第三十一話 学友
護衛任務二日目。
新都へ戻るためギルドに『真紅の鴉』とボーダさんが集まっていたが、一人見慣れない人が混じっていた。
「あなたがケントね。お噂はかねがね伺っておりますわ」
波打った金髪と派手な化粧の印象的な若い女性が、こちらを射抜かんばかりの目力をくれていた。
装飾のついた白いブラウスに光沢のある紺色のズボンを着用していて、劇にでも出てきそうな装いだ。
「わたくしはシクローレ・エオル・ウォルドと申しますわ。以後、お見知りおきを」
そう言って手を差し出してきた。
「あ、ケントです。よろしくお願いします」
芝居がかった動きに気圧されながら返答する。
握手してから気づいたが、この人貴族じゃん。
「ネイリーとは学友でして、たまたま見かけたものですからご挨拶させてもらってましたの」
肝心のネリの方を見ると、居心地が悪そうな顔しながら渋々口を開く。
「……冒険者としてはネリと名乗っているわ」
ネリには珍しくすっきりとしない口調だった。冒険者としての姿は学友に見られたくなかったかもしれない。
「あらそうでしたの。通称ということかしら」
シクローレは気にした素振りもなく大げさに口元に手を当ててリアクションをとった。
「では改めまして。ネリとは学友でして、たまたま見かけたものですからご挨拶させてもらってましたの」
わざわざ名前を言い直して同じ文言を述べた。意外と話は通じるタイプなのか。
「そうですね、わたくしのことはシクロと呼んでくださいな」
シクロはどこからか豪奢な扇子を取り出して「オーホッホッホ」と高笑いをする。人柄は悪くないが苦手とする人がいそうな雰囲気だ。ネリがやりにくそうにしているのはそういうところもあるのだろうか。
いつもは真っ先に話しかけるセタールは我関せずと無表情を決め込んでいる。
ルキッドは装備の点検をしているが、出発前に慌ててやるような奴じゃないから関わりたくないだけだろう。
ボーダさんはボーダさんで手元の書類とにらめっこしながら目線の端でこちらを伺っている。
釈然としないが、金髪を揺らして笑うシクロに切り込む。
「シクロさんは何か用事があるのでしょうか? 俺たちはこれから新都に帰らなきゃいけないんですけど」
「そうでしたわ。あなたたち『真紅の鴉』は護衛任務中でしたのよね。わたくしも参加させてもらいますわ」
華麗に扇子をしまいながらシクロは宣った。
「ちなみに、こう見えてもシルバーランク冒険者ですのよ。ネリと違って活動実績も十分にありますわ」
「は、はあ」
「それに、わたくしは森都育ちですのでこの辺の事情に明るいんですの。護衛は一人でも多い方がいいでしょう? 是非一緒にどうかしら」
一文発することにずいと歩み寄って圧をかけてくるシクロ。
甘い香水の匂いが風に乗って漂い、動くたびに金髪が光を弾く。目力と香水で洗脳されそうになってボーダさんに助けを求める。
「護衛の人数が増えたらギルドへの申請内容と違ってくるからダメですよね?」
「……別にいいんじゃないか? 書類の方はこちらで上手く処理しておくから」
ボーダさんは数瞬考える振りをしてから答えを出した。
めんどくさそうな人だからと断るか、一応貴族だから関係を作っておくかで後者を選んだなこれは。
「みんなもそれでいいか?」
置物と化しているネリたちにも確認をする。
「迷惑をかけるような人ではないから構わないわ」
ネリの貶しているのか褒めているのかわからない言葉だが、これは評価していると捉える。
「いいんじゃないかなー」
「……ああ」
後の二人からは気の抜けた返事が返ってきた。シクロ相手には使い物にならなさそうだ。
「では時間も惜しいことですし早速行きましょう!」
シクロは自身と周りの温度差を感じていないのか高らかに宣言した。
……この雰囲気を物ともしない胆力は頼りになりそうだ。
「ネリとは同級生でいつも成績を競いあっていましたの。武芸や芸術ではわたくしの方が勝ってましたの」
「なるほど、シクロさんも学業が優秀なんですね」
新都へと続く山道を下りながらシクロの話に相槌を打つ。
何故だか俺とシクロの二人が前方を担当し、後の三人が後方を守るという布陣になっていた。
「この辺りの木は瘴気で枝折れしていることが多いので頭上注意ですわ」
「茂みには魔物以外にも毒蛇やマダニがいるので足元にも気を払ってくださいまし」
ただ、シクロは自分で言っていた通りこの辺りの事情に詳しく、普通にためになることも話してくれる。
足取りも軽快でフリルのついた服装とのギャップが大きい。
「そこですわっ!」
戦闘も見事なもので、茂みから現れた鼠の魔物フィルスラットを先端の鋭く尖ったレイピアで華麗に仕留める。レイピアの軌跡が一瞬だけ光を引いたように錯覚するような軽やかさだった。
知識も実力も兼ね添えていて俺からすれば言うことは何もない。流石ネリと競っていただけあるな。
その後も魔物や蛇を鮮やかに仕留め続けるシクロ。そこである疑問が湧く。
