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魔術師未満  作者: 大日小月
第一章 魔術師になれなかった男

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第二話 冒険者の性

 時間切れで幕を閉じた魔術試験の後、俺は町の冒険者酒場に足を向けていた。

 日没が迫り空は群青に染まりはじめる。仕事を終えた冒険者たちがゾロゾロと町に戻り、酒場には乾杯の音や仕事の成果を語らう声が充満していく。木製の扉が開くたびに吹き込む冷たい外気が入り混じり、どこか懐かしいような、雑多な温かさが広がっていた。

 

 そんな酒場の片隅で俺は酒を飲まずにヤギミルクの入った木のコップを傾ける。

 基本的に俺はアルコールを飲まない。アルコールが苦手なのもあるが、酔っ払って転生関連のことをうっかり喋ってしまうのが怖いからだ。この世界では安全な飲み水が簡単に手に入らないから、飲料としてのアルコールの重要性はわかるんだが、できれば避けたいところだ。

 

 魔術で水の生成はできるが、酒場でそれをするのはマナー違反だ。そのため、水は冒険者として依頼で外に出ている時にこっそり飲む程度だ。

 そういったことから町中ではヤギミルクを飲むようになっていた。……変な臭いがするからあまり好きではないが。

 

「あーまずい、もう一杯」

「まずいのにおかわりするんだ」


 対面には青髪で前髪ぱっつんの女、セタールが同じくミルクを飲む。依頼を終えた後のため防具を外して身軽な恰好をしている。同じパーティ仲間だが、今日は俺が試験だったから他所のパーティに混じって冒険者として依頼をこなしていたのだろう。今日は俺とセタール二人だけだが、特に何かあるというわけではなく、酒場で語らうのは冒険者の性みたいなものだろう。

 

 隣のテーブルでは若い冒険者に説教垂れてるおじさんがいて、遠くの方では何がそんなに面白いのか大きな笑い声がし、陽気な連中の歌声がどこからか聞こえてくる。

 酒を飲まなくても、この場にいるだけで酔ってしまいそうな空間だ。


「人間生きているとな、飲まなきゃやってらないこともあるんだよ」

「おじさんみたいなこと言ってるー」

「半分おじさんみたいなもんだよ」


 前世と合わせたら生きた年数だけで四十年は経っているから心は立派におじさんだ。年数分成長しているというわけではないが。


「はあ」

「いやー、見事に落ち込んでるね」


 セタールは八重歯を覗かせながらにやにやとこちらを見る。

 からかってるようにしか見えないが、彼女なりの励ましというかコミュニケーションなんだろう。かれこれ五年くらいの付き合いだからわかる。

 最初に会った時はもう少しおしとやかというか大人しい女の子で別人みたいだったが、冒険者として活動するうちにたくましくなったものだ。

 初めて一緒に依頼に行った時は緊張で手が震えて剣を落とすくらいだったが、今では俺をからかう余裕まである。人は変わるものだ。


「試験の出来、イマイチだった?」

「……時間切れだった」

「え、そんなに時間制限厳しいんだ。普段のケント見てると魔術の発動が遅いって感じしないけど」

「試験でやることと実際に現場でやることは勝手が違うからな」


 前世でも試験と名のつくものはたくさん受けたが、それに合格したからといってすぐ何かできるということはない。逆に知識や経験が豊富な人でも試験を不合格になることがある。要は試験は実際に必要なスキルとは別に対策が必要なのだ。


「それって受かった人が言わないとかっこ悪いよね」

「うっせー、わかってら」


 正直、慢心がなかったとは言えない。未だに前世では先進国で育ったというくだらないプライドが頭の片隅にこびりついている自覚はあるし、時折無意識にこの世界のことを見下していることがある。そういう悪い癖がここで仇となったのだろうか。


「この分だとルキッドは大丈夫なのかな?」

「あいつは器用なんだが不器用なんだがわからないからなぁ」


 セタールがここにはいないもう一人のパーティメンバーの名を口に出す。ルキッドは俺と同じ魔術使いの男で、今年一緒に二級魔術師認定試験を受けた。仲間としては受かっていてほしいが、俺だけ不合格というのはそれはそれで落ち込む悩ましい心境だ。


「しょうがないなー。今日はオネーサンが奢ってあげるから元気出しなよ!」


 俺があまりに落ち込んでいたのを気遣ったのか、セタールにしては珍しい奢り宣言だ。明日の天気はドラゴンのブレスだなこりゃ。


「オネーサンって、俺とほとんど歳変わらないだろ」


 セタールは顎を引き上から目線を作ってオネーサン感を出そうとしているが、確か二十代中頃、俺と同じくらいだったはずだ。俺は孤児で戸籍もないから自称だけど。


「あー、申し出はありがたいが、同じカッパーランク同士懐事情は察しがつくから遠慮しとく」

「なんだ、ノリが悪いなー」


 俺もセタールもギルドランクはカッパー(銅級)。その証拠に二人の胸元には銅製の認識票が掛けられている。ゴールドが一番上で、その次がシルバー。

 カッパーはその次で、上から三番目だが、冒険者自体がろくな職業ではないから大して金を稼げない。日雇いの仕事ばかりで、週に一回休めたら御の字というところだ。

 

