第一話 実技試験
この世界では魔力は誰しもが備えたありふれた存在だ。
魔力を通して使用する魔道具は生活必需品といっても過言ではない。
魔杖を用いてより高度な現象を発動することは魔術といい、魔術を使う人のことを魔術使いという。
転生してはや二十数年、俺は魔術使いとしてなんとか生きている。孤児として生まれて貧しい思いをしてきたが、魔術を必死に習得したおかげだ。
魔術使いの中でも、国家試験に合格した人は魔術師と呼ばれる。
そして今日、俺は魔術師試験を受けに来ていた。
「これより、王国歴211年度二級魔術師認定試験の実技を行います。受験者は所定の位置に着いてください」
若い女性試験官の凛とした声が演習場に響く。石の壁に囲われているとはいえ屋外、春先でもまだまだ寒い。
自分の位置へ着き軽く深呼吸をする。試験開始の合図があるまでに最後の復習をする。
実技試験の内容は六大魔力属性のうちから二つの属性を選んで、その属性ごとに決められた魔術を行使するのが一次試験だ。
俺が選んだのは【水】と【識】。目の前にはその二つの実技試験に使用する吊るされた鉄の丸い板と木製の四角い板が作業台の上に準備されている。失敗しても大丈夫なようにそれぞれ三枚ずつある。
「それでは、始めてください」
試験内容のおさらいをしている間に時間となり、試験官の淡々とした合図で試験は開始された。
(練習通りにやるだけだ)
支柱に据え付けられた金属の板を見据える。この板を切断するのが【水】の試験だ。ただ切断するだけなら難しいことではないが、試験なので制約が課されている。
一つ、過剰な威力の魔術を行使しないこと。これは試験前に試験官からキツく言いつけられたことだ。適当に威力の高い魔術をぶっ放して「会場もろとも切断しました」というのは通用しない。過去に何人もいたらしい。
二つ、切断面が綺麗なこと。壊すのではなく切らないとダメだということだ。
適切な威力の魔術を扱えるかを判断しているのだろう。
(どのくらいの威力にするかが問題なわけだが)
金属の板に近づいて厚さを確認する。手のひらくらいの分厚さだ。どのくらいの威力がちょうどいいかを頭でシミュレートしながら立ち位置へ戻る。
手に持った魔杖を胸の前に突き出す。
手の形に掘られた持ち手をしっかりと握り、水の魔力を流し込む。
俺は転生者だからなのか、魔力を自分のものではない異物と感じてしまうため、この行為が非常に苦手だ。普通の人は無意識にできるそうだが。自身に流れる六種類の魔力から【水】の魔力だけをよりわけて、そこから魔杖に流すのは針の穴に糸を通すようなコントロールが必要だ。
「【水よ、鋭く走り、一太刀となれ――水刃!】」
魔杖の先端から薄い水の斬撃が水平に撃ち出される。魔力量を少し多めにしてじっくり圧縮させた鋭い水刃は速度を落とすことなく板に向かって飛んでいく。板にぶつかった水刃はゴゴゴと轟音を立てながら前に進み、やがて水刃は板にぶつかり霧散した。
板を見ると、水平方向に切れ目が入り切断するまで後少しというところだ。
圧縮が足りなかったのだろうか。威力を出しすぎないようにとビビりすぎたのかもしれない。切り替えていこう。幸い、金属の板は三枚用意されているからすぐに再挑戦できる。
先の【水刃】の威力からして次は少し多めに魔力を込める。
「【水よ、鋭く走り――」
詠唱している時間に応じて魔力は圧縮される。込める魔力が多くても密度がスカスカでは威力は出ないから、ゆっくりと溜めて詠唱する。
「一太刀と、なれ――水刃!】」
【水刃】が真っ直ぐに撃ちだされる。見た目は一回目と大して違ないが、音が明らかに鋭くなっている。魔力を圧縮したことでキレが増しているのだ。
勢いよく飛んでいき、二枚目の板にぶつかる。今度はぶつかってすぐに霧散することなく、板は真っ二つに割れると同時に【水刃】も消えた。とりあえず切断はできてよかった。後は切断面と支柱を傷つけていないかどうかだ。
板を確認すると、機械で切断くらい真っ直ぐで綺麗な切断面だ。支柱の方は……若干傷が入っているな。これはどういう評価になるだろうか。
隣では試験官が俺が切断した板を観察しながら、手元に紙になにかしら記入している。
「はい、大丈夫です。次の試験にとりかかってください」
それは、オッケーだったということだろうか。まあダメならやりなおしさせるだろうからオッケーなんだろうが、なんともお役所仕事的な遠回しな言い方だ。
文句を言っていても始まらないので二つ目の属性「識」の試験にとりかかる。これはすこし変わっている。「識」の魔力は精神魔術を司るため、【水】のように操作したり攻撃したりできない。
そこで登場するのが作業台に置かれた木の板。手のひらぐらいの厚みがある。……俺が練習してたやつより表面がツルツルしている気がする。インターネットのないこの世界、人づてに聞いた情報はあてにならないと痛感する。
文句は後で言うことにして、木の板に意識を集中する。
「【識よ、意を測り、形となれ――刻跡!】」
板の表面が魔力で淡く光り、魔力が文字を象って板に定着していく。【識】の試験は【刻跡】による文字の刻印だ。術者の頭に描いたものが刻印されるので詠唱と刻印する文字をイメージすることの両方を意識しないといけないので、攻撃魔法と違った難しさがある。
さて、出来栄えはどうかというと。
(かろうじて読めなくはない、か?)
