第三十七話 帰るまでが採取任務
保養地での休養が遥か昔に思えるほど太陽が眩しい朝、冒険者がごった返すギルドの忙しなさが現実へと意識を引き戻す。
「採取任務やろうよ!」
太陽に負けじと爛々とした目でセタールが言った。
「宿で留守番させたこと根にもってるのか?」
「それもあるけど、アタシがすごいってところを見せておく必要があると思うんだよ」
「根にもってるのかよ。まあ、採取を少しはできた方がいいとは考えていたけど」
ウィータくらいとはいかなくても、代表的な野草の一つでも確実に覚えられたら任務先で調達ができるようになって便利だとは常々思っていた。
ただ、採取は腕っぷしがあればできる任務ではなく、地道に経験を積む必要がある。
「セタールって採取の技術あるのか?」
「意外とあるんだよねぇ」
ふんすと鼻息が聞こえてきそうなほど誇らしげな顔で胸を張っている。
「本当かよ。セタールができるならパーティ全滅は避けられるが……」
目線を走らせると、ルキッドとネリが一斉に顔を逸らした。
「木材と鉱石ならわかる」
ルキッドは少し意地があるのか別のアピールをしてくる。
その二つの採取は専門のパーティを組んで挑むやつだな。
「薬草学の単位は取得したけれど、実地での経験はほとんどないわ」
普段より幾分か小さい声のネリ。こちらもルキッド同様に悔し気な表情を浮かべている。一級魔術師としての矜持だろうか。
「このメンバーだと低レベルの任務からになると思うけど、報酬が少ないのは困るぞ」
「そこはアタシに任せて!」
何か作戦があるのか、セタールは軽い足取りで受付へ向かった。
「ミルダさん! 採取任務を受けたいんですけど」
「かしこまりました。『真紅の鴉』は採取任務の実績がないので、簡単な依頼からになりますがよろしいですか?」
ミルダさんが想定通りの回答をする。以前の護衛任務もそうだったが、いくら冒険者として活動期間が長くてもあらゆる依頼を受けられるというわけではないのだ。
「任務っていくつか同時に受けられますよね? 簡単なのでいいからまとめて受けたいなーって」
「確かにそういうことも可能ですが、最初からいきなりというわけには……」
「私は他のパーティで採取の実績あるし、ネリちゃんは学校で単位を取ってるから問題ないでしょ?」
「そう簡単に認めるわけには……」
そう言いかけたところで、セタールのまとう雰囲気が変わる。
「あー、ルダさんに勧められて保養地に行ったけど、いっぱい掃除したから疲れたなー」
芝居がかった声で肩をほぐすように回すセタール。
その声は妙に艶があり、所作には指先一本にまで研ぎ澄ましてるかのような繊細さがあった。
「ゆっくりしたかったのに余計疲れちゃったよー」
他の冒険者にも聞こえるようにセタールがギルド内をぐるりと見る。
その様子に観念したのか、ミルダさんは嘆息をした。
「簡単な採取依頼を同時に受ける、それでよいでしょうか?」
「うんうん、流石ミルダさん。話がわっかるー!」
「……毎回はできませんからね?」
その場ですぐ任務の発行とならずに、ミルダさんは奥へと引っ込む。
同時に任務を受ける時はいつもと手続きが変わるのだろう。
「これで問題ないでしょ?」
いつもの調子に戻ったセタールが満足げに笑っている。
「……怒らせると怖いタイプね」
「……なかなかやるな」
ネリとルキッドは引き気味だ。
人の弱みを利用するような手をセタールがやるとは思っていなかったのだろう。
「あれ、みんなどうしたの?」
目をパチクリとさせる姿を見て絶対に怒らせてはいけないと思った。
新都の外、普段は魔物を討伐するために入る森で俺たち四人は目線を低くして歩く。
「はい、みーつけたっ!」
セタールの明るい声が森に響いた。
「これで岩草の採取は終わりだね」
「言うだけのことはあるな」
「へっへーん、どう? すごいでしょ」
鼻下をさするセタールは満足げだ。
「……岩にしか見えないな」
ルキッドが興味深げに見る。
今日受注した任務の採取対象、珍味の野草である岩草だ。黒い苔のような見た目は意識しないと石だと勘違いして見落としてしまう。とても食用だとは思えない。
これで難易度が低い任務だというのが採取の難しさだ。
「他にもわかるよ。これは姫タケっていう食用のキノコ」
「ほう」
岩草の生えていた木の根元に傘が白いドレスのようなキノコが生えている。
これは目立つ代わりに毒キノコだと思ってしまいそうだ。
「これは山イカっていうキノコで珍味だよ」
「おう」
「あれが牛草っていって食べられる野草だよ」
「食用ばっかりじゃねーか」
どうやら「セタールお姉さんが教える野草の見分け方」ではなく「腹ペコ娘の食べられる野草!」のようだ。
「そうだよ。文句ある?」
腕を組んで唇を尖らせるセタール。いつもより強気だ。
「薬草の任務はどうするんだよ」
「そこはネリちゃんの出番ってことで」
名指しされたネリはピクリと眉を動かす。
「あまり期待しないでほしいのだけれど」
図鑑の情報を手書きしたメモ、つまり写本をじっと見ては地面を睨みつけるのを繰り返すネリ。
スマホがあればいくらでも調べられるというのに、写真や絵を見ながら探すことができないのは本当に不便だ。
「依頼のラッパ草はこれね」
ネリが採ったのは紫色の花を咲かせた薬草。
外傷だけではなく咳止めや下痢止めといった魔術では治療しづらい体の内側に効く効果をもっているため、治癒師の仕事を奪う「治癒師殺し」の異名をもっている万能薬だ。
「茎が地面を這うように広がっていて白い毛が生えているのが特徴かしら」
「ネリちゃんやるね! アタシが見込んだ通り」
「学生時代振りだけれど、意外と見つけられるものね」
手に持ったラッパ草をしげしげと見つめるネリの横顔は、自信を取り戻したのか明るさが増している気がする。
「ラッパ草に似た野草はいくつかあるけれど、どれも毒はないから最悪間違っても大丈夫よ」
「それなら俺でもできそうだ」
初歩的な採取任務とあって間違った時の影響が大きくないのがありがたい。任務の難しさはそれも加味されているのだろう。
「じゃあみんなで競争するよー!」
正解を見たことで俄然やる気が出たのかセタールが焚きつける。
それを聞いたネリが口角を上げている。負けず嫌いなのだろうか。
「あったー! これだよね?」
「正解よ。流石に手慣れているわね」
早速セタールが発見したらしい。食用野草の採取で培った技術は通用するようだ。
「……これか」
「そうよ。状態も綺麗だわ」
ルキッドも見つけたようだ。若干ではあるが声が弾んでいたような気がする。
「リーダーさんはまだ見つからないのかしら?」
「うっせー。これからだよこれから」
からかうような口調のネリは苦戦している俺を見て微笑している。嗜虐心もちか?
