第四十話 ユリアの過去と未来
ユリアの件をセタールとネリに話したところ、食事会が開かれることになった。
「ユリアちゃんとの出会いを祝って、かんぱーい!」
セタールが乾杯の音頭を取り、木のコップがぶつかってコンと丸い音がした。
採取任務の件で落ち込んでいたが、すっかり復活している。
「しかし、よくこんな場所を借りられたな。誰から借りたんだ?」
食事会が行われているこの場所は、庭付き二階建ての広い家。五人で使用してもまだまだスペースに余裕がある。
「『黄金の冠鳥』さんだよー」
「げ、ゴールドランクがいるパーティじゃねぇか。そんなところから借りて大丈夫か?」
「ちょっとした伝手があるんだー。遠征任務があるから留守番代わりにちょうどいいって言ってくれたよ」
人脈の広いセタールならどこか会場に当てがあると思ってはいたが、予想以上の成果だった。
一体どういう繋がりがあるのだろうか。
「これ全部ユリアが作ったの? 凄いわね」
「はい、折角の『真紅の鴉』のみなさんと一緒に食事ができる機会なので頑張りました!」
横長のダイニングテーブルの上には定番のスープや黒パンに加えて、キノコサラダにキノコのクリーム煮、キノコステーキが並んでいる。
ちょっとしたキノコパーティだ。
「故郷ではキノコ料理を毎日食べていたので、自然と作れるようになったんです」
満面の笑みで語るユリア。ドワーフにとってキノコ料理は特別な位置づけにあるのだろう。
テーブルの上には温かい湯気が立ちのぼり、キノコの香りが部屋いっぱいに広がっている。宿や酒場では余り嗅がない香りだ。
「では早速……、うん、美味しい!」
「お口にあってよかったです!」
クリーム煮を口にしたセタールの顔が綻ぶ。
健啖家ではあるが意外と味にうるさいセタールが言うのなら本物だ。
「このキノコステーキは食感がいいし風味もあって美味しいわね。牛タケを使っているけれど、酸味が強くて普通は長時間煮込むかスパイスで誤魔化すかしないとダメなのに上手く調理しているわ」
「その通りなんですよ! わかってくれて嬉しいです」
ネリは貴族なだけあって食の知識も持ち合わせているようだ。これで全く料理ができないというのだから面白い。
「何か問題でも?」
「いや、確かに料理上手だなって」
視線に込めた意味を理解したのか、ネリが鋭い視線で返してきた。
実際、そこいらの宿や酒場で出てくる料理より遥かに美味しいのは確かだ。
「ユリアはいつも料理をしてくれている」
そう呟くルキッドは誇らしげな顔をしている。初めて見るその表情は兄としての顔だ。
「こんな妹がいてルキッドが羨ましいぜ」
「そんな、褒めても何も出ませんよ!」
恥ずかしそうに大きな身振りで否定するユリア。
セタールと同じでいるだけで場が明るくないタイプの子だ。
急遽開催されたユリアとの食事会は和やかなムードで進んだ。
ドワーフとのハーフという人によっては受け入れがたい存在だが、セタールとネリは気にしていない様子だった。
琥珀色の髪も青い目も灰色の肌も全てをさらけ出したユリアと普通に接している。
「こうやって他の人と食事ができるなんて久しぶりで楽しいです」
二人の態度に安心したのか、ユリアはすっかり緊張が解れていた。
しばし穏やかな時間が流れる。
料理もなくなりそろそろお開きか、といったタイミングでユリアがぎこちなく切り出した。
「その、みなさんはドワーフに対して思うところはないんでしょうか?」
ユリアの青い目は視点が固定されずにあちらこちらをさまよっている。
迷った上での絞り出した発言なのだろう。
「アタシは特に何も思わないけど」
「私もよ。若い人は大体そうなんじゃないかしら」
「そう、なんですか」
ユリアの緊張で強張っていた肩が、セタールとネリの言葉でふっと下がるのが見えた。
しかし、二人は平然と言ってのけたがこれは普通ではない。
ヒト族とドワーフは敵ではないが味方でもないという微妙な関係を保っている。元は友好関係にあったが、先の魔族との戦争においてドワーフが中立の立場でありながら両陣営に装備を売っていたことが原因らしい。
とはいえそれは半世紀前の話、当時のことを知らない俺たちにはドワーフという種への意識は良くも悪くもなんとも思っていないというのが本音だ。
逆に戦争を経験しているブルンさん世代は魔族の次くらいにドワーフを憎んでいるらしいが、そこが問題だ。
「……二人に相談したいことがある」
ルキッドが神妙な面持ちをする。
「ユリアはこの通りドワーフの特徴が多く出ている。極力外に出さないようにしているが、できればまともな生活をさせてやりたい」
滅多に弱みを見せないルキッドの言葉に自然と肩に力が入る。
「冒険者はどう? 防具とか付けたままの人いるし髪を隠していても不自然じゃないと思うけど」
セタールはいつもの調子で言った。
「……ユリアは魔物と戦ったことはほとんどない。魔術が使えるが、ヒト族のではなくドワーフの魔術だ。系統が違うから使えばすぐにバレるだろう」
