第四十三話 新たな仲間たち
シクロの魔力障害を治療してから数日後、久しぶりにある場所へとやって来ていた。
「ケントよ、久しいな。変わりないか」
「ええ、イミダート様の方はどうですか、魔術は順調に使えていますか」
「すこぶる順調だ。これも全てケントのおかげだな」
イミダートが白い歯を見せる。ネリと同じく流れるような銀髪は日差しを浴びて輝いている。
以前はどこか影を落としていたが、今は晴れやかな表情だ。魔術を取り戻したという事実が彼の人生を大きく変えたのだと実感する。
今日はイーサ家へ二回目の訪問をしていた。かつて、イミダートの魔力障害を治療した時以来だ。
広い庭には丁寧に手入れされた花々が咲き、初夏の風が銀色の葉を揺らしている。
「君も久しぶりだね、シクロ嬢。最後に会ったのは学生の時だったか」
「はい、ご無沙汰しておりますイミダート卿。相変わらずお健やかそうで何よりですわ」
シクロが洗練された動作で挨拶をする。見ているこちらが背筋を伸ばしたくなるほどだ。
「そこの子どもも一緒にやるのか?」
「そうです。ほら、挨拶して」
「あ、あの、えと、ロピで、です……」
ロピは緊張で肩をすくめながらも、しっかりと頭を下げた。
イーサ家のような大きな屋敷に来るのは初めてなのだろう。その小さな背中が、いつもよりさらに小さく見える。
「彼女は魔力障害ではないのですが、魔術の発動が苦手で一度教えたことがあるんですよ」
「なるほど。姉弟子ということか」
イミダートの鋭い眼光がロピを捉える。
見定めるような視線だったが、すぐにやわらかなものに変わる。
「よろしく頼むよ。ロピ」
「は、はひ」
ロピは緊張で声が裏返り、ネリは微笑ましそうに見守っていた。
場所は移って鍛錬場。
広大な敷地の片隅にある鍛錬場は木の的やいくつかの障害物があるだけの簡素なものだが、あの日々を思い出す俺にとっても特別な場所だ。
「【火よ、静かな灯を、我が手に点せ――点火!】」
イミダートの魔杖の先に拳大の火が灯る。
その火は揺らぎも少なく、安定している。
「問題なさそうですね。魔力装填から発動までスムーズにできていますよ」
記録紙の「魔術を行使できた」の項目にチェックをいれる。
今回はセタールの代わりに俺が記録係を務めることになった。ざらざらとした紙の感触はいまだに慣れず、少し歪んでしまったのはご愛敬だ。
「ケントの教えを守っているからな」
イミダートは胸を張って誇らしげに言う。
そこにはかつての自信を失っていた青年はもういない。
「早ければ今年度の魔術師試験を受けようと思っている」
「もう半年もないですが、大丈夫でしょうか」
「目標があった方がやる気になるだろう?」
本日何度目かの白い歯をキラリと光らせる。
何だか以前あった時より暑苦しい印象だ。気合が入り過ぎていないといいが。
「ルキッドとクリルが魔術を発動できなかった状況でも支障がないなんて、興味深いわね」
イミダートの熱量の高さを知ってか知らずか、ネリはネリでぶつぶつと呟いている。
こちらも別方向にテンションが高い。
「次はシクロさんお願いします」
「任せてくださいまし」
シクロは魔杖を軽く構え、風を切るように詠唱する。
「【空よ、天眼を欺き、道を切りとれ――縮地!】」
次の瞬間、シクロの体が一瞬で五歩分ほど移動する。
風が遅れて彼女の髪を揺らした。
「どうでしょう?」
「充分よ。出が早くてシクロらしいんじゃないかしら」
「当然ですわ!」
オーホッホッと高笑いをかますシクロ。
鍛錬場に似つかわしくない優雅な笑い声だが、妙に場が明るくなる。
「あの二人、前からあんな感じなのか?」
「……シクロはああいう子だったけど兄さまは違うわ。魔術が使えるようになって少し高揚しているのでしょう」
「はしゃいでるのか」
そして、やたらとハイテンションな二人に挟まれた哀れな被害者が一人いる。
「ロピ、いつでもいいぞ」
「は、はい! 頑張ります、先生!」
二人の間に挟まれたロピは完全に気圧されている。
「【風よ、その身を固め、敵を叩け――風弾!】」
風が弾け、小さな衝撃波が木の的に当たる。
場の空気に飲まれずにしっかりと魔術を発動できた。
「やるじゃん」
「せ、先生の指導のおかげです……!」
ロピは頬を赤らめて嬉しそうに笑った。
その姿を見ると教えた側としても胸が温かくなる。
「あの子に何か吹き込んだの? 先生呼びなんてさせて」
「普通に教えただけだって」
その後も前回と同じく様々な組み合わせで検証をしたが、三人はどのパターンでも魔術を発動させることができた。
