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魔術師未満  作者: 大日小月
第二章 見えないもの

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第三十九話 隠された妹

 魔族のペクトを捕獲から数日、軽い事情聴取をされた以外は至って平和な日々が続いていた。

 抜けるような青空を見ていると、森での出来事が嘘だったように思えてくる。


 ペクトの件については緘口令が敷かれ、魔族が出たことは一般には伝わっていない。つまり、『真紅の鴉』の功績は現状なかったことになっている。

 ……シルバーランクに昇格とかあればよかったのに。

 

 ネリについては一級魔術師として後処理で忙しくなると予想されたが、案外そうでもないらしい。

 高度で政治的判断を要する事案のため、まだまだ若輩者のネリが関与することはないのだとか。


 ネリでその扱いなら、ただのカッパーランク魔術使いの俺ができることなんて何もない。とはいえ、備えくらいはしておきたい。


 そうしてフラフラと吸い寄せられるように市場にやってきていた。


「朝採れキュウリはいかがー?」

「朝食に焼きたてパンを買いませんか!」


 魔族のことなど露知らず、朝から賑わいを見せている光景に安堵感を覚えるが今日の目的ではない。


「産地直送! 新鮮な鳥肉入ってるよ!」


 鳥という言葉にビクッと反応してしまう。……あの魔族の印象が残っているうちは鳥料理は食べられそうにないな。


 食材や料理の屋台を脇目に人混みを擦り抜けながら市場の奥へと進む。

 賑やかな屋台から落ち着いたテントの露店に変わり、商品も食品から装具や日用品になる。

 

 何か魔族への備えになりそうなものはないかとじっくり見るが、特にめぼしいものはなさそうだ。


 さらに奥に進むと、地べたに布を敷いただけの簡素な売り場が並ぶだけになる。

 ここまでくると市場と言うより闇市の様相を呈する。店主の顔も暗い人が増え、なかには生気を失っている人もいる。


「オニイサンオニイサン、オヒトツ、イカガ?」

「そういうのは間に合ってるんで」


 目が虚ろな老婆が植物をすり潰したようなものを勧めてくる。怪しすぎる、この人はどうやって営業許可を取ったのだろうか。


 魔族とは別の恐怖を避けながら、掘り出し物がないかを見て回る。

 大抵は怪しさと危うさと胡散臭さとに溢れたものだが、極稀に当たりもあるから定期的に来たいと思わせる不思議な魅力がある場所だ。


「あの、すみません。もしかして、ケントさんですか?」

「だから、そういうのは間に合ってるんで」


 背後からの声に振り向きもせず断る。それがこの市場の掃きだめを生き残る術だ。


「あ、怪しいものじゃないです! いつもお世話になってるのでお礼をと」

「お礼?」


 思わず聞き返してしまう。最近の客引きは進化しているのか、引っかかってしまった。

 声は幼い女の子で、こちらの懐疑心を削ぐのにぴったりだ。


 振り向こうか向くまいかを逡巡していると、今度は低く重みのある声が聞こえた。


「おいっ! 勝手に行動するんじゃない!」

「ごめん、でもどうしてもお礼を言いたくて」


 聞き覚えのある渋い声、これは……。


「ルキッド?」

「……ケント、か」


 振り返ると、目を見開いたルキッドと、麦わら帽子を目深に被った少女がいた。




 玉石混合の市場を抜けると住宅街に移り変わる。

 新都の街並みは定規で線を引いたように真っ直ぐの道が多い。

 市場とそれに連なる道も同様で、石畳の道沿いに木造の住宅がずらっと並ぶ。よくいえば機能的、悪く言えば退屈な街並みだ。


「こっちだ」


 ルキッドの後を追って角を曲がる。

 整然としていた表通りから印象が変わる。石畳がところどころ欠け、相当な築年数を重ねただろう家が多くなる。


「ここら辺は少し治安が悪い。気をつけろ」


 何度か角を曲がったところでルキッドが忠告した。

 街並みすっかり変わり、日はほとんど差し込まず道は舗装すらされていない。家の密集具合も大きくなっている。

 

