第四十一話 ネイリー魔術師の楽しい実験
「いやー、今日はいい任務だったね!」
任務の終わり酒場のガヤガヤとした雰囲気のなか、だらしなく足を伸ばしたセタールはほくほく顔をしている。
「普通の護衛任務じゃなかったか? まあ何もないのが一番だが」
「そうじゃなくて、ご飯だよご飯! 美味しかったなー!」
「そっちの話かい」
今日の任務は顔なじみとなったボーダさんの護衛。
道中の昼飯はあちらが用意してくれるが、しっかり仕事をしてもらうために割と質のいい食材を使っている。
それをセタールはえらく気に入っていた。
「もうずっと護衛任務でいいよー」
「それは同感。毎回違うことやるのはしんどいわ」
生産性のない会話。こういう時間を自己研鑽に当てるべきなのだろうが、心を休めるには何もしない時も必要だと個人的には思っている。
そんな安息の時間、今日は他の二人もいた。
ルキッドとネリだ。
「……ユリアの様子はどうだ? ちゃんとやれているか?」
妹のユリアのために酒場へ寄らずに帰っていたルキッドは、ユリアがイーサ家で働くことになったのでこうして同席するようになっていた。
「私も毎日屋敷に帰っているわけじゃないから、詳しいことは便りがこないとわからないわ」
ネリは魔術師と冒険者の兼業で忙しくなってきたため、屋敷から通うのをやめて街中に部屋を借りることになっていた。
そのため、こうして酒場にも付き合うことが増えている。
「そんな、大丈夫なんだろうな……?」
「まだ見送ってから三日しか経ってないぞ。大丈夫かよ」
ユリアがイーサ家に行ってからというもの、ルキッドはしきりにユリアの心配を口にするようになった。
クールガイな彼はいずこへ。
「次の休みには帰るから、その時にユリアさんと会ってくるわ」
「本当か!? それなら一安心だ」
「え、ええ。任せてちょうだい」
身を乗り出すルキッドにネリの表情が引きつる。
「ルキッドって過保護だったりする?」
「ずっと一緒にいた人と急に離れ離れになったら誰でもああなるさ」
妹を手放したばかりの兄の心境は、見ていて少し微笑ましいほどだった。
あるいは娘が嫁いだ父親の心境だろうか。
「ユリアが働ける場所を用意してくれて、本当に感謝している。ありがとう、ネリ」
「『仲間』としてできることをしたまでよ」
深く礼をするルキッドにネリが柔和な笑みで返す。
ユリアの件はお互いの事情を知った上で助け合うことができ、より一層パーティとして深みが増した気がする。
「ところで、ルキッドにお願いがあるのだけれど」
「……俺にできることならなんでもする」
この流れでお願いされると断りにくいが、一体何を頼むというのか。
軽く微笑んだが、その目はどこか企みを秘めているようにも見えた。
「【火よ、触れしものを、灼き払え――焚灼!】」
ルキッドの魔杖の先端にぽつりと頼りない火が灯る。
本来なら鋭く燃え上がるはずの炎は、まるで湿った薪に火をつけたように弱々しい。
「普段の感覚と違うところはあった?」
「何となくだが魔力をこめにくかった感じがした」
ルキッドは眉間に皺を寄せながら答える。目から下を布で覆っており、より険しい表情に見える。
「混合粉は魔力を吸収する、あるいは流れを乱す。そういったところかしら」
「部分的に発動ができるっと」
ネリが所見を述べ、セタールが記録する。
ネリのお願いとは検証への協力依頼だった。
鳥型の魔族ペクタが使ってきた、コルネット草の花粉と狼タケの胞子を混ぜ合わせた魔力装填を阻害する方法。その効果を確かめるため、魔術発動要員としてルキッドが選ばれたのだった。
「次はクリル君の番ね!」
ちゃっかり助手役を確保しているセタールが進行を務める。
「うっす、お願いします!」
ルキッドに代わって金髪に黒メッシュのクリルが立つ。
ルキッド一人ではあまり検証できないだろうと呼ばれた魔術発動要員その二である。
「【地よ、静かに息づき……ダメっす、全然魔力がこもらないっす」
気合十分だったがその思いは空回りした。
普段は若者らしくイケイケドンドンが売りのクリルだが、困惑した顔で魔杖を見つめている。
「少しもこめられない?」
「はい、いつも通りにやってるんすけど」
「発動せず、っと。じゃあロピちゃんお願い!」
「は、はい……!」
そして、三人目はロピ。
肩にかかりそうな黒髪を揺らしながら、自信なさげに魔杖を抱えて前に出る。
「すー、はー」
ロピは深呼吸を繰り返して震える指先を必死に抑え込んでいる。
以前俺がアドバイスした通り詠唱前の深呼吸を今もやっているようだ。
「【風よ、その身を固め、敵を叩け――風弾!】」