混合粉の影響を受けないという結果は、予想していたとはいえ大きな収穫だ。
「予想していたとはいえ、驚くべき結果だわ」
「そいつはよかったな」
検証が無事に終わり、何となく気が抜けた心地よい脱力感が広がる。
このタイミングだと思い、別の依頼を遂行する。
「そういえば、ユリアさんはどうしてるんだ? 屋敷の中か?」
広い屋敷の中のどこかに、ルキッドの妹ユリアが働いているはずだ。
送り出したのはいいが、その後のことをまだ知れていない。何か土産話でも持ち帰りたいところだが。
「彼女はまだ研修中ね。実際に使用人として働き始めるのはまだ先みたいよ」
「そういうもんか」
バリバリ戦力になってるとルキッドには報告したかったが、こればかりは仕方ない。何事も一歩ずつだ。
「折角こうして集まったんだ、パーティを組まないか!」
そろそろ解散かといったところで、イミダートが突如提案をした。
鳥が一斉に飛び立つほどの大きな声だった。
「パーティ、ですか」
「そうだ。有事の際に我々しか動けない状況がくるかもしれない。その時のために連携をとれるようにしておいた方がいいだろう?」
確かに、魔力障害という共通点を持つ俺たちは特異な集団だ。いざという時に動けるようにしておくのは悪くない。
「賛成ですわ! パーティ、なんていい響きなのかしら」
「あ、私もです、か?」
シクロはうっとりとした表情を浮かべている。
隣ではロピがキョトンとしている。……後でリカさんに許可を取らないといけないな。
この場で仕切れそうな人がいないため、取り敢えず話を進めることにする。
「パーティ名は何にしましょう?」
パーティ名は重要だ。
既存のものと被ってはいけない、公序良俗に反しないといった制限はあるが、それ以外は自由。
自由だが、それを真に受けてはいけない。明記はされていないが冒険者っぽい響きというのがあり、そこから逸脱すると自己紹介で困ることになる。
かっこつけて仰々しい名前にした若手パーティが後々改名するパターンは恒例行事だ。
「『至高なる新都の雷鳴魔団』はどうだろう! 」
イミダートは仰々しい名前を出した。年頃の男の子が好きそうだ。
冒険者がつけたら名前負けしてすぐ変える未来が見える。
「わたくしは『香しき森月の秘密』を推しますわ!」
シクロの案は乙女チックで、どことなく店名っぽい。
女性限定パーティならまだしも混成パーティには合わない。
「『滲ミ出ル漆黒ノ逆サ福音』なんて、どうでしょう……」
ロピはおどおどした様子からおどろおどろしい名前を口にした。
普段の彼女からは想像できないセンスだ。……病んでるのか?
どうしようかと助けを求めてネリを見る。
「どれも甲乙つけ難く、非常に悩みますね」
今日はネイリーモードらしく、素っ気ない返事だった。
いや、僅かに目じりが動いた気がする。この状況を楽しんでるな。
「ケントさんはどういう名前がいいと思われますか?」
それどころかキラーパスを出してきた。
三人の案が強すぎて、超えられそうにないぞ。いや、超えたらダメなんだが。
「そうですわ、何か案はないのでしょうか」
「そうだ、意見が割れた時はリーダーが決めるべきだ」
しれっとイミダートにリーダー認定されていた。
「じゃあ『空色の猫』にしましょう」
仕方がないのでそれっぽい名前を口にする。
「『空色の猫』……」
「猫、ですか」
イミダートとシクロが考え込む。
猫というのはこの世界ではまだ愛玩動物の地位を得ていない。犬と違って自由奔放で人の言うことを聞かない厄介な動物という扱いだ。
だから、貴族にとっても庶民にとっても猫にはいい印象がない。
「あ、いいと思います」
だが、ロピには好感触だった。
「意外かも知れないですが猫は冒険者の間では人気なんですよ。気ままに生きているところが似ているとかで」
「そういう捉え方もできるのか」
イミダートは真剣に頷く。
「空色には新しいスタートという意味がこもっています。魔力障害を乗り越えて新たな人生を始めようとしているこのパーティにぴったりじゃないでしょうか」
話しているうちにどんどん口が回る。
三人の案にはしたくないという思いが、無意識に言葉を押し出していた。
「最初は驚いたが深い名前でいいな。流石ケントだ」
「新しいわたくしにピッタリですわね」
「せ、先生の案がいいと思います」
少し強引だった気がするが、パーティ名は『空色の猫』に決まった。
新しい仲間、新しい名前、新しいスタート。
空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。