 今どこにいるのかもわからなってきたと焦り始めた頃、ぼろぼろで家と呼べるのかすら微妙な建物が並ぶ一角でルキッドが立ち止まった。


「ここだ」


 それは適当な板を組み合わせただけに見える小屋だった。家というよりは倉庫と呼んだ方がしっくりくるサイズ感。

 しかし、中は外観から想像つかないほど清潔な空間が広がっていた。


 壁は丁寧に磨かれていて手触りが良さそうだし、床も年季は入っているのに埃ひとつなく、板の継ぎ目には新しい釘が打ち直されている。

 家具は必要最低限しか置かれていないがどれも頑丈そうだ。

 

「飲み物用意しますね! あ、ケントさんはエール飲めないんでしたっけ?」


 中に入るや否や麦わら帽子を被ったままの少女が活発さを見せる。無骨なルキッドとは正反対だ。

 好みに関してはルキッドから聞いていたのだろうか。


「お構いなく。コップさえ用意してもらえたら水は魔術で用意できるので」

「ほんとですか!? やってもらっても?」


 いそいそとおずおずが混じったような期待と緊張がこもった手で木のコップが差しだされる。

 ……この大きさなら魔力は少なめで圧縮もしない方がいいな。


「【水よ形を結び我が手に集え――水球!】」


 握りこぶしほどの水の塊が生成されてコップへ静かに注がれる。魔術師認定試験の練習で散々やった魔術、これくらい朝飯前だ。


「わー! 凄いです!」


 少女はコップに入った水を見て純粋な目で小さく拍手をした。単純な【水】属性の魔術で喜ぶ姿に若干照れてしまう。

 ルキッドが使うのは【土】と【火】だから【水】が物珍しいのだろうか。


 【水球】の水でお互いに喉を潤わせてから少女が切り出す。


「自己紹介がまだでしたね。ルキッドの妹のユリアです! いつも兄がお世話になっています」

「ユリアさんね、よろしくな。俺はケント、冒険者をしている」


 ユリアと名乗った少女は青い目と灰色の肌で、その笑顔は陽だまりみたいに明るい。

 夏だというのに長袖長ズボンで、麦わら帽子と相まって田園が似合う装いだ。


「兄からよくケントさんや『真紅の鴉』の話を聞いてます!」

「ルキッドが俺たちの話を、意外だな」


 ちらっとルキッドに目線をやると、顔を俯けた。

 しかし、妹か……。この数分でおしゃべりな雰囲気を受けたが、兄とは対照的だな。


「兄と違ってよく喋るな、って思ってます?」

「まあ、正直。いつから新都に? ルロイド語が上手だけど」

「五年前に兄と一緒に移住してきました。言葉の方は頑張って覚えましたよ!」

「……五年前」


 ちょうどルキッドと出会った頃か。

 妹や家族のことは聞いたこともなかったし、こちらからも話を振らなかったが、五年間もよく知らないままだったとはな。

 プライバシーに不干渉という建前で、仲間のことを知ろうとする努力が足りなかったのかもしれない。


 時の流れに想い馳せていると、ルキッドが深みのある声を出した。


「ユリアのことを黙っていたことは謝る」

「それは全然気にしてない。何か事情があるんだろう?」


 冒険者というのがそもそも様々な事情を抱えた人の巣窟、一つや二つ秘密があっても当然だ。


「……俺たちはヒトとドワーフのハーフだ」


 ルキッドが口にした事情は想定の範囲外だった。

 何と返答しようかと必死に脳を働かせていると、ルキッドが続けた。


「俺たちはノール大陸にある国から移住してきた」


 頭で地図を浮かべながら話を聞く。

 この国があるレグノー大陸、その北東にノール大陸の名があったと記憶している。


「ドワーフは排他的な種族で他の種族への偏見が強くて、ハーフの扱いも酷いものだった。だからこのレグノー大陸に来た」


 日頃の寡黙さからは想像がつかないほど、ルキッドは滔々と語る。


