第三十六話 二人の関係
セタールと子どもたちを宿に残して村近くの森に着いた頃には、太陽はてっぺんへと差し掛かりそうになっていた。
山菜は朝露が残る早朝に採るのがベストのため時間としては微妙な頃。晴天なのが救いだ。
「初めて入る場所だから、あんまり奥に入らないようにしようか」
「そうだな。安全第一だ」
山道は慣れていても迷うことがある。慎重すぎるくらいがちょうどいい。
森に足を踏み入れると、歩いてきた乾いた道から一変して湿った土と落ち葉の混ざった自然に変わる。木々の隙間から差し込む光が、揺れる葉の影を地面に落としていた。
はっきりと道だといえるものはないが、それでも人が出入りしている痕跡は少しだがある。村の人も山菜を採りに入るのだろう。
「昔もこうやって森に来たよね。覚えてる?」
ウィータが蜘蛛の巣を華麗に避けながら言った。
「覚えてる。道に迷ってウィータが泣き出してたな。宥めるのに必死だったぜ」
「それは忘れててほしかったな」
孤児院では手伝いで採取に出たことはあるが、当時のウィータは今のように落ち着いてはいないおてんば娘だった。そのおかけで何度トラブルを起こしたことか。
「この辺りがいいんじゃないかな」
森に入ってすぐのやや開けた場所でウィータが立ち止まる。比較的日当たりがよく草が生い茂っていて期待できそうだ。
「あった、熊ニンニクだ」
「幸先いいな」
ウィータが採ったのはネギのような細い葉の草、熊ニンニクだ。本物のニンニクではないが香りが似ていることからそう呼ばれている。
シャキッとした食感で、森都で暮らしていた頃はよく食べていた。
しかし、懸念点がある。
「それ、犬ニンニクではないよな?」
「違うよ。葉に光沢がないから」
熊ニンニクは食用だが犬ニンニクには毒がある。この二つはよく似ていて同じ場所に生えていることもあるから要注意なのだ。
「こっちが犬ニンニク。ツヤがあって葉の数も多い」
ウィータは指先でそっと葉を撫でて確かめた。
「言われてからだとわかるけど、それでもなんとなくだわ」
ウィータはごく当たり前のように言うが、素人には同じように見える。熟練の目利きだな。
「ほら、ケントも採ってみなよ。やらないと身につかないから」
「それは確かにそうだ」
ウィータの言に従い屈んで地面の草を注視する。
山菜採りは字面だけなら簡単そうに見えるが、多様な植物が生えている中から熊ニンニク以外を探し出し、更に毒のある犬ニンニクと見極めが必要な意外と技術のいる作業だ。
一応森都で育ったという意地がある。ウィータには及ばないにしろそれなりに採取の経験も積んできた。
その経験と知識とを照らし合わせてこれぞ熊ニンニクだという草をナイフで刈り取る。
「これはどうだ?」
「それは犬ニンニクだよ。葉の数が多いでしょ」
……まあ、最初から上手くいくわけでない。
「こいつはどうだ。光沢もないし葉の数も少ないと思うぞ」
「それも犬ニンニクだよ。形が少し歪になってる」
「マジか……」
パッと見て一瞬で判断を下すウィータの目には迷いがない。経験の差というのはどうにも埋まらないらしい。
「じゃあこれは?」
「それはただの雑草だよ。 わざとやってる?」
ウィータが少し呆れた顔をした。
おてんば娘も今や採取の達人、わからないものだ。
「場所を変えようか。同じところで採りすぎるのもよくないし」
「賛成。ずっと見てると目が緑になるわ」
自然のバランスを守るため、一カ所で根こそぎ採らずに適量を残すのが採取のマナー。気分転換も兼ねて違うポイントに向かう。
足元に気をつけながら、時々手頃な木の樹皮に目印のキズをつけて迷わないようすることも忘れない。
着いたのは暗く湿り気のある場所。腐った木が行く手を阻むように倒れている。
「山菜は採れたしキノコがあればいいんだけど」
腰を落としてウィータがじっくり観察している。
倒木には苔と一緒にキノコも生い茂っていて採り放題に見えるが、これも毒があるのを見極めなければならない。
ウィータは数多く生えているうちから黄色のキノコを手にした。
「これは太陽タケか月タケかどっちでしょう」
「……太陽タケに見える。色が濃くて若干甘い匂いがする」
太陽タケはその名の通り、濃い黄色の傘が太陽のように見えるキノコ。フルーティな香りがして食用として広く人気がある。
月タケはその名の通り、黄色の傘が月のように見えるキノコ。香りはせず毒用として広く人気がある。
