第三十三話 ゴブリン調査部隊
「聞いたか? ゴブリンが出たんだって」
「聞いた聞いた。新都の近くで出るなんて考えられないよな」
「ゴブリン程度にビビってんじゃねーよ」
新都付近でゴブリン目撃情報がいくつかあるらしく、ギルドハウスでは懸念する声がいくらか聞こえる。
魔族領と接している森都とは違い、新都ではゴブリンを含め魔族を見ることがまずない。強大な魔物が現れた時とは別種の恐れがあるのだ。
まだ数件の情報があっただけの状態のため身内の火事と対岸の火事との中間くらいの危機感だが、いずれ大騒ぎになるかもしれない。
まあ、心配したところで小市民にできることなどたかが知れている。多少の備えはしてもそれ以上は不要だろう。
そう考えたのがいけなかったのか、受付嬢のミルダさんが手招きをする。嫌な予感だ。
「ケントさん、ギルドから招集がかかっています」
ミルダさんはいつも通りの営業スマイルでこちらを見つめている。
「ケントなにやったの? 早いこと白状した方がいいよー」
「俺は品行方正のかたまりのような存在なんだが?」
セタールの軽口をいなしながら自身の後ろめたいことを検索する。……割とあるな。
「この間のゴブリンのことで詳しく聞きたいことがあるそうで。応接室までお願いします」
「ああ、そういうことですか」
いかに一般人といえど目撃者は傍観とはいかないらしい。
「じゃあ今日はアタシとルキッドの二人でだねー」
「仕方ない」
「申し訳ありません。お二人用の依頼を見繕いますのでご了承を」
セタールの疑問にミルダさんが深々と謝る。
二人でできる任務はかなり限られてくるのをミルダさんもよくわかっているからこそくる謝罪だ。
「じゃあ不良リーダーは置いといて行こうか」
「……ケント、気を付けろよ」
「俺がいないからって怪我するなよ」
二人を見送ってギルドの奥へと向かう。
そこには応接室と呼ぶにはみすぼらしい小さな部屋がある。噂では倉庫をそのまま部屋として利用しているとか。
分厚い木の扉を開けて中に入ると既に先客がいた。
「やあケント、一昨日ぶりだね」
キラッと白い歯がまばゆいタンジが出迎える。
「今日はよろしくお願いします」
その向かいに座っているのは仕事モードのネリ、つまりネイリーだ。
普段から怜悧な印象を受ける彼女だが、今日は髪を上品にまとめて服装も白いローブのためより凛とした雰囲気を出している。
「誰が来るのかと思ったら坊主か! えーっと名前は……」
「ケントです。お久しぶりですブルンさん」
「おお、そうじゃった。ケトンとかいったな。今日はよろしく頼むぞ!」
「ケントです。ケント」
「おお、まあそれはいいわい」
ガハハと力強く笑う白髪のブルンさんはタンジの横に座っていた。褐色の逞しい体つきは、現役のタンジに負けず劣らずである。
タンジ、ネイリー、ブルンさん、そして俺。いつぞやの瘴気事故を起こしたクリルの復帰任務に同行した四人だ。
「これで全員揃いました。ブルンさん、説明をお願いします」
「ワシか? そうじゃな、ゴブリンが出たから付近を調べる! それだけのことじゃわい」
ネイリーのパスをブルンさんは見事にかっ飛ばした。
狭い部屋に静寂とブルンさんの笑い声が混じる。
タンジに「大丈夫なのかこれ?」と怪訝な目でテレパシーを送ると「なるようにとしか言えないね」と肩を竦めて返信がくる。
「……ゴブリン目撃地点に赴き、他の個体がいないかや周辺環境に変化がないかを調査します」
ネイリーが軽い咳ばらいとともに仕切りなおした。
前回はブルンさんの対応に困っていたが少し慣れたらしい。
「お手やわらかに頼むぞ」
にこやかに歩くブルンさんの後ろに続いて部屋を出る。軽々しい足取りを見て、今日はすんなりとはいかなそうだと覚悟を決めた。
「ワシが若い頃は魔族なんて珍しいもんじゃなかったわい。ゴブリン如きで騒いでるようじゃ夜も眠れんかったぞ」
「はは、大変だったんですね」
ゴブリンがいた現場へと向かう道中もブルンさんの口は止まらなかった。堂々とした力強い足取りはハイキングでもしているかのよう。
そんなブルンさんの話の聞き役はタンジが担っている。相槌のパターンがなくなってきたのか少し困り顔だ。
「あー、ネイリーさんはゴブリンって見たことあります?」
「文献で読んだことがあるだけで実際に見たことはないです」
二人の後に俺とネイリーが続く。
