第三十四話 ルキッドを追え!
「ケント! 相談があるんだけど」
目が覚めた時から既にじんわりと暑い夏の朝、セタールが挨拶代わりにかましてきた。
「相談? そんなの任務の時に言えばいいんじゃねーの」
朝食を流し込みながら適当に返す。
今日は『真紅の鴉』として任務をする日だ。それに、セタールがこうやって話を持ち込んでくる時は基本面倒か胡散臭いと相場が決まっている。
「ルキッドがいるとできない相談だから」
「なんでさ」
「ルキッドを尾行しようと思って」
やはりろくでもないことだった。
ルキッドは任務が終われば酒場に寄ったりせずに帰るため、付き合いが悪いと他の冒険者に思われがちな奴。何故すぐ帰るのか気になる気持ちはわからなくはないが、人それぞれ事情があるだろうと俺は詮索してこなかった。
「……他人の秘密を暴くのはやめた方がいいんじゃないか」
「違う違う! そういうのじゃなくって」
俺の懸念をセタールは首をぶんぶんと横に振って否定した。
「最近ルキッドが市場の奥深くとか裏通りに出入りしてるって、他の子から聞いてるから心配で」
「ふーん?」
「ゴブリン騒動に便乗して怪しい話も増えてるじゃん? それで変なことに巻き込まれてないかなって」
「なるほどね」
ここ数日、森都ではゴブリンが出現したことへの不安感に付け込んだ手口が出始めている。
ゴブリン除けの爆竹や香水という現実的なもの、魔除けの加護が込められたという騙す気満々のアクセサリーから魔族被害にあった人のための保険といったものまである。
よくもまあ短期間でここまで用意できたものだと感心するくらいだ。
「そういうことならいいんじゃないか」
「じゃあ今日の任務終わりに早速やろう!」
溌溂としているが、その表情は真剣さが見え隠れしていた。
セタールは抜けているようでしっかりと見ている。彼女なりに気にかけているのだろう。
ここのところ暗い気持ちになる話題が多いが、セタールはそれを吹っ飛ばしてくれそうな存在だと感じた。
「それじゃあ今日もお疲れさん。解散!」
「お疲れー」
「……ああ」
その日の任務終わり、ギルド前で解散を告げるとルキッドは足早に帰路に向かった。
「追うよ!」
「ほどほどにな」
ルキッドの姿を見失わない程度に待ってから俺たちも歩き出す。
夏の夕刻はまだ日が高く、行き交う人々の熱気も加わりムッとした暑さを感じる。
職人や冒険者といった見るからに職業がわかる人から、商人なのか事務仕事なのか判別がつきにくい人、学生に宗教関係者と多種多様な人がごった返している。
そんな人たちに肉屋やパン屋などが夕飯を売り込む声があちらこちらで聞こえる。
これぞ新都といった光景だ。
「あ! パンを買ってる!」
「まずは夕飯の確保か」
屋台が並ぶ通りに入ったルキッドは、慣れた足取りでパンの屋台まで向かって黒いパンを購入した。ここでパンを買うのがお決まりなのだろう。
「何かお腹空いてきちゃった」
「気持ちはわかるが尾行が終わるまでは我慢しろ」
通りには種類の違う香ばしい匂いがあちこちで漂っている。
気配を紛らわすという点では尾行しやすいが、鼻孔をくすぐる匂いが空腹を刺激して集中力を途切れさせてくるのは問題だ。
「今度はポタージュか。定番の組み合わせだな」
「あー、ルキッドだけズルいー」
持参していた鍋にポタージュを注いでもらったルキッドは、それをリュックにしまった。固いパンをポタージュにつけてふやかす庶民にお馴染みの食べ方をするつもりなのだろう。
「ねえ、私たちも何か買わない?」
「……食べ歩きできるのにしとけよ」
尾行の言い出しっぺだが空腹には勝てなかったらしい。セタールの腹を空かせたままにするとややこしいことになりそうなので渋々了承する。
周りは軽食も多く売っているから、少しつまみながらなら大丈夫だろう。
「まだ何か買うのかな。この奥には食事系は売ってなかった気がするけど」
「武器とか装飾品の冷やかしでもするんじゃないか」
真面目に観察しているセタールだが、魚の串焼きを頬張りながらなのでどうにも格好がつかない。
直火焼きの魚は少し焦げた匂いが強烈に食欲をそそるが、取り切れていない臭みに顔をしかめてしまう。セタールが美味しそうに食べているのを見て余計に微妙な気持ちになる。
「あれって髪留めじゃない? やっぱりルキッドは可愛いもの好きなんだ!」
「いくら可愛いものが好みでも自分が付けられないものは買わないだろ」
ルキッドが立ち止まったのはヘアアクセサリーの露店。可愛らしい商品が並んでいるのをしかめ面で見ている。
その姿は楽しんでいるというよりは困っているように感じる。
「あ、結局買わなかった」
「造形が気になったんじゃないか。どうやって作ったのか気にしそうだし」
