第三十二話 真昼の月
合同任務というものがある。
依頼の内容や報酬が全く同じの任務。ではなく、他のパーティと一緒にやる任務のことだ。
「『真紅の鴉』と一緒に任務を受けたいんだけど、どうかな?」
「合同任務ねぇ」
『純白の水牛』のリーダーであるタンジからの誘いだった。粗野な男が多いギルドの中でさらっさらの金髪が目立つ。
「そんなに大人数で受けるほどの依頼があったのか?」
いつもなら俺一人が助っ人に入るため、『真紅の鴉』としてはタンジたちと関わりはなかった。今回が始めてだ。
「ムーンメデューサの依頼が出てるのさ」
「なるほどな。確かにあれは俺が入るだけじゃ人数不足だ」
ムーンメデューサは髪が毒蛇で見た者を石化させる力を持つ女の魔物。ではなく、クラゲの魔物。
海ではなく陸に生息し、ふよふよと浮かぶその丸い姿が月に見えることからムーンの名を冠しているのだとか。
「防具用に傘部分の皮と回復薬用に粘液の素材が欲しくてね。ほら、僕たちのパーティはクリルが加入したとはいえ近接メインだからさ。少しでもリスクを減らすためにね」
「それならうってつけの相手だな」
ゴムのような弾力の皮は軽くて衝撃を吸収するからインナーに最適で、粘液は化粧水のように塗って使うと傷がみるみる回復するという効果がある。
その他にも毒が回収できたり食用にもできたりと意外と捨てるところがないくらい活用できる魔物だ。
「他の部位はケントたちで好きにしてもらって構わないよ。どう、やるかい?」
「それならやるか。この機会逃すと次いつ会えるかわからんからな」
こうして『真紅の鴉』と『純白の水牛』の合同任務が決まった。
「『真紅の鴉』は女の子が二人もいていいなー。ズルいぞケント」
「そうそう。独占はよくないぞ」
「独占ってなんだよ。それにルキッドもいるぞ」
新都を出てムーンメデューサの目撃情報があった森へと向かう道中、手持無沙汰な連中がからかってきた。
大人数での移動となるとどうしても騒々しくなるものだ。
「セタールちゃん、たまには『純白の水牛』にも参加してみない?」
「えーどうしよっかなー」
「せめて俺の見てないところで勧誘してくれ」
セタールはその人懐こさと実力を兼ね備えているから人気である。
対してネリの方はというと、どこか冷ややかなオーラを纏っていることもあり『純白の水牛』のメンバーは遠巻きに眺める留まっていた。
「上級魔物を討伐するというのにかなり緩い雰囲気なのね」
「最初から肩肘張っててもしょうがないからな。力を抜くところは抜かないと」
「そういうものなのかしら」
討伐対象が上級魔物と聞いてネリはかなり警戒しているらしく、いつもより眼が鋭いように感じる。
その目は綺麗ではあるが迫力に満ちていて近寄りがたいかもしれない。
「……そのグレートソード、重心が手元に寄りすぎず先にも走りすぎない絶妙なバランスだ」
「お、わかるかい? これはオーダーメイド品なんだよ」
意外と言ったら失礼だが、ルキッドはタンジと仲良く武器談義をしていた。魔杖だけではなく武器全般が好きなルキッドは近接武器偏重の『純白の水牛』と話が合うのかもしれない。
いつもと違う空気で街道を歩き、道は次第に森へと入っていく。
「目撃情報によるとこの辺にいたらしいけど……」
まばらな木漏れ日が差し込む森の中を歩くこと数十分、依頼書を片手にタンジが呟いた。
「もしかしてあれじゃない?」
セタールが指差す先を見ると、半透明で森と同化していてわかりにくいが巨大な浮遊体がゆらゆらと浮かんでいる。
透き通る体は光を受けて淡く輝いてまるで本物の月が森に降りたよう。別名が真昼の月と呼ばれるだけあって、その光景だけは幻想的だ。
「幸先いいね。みんな、手筈通りにやるよ」
「了解。ネリ頼むぞ」
「わかったわ」
ムーンメデューサの目がどこにあるのかはぱっと見ではわかりづらくどこが正面かもすぐに判別できないが、動きを見る限りまだこちらに気づいていない。先制攻撃のチャンスだ。
ネリが代表して一歩前に出る。白く冴えた魔杖を構える姿はやはり様になっている。
「【土は砕け、火は纏い、空は伸びる。灼ける礫よ、弾丸となり、敵を穿て――灼礫穿砲!】」
地面から拳大の土が熱を帯びながら無数に持ち上がり、一気に射出された。
放たれた礫が次々に敵に命中して砕ける音と灼けた匂いが満ちる。 土煙と灼けで発生した水蒸気によってムーンメデューサの姿が隠れる。