「シクロさん魔術は使わないんですか?」
ネリが通っていたのは魔術学園。シクロが魔術を使わないことに違和感を覚えないのは不自然なので、地雷を踏むかもしれないが敢えて聞いた。
「……一応、わたくしは二級魔術師ですわ。ですが、剣の道に目覚めましたの!」
シクロは少し言い淀んでから思い直したようにレイピアを掲げた。
「魔術学園では剣も教わるんですか?」
「そうですわ。そもそも、魔剣は魔術の範疇ですから剣の使い方も知らないといけないのですのよ」
魔剣とは強力な力を持つ代わりに多大なる代償を払わなければならない呪われた武器、ということはなく、単に魔力の通った武器のことだ。
魔術学園と聞くとローブを着たがり勉の学生が集まるイメージだが、シクロみたいな武闘派も育てているのか。
「ちなみに、ネリは学園ではどんな感じだったんですか」
「彼女はとても優秀でしたわ。成績は常に主席でしたもの」
「そこまでだったんですね」
シクロの過去を想い馳せるような声が木々のざわめきに消える。
彼女が剣の道を選んだのは、ネリという優秀すぎるライバルに対抗する手段だったのだろうか。
ネリを含めセタールやルキッドの過去もできるだけ詮索しないようにしているが、全く知らないのも問題かもしれない。また機会を伺ってそれとなく聞いてみるか。
道は最も注意すべき森林の中頃に差し掛かって口数も少なくなる。
おしゃべり好きな印象のシクロも落ち着いた足取りで黙って周囲を警戒している。ちゃんと切り替えができるようだ。
「……人影ですわ」
不意にシクロが立ち止まる。道はカーブ出口に差し掛かったところ。俺の目にも木に隠れている人間大の魔力が見える。
シクロは手信号で後方に異常を知らせつつ、ゆっくりと木に近づく。
「援護は頼みましたわよ」
「任せてください」
レイピアの間合いギリギリのところまで近寄ったシクロは、懐から扇子を取り出して勢いよく投擲した。
木に直撃するとゴツンと思いの外大きな音を立て、衝撃に驚いたのか影が飛び出した。
「逃がしませんわ!」
影の正体を見極めることもなくシクロが一気に距離を詰めて刺突を繰り出す。
鋭い一撃で相手を仕留めたかと思われたが、ぐらりと影が上下に分かれた。
「何ですって!?」
影の上側だけを仕留めて硬直したシクロに下側の影が飛びかかろうとする。
「【水よ、鋭く走り、一太刀となれ――水刃!】」
そのタイミングに合わせて魔術を発動する。水の刃が影に向かって一直線に射出されて、相手が逃げる間もなく一刀両断にした。
「助かりましたわ」
「これくらい訳ないですよ。それより、相手を確認しないと」
「そうでしたわ!」
急旋回をして影が隠れていた方へ走るシクロ。
それを追うように後方からネリもやってきた。
「前方の状況は大丈夫!?」
「ん? ああ問題ないよ。ほら」
「……これは」
俺が指し示した方を見てネリは唖然として口を手で覆う。
「フィルスラット、よね? 異常ってこれのことなの?」
「そうだ。重なって人影に見えていたみたいだな」
そう、二体のフィルスラットが上に重なっていたのをシクロが人影だと勘違いしただけのことだった。
俺は魔力が二体分見えていたからわかっていたが、魔力が見えることは秘密。そのため、被害がないように構えていられたのだった。
「あの、わたくしの勘違いで申し訳ありませんわ……」
さっきまでの威勢のよさは何処へやら、シクロは消え入りそうな声で謝る。顔もほんのり赤い。
「まあ仕方ないですよ」
「そうね。最近はゴブリンの発見報告もあるみたいだし、気づかない方が危険だったわ」
「そう言っていただけるとありがたいですわ」
俺とネリのフォローを素直に受け取ったシクロは、気持ちを入れ替えるように頬を手でパシパシと叩いた。
「さあ、気を取りなおして行きますわよ!」
その後は特に問題もなく街道を進んで無事新都へと到着した。
「また護衛が必要な時は君たち『真紅の鴉』に頼むよ」
ボーダさんは俺たちの仕事ぶりに満足したらしくお墨付きをもらうことができた。
「しばらくは新都にいますわ。またお目にかかりましょう」
シクロは右足を斜め後ろに引いてカーテシーをした。
ズボンでのカーテシーは始め見たな。忘れてしまいそうになるがこの人は貴族なんだと洗練された所作で思い出す。
ボーダさんとシクロを見送り、凝った肩を回しているとずっと黙っていたセタールに声を掛けられる。
「ケントってああいう子が好みなの?」
振り向くとセタールはジト目をしていた。久々の発言がそれでいいのか。
「そういうわけじゃない。けど、あういう真っ直ぐな性格には憧れるかな」
「それが彼女の良さね。学園の頃から変わってないわ」
ネリが懐かしむように肯定する。積極的にシクロと話すことはなかったがネリなりに彼女を思っているのだろう。
シクロとの出会いは新しい風が吹きそうな、そんな予感がした。




