第三十五話 保養地を利用する権利
「おめでとうございます! 貢献度が一定量に貯まりましたよ!」
ある日の任務終わり、ギルドの受付で完了報告をすると報酬と一緒にミルダさんの嬉しそうな声が返ってきた。
シルバーランク昇格に必要だというセタールがもたらした噂、それを基に貯めていた貢献度がここにきて形になったらしい。
「貢献切手を渡す前にお耳にいれたい話があるんですけど、いいでしょうか?」
「そう言われると嫌な予感がするんですけど」
「寧ろいい話ですよ! ケントさんたち『真紅の鴉』には、貢献切手に替えて保養地を利用する権利を進呈しようかと」
「保養地? そんなものがあるんですか」
「ギルドがいくつか保有しているんですよ。どうです、たまには街を離れて息抜きしませんか?」
ミルダさんは誘惑するように貢献切手を見せつけてくる。
「ちなみに場所はどこにあるんですか?」
「すこーし遠いですけど森都になります。あ、でも温泉があります! 静かで癒されますよ」
俺の反応が薄いと受け取ったのかミルダさんの熱量が高くなる。保養地に行ってくれないと困るかのような言い方だ。
「いーじゃん温泉! みんなで行こうよ!」
「場所的に泊まりになるのがなぁ。ルキッドはどうよ?」
セタールは表情をパッと明るくした。まだ話を聞いただけなのにすでに疲れが吹っ飛んだかのようにテンションを上げている。
「任務以外では遠慮したい」
だがそのテンションはルキッドには届かず、にべもなく断られる。
元々任務が終わればすぐ帰る男だ。護衛任務でもなければ泊まりの用事は避けたいのだろう。
「ざんねーん。ネリちゃんは?」
「悪いけれど私も今回は辞退するわ。しばらくは忙しくなりそうだから」
セタールの期待のこもった視線に、ネリは心苦しそうに応える。
先日のゴブリン調査は魔術師ネイリーとして参加していたし、あちらの仕事も多忙になってきているはず。冒険者の仕事を兼務しているだけでもありがたいことだ。
「そっかー。忙しいもんね」
「こればっかりは仕方ない。ミルダさん、保養地の話はなしで貢献切手をください」
「……どうしてもですか?」
ミルダさんの目元に影が落ちる。
「流石に二人で行くわけにもいかないので」
「ご家族やお友達を誘っても構いませんよ! 宿は二十、いや三十人は泊まれるくらい余裕がありますよ!」
過熱する営業トークを聞いて感じる。……これは何か隠しているな。
「他の人誘ってもいいの!? だったら行けるじゃん!」
「誘う人いないし無理なんだが。森都に行くなら余計に」
「大丈夫だって。ミルダさん、そういうわけなんで!」
「はい、ありがとうございます!」
俺の疑念を他所にセタールが強引に話を進めた。
待ってたましたとばかりに笑顔を三割増しにしたミルダさんは、貢献切手をそそくさとしまって代わりに鍵を取り出した。
「ギルドが所有する宿の鍵です。失くさないようにしてくださいね」
「はーい。じゃあ早速準備しないと」
鍵をもらうや否やギルドを出ようとするセタール。
置いてかれまいと後を追おうとすると、ミルダさんから声がかかる。その声はすんと落ち着いていた。
「注意事項として宿と温泉の利用は無料ですが、食事はついていないのでご自身で用意してください」
「なるほど?」
「それから、宿の掃除もお願いします」
「まあ、それくらいなら」
「ケントさんたちなら安心ですね。それでは、楽しんでいってください」
何かをはぐらかすような物言いに引っ掛かりを覚えるが、出かかった疑問を飲み込む。
ミルダさんは普段依頼を捌くために無茶ぶりのようなこともするが、そこまで悪いことはしないだろうという信頼はある。
今回は貸しを作るつもりで話に乗ることにしよう。
「ケント、気をつけろよ」
「ちゃんとセタールさんの世話を見てあげてよ」
「へいへい、わかってますよ」
ギルドの保養地は森都の外れにある何の変哲もない小さな村にあった。二階建てで木造の宿が間隔を空けて点在している。
そのうちの赤褐色の幅が広い建物が今回俺たちの泊まる宿だ。
「すっげー! 教会よりおっきいー!」
「こらっ! あんまり大きな声出さないの」
「ふふっ、はしゃぎすぎないようにね」
朝から上機嫌な子どもたちをウィータが優しく見守っている。
茶髪に茶色の修道服は地味だが穏やかな印象を与え、静かな村の雰囲気に合っている。
「子どもがいると賑やかだね。アタシもあんな時期あったなー」
「セタールは今でも変わらない気がするが」
セタールが頭の後ろで腕を組んで間延びした声を出す。
「今日は呼んでくれてありがとう。セタールさんもよろしくね」
「いいよいいよー。ケントが知り合いを呼んでくるなんて珍しいし」
