第三話 学科試験
この世界では木材の需要が非常に高い。家や家具に食器から、車輪や工具の柄など様々な用途に木材が用いられる。
魔術の分野においても同様で、魔力が流れやすく停滞しにくい性質が評価され、ほとんどの魔杖が木製だ。
ギルドハウスは木造だが、なんと建物全体に魔力が流れているらしい。ギルドハウスのどこかに建物全体へ魔術を行使するための部屋があるのはよく聞く話。いわば、大きな魔杖だ。
木材ならどれでもいいというわけではない。基本的に白い木材は魔力を通しやすく、色が濃くなるにつれ魔力の流れが悪くなる。そのため、白い木材は高価で濃い色の木材は安価だ。 ギルドハウスはやや明るめの色の木材が使用されていて、ほどほどに金をもっているのだろうと推測できる。
俺の魔杖は白くはないが濃いというほどでもない、中間くらいの色。安物ではない少し背伸びした一本だ。
(これはすごいな)
目の前には広大な敷地をふんだんに使った巨大な白い建築物を見て思わず見入ってしまう。木で造られた五階建ての巨大建造物――魔術協会の本部だ。
前世以来久しく見ていなかった大きな建物に圧倒される。高さは五階建てで広さは庶民の家なら数十軒はすっぽり入るだろう。この世界にきてから見た中でぶっちぎり一番大きい建物だ。これほどの大きな建物の全体で白木材を使っているとしたらその額は一体どれほどになることやら。
……受験料が高いのはこのデカ箱がいくらか関係しているような気がしてきた。
「この建物だけで俺たちの給料何年分なんだろうな」
「……何年かかっても辿り着けないんじゃないか」
隣で同じく見上げていたルキッドに問いかけてみると、渋い声で返答がきた。
身長はやや低めながらガッチリとした逞しい体躯で魔術使いというよりは、盾とかハンマーを持って前衛で構えている方がしっくりとした風貌である。
「ケントは緊張していないのか?」
「実技試験が落ちていること確定しているからな。ある意味無敵だ」
「……それは不躾なことを聞いてしまったな」
俺たちは今日、魔術師認定試験の学科試験を受けるためにやってきていた。試験の申込み自体はギルドを通していたので、魔術師協会にやってくるのは初めてだった。実技試験はここから離れた屋外でやっていたしな。
「ルキッドは実技どうだったんだよ」
「最後までやり終えたが、魔術の精度という面ではいまいちだったと思う」
「手ごたえは半々ってところか」
試験の結果は実技と学科の両方が終わってから通知される。……俺みたいにとちってその場で不合格だとわかる場合もあるが。
「目の前の試験に集中しますか」
「ああ」
魔術協会内部は、協会の威厳を見せつけるかのように外観と同じく白い木の空間が広がっていた。天井は高く、空気は冷たく澄んでいる。建物内の空気を魔術で管理しているのだろう。
白いローブを着た人が慌ただしく行き交う廊下を通って指定された試験部屋に入ると、大学の講義室のような階段状になっていた。
部屋の後方の机に自分の受験番号を確認して着席する。ここからは部屋が一望でき、魔術師を目指す人たちの静かな緊張が漂い、ギルドとは違う張り詰めた空気を感じ取れる。……前の人の解答が見えそうだけど大丈夫だろうか。
ギルドはもっとうるさくてはっきり言って品がない、がそれが逆に落ち着く部分もある。
魔術師を目指すのは生まれに恵まれた人が多いから、俺たちみたいな冒険者は浮いて見える。他の受験者は身なりが綺麗で、中には貴族っぽい雰囲気の人までいる。逆に向こうからすれば冒険者なんて珍しいと思っているのだろうか。
知らない人ばかり見たので安心感を得るために真ん中の方に座るルキッドをちらっと見ると、腕組みをしてじっとしている。参考書を一人一冊持てるような世界ではないため、時間を持て余して脳内で復習をしているのだろうか。
「まもなく試験が始まります。受験番号を確認して着席してください」
最後にルキッドに一回くらい話しかけようかとした時、試験官が入室してくる。
入って来た人は二人で、そのうちの一人は実技試験で時間切れを宣告した女の人だった。
輝くような銀髪は耳より上の方を後ろでまとめてあり、赤い切れ長の目にスラっとしたスタイルが高貴でクールな印象を受ける。
今この場で冷静に見るとかなり若く俺よりも何歳か年下な感じがする。試験官は一級魔術師以上しか務まらないみたいだから、若くしてそこまで上り詰めたエリート様だ。実技試験の時にはそこまで気づかなかった、緊張していたんだろうな。
「本日、試験官を務めますネイリーと申します。何かわからないことがあれば挙手してください」
銀髪の試験官――ネイリーが鈴のような凛とした声で挨拶を済ませる。腰に携帯した魔杖は光沢のある白、相当な値打ちものに違いない。
「あれが噂の……」
「実在してたんだな」
どうやらネイリーというのはある程度名が知れているらしく、何人かの受験者がコソコソと話している。
「問題用紙を配ります。試験開始の合図があるまで表を向けないでください」
受験者たちの少し色めきだった空気に物怖じすることなく、ネイリー試験官と補助らしき中年の男が問題用紙を配って回る。先頭から後ろに送っていくスタイルではないみたいだ。
全員に配り終えたのを確認したネイリー試験官が静かな表情で告げる。
「それでは、解答を始めてください」