三属性複合魔術だけあって、一つ一つの威力が通常の魔術並みの威力だった。
「今のうちに布陣をついて!」
タンジの号令で各々が割り当てられた配置に着く。
魔術使い・魔術師一人に近接武器持ちが二人の三人組となって相手を取り囲む。遠近両方の攻撃に対応する布陣だ。
煙が晴れると、そこには触手を逆立たせて威嚇するムーンメデューサがいた。
身の丈を遥かに超す巨体で、ふわりと動くたびに空気が震えて微かに風が起こっている。
「あれだけの攻撃をくらってもビクともしないなんて」
「上級魔物のなかでも防御力が段違いだからな」
ネリが放った【灼礫穿砲】は木の魔物バインドツリーのような中級魔物なら一撃で葬り去る威力だったが、外見では効いていないように思えるほどだ。
ムーンメデューサは振り上げた触手を打ち下ろすと、体を怪しく発光させて毒針を飛ばしてきた。
「させるかっ!」
飛んできた毒針を近接武器隊が振り払い、キンっと甲高い音が響く。
反撃に今度は俺とルキッド、ネリにクリルの四人で魔術をお返しする。
「【水よ、鋭く走り、一太刀となれ――水刃!】」
「【火よ、滾る熱で、刳り穿て――火槍!】」
「【風よ、犀利な流れで、切り刻め――風斬!】」
「【地よ、静かに息づき、一脈の力を集え――隆起!】」
四つの魔術が一気に当たって爆発的な音がこだまする。
過剰なほどの攻撃だったが、ムーンメデューサはものともせずに次の毒針を飛ばしてくる。
「時間がかかりそうだねっ!」
セタールが棍棒で的確に撃ち落とす。
「【水よ、鋭く走り、一太刀となれ――水刃!】」
そして返す刀で魔術をお見舞いする。
魔術で遠距離攻撃をして相手の攻撃は近接武器で防御するというのが今回の布陣。
ムーンメデューサは攻撃こそ単調だが防御力が高く時間経過による回復が早いため、絶えず攻撃をしないとじり貧になるのでこのような作戦をとるのが一般的だ。
「触手攻撃にも気をつけるように!」
タンジが隙を見て注意を促す。
単調な繰り返しだが、気が抜けてきた頃に思い出したように触手も使ってくるから油断はできない。一瞬でも攻撃の手を止めればこちらが押し潰される。
その後も攻撃と防御の反復作業をチマチマと続け、ようやくムーンメデューサが倒れたのは数時間後だった。
「やっと終わったー……」
「流石に疲れたわね」
「……ああ」
巨体が支えを失ったように崩れ去って土埃と枯葉が舞い散るなか、俺たちは達成感よりも疲労に満ちていた。
「解体したいところなんだけど、この場でするのは危険だね。作業小屋でやろうか」
「そうだな。これだけ大きいと時間がかかりそうだ」
タンジの提案にややげんなりしながら同意する。討伐も疲れたが、解体でも疲労が溜まりそうだ。横たえるバカでかいクラゲが恨めしい。
野郎連中でムーンメデューサをえっちらおっちら担ぎ上げ、森を歩いて街道沿いの休憩や作業をするために設置された小屋まで運ぶ。動物型の魔物と違って柔軟性のある体がとてつもなく運びづらい。
「日が暮れる前にさっさとやってしまおう」
「うーい」
討伐に時間を割いたため疲れている間も惜しい。
普段はやかましい『純白の水牛』のメンバーたちも黙々と作業をして、解体は順調に終わる。
「みんなお疲れ! 最後まで油断せずに帰ろう」
すでに心は宿のベッドに行きかけていたが、気を取り直して立ち上がる。
作業小屋のドアに手をかけたところで違和感に気づく。
「外に誰かいる……?」
ドア越しのためぼんやりとだが魔力の流れが見える。その流れは人型、魔物ではなさそうだ。
「他の冒険者かな? こんな時間に小屋に来るなんてどうしたんだろう」
タンジがグレートソードを担ぎながら俺と代わるようにドアの前に立つ。
「今から出ます! 念のため下がっていてください!」
外の気配が動いた。しかし、その場に留まっている。
誰かが唾を飲み込む音がした。
小屋の中は一気に緊張感で包まれる。
「開けますよー!」
その声とともにタンジは扉を開けてすぐにグレートソードを構える。
そして、すぐさま斬りかかった。
「タンジ! 何があった!」
すわ戦闘かと身構えながら外に飛び出す。
「……これは」
「ああ」
そこに倒れていたのは、緑色の肌をした死体だった。 倒れたばかりの生臭い匂いがわずかに漂っている。
「ゴブリンだね」
タンジが確定づけるように漏らした。
任務の疲労感はすでに消え去り、引き換えに不安感が胸に押し寄せた。