ヘアアクセサリー店を後にしたルキッドは、更に奥に進んでいく。最初通りに来た時と違って周りをキョロキョロと見渡しながら歩く。
「ケントの言う通り冷やかしだけなのかな」
「掘り出し物があるかもしれんからな。というかそのパイいつの間に買ったんだよ」
いつの間にかセタールの手には片手サイズのパイが握られていた。
「ちゃんとケントの分もあるから心配しないで!」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ」
仕方なくパイを受け取る。まだできて間もないのかパイは温かい。
パイ生地をちぎると中は刻んだ肉にスパイスやらなんやらが詰め込まれている。ごく普通のミートパイだ。
この際だからと夕飯のつもりで食べながら尾行を続ける羽目になった。
「今度は武器を見てるね。露店の武器はハズレが多いからあんまり好きじゃないなー」
「ルキッドは自分で修理できるからいいんじゃないか。というか今度はデザートかよ」
咀嚼音に振り返ると、セタールが赤いマールムの実を豪快に皮ごとかじっていた。
見るたびに違うものを食べているのは新手のホラーか何かだろうか。
「食べ歩きが目的になってないか?」
「空腹だと頭が回らなくなるから!」
腹ペコ娘は何故か得意げだった。
そんなやり取りをしている間にもルキッドはどんどん奥へ進み、それに伴い売られているものが胡散臭いものが増えてくる。
イミテーションっぽい宝石や何の材料でかさ増ししているか不明なパンはまだいいとして、魔除けの骨や何でも治ると誇大広告をしている万能薬を売ってる店は見ているだけでも悪影響を受けそうだ。
「ん? 薬を買おうとしてないか?」
ルキッドは小瓶が並べられた露店の店主と会話している。明らかに購入意思がありそうな雰囲気だ。
「まずい、止めないと!」
「待って! あのお店は大丈夫だよ」
急いで止めようと身を乗り出しかけたが、セタールのハッキリとした声で踏みとどまった。
「あそこの店主は薬草採取任務の依頼主さんだから安心して。ちゃんとした薬を作ってるよ」
「そうだったのか。無駄にでしゃばるところだった、助かった」
「ううん、たまたま他のパーティで受けた任務で知ってただけだから」
冒険者の任務には街の外に出て薬草やら木の実やらを採取するというのもある。
桜と桃の花の見分けもつかない俺には向いてないと思い全く受けてこなかったが、セタールは他のパーティで経験を積んでいたようだ。
「あそこは手荒れ用の薬を売ってるんだよ」
「ほー、そういうのがあるのか」
この世界にもハンドクリーム的なものがあるとは、今さらになって知った。
感心しながら露店を眺めているとあることに気づく。
「あれ、ルキッドはどこいった?」
「あ……忘れてた」
俺の早とちりのせいで肝心の標的を見失っていた。
慌てて周辺を探すがどこにも赤毛の筋肉男は見当たらない。
「しゃあない。危険なことには巻き込まれてなさそうだったし、それがわかっただけでよしということで」
「そうだね。ルキッドが変なことしてなくてよかったー!」
「……誰が変なことをしてるって?」
すっかり力の抜けた肩の後ろから、聞き慣れた渋い声がした。
「ルキッド!? いつからそこに?」
「ずっといた」
セタールが目を飛び出さんばかりに驚くが、ルキッドはそれには反応せずにどっしりと構えている。
「やあルキッド、こんなところで会うなんて奇遇だね。運命感じちゃったりー? これってパーティの絆なのかなーって思っちゃったり」
「何か用なのか?」
俺のチャラ男もどきは華麗にスルーされた。
ただひたすらに真っ直ぐな目がこちらに向けられる。
「ごめんルキッド、私が言い出したんだ! 最近ルキッドが市場の奥に出入りしているって話をよく耳にするから心配になって尾行したの」
「俺も謝る。セタールの話を聞いて便乗して付いてきてしまった。本来なら止めるべきなのに」
「……そうか」
頭を下げる俺たちに、ルキッドは深く息を吐くように漏らした。
それから少し間を開けて続けた。
「誤解を招くようなことをして悪かった。こいつを買っていた」
「これって、手荒れ用の薬か?」
「ああ。スミサさんの誕生日が近いから、何か買ってこいと先輩職人に言われた」
「そういうことだったんだー。スミサさんて工場の親方だっけ? それならピッタリのプレゼントじゃん!」
セタールがわかりやすく胸をなで下ろす。
お互いに誤解が解けて一安心だ。
「髪留めを見ていたのもプレゼント候補だったのか?」
「……そうだ」
ルキッドの可愛いもの好きの謎も一緒に解けた。
「今度からはアタシに相談してよ!」
「……そうだな」
「変なもの買わせるなよー」
気が付けば太陽が沈み始め街は夜に包まれていくが、俺たちの間には明るさが取り戻されていた。