目を凝らして地面を埋め尽くす草花を見るが、ラッパ草らしいものは見当たらない。すでに採りつくされているのだろうか。
採取は見分けも大事だが、そもそも見つけなければ始まらない。俺にはその才能がないような気がしてくる。
「それは違いますよ」
ようやくそれらしきものを発見した時、頭上から知らない声が降ってきた。
「花びらの上側が長いでしょう? それはコルネット草と言うのですよ」
「へーそうなのか」
見上げると老婆とおばさんの間くらいの奴がいた。
白髪交じりの髪で上品そうな笑みを浮かべている。
「いきなりごめんなさいね。私は薬師のクリスと申します。どうやらラッパ草を探してるようだったので、ついお声がけをしてしまいました」
「なるほど、そういうことか」
森に不釣り合いな全身を覆う黒いロングコート見て合点がいった。確かに、街で見かける薬師も似たような恰好をしていた。
「コルネット草には毒はないのですけど、組み合わせ次第では危険なものになるから気をつけてくださいね」
両手を重ね合わせてゆったりと話す姿は織女にも見える。相当慣れているらしい。
「合食禁のことでしょうか? コルネット草には注意すべき食べ合わせはなかったと記憶していますが」
ネリの清廉な声が割り込んでくる。
「食べ合わせではないんです」
黒コートの女は懐から掌大のキノコを取り出す。
白い手袋をしていることもあり、キノコの灰色が目立っている。
「これは狼タケというキノコですが、このキノコの胞子はコルネット草の花粉と混じると危険なんですよ」
そう言ってキノコを握ると茶色い粒子が溢れ出る。胞子が多いキノコなのか、大量の粒子が空気中に舞っている。
「この胞子と花粉が合わさったらどう危険なんだ?」
「体に毒というわけではありません。ただ、少し不便になるだけです」
「ふーん」
にこやかに笑顔崩さずに続けている。これ以上は引き出せないか。
気だるげに背中で手を組みなおしながらハンドサインを送る。
「せやああ!」
合図を受けたセタールが黒コートの女目掛けて棍棒を振り下ろす。
「……何をっ!」
しかし、すんでのところ一撃は交わされてしまう。
反応の速さからして見た目通りではない。
「いきなりどうしたのですか? 何かご無礼を働いてしまったのなら謝罪いたします」
攻撃されたというのに相変わらず穏やかな笑みを崩さない。
なめられているのか。何か隠し持っているのか。
「もう演技はする必要ないだろ、魔族さんよ?」
「……ほう?」
柔らかな声から一変、底冷えするような低い声が返ってくる。
ようやく本性を現したか。
「どこでわかった? 我ながら見事にヒト族を演じていたと思ったのだがな」
「いくら薬師とはいえソロで任務にはいかねーわ。それに薬師は性悪しかいないからな」
でたらめだ。だが、わざわざ情報をくれてやる必要はない。
人間と魔族では体内に流れている魔力の流れが違う。それでわかっただけだ。
「フハハハハ!! いかにも、我こそは魔王軍南方部隊のペクタ!」
高笑いをしたペクタがコートを脱ぎ捨てる。
黒い体毛の体に白い翼、そして足は完全に鳥のそれ。
顔がぐにゃりと歪んで形を変え、丸い離れ目に黄色いクチバシが露になる。
頭には魔族の象徴であるねじ曲がった角が二本。
鳥人ではない、魔族だ。
「なーんだ、ただの下級魔族か」
「劣等種の分類で呼ぶなっ!! これだからヒト族は嫌いなんだ」
念入りに擬態していた割には簡単な挑発に乗るペクタ。……これならやりようはありそうだ。
「……準備はできている」
「次は外さないよ」
「私もいつでもいけるわ」
時間稼ぎをしている間にこちらの準備が整う。
辺りを一瞥した限りでは他の魔族の存在は確認できない、目の前のペクタを倒せばいいだけだ。
暗く重たい静寂が辺りを支配していた。




