。
その純粋な期待が眩しい。
「あー、お手柔らかに頼むわ」
……逃げ道が完全に塞がった。
悲報、十年近く冒険者をやってきた俺氏、ここにきて前衛の訓練をさせられる模様。




