第三十話 捨てた故郷
ボーダさんからの嬉しい評価もあり、軽やかな気持ちで護衛をこなして森都へと無事着くことができた。
「じゃあ、明日も頼むよ!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ボーダさんの幌馬車が遠ざかるのを見送る。
新都を出発したのは明け方だったが、既に日が傾き始めている。今日は森都に泊まって明日の朝に新都へ出発する予定だ。
早速夕飯にしてもいいがせっかく森都へ来たことだしまだ日があるから何かしようかと考えていると、セタールとルキッドが森都の街並みを物珍しそうに見ていた。
「うわー、いろんな木造の建物があるねー。流石森都って感じ!」
「……まるで見本市だな」
セタールが手で庇を作って見渡し、ルキッドは顎に手を添えてじっくりと観察している。
森都はその名の通り森の中にあり、豊富な森林資源を利用した林業が盛んな街だ。
木材加工は勿論得意で、普通の丸太小屋や木の板を張り合わせただけの簡易な小屋から、柱や梁に角材を使ったどこか日本を想起させるものに、角材と板を組み合わせたハイブリッド建築まで様々な木造の建物を拝むことができる。
「新都は判を押したように似た建造物が並んでいるから、森都の街並みは見ていて飽きないわね」
ネリもしきりに頷きながら街並みを眺めている。
種類が豊富なのは建築の種類だけではなくて外観も多様だ。木の本来の色をそのままにしたものから、木と漆喰やレンガを組み合わせたもの、木は木でも違う色を組み合わせたものなど他と被ったらダメな決まりでもあるのかというくらい個性に溢れている。
「ねえねえ、観光していこうよ! せっかく来たんだしさ」
「私も賛成よ。森都には来たことあるけど、観光はしたことないの」
セタールの鼻息を荒くした訴えにネリが前髪をかき分けながら賛同した。
そんな二人に対してルキッドがやや躊躇いがちに発言する。
「……すまない、寄っておきたい場所がある」
「あー、お使い頼まれたんだっけ?」
「そちらの都合を優先してもらって構わないわ」
「そう言ってもらえると助かる」
ルキッドの事情を粗方聞いていたおかげか、セタールとネリは引き留めることもなく了承する。
そして、二人は俺に顔を向ける。
「俺も寄るとこがあるからパスで」
「寄るとこって?」
「ちょっとばかし実家に挨拶をな」
「……そういうこと」
「それなら仕方ないねー。ネリちゃんと回ってくるよ!」
俺の濁した言葉に二人は深く追究することなく、さっさと街の雑踏に紛れていった。気を遣わせてしまったかもしれないな。
二人が去った方向とは逆に足を進める。
今はちょうど仕事終わりの時間、木こりたちが広い肩幅を揺らしながら楽し気に酒場へと入っていくのが見える。新都と似た光景ではあるが、森都だけあって道行く人は林業に携わる人ばかりだ。
中心地から離れて緩やかな坂を登ると、ポツンと一つの教会が現れる。周りに建物はなく、教会を囲む木の柵は外界を拒んでいるかのよう。
教会は木造で黒みがかった茶色をしている。高さはあまりなく、その代わりに奥行きがある構造だ。側面には細長い窓が無数にある。前世でよく見た白く荘厳なものとはかけ離れた教会だ。
「こんばんはー。ケントです」
入口の戸を叩くと、中からやかましい足音が聞こえてきた。
その勢いのまま戸が開けられて、黒髪の少年が出てきた。
「ケントおじさんじゃん! 何しに来たの?」
「おーちょっと野暮用でな。悪いけどロウィーナを呼んでくれるか。ほら、お菓子あげるから」
「おっしゃー! すぐ呼んでくる!」
「ちゃんとみんなで分けろよー」
新都土産のクッキーを片手に少年は走って中へ戻った。この教会は孤児院も兼ねている、少年が仲間たちにちゃんと分けたか後で確認しないと。
待つこと数分、今度は静かにコツコツと床を鳴らす音とともにお目当ての人物がやって来た。
「ほんとにケントだったんだ。こんな時期に珍しい」
短めの茶髪に茶色い修道服という地味な装い。
一見すると町娘にしか見えないが、これでも立派なこの教会のシスターだ。
「たまたま用事があってな。そのついでだ」
「そういうこと。立ち話もなんだし中に入ってよ」
ロウィーナに促されて教会に入る。
間口の広い入口を抜けると、中には彫刻が施された木製の柱や梁がまず目に入る。最奥には祭壇があり、その前に長椅子が並んでいる。一般的なトレオウ教の教会だ。
「もうすぐ晩御飯の時間だけど食べていく?」
「晩飯と被っちまったか。折角だし食べてくわ」
晩御飯を終え、俺とロウィーナは教会の長椅子に並んで腰かける。
「そっか、護衛任務で森都に来たんだ」
「新しく人が入ったから人数的に受けられるようになったんだよ」