「珍しくは、……珍しいか」
この場にいるのは俺とセタール。そして、保養地に来られないルキッドとネリの代わりに呼んだシスターのウィータと森都の教会の子どもたちだった。
十人の子どもを連れている光景は小学校の遠足を思い出す。
「立ち話もなんだし中に入るか」
宿の中はだだっ広い空間に申し訳程度の家具が置かれただけの空間だった。
あまり使われていないのか、湿気と埃が混じったような臭いがする。
「これはまず掃除からだな」
「だね。みんなでやったらすぐ終わるよ」
「えーっ! 温泉はー?」
「先に掃除しないと温泉入っても意味ないでしょ!」
もの寂しい部屋に子どもたちの騒ぎ声が響く。
「なるほど、そういうことか」
「どういうこと?」
「この宿の維持管理のためにミルダさんは俺たちを泊まらせたかったんだろうなって」
「うそー、アタシ上手いこと乗せられちゃったじゃん!」
頭を抱えて落ち込むセタール。
それを見て面白がった何人かが真似をしている。一番小さな子がそれを見て笑い転げる。子どもとセタールとの相性はよさそうだ。
おふざけの時間が長引きそだなと思ったところで、ウィータが手を叩いて注目を集める。
「ほら、早く掃除しないと温泉に行く時間なくなるよ。真面目にしないとご飯抜きだからね」
柔らかい口調ながら芯のある声に子どもたちがビシッと背筋を正す。
そのまま分担して掃除にとりかかる。孤児院ではほとんどの家事は自分たちでやらなければならないから、掃除くらいは慣れたものだろう。
流れでセタールも一緒に行動しているが、掃除は苦手なのか箒捌きが覚束ない。
「埃が舞わないように外に向かって押し出す感じで掃くんだぞ」
「ケントは楽しそうだねー。アタシは掃除苦手」
「そりゃ俺は掃除隊長だったからな」
「たまにでる変なテンションのケントだ……」
セタールはぶつく文句を言いながら手を動かす。清掃任務の時も思ったがセタールにはこういうことはあまり向いてないのかもしれない。
主に子どもたちの頑張りのおかげで、宿は寝っ転がってもいいくらいには綺麗になった。
ここまでくれば後はまったり休養するだけ、だったのだが。
「食料が足りんな」
「ここまで何も売ってないとはね」
ウィータと揃ってため息をつく。
ミルダさんから食事の準備は自分たちでするようにと言われていたため、干し肉やパンは持参して野菜は現地で調達すればいいやと思っていたが、それが間違いだった。
温泉のある村だから観光者向けに店があるだろうという甘い考えは打ち砕かれ、療養目的の人が利用する宿しかない現実が待っていた。
「どうする? 今から街に行ったら帰ってこれないよね」
「……採るしかないな」
多少の空腹を我慢すれば今ある食料でも足りるが、せっかく来たのだから量くらいは満足したい。
その思いで採取を提案した。ここは森都の村、山の幸には困らないだろう。
「山菜とキノコは採取オッケーだとさ。木のみと大型の動物はダメだって」
「よかった。なんとかなりそうだね」
村を歩き回り村長らしき人を何とか探し当てた結果がそれだった。
山菜採取は地域によって自由だったり許可制だったりと事情が異なるが、この場所は割とおおらかなようだ。
「じゃあ俺とウィータで食料調達してくるわ」
「えっ、何で!? アタシも行くよ」
ちゃちゃっと用事を終わらせるために手短につげると、セタールが焦ったように走って来た。
「いや、子守が必要だろ」
「それはウィータちゃんが……」
「ウィータには山菜とかの識別してもらうから。俺はそういうの苦手だし」
視線で促すと、ウィータはゆっくりと頷く。
「それなら私が……」
「ねーちゃんは俺たちと遊べばいいじゃん!」
「そうだよ! セタちゃん強いから楽しいー!」
セタールが言いかけところでお子様連中が捕まえにきた。
この短時間で早くも人気を獲得したようだ。
「というわけで後は頼んだ!」
「セタールさん、少しの間よろしくね」
「ちょっとー! アタシは休みにきたのにー!」
遊んであげてるのか遊ばれてるのかわからないセタールを尻目に宿を出る。
「ケントは採取が苦手なままなんだ」
「まあな。花の区別もつかないのに草なんて余計無理な話だ」
「相変わらず言い訳は得意だね。今日は野草の一つくらいは覚える気持ちでやってほしいけど」
「善処する」
「それってやらない時の返事だよね」
ウィータは小さく笑った。
新都とは違い土が踏みしめられただけの簡素な道を、静かな村の空気を味わいながら森に向かう。
二人並んで歩いていると孤児院時代を思い出す。あの時より俺は成長できているのだろうか。
口では冗談を言ったが、ウィータの言う通り野草の一つは見極められるようになろうと静かに決意した。