冒険者としてのネリとは気楽に話せるが、仕事モードのネイリーはどこか寄せ付けないベールを纏っているようで何となく気まずい。
ネリとネイリーの切り替えに慣れるのはまだ時間がかかりそうだ。
賑やかな前列と静かな後列という組み合わせで街道を進む。
やがて道は森へと差し掛かり、流石にブルンさんの口数も少なくなる。腐っても元シルバーランク冒険者といったところか。
「……止まれ。様子がおかしい」
重く低い声でブルンさんが制した。
人が変わったかのような真剣さに面食らってしまう。驚いたのはネイリーも同様みたいで、一瞬だが目が合った。
「そこの茂みを見てみろ。わかりにくいが穴がある」
指差す先を見ると、背の低い草木が茂っている中に子どもなら通り抜けられそうな空間ができていた。
「ゴブリンの通り道かもしれない」
「魔物とか動物ではないんですか」
「その可能性もあるが、穴の形状的に二足歩行の何かが通過していると考えるのが妥当だ」
有無を言わせぬ断定口調。どうやら冗談ではないみたいだ。
「調べてみるぞ」
そう言ってブルンさんはショートソードを取り出すと、草木を切り分けて茂みの向こうへと足を踏み入れた。
一瞬躊躇してから俺たちも後に続く。
「これは、何もない……?」
茂みの向こう側はただの森が広がっているだけだった。
街道から逸れたこともあり木々の間隔は狭くて薄暗く、地面は苔が生えて道と呼べるものもない。
「いや、よく見ろ。苔が所々剝がれている。獣が通り過ぎたにしては乱暴すぎるし範囲が広すぎる」
「こんなところを人間が出入りしているとは思えないから怪しいですね」
ブルンさんの言う通り、苔がなくなっている箇所がちらほらとある。
それを見て気づいたのかネイリーが続ける。
「四足歩行の足跡とは考えにくいですね。交互に規則的に並んでいるから二足歩行のものによるものかと」
「その通りだ。この先に手がかりがあるかもしれん、もう少し進んでみるぞ」
ゴブリンと思しき足跡は明らかに浮いていた。魔族的痕跡は人の痕跡と同じで自然には馴染まないようである。
ぬめぬめとして滑りそうになる足元に注意を払いながら、ゴブリンの痕跡を辿る。
「枝の折れ方も不自然だね。力任せに殴ってへし折った感じだ」
タンジが拾った枝を眺めながら言った。
木々の枝が行く手を阻むように伸びているが、俺たちが歩いているところだけ折れている。通行の邪魔だからと誰かが折ったとしか思えないような違和感がある。
「何かがいるのは確かだな」
痕跡が次々に見つかる度に空気が重くなる。
徐々に近づいているというのか。
しかし、その後は他に手がかりと呼べるものは見当たらず、似たような景色を見続けるだけの時間が続いた。
「これ以上は四人だと危険だな。引き返すぞ」
疲労だけが蓄積する嫌なムードを落ち着かせるようにブルンさんが宣言した。
森の中の探索は深みに入ると方向を見失って迷ってしまう。引き際を弁えた判断だった。
「お前さんたちは知らんかもしれんがワシは魔族との戦争を経験しているんじゃ。だから魔族のことはようわかっとるわい」
「だから痕跡をすぐ見つけられたんですね」
帰り道、張り詰めていた表情を弛緩させたブルンさんが滔々と語る。
「魔族は狡猾で残忍な奴らじゃ。甘く見ない方がいい。ワシも何度痛い目にあったことか」
まるで昨日のことのように語るその口調には後悔が滲んでいるように聞こえた。
人間と魔族との戦争から半世紀経った今でも、当事者には思うことがあるのだろう。
魔物の出ないのんびりとした街道を静かに歩く四人。新都への道のりがやけに遠く感じた。
「さあ! 嫌なことは忘れて飲むぞ! オンオフの切り替えが大事じゃからな!」
ギルドで報告を済ませるなりブルンさんが元気に声を上げた。
先ほどまでのしんみりした様子はすっかり失せ、痕跡を的確に発見していた人と同一人物なのか疑いたくなる有様だった。
「私はこれから魔術師協会に寄らなければならないのでこれで失礼します」
危険を察知したのかネイリーが即座に言い放った。
「あ、俺もやることあったんだわ。タンジ、後は任せた!」
「それなら僕も……」
「タンジ! 酒が逃げる前にさっさと酒場に行くぞ!」
ブルンさんに腕をがっしりと掴まれて連行されるタンジを見送る。その表情は捨てられた子犬のような哀愁が漂っていた。
魔族の存在は不安だが暗い気持ちでいるだけではダメだな。
理解しづらい一面もあるが、ブルンさんの心の持ち用は見習うべきだと思った。