インクが切れかけのペンで書いたような掠れた文字が刻まれていた。
試験官の様子を伺うと、早くも二枚目の板に意識を向けている。失敗ってことだな、これは。
練習のようにすんなりとはいかない。本番で緊張しているのだろうな。
「【識よ、意を、測り、形となれ――刻跡!】」
先ほどより魔力量を増やして圧縮量も多くした。魔力の光もそれ相応に輝きを増し、文字を刻んでいく。光が収まり現れたのは、ミミズがのたうち回ったような字だった。
……詠唱に気を取られて文字のイメージが疎かになっていたな。
だがまだチャンスは一回残っている。文字自体ははっきりと刻まれていたから後はイメージをしっかりすれば大丈夫のはずだ。
「【識よ、意を、測り、形となれ――刻跡!】」
同じくらいの魔力をこめて【刻跡】を発動する。魔力の光が晴れた後には、今度こそはっきりと明瞭に刻まれた文字が見えた。
「【水】と【識】それぞれの魔術の行使を確認しました。一次試験はこれで終了です。二次試験は隣の演習場で行いますので移動してください」
文字を確認した試験官が相も変わらず平坦な声で告げる。
(ふう、なんとかなったぜ)
一息つきたいところだが、試験時間は一次と二次でわかれていないからさっさと移動することにする。
「二次試験は二種類の魔力を使った複合魔術を二つ発動する試験となります。どの魔力の組み合わせでも構いません。会場にあるものは全て利用可能です」
試験官はそれだけ告げると、スタスタと会場の後方に陣取った。
(試験の説明をしている間も試験時間に含まれているのだろうか)
制限時間があるだけに些細なことも気にしてしまう。集中しないと。
二次試験の会場は石の壁で覆われた踏みしめられた土の広場というのは一次試験と同じだが、広さと設置しているものが違う。
広い試験場の中央には戦士を模した石造が二柱ある。あれを魔術の標的にしてもいいということか。
(時間も限られていることだし、さっさとやりますか)
魔杖を握りしめ、【水】と【識】の魔力を流し込む。
「【水は絡み、識は結び、影を束ねる。穢れなき鎖よ、敵を縛れ――水幻縛!】」
細くしなやかな水が魔杖から無数に射出される。【水】と【識】の複合魔術【水幻縛】は水の糸を使った拘束魔術だ。ちょうど石像という縛りやすい目標があるからそれを狙う。
「ってあれ?」
水の糸は石像に届く前に消失してしまった。
魔力はちゃんと込められていたし、圧縮もしたし詠唱に不備はないはずなのに何故だ。
(……湿度が問題か?)
【水】の魔術は自然界の水を利用して発動しているらしく、水気があるところでは魔術の威力が大きくなり、乾燥しているところでは減退する。そのため、周囲の環境によって魔力を込める量や圧縮率を調整しなければならない。
まだ冬が残るこの時期だからその辺は気をつけてはいたが、試験場が予想以上に乾燥していたのだろうか。
仕方ない、次は魔力をもっと込めてやるか。冒険者として魔物を討伐する時はこれくらいのトラブル日常茶飯事、冷静に対処しないと。
「【水は絡み、識は結び、影を束ねる。穢れなき鎖よ、敵を縛れ――水幻縛!】」
(今度は上手くいったか)
水の糸は石像の手足に綺麗に絡みついた。これが実戦ならしばらく相手を封じ込められるだろう。
「はい、大丈夫です。次の魔術をお願いします」
魔術の出来に特に言及することなく、試験官が先を促す。
【水幻縛】はなんとか成功したが、予想以上に魔力を使った。今日は【水】の魔術が使いづらい。ここで普通の人なら魔力を込める量や圧縮量だけで対処しなければならないが、俺には別の方法がある。
俺は転生者故なのか六種類全てを扱うことができる珍しい体質のため、【水】がダメなら他の属性の魔術を遣えばいいだけではある。しかし、二種類の魔力までしか使えない魔術使いが多いこの世界、無闇矢鱈に色んな魔力を使えることを晒したくはない。
(この場には試験官一人か)
二級試験の監督は一級魔術師が担当する決まりらしいから、この試験官は一級魔術師のはず。……三種類扱えるくらいなら見慣れているだろうから多少は大丈夫か。
【識】はそのままで【水】の代わりに【火】の魔力を魔杖に込める。
「【火は揺れ、識は描き、幻を成す。紅き影よ、敵を惑わせ――」
「試験終了時間となりましたので、作業をやめてください」
「……え?」
魔術が発動しようとしたまさにその瞬間、試験官の無慈悲な宣告が俺に耳に届いた。
中途半端な詠唱で不発になった魔術が、魔力となって魔杖の先端から霧散していく。
「試験の合否は、後日行われる学科試験が終了してからまとめて公表されます。不明な点があれば魔術協会にお問い合わせください。なお、試験内容についての質問にはお答えできかねますのでご了承ください」
「あ、はい」
まだ事態をしっかりと受け止めきれないが、仕方なく試験会場を後にする。
制限時間オーバー、問答無用で不合格だったはず。
(……終わった)
この世界に転生して二十二年、ようやく手にした魔術師への道はあっけなく閉ざされた。
まだ冬の冷たさが残る風は体にしみた。
よければ評価、ブックマークをお願いします!