魔杖の先に淡い光が灯り、風が小さく弾けた。
成功した瞬間、ロピの肩がほっと落ちた。
「で、できました……!」
「おう、やるじゃん。指導した甲斐があったぜ」
「はい、先生!」
その笑顔は、疲労の中に小さな達成感が混じっていた。
今日はこれを見られただけでも来た甲斐があったかもしれない。
「……ロピさん、通常の時と違う感じはしなかった? 魔術の発動までに時間がかかるとか」
「え、ええと、特には。じ、時間がかかるのはいつもことなので」
「なるほど、かなり個人差があるわね。では次のパターンに移りましょう」
「はーい、一回着替えて粉を落としてからまたここに集合ねー!」
混合粉がどこについてるかによって影響が変わるのか、吸い込むことで影響が出るのか、花粉だけ、あるいは胞子だけでは効果がないのか、様々な条件の下で三人は魔術を発動させる。
「……む、魔力がこめられん」
「またダメっす」
「いつもと、変わらない……。それって普段がダメってこと……?」
魔術を思ったように発動できないのはかなりストレスなようで、徐々に疲労が溜まっているのが見てとれる。
「【水よ、形を結び、我が手に集え――水球!】」
苦戦している三人を傍目に慣れ親しんだ【水球】の魔術を発動させる。
俺はどのパターンでもいつも通りに魔術が使えた。
「ケントさんはどうやって魔術をこめてるんですか?」
クリルが一仕事を終えた後のように汗を拭いながら聞いてきた。
「針の穴に糸を通す感じだな。糸が魔力で針の穴が魔杖」
「わかるようなわからないような感じっすね」
「言っておいてなんだが、俺も合ってるかわからん」
魔術使いや魔術師はどちらかというと理論的で慣れるより習えという感じだが、魔力の制御に関しては慣れるしかないような気がする。
「魔力は血と同じで自然と体を流れているものだから、意識するのは難しいでしょうね」
ネリは知的好奇心が刺激されたのか、声色が明るい。
実験には参加していないが、自身のことは検証済みなのだろうか。
その後も順調に検証は続けられ、全てのパターンを試した頃には三人はぐったりとしていた。
「もう魔力がないっす」
「……流石に疲労がこたえるな」
「わ、私がんばり、ました……」
魔術の連続発動は体力も精神力も削る。ましてや経験したことのない環境ではなおさらだ。
「何か傾向はつかめたか?」
「サンプルとしては少ないけれど、方向性は見えたかしら」
ネリは机に広げた記録用紙を指でなぞりながら、淡々と分析を続ける。その横顔は、冒険者の時とは違う研究者の顔だった。
「ロピさんがほとんどの条件で発動できたのが興味深いわ。あなたもそうだけれど、魔術の発動に難がある人の方が混合粉の影響を受けにくいと捉えられるわね」
「それってつまり」
「「魔力障害」」
ネリと声が重なった。
「断定はできないけれど、次は魔力障害の人で検証する必要があるわね」
「ロピは魔力障害じゃないけど、それはどう考えるんだ?」
「ロピさんは緊張によるものだけれど、似たような状況なのかもしれないわね」
ネリの視線の先にはロピが壁にだらしなく寄りかかっている。
「次の検証にはあなたとロピさん、後はイミダート兄さまにお願いしてみるわ」
視線はそのままでネリが告げる。
「それと、シクローレにも協力を頼みたいのだけれど……」
「シクローレ? ああ、シクロのことか」
護衛任務で森都から新都への道のりに付いてきた、ネリ、もといネイリーの学友だ。
「彼女も魔力障害かそれに近い症状かもしれないのよ」
「そういや、魔術学園卒の割に魔術を一回も使っていなかったな」
レイピアを華麗に使いこなしていた金髪のシクロが思い起こされる。
「問題は彼女の居場所を聞きそびれていたことなのだけれど……」
ネリは顎に手を当てて思案している。
「ちょくちょくギルドで見るし、あれだけ目立つからすぐわかるだろ」
「それもそうね。見かけたら声をかけてみるわ」
シクロと言えば金髪、高笑い、そして貴族……。あれだけ派手な見た目ならすぐ見つかるだろう。
俺たちの話を聞いていたのか、ロピが息を整えきれないままで尋ねる。
「あ、あの、私は次もやるんです、か?」
「そういうことだ。すまんな、頼むわ」
「あ、はい。がんばります……」
ようやく終わったと思ったのに次があると知って脱力したのか、ロピはさらにへたれこむ。
「今日は実験に協力してくれてありがとう。謝礼は後日届けるわ」
満足そうに謝辞を述べるネリに対して、座り込んだ三人は言葉なく頷くだけだった。
魔術の進歩、発展に犠牲はつきもの。そういうことなのだろう。