うーん、改めて整理してもややこしい。
「正解。じゃあこれは?」
「これは月タケか? 色が薄いし匂いもしない」
「残念、これは太陽タケだよ。ヒダに皺があるから」
「やっぱり難しいわ」
やはり、一朝一夕で身につくものではないようだ。
俺が一個探し出す間にウィータはひょいひょいと麻袋にキノコを投入していく。見極めだけではなく早さも立派なものだ。
「そろそろ終わりにしようか」
「そうだな。みんなも腹を空かしてるだろうし」
採取していた時間はそう長くなかったが、二人分の袋が一杯になるほどの成果だった。
途中で見かけたウサギも食料に追加しながら宿へと戻る。
ざっざと落ち葉を踏む音を響かせる。魔物が出ない領域の森だからできることだ。
落ち葉を踏むたびに頭の中の雑念が洗い流されるような気分になる。
そんな贅沢な森林浴を味わっていると、後ろでウィータがポツリと呟いた。
「ねえ、セタールさんとはどういう関係なの?」
「どうもこうもパーティ仲間だが」
何となく言いたいことは察するが、こちらから譲歩する必要もないだろうとはぐらかす。
「恋愛感情はなし?」
はぐらかしたのを更に交わして直球勝負にきた。
「少なくとも俺にはない。なんだ、気になるのか?」
「まあね。ケントが他の女の子と仲良さそうにしてるの初めてみたから」
「そうだっけか」
背後の足音が止まった気がして振り返ると、ウィータがこちらをじっと見ていた。常の脱力したような感じは失せて見透かすような視線が差す。
「ケントってさ、感情ある?」
「なんだそりゃ」
真剣な顔から飛び出したのはそんな間抜けな質問だった。
緊張が解けて首を傾けてしまう。
「ケントが怒ったり悲しんだりしてるところを見たことない気がするんだよね。昔は大人びてるって解釈してたけど」
「そんなことはない。帽子が落ちたら怒るしミルクがこぼれたら泣くほど感情豊かな男だぞ」
「ふふ、なにそれ」
冗談がお気に召したのかウィータは破顔した。
……しかし、子どもの頃のくせによく観察していたものだ。
「まだちょっとしか接してないけど、セタールさんは感情豊かな子だと思うんだ」
「その通りだ」
「そんな子とケントが仲良くできてるのが不思議に思ったから聞いてみただけ」
「ふーん」
言いたいことを言ってすっきりしたのか、ウィータは再び歩き始めた。
しばらく二人の間には落ち葉を踏む音だけが流れ、時たま邪魔をするように鳥のさえずりが聞こえる。
特に会話がなくても気まずさはない。ウィータとは血こそ繋がっていないが姉弟のような関係、余計な気を遣う必要がない。
これがセタール相手だったらどうだろうか。
すぐに沈黙に耐え切れなくなって喋り出すだろう。いや、そもそも静かになる前に会話を途切れさせないか。
じゃあネリならどうだ。アイツは割と黙ってることに抵抗がなさそうな気がする。それが信頼からくるものかはわからないが。
本音では気まずく思うかもしれない。
セタールとルキッドではどうなのだろうか。
この間のゴブリン調査の時は二人で任務をしてもらったが、俺がいない時にどういう会話をしているのかいまいち想像がつかない。
……俺の悪口を言ってたりしないだろうな。
自然の中を歩くと思考が促進されると聞いたことがあるが、まさにその状態だ。次から次へと考えが及ぶ。
「難しそうな顔してるね。変な質問しちゃった?」
いつの間にか先を歩いていたウィータが小首をかしげている。
「ここのところ変わったことが多くてな。ゆっくりと考える時間がなかったからその反動だ」
これは事実。クリルにネリにロピにシクロにと俺の狭い交友関係が急に広がってコントロールできていない。
「私がとやかく言う権利はないけど、セタールさんとの関係は大事にしてほしいって思うよ」
それだけ言うと、ウィータはまた前を向いた。
「ああ」
遅れて返事をする。
ウィータは振り向くことも頷くこともしなかった。
「やっと帰ってきた! もうお腹ペコペコだよー」
宿に戻ると、どんな遊びをしたのやらぐったりとしたセタールがいた。
髪はくしゃくしゃで葉っぱが一枚くっついている。
「よっしゃー! メシだメシ!」
「セタちゃん、ご飯終わったら今度はわたしと遊んでよね!」
「もう遊び疲れた……」
元気娘も子どもたちには勝てなかったようだ。
そんな姿を見て安心した気分になったのは秘密だ。