会うのは去年の冬以来で数か月ぶりだが、数日ぶりのような感じで話す。
ロウィーナとの関係はこの教会で同じ孤児として育ったもの同士、友達のようで兄弟のようでもある何とも言い表せない距離感だ。
「護衛ってカッコいいよね。ケントも大人になったなぁ」
「なんだそれ。教会を管理している方がよっぽどすごいと思うぞ」
「私はみんなの世話をしてた延長でシスターになっただけだし」
ロウィーナと一緒に子どもたちのまとめ役をやっていた頃が思い起こされる。正確にはロウィーナが他の子より少し年上ということだけでまとめ役を任されて苦労していたのを、俺がちょくちょくフォローしているといつの間にか俺までまとめ役として認識されるようになっただけだが。
「修道服に着られててシスターっぽくないでしょ?」
茶色の修道服をちょこんとつまむロウィーナ。
昔と変わらない優しい目元は少しだけ大人びた影が差している。
「それは確かにそうだ」
森や大地に感謝するという意味でトレオウ教の修道服は茶色みたいだが、見た目が地味なのは否めない。 教会が茶色い木造ということもあって余計にだ。
せめて木造でも白やもっと薄い色なら映えるかもしれないのに。
「いや、ちょっとは否定してよ」
ロウィーナが唇をわざとらしく尖らせた。
「似合ってるって言ってほしいのか?」
「この服が似合うのは、それはそれで嫌かも」
しばらく近況報告や雑談をした後、ロウィーナがふと真剣な顔つきになった。
「ねえケント」
「なんだ?」
「森都に戻ってくる気はないの?」
軽い口調なのは変わらないが、どこか硬さが混じっているようにも聞こえた。
「ここの子たちにも気に入られてるし、上手く馴染めると思うんだけど」
少し癖のある毛先を弄びながらロウィーナは続けた。
森都に戻ることを聞かれたのは今回が初めてではないが、前回聞かれたのは何年前だろう。
不意の質問に迷う。今まで通りやんわり断るか、きっぱり断るべきか。
「気持ちはありがたいが、パーティのこともあるし戻ることはないかな」
少し悩んだ末に出した答えは、どっちつかずの中途半端なものだった。
「あーあ、振られちゃったー」
「おいおい、人聞き悪いこと言うなよ」
ロウィーナは大きく伸びをしながらあっけらかんと言った。
弛緩した空気のなか、ロウィーナが少し憂いを帯びた表情を見せる。
「話は変わるけど、最近森の雰囲気が怪しいみたいらしいよ」
「怪しいって?」
「ゴブリンの目撃情報が結構あるみたい」
「……ゴブリンか」
ゴブリン――緑色の肌をした小柄な魔族。この世界でも人類の敵対種族だ。
「何もなければいいが、心配だな」
「だよね」
ゴブリン自体はしっかり対策すれば倒せるため大した脅威ではないが、こいつがいるということはその背後には別の魔族もいる可能性が高い。それは強力な魔族かもしれない。
その昔、ヒトと魔族が戦争をしていた頃は恐ろしく強い魔族がわんさかいたとか。村一つと消し飛ばせるような強力な魔族もいるらしい。
そして、それが俺が森都を去った大きな理由だ。森都と魔族領は広大な森林で隔てられているとはいえ接している。いつ魔族が戦争を仕掛けてくるかわからない場所で暮らすなんて当時の俺には耐えられなかった。
「そのせいで森都を移住する人も出てきてるみたいでさ、この先大丈夫なのかなって」
「最近新都に移住者が多いけど、そういう事情もあったのか」
魔族から逃れるために故郷を出る決断をするのは珍しいことではないが、出て行かれる側にしてみればたまったものではないだろう。
「まあ、今日みたいにまた顔を出してよ。みんなも喜ぶしさ」
「ああ、もちろん」
今の俺にできることはたまにふらっと来てちょっとした土産を渡すことくらいだ。我ながら頼りない男だと思う。
しばし二人の間に緩やかな静寂が訪れる。
その隙を狙ったかのように二人の子どもが目の前にきた。
「なあなあ。ロウィーナさんとケントって付き合ってるの?」
「こらっ! 本人の前で言ったらだめじゃない!」
俺がお菓子を渡した黒髪の少年が放った質問に、少年と同い年くらいの茶髪の少女がすかさず叱った。
「あはは、そう見える?」
ロウィーナは子どものからかいに動揺することなくふわりと返した。
「いや、コイツが気になるって言うから聞いただけ」
「だから、言ったらだめだって!」
「アホなこと言ってないで子どもはさっさと寝な」
俺の言葉を受けて茶髪の少女が黒髪の少年の腕を引っ張って退散した。いい距離感の二人だ。
「さて、俺も帰りますか」
「もうそんな時間か。また来るのを楽しみしてるよ」
ロウィーナの見送りを受けながら教会を出る。
教会の人たちは未だに温かく接してくれるが、ずっといると甘えてしまいそうになる。捨てた故郷への未練を振り切るように早足で宿への帰路を急いだ。