合図を聞いてすぐに問題用紙をひっくり返す。
A2よりも大きい紙に二択問題と四択問題がそれぞれ二十問。問題文の端に四角で解答欄が設けられている。
……試験問題持ち帰れないタイプのやつだな。
問一 魔術を行使する手順について適切なのはどちらか。
魔術を使っている人なら簡単な問題に見えるが、感覚だけでやってる人にはわからないし、いざ言語化されるとわからなくなる人もいる。
魔力の装填→詠唱→魔力の圧縮→発動の順番が正しい。実際には詠唱しながら圧縮をすることもあって、詠唱と圧縮の順番を間違えて覚えている人もいるとか。よくそれで魔術を発動できるものだ。
問二 次の魔力の属性と特性の組み合わせで誤っているものはどれか。
【地】の魔力は名前の通り地面を操作する魔術を使えるが、それ以外に身体・骨格・建物といった重さや固さ、形に作用する魔術を使うことができる。
他には【風】は単に風だけではなく、動き・運動・生命の働きに作用する。
それらを踏まえた上で抜けている要素のある組み合わせが不正解だ。
問三十 二級魔術師かつシルバーランクの冒険者が所持できる魔杖の数として、適切なのはどれか。
問題は魔術の行使に関することだけではなく、法令などの周辺知識も求められる。この問題については、二級魔術師は魔杖を二つ所持することができるので二つが正解。シルバーランク冒険者は所持できる武器が三つだが魔杖に関しては魔術師かどうかに左右されるため、関係のない惑わせるための文だ。
こういう問題は前世で散々やったからスラスラと解けるが、この世界の生え抜きたちは慣れてないだろうから苦戦必至だろう。
その後の問題も特に問題なく解いていく。わからない問題もいくつかあるが、こういうのは普通に勉強しているだけでは解けない問題が混じっているもの、気にしないで進めるのが吉である。
「時間になりましたので、試験を終了します。手を止めてください」
全て解き終わり、見直しが二週目に突入した頃に終了の合図が告げられる。実技試験と違って大幅に時間を持て余したな。
「解答用紙を上に向けて机の上に置いてください」
(何が始まるんだ?)
後でルキッドとわからなかった問題について話でもしようかとすっかり脱力モードに入っていたが、聞きなれない言葉に疑問が湧く。解答用紙は普通なら裏向けて回収するものじゃないだろうかと思いつつ、言葉に従い表を向ける。
「【識よ、理を照らし、公正な道を示せ――判閲】」
ネイリー試験官が白い立派な魔杖を振るうと、そこから淡い光が解答用紙に降り注ぐ。俺の方だけではなく室内全員に向けられている。
光が解答用紙に触れるとチリっと微かな音を立てて、解答欄にレ点と×が刻まれていく。
(魔術で採点しているのか!)
驚いているのは俺だけではなく、周りの受験者も同様だった。試験が終わり弛緩していた空気が少しひんやりとする。どうやら珍しい魔術らしい。
この世界ではレ点が正解で×が不正解という意味だが、俺の解答用紙はほぼレ点がつけられている。
全ての解答欄のチェックが終わると、最後に点数と合格の文字が刻まれた。教室には合格を喜ぶ声と不合格を嘆く声が入り交じる。
……「識」単体でこれだけの魔術ができるとは知らなかった。部屋中の解答用紙全てを一瞬で採点する精度に試験官の確かな魔術の腕をはっきりと見せつけられる。学科は余裕だなと調子に乗っていたが、高みを見てすぐに鼻が折られた気分だ。
「解答用紙を回収します。この後実技試験の結果を一緒に発表するので、そのままお待ちください」
悲喜が混じる室内の様子を気に留めることもなく、ネイリー試験官と補助員は退出した。彼女らには見慣れた光景なのだろう。
それにしても採点を魔術で終わらせためか、合否判定も迅速だ。前世日本なら一ヶ月は待たされるというのに。
その後、実技試験と学科試験の合否が記載された木の札がそれぞれ配られた。
「木札は割符となっています。実技と学科の両方を合格された方は二級魔術師に認定されますので、別途案内をします。一方のみ合格された方は、次年度受験する際に合格した試験を免除致しますので、無くさないようにしてください」
割符というのは木札を二つに割って、一方をこちらが、一方を相手が所持しておく。次に持って行った時に二つがしっかり合わされば正しいものかどうかを確認できるというものだな。
手元の学科試験合格と刻まれた木の札を見つめる。来年また魔術認定試験を受ける時にこれがあれば学科試験が免除されるから大事に持っておかないと。
しばし木札を眺めた後、ルキッドの結果も確認しに行く。
「どうだったよルキッド」
「学科だけ合格だ」
「ルキッドも実技はダメだったか」
ルキッドは筋骨隆々な見た目から脳筋に思われがちだが、知的で手先が器用な奴だ。学科試験は俺と同じで余裕だっただろう。実技試験は器用な奴でも落ちるくらいの難易度だったのだろうか。互いに応援していたとはいえ、置いていかれずに少しほっとした自分がいた。我ながら情けないものだ。
「……また来年受ければいい」
「まあ、そうだな」
手に感じる小さな木札が、実技試験に落ちたことを再認識させる。試験の感触が残っているうちに復習しないとな。
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