「そっかー。それなら仕方ないよね。ケントは何か案はない?」
セタールの案はありだとは思ったが、冒険者は危険が伴う職業。兄としてはわざわざやらせようとは思わないのは当然か。
正体を隠しつつ身の危険があまりない仕事を脳内で検索する。
「料理人はどうだ? 髪を隠しても不自然じゃないし人前にもそんなに出ないから」
ユリアの料理の腕は十分にあると既にわかっているから提案したが、口にしてから思い至る。
「といっても修行が必要か」
料理人は立派な技術職、工場や商人と同じように弟子入りして下積みをしないといけない。アルバイトのように気軽に入れたら楽だったんだが。
「酒場とか宿は避けたいよな?」
「……できるだけ人目に触れる機会は避けたい」
冒険者にとって身近なのは酒場の料理人だが、調理場が丸見えで隠れて働くには向いていないだろう。それに、基本的に従業員を身内で固めているからそこに割り込む必要がある。
素性を隠して暮らすというのは難しいものだ。
「ネリなら解決できそうだと思うんだが……」
期待を込めて顔をしかめているネリを見る。
「あるにはあるわ」
簡潔に述べると、指を二本突き出した。
「私が提示できる方法は二つ。一つ目はイーサ家で使用人として雇う、二つ目は私専属の付き人になる」
その声は事務的な調子が混じっていた。
「一つ目は単純。使用人なら外部との接触がないからバレることもないし安全も保障されるわ。屋敷の中なら髪を隠す必要もないわね。デメリットは気軽に会えなくなることよ」
冒険者ネリではなく貴族令嬢ネイリーとしての提案だった。
事務的口調にも納得する。
「使用人になったらどれくらいの頻度で会えるようになる?」
「一か月に一回程度かしら。一人だけ特別扱いするわけにはいかないから」
ルキッドの疑問に淡々と答える。
「二つ目は私の家政婦になること。ここ最近仕事の都合で家に帰らずに泊まることが多くなったから、そろそろ部屋を借りようとしているの。だから、身の回りのことをしてくれる人を雇おうと考えていたところなのよ」
「使用人、家政婦……」
ユリアは反芻するように呟く。
俺やセタールが挙げた候補に比べると魅力的な案だが、急に突き付けられた選択肢に驚くのも無理はない。
「家政婦の場合は、基本的にネリの部屋にいることになるのか?」
「そうなるわね。今の生活とそんなに変わらないかもしれないわ」
庶民からすれば貴族の家政婦なんて破格待遇だが、ドワーフであることを隠すために部屋から出られないなら、息苦しい生活を送ることは変わらない。
「断っても気にしないから、じっくり考えてちょうだい」
「……ユリアのやりたいようにしろ」
「はい、考えます」
沈黙が訪れる。
ユリアは十六歳。この世界では大人とされる年齢だが、決断を下すにはまだまだ幼い子どもだ。
やがて、意を決したユリアが一度深く息を吸ってから、はっきりと言った。
「あの、使用人として働かせてもらいたいです……!」
硬さのなかにも意思がこもった前向きな声だった。
「そう、わかったわ。ルキッドもそれでいいわね?」
「ああ、もちろん」
それだけの言葉でどこか空気が軽くなったような錯覚を覚える。
「聞いておいてなんだが、そんなに簡単に使用人って雇えるのか?」
貴族の屋敷に勤めるのは身元がはっきりしていないとダメな印象がある。
わざわざ正門とは別に使用人向けの門があるイーサ家なら尚更だろう。
「……私はわがままを言ってこなかった子なの。娘のわがままに父上はお喜びになると思うわ」
少し遠い目をするネリ。当主候補としての教育を受けながら兄イミダートの治療法も模索していた当時を思い出しているのだろうか。
「それじゃあ、ユリアちゃんの新たな門出を祝わないとだね!」
しんみりとした空気を払うようにセタールが発案した。
「おいおい、パーティ続きになるじゃねーか」
「細かいことはいいの!」
「じゃあ、張り切って料理しないとですね!」
「ユリアさんまでセタールに影響されちゃって」
こうしてユリアとの食事会は無事に終わったのだった。
「ユリア! しっかりやるんだぞ!」
「はい! ユリア頑張るね!」
ルキッドが珍しく声を張り上げている。
ユリアは馬車から身を乗り出しながら手を振り返す。
「出してちょうだい」
ネリが御者に指示を出し、馬車はゆっくりと遠ざかる。
遠ざかる姿と足音を俺たちはひたすら見守る。
「嬉しいような寂しいようなって感じだな」
「……そうだな」
ユリアと話した時間は短いが、それでもルキッドとの兄妹の絆は十分に感じられた。
長年一緒に暮らしていたルキッドの感じ入るものの大きさは想像に難くない。
「あー! ルキッドが笑ってるー!」
「ほんとだ。これはいいもんが拝めたな」
新都に来てから抱えていた問題がようやく解決されて、肩の荷が降りたのだろう。ルキッドは眉間の皺がとれ、自然に口角が上がっていた。
「……行ったな」
ルキッドが呟いた声はいつもより少し揺らいでいた。
その横顔を見ないふりをして、俺たちは静かに頷いた。




