第四話 春の亀狩り
試験が終わり束の間の休息! といきたいところだが、カッパーランク冒険者にはそれは許されない。
ギルドハウスの一角にて俺がリーダーを務めるパーティ『真紅の鴉』のメンバーが集まっている。俺、セタール、ルキッドのたった三人のちっぽけなパーティだ。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
「かしこまっちゃってどうしたの?」
セタールが不思議そうに首をかしげ、青い髪がふわりと揺れる。
彼女は『真紅の鴉』以外にも複数のパーティに所属していて、気分や受けたい任務によってその日参加するパーティを決めるというわがままな女だが、今日は俺たちと動くらしい。
「……今日は任務の日だ」
ルキッドは低く響く声で返事をした。圧縮されているが、「今日は『真紅の鴉』として活動すると決まっている日だ」ということを言いたいのだろう。俺とルキッドは兼業冒険者でセタールは色んなパーティをフラフラしていて、『真紅の鴉』としての活動が毎日あるわけではないからこそくる発言だ。
ルキッドは他所からやってきたらしく、この国の言葉を流暢には喋れないことと生来の不器用さからあまり喋らない寡黙な奴だ。喋るのを得意としていないためこのパーティ以外には所属していない。ある意味セタール以上に謎が多いかもしれない。寡黙だが観察眼が鋭く、頼りになる男ではある。
個性的な二人を前にリーダーとして今後の方針を告げる。
「受験料や試験で仕事できなかったからお金がありません。なので稼ぎましょう」
「つまりいつも通りってことだねー」
勿体ぶって言った割に普通の内容だったことにセタールが気の抜けた声でツッコむ。
「ああ」
ルキッドは短い言葉で同意する。俺と同じく試験落ち直後のカッパーだから経済状況も似たようなものだろう。
「春先でまだ腕が鈍っているから安全第一でいきましょう」
「おけー!」
「そうだな」
ギルドで任務の受注処理を終え、俺たち一行は街の外へと出る。
街をぐるっと囲む壁を抜けると、外には農村が広がっている。街を囲む壁は二つあり、一つ抜けただけのここはまだ都市内。
歩いていくと景色は畑から森に変わっていく。都市の旺盛な木材需要を支えている大事な森だ。
この世界は概ね中世のようだが、ある部分では前世の世界とは違う発展をしている。その一つが植林だ。ありとあらゆるものを木材で作っているため、木材の枯渇問題は前世地球以上。生死に関わる植林が発達している。
街に近い森は全て植林でできた人工的な森だというのだから驚きだ。魔術的に利用価値の高い白い木々が並び、外にいくにつれて色が濃い木に移り変わっていく。魔術には利用できなくても建材としての価値があるから木はいくらあってもいいということだ。それに、魔術に使える木ほど成長が遅い。
白から黒へと色を変えていく森のグラデーションを眺めながら歩く。やがて、二つ目の壁に到着する。ここを抜けると完全に都市の外、魔物が住む領域だ。
門をくぐり壁の外に出る。鬱蒼としていた景色から一変、背の低い草木が並ぶ平地になる。
魔物の領域とはいえ人の往来はあり、いくつかの街道が伸びている。街道の一つは川沿いの土手にあり、ところどころに冒険者や商人が休憩するための木組みの小屋が設けられている。水辺が近いとうのは便利だからな。
利便性を感じているのは人だけではなく魔物も同様で、今日の目標はそんな川の恩恵を預かっている。
「お、あれだね!」
セタールが指さす先には非常に大きな亀がいた。全長は大人二人分くらいあり、甲羅から様々な岩が生えている。ロックタートル――石や岩を食べる亀の魔物だ。
まだこちらに気づいていないのか、川の浅瀬で石をモソモソと食べている。それだけ見れば微笑ましい食事シーンなのだが、魔物ということもあり有害である。こいつは石や岩だけではなく宝石や魔石まで食べるから、放っておくだけで資源を食い散らかす迷惑な存在だ。
普段固いものばかり食べているからなのか、岩で覆われた甲羅だけでなく体が普通の亀よりもカチカチに硬い。真向うから倒そうとすると日が暮れてしまう。お腹側は割と柔らかいのでそこを攻撃すればいいのだが……。
「さて、やりますか」
二人とアイコンタクトを取り所定の位置につく。ロックタートルは何度も倒した相手、こちらが取るべき行動はパターン化されている。 ロックタートルが地面を踏みしめるたび、鈍い振動が足元に伝わる。甲羅に生えた岩がガラガラと擦れ合い、まるで小さな地震のようだ。
魔杖を構える俺が相手の正面を捉えられる場所に立ち、棍棒を携えたセタールが側面で身を潜める。ルキッドは魔杖と剣の二刀流だが、今回は魔杖を構えてセタールの反対側に陣取る。
お互いに準備ができたのを確認してから、ロックタートルの進路を予想して狙いを定める。
「【水は揺れ、識は描き、現を笑う。淡き幻よ、虚構を映せ。――幻水鏡!】」
水がゆらゆらと揺れて形を作り出す。現れたのは煌々と輝く宝石の数々、ではなくただの幻。魔術で作り出した張りぼてだ。