「俺はヒト族の特徴が強く出ているから、同じヒト族の国に移住しようと決めてこのルロイド国にやって来た」


 やや低めの身長にがっしりとした体、赤みがかった短髪は言われればドワーフの特徴が混じっていると見えなくもない。


「この国の比較的他種族への扱いはいくらかマシだとは思うが、それでもできるだけ不要なトラブルは避けたい。だから妹のことは隠していた」


 そこで話を止めると、ルキッドはユリアを一瞥する。


「ユリア、帽子をとってくれ」

「はい」


 ユリアは麦わら帽子を一度ギュッと強く握ってから、ゆっくりと外した。

 露になった髪は透明感と深みを併せ持った美しい琥珀色だった。


「ユリアはドワーフの血が濃く出ている。髪はドワーフの象徴たる琥珀色だ」


 ドワーフの典型的な身体的特徴は、低身長で筋肉質。灰色の肌に青い瞳。そして、琥珀色の髪だとよく知られている。

 実際に目にしたのは初めてだが、一目でそれだとわかるほどの印象的な髪だ。


「これは目立つわな。髪を染める……のは難しいか」

「ああ、染髪も考えたが、色ムラと効果の短さで断念した」


 この世界では前世のように美容院で気軽に染髪ができない。

 髪の色を変えるという発想はあるが、髪を染めるというより塗るという方が正しい。技術がそこまで進歩していないのだ。

 だから、祭りのような特別な日に一日だけ髪色を変えるという程度に留まっている。


「今日みたいに外出することは滅多にない。普段はこの部屋で内職をしてもらっている」

「いつもは大人しくしているんですけど、ケントさんを見かけたので、つい声をかけてしまいました」


 帽子を握ったままのユリアが付けたす。

 俺が五年間も気づかなかったくらいだ、しっかり兄のいいつけを守っていたのだろう。


「そういうことか。ところで、見たことないのによく俺だってわかったな」

「兄が何かあった時はケントさんを頼れって言っているので。黒髪黒目で気だるげな青年だって聞いていましたが、その通りでびっくりしたんですよ!」

「そんな情報だけでわかるほど俺って特徴的なのか……?」


 妹の唐突な暴露にルキッドは気まずそうにそっぽ向いた。

 それだけの特徴で気づくユリアの観察眼が鋭いのか俺がわかりやすいのか。

 ……後者ならやましいことをする時はしっかりと変装しないといけないな。


 ルキッドは咳払いをしてから再びこちらを向いた。


「……この状況を何とかしたいとは思っている。いつまでも閉じ込めておくわけにはいかない」

「兄は仕事が終わったら酒場にも寄らずすぐに帰ってきてくれるんです。ユリアが外に出られないから気を遣って……」

 

 任務終わってすぐ帰ることに何となく理由があるとは察していたが、腑に落ちた。

 何てことはない、妹を想うが故の行動だったのだ。


「このことはセタールやネリに話すつもりはあるのか?」

「……余計な心配をかけさせてしまうかもしれん」


 ルキッドの懸念は理解できる。

 仲間が困っているとなれば快く手を貸してくれるだろう。だが、この件に関してはそう簡単にはいかない。そうなればモヤモヤとしたままになってしまう。


「正直、この件に関しては俺ができそうなことはすぐには思いつかない。けど、あの二人ならと思ってな」


 それでも、俺は二人に頼ることを提案した。

 セタールとネリ、それぞれに頼れそうなことがあるしな。


「あの二人にも世話になっているから、事情は伝えることにしよう」

「セタールさんとネリさんに会えるんですね! 楽しみです!」


 こうしてルキッドの抱える問題の解決に着手することとなった。

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