 せめてシルバーランクになれたら違うのだが、その壁は分厚く、全体の一割程度しかなれないそうだ。

 二級魔術師に認定されたら、ついでに冒険者ランクもシルバーに昇格される。俺はそれを狙って魔術師を目指したのだが。


「はあ……」

「また来年もあるんでしょ? 若いんだからまだまだ余裕だって」

「受験料も安くないんだよ」


 大がかりな実技試験会場の準備や試験官の人件費など費用が嵩むのは理解できるが、魔術師認定試験の受験料はカッパーには痛い出費だった。

 

 試験が春先に行われるのというのもよくない。冒険者の主な仕事は魔物に関することだが、冬場になると魔物の動きは鈍る。そのため、冒険者たちはそれ以外の仕事を探すか貯金を切り崩して生活することになる。つまり、かなり暇になるので、その時期を狙って冒険者ギルドの講習会やギルドランクの昇格試験が行われる。

 

 冒険者ギルドとは別組織ではあるが、魔術師認定試験もそういう事情を考慮しているのか同時期に開催される。暇な冬の間に魔術の練習と勉強をしてその成果を見せろということだろう。

 ……仕事がなく暇ってことはお金ないってことなんだが、その辺は考慮してくれないらしい。だから、俺はせこせこと貯めた貯金を切り崩しながら冬の間中練習に励んだ。そう、貯金を切り崩して。


「はあ……」

「受験料が痛いのはわかるけど、投資ってそういうものじゃん? 商売でも同じだよ。ため息ついてないで、冷める前に早く食べなよ」


 セタールが勧めるのは麦やら豆やらを挽いたものに少量の野菜が入った粥。味の方は、まあなんとも不味い。出汁の類はなく塩味のみで、ドロドロの食感とよくわからんハーブの香りが重なって食欲を減退させる。

 俺ができるだけ味を感じないように舌に触れさせないように食べる一方、セタールは笑顔で木のスプーンを口へ運び続ける。


「よくそんなに旨そうに食えるよな」

「豆の甘味が出てておいしくない? まあ、確かに今年は豆の質が落ちてるけど」

「俺にはわからん」


 冬場は懐事情が寒くなるだけはなく、食事も保存食メインの貧相なものになるから気が滅入る。春になれば野菜が増えて肉が追加されるからもう少しマシな味になるんだが。

 日本の味を覚えてしまっているせいでいくらマシになってもまずいもんはまずいが、冬場の食事は空腹というスパイスでも誤魔化せないからな。ただでさえクソ寒いのにモチベーションがより下がってしまうのだ。


「せめて肉が欲しい」

「それは同感だね。早く討伐任務したいなー」

「仕事の方はどうだったんだ。 この時期なら偵察任務だろ?」

「魔物の活動の痕跡がちらほらあったね。近いうちに活発化しそうだと思うよ」

「本格的に仕事の時期がきたか」

 

 街道やその近隣に出る魔物の出現状況を把握するために冒険者による偵察任務は常に行われている。その情報を基にして討伐や捕縛の依頼が出されるわけだ。街道とかあちこちに点在している冒険者用の小屋とかの清掃維持がついでに課されるから血気盛んな冒険者には不人気な依頼である。


「次は学科試験だっけ? それが終わったら早速一狩りに行こうよ!」

「おう、そうだな」


 セタールはお椀の粥を全部食べ干して、役目の終えたスプーンをクルクルと回す。

 

 冒険者のパーティ事情は割と自由である。複数の所属が認められていて、セタールは俺とも組んでいるが他のパーティにも属している。今日はそのうちの一つのパーティで偵察任務に出たのだ。

 討伐任務が常にあるわけでなく、討伐対象や場所によって編成人数が大幅に変わるため、そのような柔軟な運用となったのだろうと俺は解釈している。


「今日はどのパーティに参加したんだ?」

「うーんとね。『黄金の女豹』だよー」

「あの暑苦しいところか……」


 セタールは飽き性なのか多くのパーティに属している。 俺は二つのパーティに所属しているだけだが、セタールは片手で収まるのだろうか。

 『黄金の女豹』は女性パーティだが前世日本でいう体育会が集まるよくも悪くも熱い集団だ。何度か一緒に仕事をしたことはあり、人柄の良さはわかっているのだがずっと一緒にはいられない。みんないい人なのはいい人だが、どうしても相性というものがある。


「セタールはシルバーランク目指さないのか? あそこのリーダーはシルバーだし色々教えてくれるんじゃないか」

「アタシは今の生活で満足してるからいいよ。こうやって仕事終わりに酒場で過ごす時間が楽しいし」

「まあ、そういう考えもあるか」


 そう言って腰に手を当てて銭湯終わりかのようにミルクをあおるセタール。素晴らしい飲みっぷりだ。この国、ルロイド王国には銭湯の文化はないけど。シャワーを浴びる習慣はあるから今度シャワー終わりに俺もミルクをあおってみたくなる。

 

「一度きりの人生なんだからさ、楽しまないと!」


 口元にミルクをつけたままセタールはバシッと決めた。

 言われてみれば、なぜ二度目の人生なのに堅実な道を歩もうとしてるのだろう。一度目で将来の不安を抱えながら生きていたからだろうか。


「それもそうだな」


 セタールの言葉に軽く頷く。案外、俺が忘れていた大切なことなのかもしれない。一度きりの人生なら、もう少し足掻いてみるのも悪くない。

 まあ、今この瞬間は試験のことや悩みなど忘れて、酒場の喧騒に身を委ねることにしよう。

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― 新着の感想 ―
キャラが覚えやすくていいね、セタールはこのエピソードだけでもキャラが立ってる
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