「フゴ?」
ロックタートルが目敏く宝石の幻に反応する。人の気配には鈍感な癖に現金な魔物だ。
食べかけの岩を口から落として、宝石の場所へと一目散に歩いてくる。亀とはいえ魔物、その速度は獣並だ。当たればただでは済まない。
ロックタートルが川の土手、斜面に差し掛かったところで今度はルキッドが魔術の準備をする。
ルキッドが扱う魔杖は腕の長さくらいしかない小さめの魔杖。威力の大きい魔術は行使できない代わりに取り回しがいい代物だ。
「【地よ、静かに息づき、一脈の力を集え――隆起!】」
ルキッドの魔術によってロックタートルの足元の地面が盛り上がる。宝石に目が眩んでいたこともあり突然盛り上がった地面に対応できず、バランスを崩して転倒する。
「どっせい!」
転んだのを確認したセタールが相手のお腹めがけて棍棒を叩きつける。
「フガァ……」
急に転倒させられたと思ったらいきなり腹を叩きつけられたロックタートルは哀れなことに衝撃で即死した。口から泡を吹いて仰向けで倒れこむ姿はよだれを垂らして寝ているかのようにも見える。
俺がバカなことを考えている間に、セタールとルキッドがさっさとロックタートルの血抜きと解体をする。亀とはいえ一応肉、立派な食材だ。俺は周囲の警戒があるし手際も悪いからあまり参加しない。苦手で手際が悪いというわけではない。多分。
その代わりに、最後の仕上げはきっちりとやる。
「【水よ、白く凍てつき、その身を結べ――凝霜!】」
最後に俺が魔術で凍らせて麻袋に投入。これで街へ持って帰るまでは腐らない。
「ほい、新鮮な亀肉一丁あがり」
「完璧だったね! 試験に落ちたとは思えない手際だったよ!」
「おい、それは余計だ」
セタールがしれっと屈託のない笑顔で言いのけた。正直自分でも少し思っていたから質が悪い。
「……試験とは別物だ」
ルキッドが魔杖を見つめながら呟いた。表には出さないが、意外と試験に落ちたことを悔しがっているのだろうか。
「そうそう、魔術師だって部屋に籠って研究する人から魔物やら魔族やらと相対する人まで色々だからな。試験との相性があるんだよ」
「ふーん?」
試験というのは得てして現場での実情と乖離するものだ。大まかでいいから回数やその場に応じた魔術が求められることの多い冒険者と違い、緻密な魔術を求められるのが試験。討伐に慣れている人ほど落ちるんじゃないだろうかと今になって思う。
「さて、依頼も終わったことだしさっさと帰りますか」
「りょーかい!」
「ああ」
任務を終えて街へ戻り、ギルドで討伐報告や素材の売却やらの諸々の手続きを済ませた頃には既に夕飯時、俺とセタールは売却しなかった肉を抱えて酒場へと向かった。ルキッドは手続きが終わればすぐに帰るためいつも酒場にはついてこない。
なにか事情があるのかわからないが、ゆうちゃんの償い的事情があるのかもしれないので俺は特に理由を聞いたことはない。深く入り込まない、これがこのパーティの不文律である。
酒場に入りロックタートルの肉を持ち込むと、店主が「もうそういう時期か。春の訪れだな」と呆れた顔をしつつも肉を受け取る。俺たちが変な素材を持ち込むのは日常茶飯事なのだ。
テーブルでセタールと談笑しながら待っていると、酒場の奥から猛烈に食欲をそそるスパイスと肉が混じったコクのある匂いが漂ってきた。ロックタートルの肉は硬くて焼いても食えたものじゃないが、スープの素としては優秀で煮込むと味が溶け出して強烈に旨い匂いを醸し出すのだ。
「お待たせしました、ロックタートルの煮込みです」
グツグツと煮えたスープがテーブルに置かれる。
湯気とともに、濃厚な香りが鼻をくすぐった。
「いい匂い!」
セタールが目を輝かせる。
俺はしっかりと香りを堪能してからスプーンを手に取り、慎重に口へ運ぶ。
「……うん、これこれ」
思わず声が漏れる。前世の味を覚えているせいで舌が肥えてしまった俺でも、素直に美味しいと思える味だ。肉そのものは繊維がほぐれきってドロドロだが、そこから出た旨味がスープに溶け込み、野菜と混じり合って深い味になっている。なんというか、味が絡み合っていて文明を実感できる味なのだ。
「ロックタートルって肉は微妙だけど、スープは最高だよねー。ケントが褒める数少ない料理」
「舌が肥えてて悪かったな」
セタールは幸せそうに頬を緩めている。この女の場合は大抵のものはおいしそうに食べるが、その姿を見ていると、なんだかこちらまで気が緩んでくる効果がある。
魔術師試験に落ちて、今年もカッパーランクのまま。冒険者としての生活は相変わらず苦しいし、将来の不安も尽きない。
それでも、こうして仲間と飯を食い、温かいスープをすすっていると、カッパーなりの楽しみ方ってやつも悪くないと思えてくる。
(……まあ、今年も地道にやっていくか)
湯気の向こうで、セタールが笑っていた。
その笑顔を見ながら、俺は静かにスープをもう一口すするのだった。
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